『か、開幕一閃!!大将戦まず最初の和了りを決めたのは姫松のスピードスター、末原恭子!!2000点と低打点ではありますがまず一撃決めてきました!』
『いや~まあそうなるよねえ。配牌を重くされようが、幾多もの加速する術を持つこのコには、ちょっと配牌5向聴程度じゃぬる過ぎたかな?』
ついに始まった大将戦。
東1局の和了りを手にしたのは、電光石火の鳴きで4巡目にして聴牌を入れた恭子だった。
「ふーん、まあ多恵と恭子の予想通りっぽいなこの白糸台の大将」
ソファの背もたれに足をのっけて。だらしなく椅子に寄り掛かっている洋榎が、つまらなさそうにそうつぶやく。
「えらい自信家ってのはなんとなく聞いてましたけど……ホンマにそうやったんですね」
「強いから自信がつくのは、仕方のないことよ~!それに、本当は悪い事ばかりでもないのよ~」
恭子の闘牌を見守る姫松メンバー。今はソファの真ん中に座る多恵を漫と由子が挟む形。
そしてその後ろでふんぞり返る洋榎。
「そら準決勝までこれだけで簡単に蹂躙できたんやから、全国大会ゆーてもこの程度か、って思ってもおかしないからな」
「……問題なのは彼女自身ではなく、それが正しいとされている今の世の中なんじゃないかな」
「ま、そーとも言うな」
淡の対局映像は、予選まで含めて昨日全て確認済み。
言動、そして打牌の端々に、慢心が見え隠れしていた。
「んで?これでこの大星淡がキレた時の対応も恭子はわかってるん?」
「もちろん。予選の決勝で見せてくれて助かったね」
大星淡の能力は、これで終わりではない。
元々配牌を悪くして自分だけ少し軽くなる……程度で白糸台の大将を務めるほどではないと思っていたが故に、姫松データ班は淡のありとあらゆる情報を集めた。
そして大した苦もなく、西東京大会の決勝で怪物の片鱗を見ることができた。
その映像を、恭子は完璧にチェック済み。
「ほーん、ほなら、白糸台がそれ以上の隠し玉持ってるかどうかやな」
「まあ、可能性はあるね。けどこの席順なら……」
洋榎の方を振り返ることはせず。
ただ真っすぐにモニターに映る恭子を見ながら、
「恭子が、大星さんに負けることは絶対にないかな」
力強く、そう言い切った。
東2局 親 由華
(は?なに、今の)
再び上がってきた配牌を理牌しながら、淡は脳内を整理する。
配牌5向聴の呪いは、確かに効いているはず。
だというのに、自分の絶対安全圏は、東1局から容易に打ち破られた。
(ふーん……まあ、たまたま鳴けば早い手が入ったからって、良い気にならないでよね……)
5向聴にも、種類がある。対子の牌が役牌であれば比較的手は軽くなるし、一九牌のターツが多ければ動きにくい、重い手牌になる。
前回はたまたま恭子に比較的動きやすい手牌が入っただけ。
そもそも役牌対子2つなど出来過ぎだ。
(そう何度も上手くいくと思わないでよ)
下家に座る恭子を睨みつける。
ただまあ、まだ慌てるような時間でもない。
淡 配牌 ドラ{四}
{⑥⑦⑦⑧⑧⑧3677二四赤五} ツモ{七}
(ふふん、まだ全然良いじゃん。これでまずは1回……)
変わらず、淡の手はタンヤオ牌でのみ構成されている。
ドラ赤の好形ターツばかり。良い配牌だ。
大した思考も割かず、淡は{3}を切り出していく。
「チー」
(チッ、またか)
反応したのは恭子。すかさず淡の{3}を鳴いていく。
淡は、『運悪くまた自分の不要牌が鳴かれる牌か』と悪態をつく。
由華 手牌
{①①②⑨135二四六白白発} ツモ{①}
(流石に手が重い。つーかこの白糸台の1年、まだ気付かないのか?そこにいる人は、高校No1の速度を持つ打ち手だぞ?そんなぬるい打牌で到底勝てる相手じゃない。ガキのお守りしてやるほど、こっちに余裕ないんだけど)
由華は、恭子の狙いに気付いていた。
狙い、というか自然にそうなってしまうだけなのだが。
ここまでの打牌で、淡が気付いている様子はない。
由華としては姫松に逃げ切られるわけにはいかないので、そろそろちゃんと『麻雀』を打ってほしいところだが。
「チー」
「……ッ」
2枚目も、綺麗に鳴かれた。
淡の表情に、苛立ちが見える。
竜華 手牌
{④④赤⑤89一一三五七西北白} ツモ{四}
(そうか。まだなんも見えへんのは……どうあがいてもウチが和了れる未来が無いってことやんね)
竜華の手も重い。
淡の呪縛は、竜華にもしっかりと効いていた。
しかしその中にありながらも、不思議と恐怖や焦りはない。
自分の中には確かに怜がいて、自分が積み重ねてきたものもある。
好機は必ず来る。
そんな確信が竜華にはあった。
とはいえ、このままだとまずいというのは覆しようのない事実で。
(このままやと、前半戦は間違いなく末原さんの独壇場になる。そうなる前に……なんとか手を打ちたいんやけどね)
手牌の構成力。想像力という点では、明らかに恭子が1枚上手。
そして配牌が悪い時の動き方を心得ているのも……恭子だった。
そしてなにより……淡の弱点を恭子が的確に突いていること。
2回目の対戦である自分よりも、対策をきっちり練ってきている感がある。
(元々末原さんはこのメンツの中では一番大星さんに相性良さそうだったし、ね)
4巡目 淡 手牌
{⑥⑦⑦⑧⑧⑧46777四赤五} ツモ{5}
持ってきた牌を確認して、淡の表情が愉し気に歪む。
そうだそうだ。いくら鳴きを入れてみようが、有利なのはこっちなんだ。
カンチャンが先に埋まったことで、淡の気分も良くなる。
散々鳴いて手牌が短くなったところに、制裁を加えてやろう。
淡がそう意気込んで手牌から1枚の牌を持ち上げる。
「リーチ!」
宣言牌は{⑦}。
その牌を見て、恭子の目が細められた。
『今度は先制リーチと打って出ました白糸台の大星淡選手!リーチタンヤオ赤ドラで満貫が確定しています!』
『あ~……まあ、あんま良くないねえ』
『え?何がですか?』
『まあ、大勢に影響がないといいんだけど……この手牌の場合、正着は{⑥}切りだ』
『そ、そうなんですか?{⑥}の方が末原選手に対して危なく見えたとか……』
『もし、本当にそう思っての{⑦}切りならいいんじゃね?知らんけど。少なくともわたしはそうは思わないけどねい』
咏の解説が入っている間に、恭子から一発目の牌が切られる。
{④}。危険牌だ。
(コイツ……!)
恭子の表情は変わらない。
両手を膝の上に置いたまま、沈黙を保っている。
(ちょーっと鳴きができて、私の絶対安全圏を破ったくらいで……)
その姿勢が、表情が、気に食わない。
今までの相手なら、すぐに絶望して焦った表情をするのに。
(いい気になるなよ……ツモでもいいんだ。必ず和了る……!)
一発でツモるべく、淡が山に手を伸ばす。
たかだか文字通り非才の身で、凡人そのものである1人ごとき。
アリのように踏みつぶすべく。
淡 手牌
{⑥⑦⑧⑧⑧456777四赤五} ツモ{⑧}
(……あ?)
赤いリボンで、髪を後ろにまとめた少女が、目の前に立っている。
その衣服はとても豊かとはいえないボロボロの布で、道中で負った傷跡をいくつも残していながら。
それでも。
瞳には強い意志を湛え。
一本の剣で、巨大な腕を切り飛ばし。
返す刀で、淡の喉元に冷酷に剣の切っ先を突きつけた。
恭子 手牌
{四四③④⑤⑥⑦} {横七六八} {横324} ロン{⑧}
(あー。もう、うざいわ。我慢の限界)
突きつけられた剣を、淡は切り飛ばされた腕とは逆の左の手で掴む。
手の平からは血が流れ、剣を引き抜こうとする恭子と、逃がさんとする淡の力の拮抗で、ガタガタと剣が震えている。
(潰す……!)
瞬間。淡の背後から、おぞましいほどの闇のオーラが暴発した。
濁流に飲み込まれたかのような覇気に、思わず由華と竜華が顔を覆う。
「……これ……!」
「咲さん……?」
淡の変貌に、テレビで観戦していた咲の身体が震える。
この他を圧倒するオーラを、知っている。
この力がどれだけ凄まじいかを、知っている。
これに対抗できるのは、私だけだ、と咲は思っていたから。
これから起こる展開に、咲はなんとなく予想がついた。
その予想が、当たるかどうかはともかくとして。
東3局 親 淡
逆立った淡の金髪が、彼女が今怒っていることを表わしている。
光彩の無くなった淡の瞳には、稲光が走って。
邪悪なオーラから放たれた第一打は。
横を向いた。