ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第171局 決壊

 

 

 

 

 

 晩成高校控室。

 

 「紀子、由華には大星淡のダブリーについて、正しく情報が行っているわよね」

 

 「はい。間違いなく」

 

 投げかけられた言葉に対して紀子はハッキリと返した。

 

 ついに始まった大将戦、直後の2局は電光石火の仕掛けを駆使した恭子が制し。

 先ほどまでも配牌は良かった淡が、ついにダブルリーチを打ってきた所。

 

 禍々しいオーラがモニター越しでも伝わってくるような淡の佇まいに、晩成控室にいる面々は思わず息を呑んでいた。

 

 「ヤバすぎでしょ白糸台の大星淡……」

 

 「全員の手牌を悪くして、自分はダブルリーチか……能力麻雀の権化みたいな力ですね」

 

 普通ならこんなことをやられたらたまったものではない。

 立ち向かえるような人間が1人もいないなかで、ダブルリーチを打たれ続ける。

 あまりにも絶望的な状況だ。

 

 「まあ、それでも種さえ割れれば大したことはないわ。予選の決勝でやってくれて助かったわね。あれだけで、だいぶ情報は集まった」

 

 「確か、途中でカンが入るんでしたっけ?それで、そのカンした牌がモロ乗り、みたいな」

 

 「なんだそれ。ダブリー裏4で跳満ってことか?ふざけ倒してるな……」

 

 西東京大会の決勝。

 そこまでは特に何もせずただ相手の向聴数を落とすだけで勝っていた大星淡が、突如纏う空気を変えた。

 

 対戦相手の表情は絶望に歪み、流れるバケモノ染みた能力の奔流に中てられて、正気を失ってしまった。

 

 「ま、全部が分かったとは思ってないけど……とりあえず、今回もしっかりとカン材はヤツの手の中にある。ってことは途中でカンは挟むでしょう。由華はとにかくそれまで……」

 

 やえが由華に授けた策。

 それはあまりにも晩成らしく、あまりにも単純。

 

 

 

 「カンが入るまで全力で押せ」

 

 

 画面内の由華が、好戦的に笑みを見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東3局 親 淡

 

 淡の能力によって吹き荒れる覇気が、対局室を満たしていた。

 常人であれば気分が悪くなるどころか、正気を保つのすら難しい凄まじい暴風。

 

 しかしここに座る3人は、その悪意にのまれるほどヤワではない。

 

 『だ、ダブルリーチ?!白糸台高校大星淡選手ダブルリーチです!全員の手牌が重い中でこれは強烈……!』

 

 『うへえ~。たまんねえなあおい。これ行ける奴なかなかいねえだろ』

 

 『今の所役がダブリーのみなのが救いですかね……しかし親のダブルリーチ、これは強烈です!』

 

 淡 手牌 ドラ{⑧}

 {②②②12678二三四西西} 

 

 (いくらちょこまか飛び回ろうが、かんけーないんだよねえ。一撃で撃ち落とす)

 

 淡の本領。

 全員の向聴数を限界まで落とす支配系にありながら、自分の手を聴牌……ダブルリーチまで持っていくことができるあまりにも強力な能力。

 

 そしてその本質はまだ先にある。

 

 (んで……さて、壁牌はっと……)

 

 壁牌。全員でツモっていく山の端牌のこと。

 その端に到達した時、淡の手は完成する。

 いや、淡の支配が山牌に及ぶと言った方がいいかもしれない。

 

 (ちょっと遠いか。ま、別に大した時間じゃない)

 

 土台、こちらは聴牌で、相手は5向聴。

 そこには天と地ほどもの差がある。

 一向聴と聴牌ですら大きな差があると言われているのに、5向聴なら尚更だ。

 

 恭子 手牌

 {①①357一二四九東南西発} ツモ{⑧}

 

 (はあ……せっかく2回和了れても6000点やしなあ……今回もまたアホみたいに手牌悪いし……)

 

 当然のように、恭子は2回の和了りがあっても慢心などない。

 そも、あの程度の低打点じゃなんもならんやん、とすら思っている。

 

 淡のダブリーを見る。

 正直、ここから淡のダブリーを無視して、自分なりに最速の手組をしていくのも悪くはない。

 だが、まだ淡のダブリーには謎が多い。

 

 (今回は、少し見送ってもええかもしれんな)

 

 恭子は冷静だった。

 未知の能力には、万全の備えを。

 

 幾度も未知の能力に痛手を負い続けた恭子の経験は、確かに活きている。

 

 凡人は、凡人らしく。

 

 (どーせ、残る2人も黙ってないやろ。ここは比較的安全な牌を全巡……選び抜く)

 

 恭子には、それができる技量が備わっている。

 いくら当たり牌に関するヒントが少ないダブルリーチでも、毎巡情報は書き換えられ、安全牌は増える。

 ちょうど副将戦で、由子がやっていたように。

 

 恭子が{西}から切り出した。

 

 

 竜華 手牌

 {④赤⑤⑦167一二二七東白北} ツモ{六}

 

 (大星さんの、ダブリー。西東京大会の、決勝であったって船Qが言ってたやつやねえ)

 

 (せやなあ)

 

 (うわあ!怜急に話かけんといてよ?!)

 

 困り顔の竜華の隣に現れたのは怜の亡霊……でもなんでもなく、怜の残留思念のようなもの。

 怜曰く、竜華の太ももがむちむちなおかげや。と意味の分からないセクハラ発言をしていたが。

 

 準決勝でも、実は竜華はこの怜に助けてもらっていた。

 怜の能力は1巡先を視る……だが、この竜華に助言をくれる怜は、回数制限付きでこそあるものの、自分の手牌のゴールを教えてくれる能力を持っていた。

 

 (ほれ、竜華、今回は満貫が見えんで)

 

 (え……?そ、そう……)

 

 (……?)

 

 確かに、怜の指さした先(他人からしたらそこには虚空しかないが)には、1枚ずつこれから来る牌達。

 そして竜華の手の完成形が見えていた。

 

 しかしどこか、竜華の表情は冴えない。

 怜は心配そうに竜華の顔を覗き込んだ。

 

 (どしたん、竜華、大丈夫?)

 

 (う、ううん、なんでもないんよ!任せといて。満貫、しっかり和了ったるから!)

 

 (うん。そしたら、今回も用法容量守って、安全に怜ちゃんを使ってなーーー)

 

 怜の姿が薄れていき、やがて竜華からなにも見えなくなる。

 残されたのは、対面に座る狂気的な笑みを浮かべた淡と、無表情で淡々と竜華の打牌を待つ隣の2人。

 

 竜華は、一度拳を握りしめた。

 

 (怜……ウチは……)

 

 

 

 

 『清水谷選手も、巽選手もかなり危険な牌から切っていきました1巡目!比較的大人しめに打ち出した末原選手とは対応が対照的ですね!』

 

 『んまあ、ダブリーなんて待ちわかんねえんだから真っすぐ行くぜ、ってのと、それでも毎巡安牌は増えるから安全に行くよっていう差だわな!どっちがいいかは状況によるし、答えなんてねーけど……まあ、和了率と放銃率どっちも上がるのが、真っすぐ行く方だってのは誰でもわかるんじゃねえ?知らんけど!』

 

 

 5巡目。

 

 あたかも安全牌を切ってくるがごとくバシバシと危険牌を切られて、淡の表情から余裕が消える。

 

 (なんだこいつら……晩成はともかく、千里山は準決勝でもこんなに危険牌切ってくることなんか……)

 

 淡は準決勝ではダブリーを使っていない。

 序盤の早い段階でリーチしたことはあっても、千里山は特に無理して押してくることはなかったはず。

 

 (点数状況?いや、やけくそにはとても見えない)

 

 点数状況的に遅れている千里山が、ここで押してくるのはわからないでもない。

 が、もっと大きな理由があって押してきているような、そんな気が……。

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 淡の表情が、またもや歪む。

 

 

 

 

 竜華 手牌

 {④赤⑤⑥赤567二二六七八白白} ツモ{白}

 

 

 「2000、4000」

 

 

 『和了りきったのは千里山女子清水谷竜華選手!満貫の和了りで加点です!しかし不思議な手順でしたね~!』

 

 『……さっさと切り飛ばしていい{白}を最後まで残して聴牌直前に重ねて結局ツモ……完成形が見えてまーすって言われたほうが納得できる和了りだったけど、どうなんだろね?知らんけど!』

 

 『大星選手は親番のダブルリーチもかわされてしまったのは痛いですね……!』

 

 結局、和了りきったのは竜華だった。

 怜が示してくれた手順通り。到底常人にはたどり着けない手順で、満貫和了。

 

 これに納得がいかないのはやはり淡だ。

 

 (ダブリーも通用しない……?いやいや。そんなことあるわけない。ちょっと油断しちゃっただけ。親番は落ちたけど……ここからは一瞬だって手は抜かない)

 

 とはいえ、準決勝で対戦した時も、千里山には変な打ち方をしていることがあった。

 照に言われて映像を確認したら、確かに、未来が視えているかのような打ち方。

 

 けれど、毎局それをやってきたわけではない。

 つまりは、回数制限がある、と考えるのが自然。

 

 (私の親番を落とすために、やってきたってわけね。いーよ。次はない……!)

 

 淡視点から見れば、一番厄介なはずの自分の親番を落とすために使ってきたというのは自然だ。

 だから、ここは一旦納得する。

 

 けれど、もう休ませてやる必要はない。ここから全局、和了りに行く。

 

 

 東4局 親 恭子 ドラ{⑤}

 淡 配牌

 {①②赤⑤2345888四五六} ツモ{2}

 

 ニヤリと、淡が嗤う。

 

 (ここから全員絶望させてやる……!)

 

 ひどく愉快気に、淡は{赤⑤}を横向きで叩きつけた。

 

 「リーチ!」

 

 

 『またまたダブルリーチ?!止まりません白糸台高校大星淡選手!今度はペン{③}でのダブルリーチとなりました!!』

 

 『……そっか。辛そうだな。白糸台のコ』

 

 『……三尋木プロ?』

 

 『んあ?いや、なんでもねーよ。いや~たまんねーなあ!ここまでダブルリーチ打たれると!周りはどう対応していくかねい!』

 

 

 勢い変わらず淡のダブルリーチ。

 嘘偽りなく、淡はここから先全ての局で和了るつもりだ。

 

 その強大な能力で。

 

 (次の壁牌は~……また少し遠いな)

 

 カンを入れられる場所が、また少し遠い。

 そのことに少しだけイラつきながら。

 

 竜華 手牌

 {①③157二三七九九東南西} ツモ{一}

 

 (重い……毎回怜を呼べるわけやあらへんし、自力で頑張りたいところやけど……それで刺さったら目も当てられへん)

 

 怜を呼べるのは毎回ではない。

 しかしそれ以上に、竜華には怜を呼べない理由があったが、それをそっと胸にしまって。

 

 とにもかくにも一度満貫は和了れたのだから、付け入る隙がないわけではない。

 チャンスはまた来るはず。そう思って、竜華は{西}から切り出した。

 

 

 

 6巡目。

 

 (よし、次の次で、カンだ)

 

 ここまでは邪魔され続けた淡の和了も、今回ばかりは邪魔はない。

 憎き姫松は一度も鳴きを入れていないし、千里山も危険牌をバシバシと切ってきているわけではない。

 

 親番である、恭子の手が止まった。

 ふと、淡はあることに気付く。

 恭子の表情に、多分に焦りが含まれていること。

 

 (ようやく怯えだしたか……)

 

 淡の気分が良くなる。

 そうだ。普通はこの強大な力に恐れをなして逃げだすのが常人。

 それくらい怯えてくれないと面白く――――。

 

 (ん?)

 

 違和感。

 恭子の視線は、確かにこちら側。

 

 しかし、視点が明らかに違う。

 

 まるで、恐れているのは、淡の手牌ではなく……。

 

 (捨て牌?)

 

 恭子の視線が、淡の捨て牌に向けられている。

 

 不審に思って、淡は自らの捨て牌をもう一度眺めた。

 

 

 

 

 

 淡 河

 {横赤⑤西南白発北}

 

 

 

 

 

 

 

 理解した瞬間、淡の背筋を悪寒が駆け巡る。

 河を確認する。

 ない。ない。誰の河にも、無い。

 

 

 

 

 

 

 

 淡の手が、震え出す。

 こんなことは、照と打った時だって……。

 

 

 

 

 

 

 

 恐る恐る、淡が持ってきた牌を手牌の上に乗せた。

 

 誰が言ったか。『リーチは天才を凡夫に変える』。

 

 道中持ってきた牌を、切りたくなくても切るしかない。

 仮に相手にとってプラスになる牌も、切るしかない。

 

 そして今もってきたこの牌がどれだけ危ないと思っても。

 

 この牌を、切ることしかできないから。

 

 

 {八}。

 

 音を立てて、転げ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ロン」

 

 

 

 

 透き通った声だった。

 

 身も凍ってしまうような、声。

 

 

 

 

 

 

 虚ろな目で、その相手を見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ。よかったな嬢ちゃん、安い方だ」

 

 

 

 

 

 

 

 これが、晩成の――――。

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {八八北北北白白白発発発中中} ロン{八}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……トリプルだ」

 

 

 

 

 

 

 

 烈火の剣が、淡の身体を容赦なく焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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