ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第168局 最後の大将戦、開幕

 一人の少女が、片手で頭を抑えながら廊下を歩く。

 固いローファーの踵が、リノリウムの床に甲高い音を鳴らす。

 

 「またのせんぱ~い」

 

 特徴的なソプラノボイスに、誠子が顔を上げた。

 前から歩いてくるのは、不遜な態度を隠そうともしない後輩。

 

 「大星」

 

 「あたしのためのハンデづけ、お疲れ様で~す!」

 

 「……相変わらず容赦ないな」

 

 誠子は点棒を減らしている。それは間違いない。

 だがそれをこんな風に煽ってくる後輩は、後にも先にも淡だけだろうと誠子はそんなどうでもいいことを思う。

 

 「渋谷先輩と2人でこんなに削られてるの、初めてみました~」

 

 「……普通に相手の方が強かったよ。それだけだ」

 

 「……1年生相手なのに?」

 

 「お前だって1年だろ?」

 

 「私は特別だからなあ~」

 

 私は特別、というこの言葉に、誇張はない。心の底からそう思っているであろうことは容易に想像できる。

 事実、白糸台の中で淡を正面から抑えることができるのは照ただ1人だ。

 

 そういった事実関係もあって、淡は自分が強いと思ってはばからない。

 

 (実際強いから何も言えないんだよな)

 

 生意気な後輩の頬をつねりながら、誠子は内心ため息をつく。

 

 「じゃ、頼むよ。このままじゃ私達全員宮永先輩におんぶにだっこだったって言われちまう」

 

 「言われなくてもわかってま~す。……なんか、気にくわないしね」

 

 ポンポン、と肩を叩いて再び歩き出した淡の後ろ姿を見送る。

 その背中には、既に禍々しいオーラがたちこめていた。

 

 

 「ムカつくんだよ。最強は照。それを引き継ぐのが私。誰にも、邪魔なんかさせるもんか」

 

 「……」

 

 先鋒戦が終わった後から、ずっと淡はこんな調子だ。

 気が立っていて……殺気すら感じるこの視線。

 

 (この状態のコイツを……止められるヤツなんかいるのか?)

 

 ただでさえ、普通に打っても手の付けられない怪物。

 その怪物が今、極度の興奮状態にある。

 

 おそらく、最初から手加減無しでぶつかりにいくだろう。

 その勢いは、このインターハイ団体戦を食らいつくすかもしれない。

 それができると思ってしまうほどに、大星淡はバケモノなのだ。

 

 

 

 

 「おかえり、誠子」

 

 「……!宮永先輩」

 

 淡を見送った後、重い足取りで控室に向かっていると、扉の前に照が待っていた。

 

 

 「あ、あの、すみませんでした……!」

 

 まさか外にいるとは思わず焦った誠子は、とにもかくにも、謝罪をしないとと思って頭を下げる。

 誠子は結局、区間マイナスだったから。

 

 「……謝ることなんて、ない」

 

 「え……?」

 

 「誠子の麻雀、良かったと思う。少なくとも私は、嬉しかった」

 

 嬉しかった?

 照の言葉の意味が、誠子にはわからない。

 この決勝は、狂戦士染みた攻撃をしてくる1年生を相手に、振り回されるだけの無様な麻雀だったのに……?

 

 「見届けよう。大将戦。見たら、何かが変わるかもしれないよ」

 

 「……はい」

 

 言い終えるが早いか、照は扉を開けて控室へと戻っていく。

 

 嬉しかった?何かが変わる?

 

 照の言葉の意味は、何も分からない。

 

 (見届ける、か)

 

 自分たち白糸台高校の3連覇がかかった大事な大将戦。

 誠子の予想通りなら、淡が暴れ回って、きっと3連覇を手にすることができるのだろう。

 

 しかし、照の言葉、表情。

 

 (何かが、変わるのかもしれない)

 

 誠子はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま、戻りました」

 

 「船Qお帰り~」

 

 「お~!おつかれさんやったな!」

 

 一方その頃浩子も千里山女子の控室へと帰ってきていた。

 副将戦の成績はマイナス。初瀬の大暴れに屈する形になってしまった。

 

 「すみませんでした。止められへんくて」

 

 「ええよ~そんなん、晩成のコ、すごかったもんねえ。セーラみたいやったよ」

 

 相変わらず竜華の太ももの上には、怜が膝枕をして乗っかっている。

 この2人はブレないなあ、と思いながら。

 

 「結局姫松トップのまま大将戦に渡すことになってもうて……なんも役割果たせへんかったなって」

 

 「そんなことあらへんよ~ウチより、点数持って帰ってきてるやん」

 

 「園城寺先輩は相手が相手ですから……」

 

 浩子は自分の弱さに嫌気がさしていた。

 結局、副将戦は大した働きもできず……そして最後に、あそこまで楽しそうに、麻雀を打つ2人を見て、羨ましいと思ってしまったこと。

 

 (おこがましい、やんな……)

 

 自分は早々に、麻雀と向き合うことをやめてしまったから。

 搦め手に手を出して、地力を伸ばす努力を怠ったから。

 

 この結果も当然なのかなと思ってしまう。

 

 

 「怜、じゃあ、いってくるわ」

 

 「……ん。竜華、頑張ってな」

 

 「っしゃあ~!いったれ竜華!!」

 

 大将戦開始時刻まであと少し。

 ギリギリまで怜の成分を摂取した竜華がソファから立ち上がる。

 

 「たっくさん竜華の太ももにパワー送っといたから、きっと勝てるで」

 

 「ははは、それは心強いなあ」

 

 すぅ、と息を吸って。

 竜華は呼吸を整える。

 

 この1年、ひたすらに努力してきた。

 姫松に文字通りボコボコにされてから、その悔しさを胸に麻雀を打ち続けた。

 

 背中に、体重がかかる。

 その重さで、誰がよりかかってきたのかを容易に判別することができるほど、2人の付き合いは濃い。

 

 

 「ウチのぶんまで、頑張ってな」

 

 「うん。行ってくる」

 

 「ぶちかましたれ!」

 

 「頑張ってください!清水谷先輩!」

 

 全員の声援を背に、竜華が控室を出ていった。

 

 あとはもう託すだけだから。

 

 

 

 バタン、と扉が閉まったのを確認して、浩子は自らが愛用するタブレットを開く。

 いつまでもうじうじしていられない。

 

 データ担当として、大将戦前半でできることをする。

 休憩中に竜華にデータを渡すために。

 

 

 「どうだったよ。インターハイ副将戦は」

 

 「……監督」

 

 そんな浩子の背に声をかけたのは、叔母であり、監督でもある雅枝。

 

 「不甲斐ない成績しかだせんくて、すみませんでした」

 

 「そんなこと言ってるわけちゃうねん。感想を聞いてるんだよ」

 

 「感想。ですか?」

 

 「そう。お前はあの場所で何を思って、何を感じた?」

 

 浩子の正面の席に足を組んで腰掛けた雅枝の瞳が、まっすぐに浩子を捉えている。

 その瞳は、真剣そのもので。

 

 だから思わず、心中を吐露してしまったのかもしれない。

 

 「……羨ましい、と思いましたね。おこがましいですけど」

 

 「ほう。それの何がおこがましいんだ?」

 

 「ウチは……強すぎる身内に嫉妬して、麻雀と向き合うことを辞めました。けど、姫松の真瀬先輩も、悔しいですが晩成の岡橋も、麻雀と正面から向き合ってた。その姿が、ウチからは眩しく見えましたね」

 

 「……」

 

 初瀬の、一点の曇りもない真っすぐ突き破る麻雀。

 由子の、真摯に麻雀と向き合い続けた丁寧な麻雀。

 

 どちらも、自分にはないもので……自分が目指すのを諦めた麻雀だった。

 

 「いつの時代も、自分にないもんを持ってるっちゅうんは、羨ましいです」

 

 「それはちゃうやろ」

 

 「……え?」

 

 頬杖をついて浩子の言葉を聞いていた雅枝が、横目にモニターを見つめながら、浩子へ言葉を続ける。

 

 「お前はお前の考えで、麻雀の打ち方を変えた。確かにそれは、王道とは呼ばれへん打ち方かもしれん。けど、それはお前の、『麻雀の向き合い方』だったと違うんか?」

 

 「……!」

 

 息を呑んだ。

 

 「多恵も洋榎も、そら強い。あんなんでも自慢の娘達だからなあ。けどな、それと幼いころからぶつかって、それでも自分の麻雀を模索し続けた浩子を、ウチは評価しとるし、負けてへんと思っとる。お前が見つけたその麻雀は、麻雀じゃないんか?ちゃうやろ。お前が頑張って探して探して、たどり着いた答えやろ。ならそれは、一つの『向き合い方』や。真瀬と岡橋にかなわんかったんは、方向性やない。その『深さ』やろ」

 

 いつの間にか、心臓の鼓動が速くなっている。

 紡がれる雅枝の言葉を、浩子は静かに聞き入っていた。

 

 「羨ましがるなんて100年早い。もっと深くなれ。浩子。それとも、ウチの買い被りすぎやったかな?」

 

 机の上に置いてあったチョコレートを1つ掴んで、雅枝は席を立つ。

 

 (そうか、ウチは、勘違いしとったんやな)

 

 自分にはできなかったことだと、思い込んだ。

 あれが麻雀の正しい姿だと、思ってしまった。

 

 けれど、違う。

 自分がたどり着いたこの方法だって、立派な麻雀への努力だ。

 

 (……あ?)

 

 そう、気付いたから。

 

 自分があのメンバーと、同じ土俵に立っていたとわかってしまったから。

 

 (くっそ……柄じゃない……っての)

 

 理解してしまえば、『羨望』は、『悔しさ』に変わる。

 

 

 

 

 

 浩子のタブレットには、大粒の雨が降っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳は落ち切った。

 

 インターハイ団体戦決勝は、ついに大将戦(クライマックス)

 

 『大変、お待たせしました』

 

 全国の麻雀ファンが、固唾を飲んで見守る中。

 

 最後の戦いが、始まろうとしている。

 

 『全国2万人の頂点を決める戦いも、ついにクライマックス。最後の戦いに挑む4選手が、会場に揃いました』

 

 会場も、視聴者も、この大将戦がどれだけ激しい戦いになるかを予感している。

 だからこそ、異様な静けさが辺りを包んでいて。

 

 そこに響くのは、針生アナウンサーの実況のみ。

 

 

 『インターハイ3連覇へ。今日の朝、波乱が起きました。絶対的エース宮永照が敗れました。それでも尚、白糸台の夢は終わってなどいません。チャンピオンを継ぐ者として、この大将が、いる限り。……白糸台の最終兵器が、今夜ついにそのベールを脱ぎます。狙うのは、3連覇ただ一つ。西東京代表白糸台高校、大星淡!』

 

 爆発的な歓声が、会場を包む。

 決勝卓に堂々と腕を組んで仁王立ちするその立ち姿は、貫禄すら覚えるもので。

 

 (見てる?テルー)

 

 優し気な表情の中にも、狂気が孕んでいる。

 

 (全員……ボコボコにしてやるから)

 

 禍々しいオーラは、会場に来ている麻雀打ちを震撼させるほど恐ろしい。

 

 

 『インターハイ常連校。団体戦では決勝もお馴染みでありながら、その王冠に手が届かない。関西最強と謳われながら、ここ2年間は同じく関西の雄に敗れ、悔しい日々。しかし今日、その歴史を終わらせる。古豪ではなく、紛れもない強豪。そして優勝校へ。……昨年、涙をのみました。同じ地区の、同級生の前に敗れ、その目を涙で腫らしました。その涙は、間違いなく今の彼女の強さにつながっている。もう、同じ後悔はしない。北大阪代表、千里山女子高等学校、清水谷竜華!』

 

 背中と、太ももに暖かさを感じる。

 いつも一緒だった彼女の想いが、ここに残っている。

 

 (怜、私勝つから)

 

 敗れた過去がある。

 負けられない相手が、目の前にいる。

 

 先鋒戦であれだけ頑張ってくれた怜を見た時から、この身を投げうって、全力で挑もうと心に決めていた。

 

 悔いは残さない。

 3年間の努力を、全て。

 

 

 

 

 

 

 『王者の元に集まった臣下達は誓いました。……もう、王者の涙は見ない、と。孤独と戦い続けた王者は、3年を経て英雄になった。どんな時も戦い続ける姿。勇敢に立ち向かう姿。彼女の振る舞い、強さ、そして、人格に心酔した彼女たちは、今日この日を待っていました。全ては、王者に『勝利』を届けるために。先鋒戦は、惜しくも敗れました。しかし王者の最後まで戦い続ける姿は、確かに彼女の達の瞳に、心に火をつけた。だからここまで戦い抜けた。……そして最後。大将を務めるは、去年己の未熟さに身を焼いた、王者の剣。さあ行こう!後輩達が身体を張って示した晩成のあるべき姿。合言葉はそう、どんな時も、“倒れるなら、前のめりに”奈良代表晩成高校、巽由華!』

 

 

 彼女にはもう、何も聞こえない。

 瞳に宿った炎は、静かに燃えている。

 

 この炎が光を放つ時、それは、卓に座る全員を力づくでねじ伏せる時。

 

 (言葉はいらない。やえ先輩に、勝利を―――)

 

 なんのためにこの1年間を過ごしたのか。

 全ての答えを、ここに示そう。

 

 私こそが、王者の剣であると、示そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『“常勝軍団”彼女たちは、そう呼ばれました。しかしいつもその言葉には、条件がありました。『無冠』の常勝軍団、と。世間は言います。「時代が悪かった」「運が悪かった」「相手が悪かった」……そんな慰めの言葉は、彼女達は求めない。刺さらない。3年間彼女たちがしてきたのは積み重ね。全国全ての高校よりも努力してきた。研鑽を重ねた。全ては、自分たちの麻雀が正しいと証明するために。先鋒戦、私達は歴史の転換点を見ました。みんなが大好きな牌を愛する少女が、歴史を創りました。しかしあえてこう言いましょう。その歴史は「全国優勝」が果たされてようやく完成する、と。大将を務めるのは、誰もが認める努力の人。時に大きすぎる力に阻まれ、自分の無力さを呪い、涙した。しかし今はその『積み重ね』こそ、彼女が彼女である所以。『無冠』はもう終わりにしよう。インターハイ最後の舞台、歴史的対局に、一人の“凡人”が挑みます。南大阪代表、姫松高校、末原恭子!』

 

 

 閉じていた目を、静かに開いた。

 

 この日を、待っていた。

 多恵の涙を見たあの日。心臓を無理やり握りつぶされるような痛みに苛まれて、夜通し泣き続けたあの日。

 あの時から、この日を待ちわびた。

 

 多恵は勝った。漫は最後まで諦めなかった。洋榎は証明した。由子は向き合い続けた。

 

 だから……私の番だ。

 

 心臓が早鐘を打つ。

 手は震えている。

 

 けれど、恭子にはわかる。

 これは恐怖や、焦りによるものではない。

 

 燃え上がる感情。

 胸の内に秘めたこの想いは、多恵から受け取った種火。

 

 あまりにも明るいこの炎は、いつだって自分の行く先を照らしてくれる。

 

 両の手を、握りしめた。

 

 

 

 対戦相手全員の姿が、目に入る。

 

 

 行こう。

 頂の景色を見るために。

 

 

 頂の景色を、笑って皆で見るために。

 

 

 

 

 

 

 

 (さあ、“麻雀”しようや!バケモンども!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 団体戦決勝大将戦、開始――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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