副将戦で初瀬がぶん投げたリーチ棒の数は。
Dの9本が正解です。
インターハイ団体戦決勝。
全国全ての麻雀ファンが、競技者が見守る頂点を決める争い。
会場には入り切らないほどの観客で埋め尽くされ、外の飲食店や、家屋のテレビにはライブ中継が流されている。
そんな中東京都の西の外れにある自然に囲まれた一軒家に、とある団体が集まっていた。
「久、来たか」
「ゆみやほ~。お世話になるわね」
「礼なら蒲原に言ってくれ。ここは蒲原の祖母の家だ」
今日の早朝に5位決定戦を終えた清澄高校は、決勝が早く終わった場合に表彰式があるため会場にいたのだが、決勝戦がやはり長引いたことで表彰式は明日の朝に切り替わり、ホテルへと向かう手筈だったが。
そこを鶴賀の加治木ゆみから久へ電話が入り、メンバーが泊っているという一軒家に招かれ、どうせなら決勝戦を見届けないか、ということで久はお言葉に甘えることにしたのだった。
「ワハハ。まずは5位おめでとう。長野県民として誇りに思うよ」
「あら、ありがとう。私達としては……悔しい結果だけれどね」
ぞろぞろと蒲原の祖母宅に入っていく清澄メンバー。
もう辺りはすでに暗く、部屋の明かりだけが光源になっている。
「全国の壁は高かったな」
「いや本当に悔しいわ……準決勝で負ける気はなかったんだけどね……」
(特に、和のためにも……ね)
和はこの全国大会で優勝できなければ転校させるという条件を父親から言い渡されている。
故に、この大会は負けられなかったのだが……。結果は5位。
全国の壁はやはり高かった。
お邪魔しまーす、と声をかけ、久が清澄を代表して蒲原の祖母に挨拶をする。
軽い世間話を終えて居間に向かえば、もうその大きなテレビには大将戦が始まる直前の映像が流れていた。
「で、でかいテレビじゃの……」
「タコスはないのか?!」
鶴賀の面々と挨拶を終えたらしい清澄のメンバーは既に輪になじんでいる。
ただ2人、端の方で物憂げにテレビを見つめている咲と和を除いて。
「久、お前はどこが優勝すると思う?」
「え?」
手ごろな座椅子に腰掛けて、一息ついたところで、ゆみがこちらを見ずに問いかけてきた。
「クラリンがいるんだから姫松に決まってるじゃないっすか!」
「ワハハ。白糸台の1年生は未知数だからな……」
ゆみの問いに、久より早く隣にいた東横桃子が答えた。
久はそうねえ、と呟き、現在の点数状況を見る。
現状有利なのは、姫松と晩成の2校。
「正直、情報が無い分白糸台が有利だと思う。……けど、姫松に勝って欲しい、とも思うのよね」
「ほう。それは何故だ?」
予想、というよりは希望を口にした久。
その理由は、思ったよりも単純で。
「だってここまで来たら、クラちゃんに優勝してもらいたいじゃない?」
都内のとあるホテル。
ここでも、2つの高校が同じ部屋に集まって団体決勝大将戦が始まるのを待っていた。
畳の匂いが心地よい和室には、10人が集まっても狭さを感じないほどに広い。
休憩時間の間に入浴も終えた面々は、簡素な浴衣姿に着替えて座椅子に腰掛けている。
「さ~って、なんかワクワクするなあ」
「うんうん!ちょーたのしみだよ!」
テレビの正面に座るのは、宮守女子の塞と豊音。
そして豊音の大きい身体の中にすっぽりとおさまっているのが……。
「ひめさま~心がぽかぽかします~!」
「よかったですね……?」
巫女ロリこと、薄墨初美だった。
「あらあら~よかったんですか豊音さん、足痺れませんか?」
「ぜ、全然だいじょうぶだよ~!」
霞が心配して声をかけるも、豊音は平然を装う。
足がキツくないことはないのだが、こうして誰かが自分に身を任せてくれていることがたまらなく嬉しかったから。
「ふー!いいお湯でした!さて、充電充電……」
風呂から上がった胡桃が、1人の少女の膝の上に着地する。
「……あの」
「……ああ?!間違えた?!私としたことが?!」
「ダル……」
いつもの定位置である白望の上に座ろうとしたはず胡桃は、隣に正座していた春の膝の上に着地してしまって慌てて白望にダイブ。
「さあどこが勝つかなあ~。私達としては、姫松に勝ってほしいところだけど」
「姫松の末原さん、すっごく強かったから大丈夫だよ~!」
直接対戦している豊音は、恭子の強さを知っている。
現状微差トップ目の恭子が、勝つと信じて疑わない。
「うふふ……私は違う意見だわ」
「え?」
塞と豊音のとなりに、霞が腰を下ろす。
「私はね、晩成高校が勝つと思う」
「晩成!確かに晩成の人もちょーつよかったよ!」
モニターに映るのは、集中力を高めている由華の姿。
「あの時感じた想いの強さ……麻雀にかける熱量があんなに強い子は、初めてだったわ。そりゃ私達じゃ勝てないのも当然よね」
「あ~、2回戦の最後、すごかったですもんね……視聴率とんでもなかったってお母さんが言ってたわ」
霞は2回戦で由華と戦っている。
あの時のオーラスが、どうしても霞の脳裏に焼き付いて離れない。
「ハジマル!」
「お、ホントだ」
全員分の緑茶を淹れてきた巴とエイスリンが部屋に入ってきたタイミングで、開局のブザーが鳴る。
「この2半荘で、決まるんだね」
「……うん!」
キラキラとした瞳でテレビを見つめる豊音の手には、恭子のガタガタと震えた不格好なサイン色紙が、強く握られていた。
階段を昇って、息を吐いた。
この空気も、これが何度目かわからない。それでも、この緊張感が和らぐことはない。
末原恭子は今、この部屋で一番高い場所にある対局室に立っていた。
「末原さん」
「……!……巽か」
次に現れたのは、晩成高校の巽由華。
その表情は、今は比較的柔らかいものであれど、対局が始まったら鬼になることを、恭子は良く知っている。
「今日は、よろしくお願いします。お互い、負けられませんね」
「……せやな」
一つ、間があって。
「末原さんのこと、尊敬してます。正直、リーグ戦みたいな長期的な成績であれば、勝てる気がしません」
「冗談やろ。こんな凡人尊敬したってなんもいいことないで」
「『努力する凡人は天才を超える』と、私はそう思います」
「……なんのことやろな」
「でも、今日だけは……今日だけは、勝たせてもらいますよ」
「望むところや」
席決めのための4牌を、恭子が裏向きでセットする。
(コイツめちゃくちゃ礼儀正しいのに対局中マジで怖いねんな……)
前回対戦時を思い出して、恭子はため息が出た。
こんなに礼儀正しい2年生であれば、今後も良好な関係を築きたいものであるのだが。
対局中の彼女の様子が、それを躊躇わせる。
準備を終えて、あとは、他のメンバーが来るのを待つだけ。
「ウチも、入れてくれへん?その話」
「……清水谷」
気付けば後ろに立っていたのは千里山女子の大将、清水谷竜華。
竜華も、恭子には因縁がある。
竜華は恭子に大将として未だ勝てたことがないのだ。
意志の籠った強い瞳で、2人の前に立つ。
「今日は、楽しい対局になりそやね?」
「どうだか……」
これで、あと一人。
「よろしくおねがいしま~す」
その甲高い声は、静寂の対局室によく響いた。
輝くような金髪が、白糸台の純白の制服に映えている。
最後に現れたのは、白糸台の大将、大星淡。
「みなさんお揃いのようでなによりで~す。なんか~今日は勝たせてもらう~とかそんなあつーい言葉が聞こえましたケド~」
いつから対局室にいたのか。それは淡にしかわからない。
最初の恭子と由華の話を聞いていたということだけは事実。
媚びるような猫なで声で話していた淡が一転、底冷えするような暗い言葉ではっきりと、
「それ全部無駄だから」
そう言った。
傲慢、不遜。
1年生でこれか、と恭子はもう一度ため息をつき。
竜華はその実力の一端を知っているが故に、何も言葉を発することなく冷たく彼女を見つめ。
そんな態度に、満足したかのようにどや顔を決める淡だったが。
もちろん1人は許してくれなかった。
「御託はいいからさっさと席決めろつってんだよクソガキ」
「なっ……」
冷たく放たれた言葉に返そうとするも、ゆっくりと近づいてきて上から見下ろされては、淡も何も言い返せない。
由華の表情は、張り付けたような無表情。
寒気がした。下手したら、命を取られるんじゃないかと思えるほどの殺気。
2歩後ずさって、淡は渋々1枚の牌を引いた。
(なんなのコイツ……!絶対ボコボコにしてやる……!)
『さあ、お待たせしました!ついに始まりましたインターハイ団体決勝大将戦!!泣いても笑っても、この2半荘が終われば、今年の高校麻雀界の頂点が決まります!!』
『いやー!早かったねい。けど、この最後の大将戦が面白くなることは間違いなしだ。最後まで、目離すんじゃねーぞー!』
開局のブザーが鳴り響く。
ついに、最後の戦いが始まった。
東家 千里山 清水谷竜華
南家 晩成 巽由華
西家 白糸台 大星淡
北家 姫松 末原恭子
東1局 親 竜華 ドラ{⑧}
配牌
{①④⑦126三六七東南北白} ツモ{4}
(……やっぱり、こうなるか)
開局親番の竜華。
配牌を理牌し終えて、対面に座る淡を見る。
大星淡という打ち手の能力。
他者全員を配牌5向聴以下に沈め、自分に軽い手が入る。
あまりにも単純で、恐ろしい呪縛。
(これだけで、ほとんどの高校の大将は相手にならへんかった。ウチがたまに破ったとしても、まるで気にしてへん様子やったし……)
配牌は、それだけでこの1局を左右する重要なファクター。
それが完全に相手有利が確定しているというのは、麻雀においてあまりにも痛すぎる。
運の要素が大きく絡むゲームだからこそ、この単純明快な能力は桁外れに強い。
楽しそうに笑みを浮かべている淡からは禍々しいオーラが立ち込め、その瞳は狂気に濡れていた。
『苦しい!大星選手以外の配牌が、軒並み全員5~6向聴!対して大星選手はタンヤオ牌のみの2向聴!やはり効いてきますね!』
『うっへえ~話には聞いてたけどマジかよ。こりゃキツイねえ。全員配牌5向聴にされんのか』
『大星選手はここまでの対局、相手の選手全員の配牌が5~6向聴になることが確認されています!これは強烈なアドバンテージ!』
『いや~そりゃ厄介だねえ~……それでそれで?』
『?それで、と言いますと?』
『え、いや、全員の配牌を5~6向聴に下げて、その先は?』
『いやいやいや、その先って……配牌は全員悪くて、大星選手だけが良い、これだけで十分厳しいですよ?』
『え?いやいやいや、まさかとは思うけど』
解説の咏の扇子が、楽し気に開かれる。
それこそ無邪気な、子供のように。
『それだけで勝てる相手とは思ってねえよな?』
瞬間。
一陣の風が吹いた。
「ロン」
恭子 手牌
{発発北北} {横②③④} {八横八八} {横⑦⑥⑧} ロン{北}
「2000や」
(……は?)
電光石火の剣閃が、淡の腕を切り飛ばした。