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物語の形式上、どうしても描き方に差が出てしまいます。
そのキャラクターを好きな方に不快な思いをされる方もいると思いますので、念のため。
大将戦で起きた突然の騒動。
会場は混乱によるざわめきがまだ収まっていない。
騒動の原因を作った巽由華が属する晩成高校控室で、同級生の紀子が冷や汗をかいていた。
「もう由華流石にやりすぎ……!」
「ははは、由華先輩らしいというか……」
これには初瀬も苦笑い。
大将戦南2局。
依然としてダブルリーチを敢行しようとする白糸台高校1年大星淡に対して由華は、おもむろにその手を掴んだ。
当然他者の妨害にあたる行為であるし、咎められるのは当然である。大会側が以前対局中に物理的ダメージを与える打ち手がいた事例があったことからこの手のことに寛容であったのが不幸中の幸いだろうか。
「でも、急にだったからびっくりしたよ……由華先輩どーしたんだろ?」
「……許せなかったんだと思う」
「え?」
確かに大星淡の態度はこちらから見ていても不快に感じる部分はあった。傲岸不遜で自信過剰。対局前も上級生相手に喧嘩を売るような態度だったのは見て取れた。
しかしそれだけで怒るほど、由華は子供じゃない。……厳密に言えば怒るかもしれないがこんな行為に及ぶ理由にはならないだろう。
そう思った憧に対して答えたのは、同級生である紀子。
「先鋒戦でやえ先輩が負けた時、私達皆悔しい気持ちだったけれど、それでもどこか、あの先鋒戦を終えた選手全員に尊敬っていうか……その類の感情があったと思う。きっとそれは、由華も同じ。そこからこの大将戦に至るまで、皆が全力だった。それは、白糸台の選手もふくめて。2人も、そう思わなかった?」
「……確かに、全力でした。皆、この半荘に全てをかけてるんだって……」
憧は思い出す。
悩み抜いてそれでも自分の力を信じた尭深を。打ち方を曲げることなく、最後まで攻め抜いたセーラを。そして、勝利への恐ろしいほどの執念を見せた洋榎を。
全員が全力だった。あの舞台にかける想いは、皆強かった。
「由華のことだから、そういう全員の想いを踏みにじられたように感じたんじゃないかな。敵チームだけならまだ良い。けれど、自分のチームの先輩達の想いのこもった闘牌を見ても、なにも気にしていないかのような素振りだったから。それは選手だけじゃない。この大会に出場した、全国の高校麻雀打ちに対する、冒涜だって」
想像だけどね、と言った紀子は目を閉じる。
そう口にしながら紀子は、昨日の由華と話した内容を反芻する。
勝利を誓い合った。最高の舞台で勝利を届けると言っていた。
と、ソファの中央でサイドテールが揺れる。
「ほんと、いつからあんな奴になっちゃったんだか」
「……ふふふ」
呆れたように背もたれに体重を預けるやえの口ぶりは、褒めるような言葉ではない。
けれど、その表情が雄弁に今のやえの気持ちを語っていて、思わず紀子は笑みがこぼれた。
全部あなたのせいですよ――とそう言いたいのはやまやまだが。
「ま、私があそこにいてもそうしてる。籠の中にいる鳥をいじめたってなんの面白みもないわ」
その時のやえの瞳は、先鋒戦のあの時のようだった。と、隣にいる憧は思う。
「ただ、籠から出したんなら、それでも撃ち落とせると証明なさい」
頬杖をついたやえの瞳に映るのは、今まさに1枚の牌を真っすぐに置いた白糸台の1年生の姿だった。
南2局 親 由華
恭子と竜華の気持ちは1つだった。
この子こええ(怖い)よと。
あんな騒動があった後だが、驚きこそしたものの動揺はしていない。
と、いうのも2人とも2回戦の大将戦を見ていたのが大きかった。
(2回戦の時もゴリゴリに威嚇しとったからなあ……人を舐めた態度とる1年には容赦ないってか……)
(は、話には聞いていたんやけど晩成の大将さん……可愛い顔して怖すぎひん?ウチ涙出るかと思ったで……)
何事もなかったかのように理牌している由華が、ただただ恐ろしい。
これで女子高生というのはもはや嘘ではないだろうかと思えるほどに。
少しして。淡から1打目が打ち出された。
河に置かれた{①}は、真っすぐに前を向いていて。
そのことに、竜華と恭子は少なからず驚く。
『お、大星選手ダブルリーチせず!聴牌を外していきました!!これは大きな決断ですね!!』
『ああ……本当に、本当に大きな決断、だねい』
淡 手牌
{②123444888西西北}
見た目はなんら大したことない、ただ索子の染め手が見えるから聴牌を外した。それだけのこと。
しかしたったそれだけのことを咏は、感情を揺さぶるような声音で話す。
『ドラが索子で、今すぐにでも索子を持って来れば聴牌し返せそうな手牌で、ダブルリーチをしなかった。たったそれだけのこと。と思うんじゃねえぞ~。この1打には、自分の根幹をぶっ壊す覚悟が必要なんだ。さあ……面白くなってきたんじゃねえの?知らんけど!』
恭子がその1打をしかと見届けて、ツモ山に手を伸ばす。
(大星は確実にリーチを打とうとしてた。つまり、聴牌だったっちゅうことや。それをおそらく、外した。このままでは駄目だって、身体がわかったのかもしれへんな)
恭子からすると、淡にダブルリーチを打ち続けて欲しかったかと言われれば、微妙なところだ。
先ほどのような由華の大物手が淡を直撃してしまえば、ゲームセットまであり得るし、かといって、この前半戦淡の下家に座れた恭子が、好き勝手鳴かせてもらっていたのもまた事実。
どちらの方が得だったかは、検証のしようがない。
(……なんて、損得で考えてまうウチは、ホンマに嫌な女なんやろな)
恭子の至上命題は優勝。そのためによその1年のプライドが叩き折られようが、泣きわめこうが、関係ない。
そう思ってしまっていた。由華の気持ちはもちろんわかる。恭子かて、ここまでの戦いを見てなにも思うことがないのか、と思わなかったでもない。
けれど、そのおかげで姫松に優勝が転がってくるなら、恭子は別にそれで良いと思った。
(せやけど……こうなったからには心置きなく全力で行かせてもらう。大星、麻雀はな……向き合ってすぐ振り向いてくれるほど、優しい競技とちゃうで)
その瞳が、淡を捉える。恭子の気持ちに微塵も変化はない。
いくらその気持ちを入れ替えたところで、この舞台の優勝は絶対に譲らない。ただ、それだけ。
4巡目 淡 手牌 ドラ{7}
{②123444888西西北} ツモ{⑤}
(……なにも、来ない……)
淡の手は一向に進んでいない。とはいえ、3回連続で索子が来なかっただけなのだが。
それだけで淡は焦燥感に駆られていた。周りは速度も打点も兼ね備えた打ち手達。一巡一巡と無駄ツモが続く度に、淡の額に汗が増える。
「チー」
「……!」
淡の手から零れた牌を、恭子が攫う。その手に淀みはない。
何の迷いもなく、恭子は和了りに向かって真っすぐに向かっている。
恭子 手牌
{⑥⑦67二二四四赤五六七} {横②③④}
『スピードスター末原恭子仕掛けます!この2度受けの両面をチーして前進!これで両面両面の一向聴へ!』
細い腕をすらりと伸ばして、恭子は華麗な内切りで牌を切り出していく。
河に並んだのは……{6}。
『えっ……す、末原選手両面両面の一向聴牌に受けず!索子を外していきます!』
『っかあ……なるほどねえ……いっそ清々しいほどに、容赦ない』
『容赦ない?ど、どういうことですか?』
困惑する針生アナをよそに、咏はしたり顔。
その情け容赦ない打ち筋に、咏は思わず身体を背もたれに預けた。
(私としちゃあこの新しい打ち手の産声を、バケモンから麻雀打ちへの一歩を、和了りで飾ってあげたいと思ったけれど)
目を、伏せる。
(そう都合良くいかせてやるほど、末原ちゃんは甘くねえってこった)
自分で考えて咏は、そりゃそうだと嘆息する。
ここはインターハイ団体戦決勝。
打ち手全員に、負けられない想いがあるのだから。
7巡目 淡
{1234445888西西北} ツモ{8}
(え……)
淡が、今持ってきた{8}に目を見開く。と同時に、山牌へ目をやった。
山は丁度、由華の目の前から無くなる、最後の牌。つまり。
(壁……牌)
淡の全身が、歓喜に震える。
「カン!」
衝動的に、言葉が出ていた。ほぼ本能で。
(私はまだ、死んでない!)
先ほどまで動揺で揺れていた淡の瞳に生気が戻る。淡がカンできたのはこの大将戦では初。
南2局にしてようやくたどり着いた壁牌。
淡 手牌 新ドラ{⑦}
{1234445西西北} {裏88裏} ツモ{7}
(来た……!これには裏が乗る……!まずは一撃……!)
「リーチ!」
リーチに面前混一色。それに裏が4枚。それだけで淡の手は倍満に昇華される。
『リーチです!白糸台の大星淡選手!ここでまずは一撃決めることができるか!』
『ダブリーチャンスをここまで育てたんだ。大したもんじゃねえの!知らんけど!』
この時淡は、由華に言われた言葉全てを理解できたわけではなかった。
しかしそれでも、このままダブルリーチを敢行し続けるだけでは勝てないということだけはなんとなく気付くことができたから。
引き金になったのだ。一旦手を止めて考えて、一度自分の手牌を冷静に俯瞰する動作を挟むことへの。
それは間違いなく、淡が“麻雀”を打ち始めたという証拠。
牌に愛されし者は、牌と向き合うだけで大きな成果を残すことができる。たとえそれが、麻雀という競技を知って数週間、数か月であろうと、関係ない。
そんな少女が今日初めて自ら歩み寄った。今までただ享受するだけだったものに対して、初めて自ら働きかけた。
その最初の一歩。
最終形は悪い。当たり牌は1種類しかない形。それでも、そんなのは慣れたもの。一種類だろうと、一枚だろうと、山にありさえすれば関係ない。
それが愛されるということだから。
ここから反撃開始。
「ツモ」
その一歩はしかし、苦い記憶となって淡に刻まれることになった。
恭子 手牌
{二二四四赤五五六} {横⑤⑥⑦} {横②③④} ツモ{三}
「……1000、2000や」
『せ、制したのはまたもや末原恭子!!先に聴牌を入れてしっかりと和了りきりました!!』
『……和了へのルート。速度。他人の捨て牌への嗅覚。いやあ……流石、だねい』
『ターツ選択を間違えませんでしたね!』
悔しそうに歯噛みするのは淡だ。
(なんで勝てない……?和了れば、こっちの方が高いのに……!)
仕方なく点箱から点棒を取り出し、恭子に渡そうと―――。
(こ……れは)
ふと、恭子の河に目が留まる。
おいてあるのは、{67}の並び。
わずか4巡目にして、彼女はこのターツに手をかけている。
自分のことで手一杯だった淡は手出しツモ切りなど見れてはいないが、明らかにそのターツを嫌ったことだけは、なんとなく理解ができた。
周りを見る。全員の河を見る。
何度も見ているはずなのに、この、感覚はなんだ?
「あー、大星?点棒……」
「あ……」
恭子に言われて、初めて点棒を握りしめたままだったことに気付く。
恭子に改めて点棒を渡してから。
訝しむ恭子が真ん中のボタンを押して、牌が中央に流れ込むその瞬間まで、淡は全員の河を見つめていた。