ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第178局 最後の半荘

 

 

 

 決勝大将前半戦終了時。

 

 淡だけを残して対局室から出ていく面々。その中には、由華の姿もあった。

 

 (千里山も流石にやる……後半戦はもう2、3撃は必要になりそうだな……)

 

 現状、由華はトップ目に立っている。が、それは薄氷のトップであることは点数からも、そして状況からも明確だった。

 由華の和了りは淡から打ち取った三倍満のみ。他の局は姫松と千里山に先手を許し続けている。

 

 (後半は必ず……まとめて潰す)

 

 後半戦も思うように進ませてもらえるとは思えない。

 激戦は必至だろう。

 

 

 「由華」

 

 静かに後半戦への思考に耽っていた由華を引き戻したのは、大好きな先輩の声。

 ふと顔を見上げれば、そこにはいつものサイドテール。

 

 「やえ先輩、控室で待ってくれててよかったのに!」

 

 「考え込みすぎて下手したら帰ってこないんじゃないかと思ってね」

 

 「私に会いたかったんですよねわかります」

 

 「そんなふざけた口がきけるなら平気みたいね……」

 

 嬉しそうにひっつく由華に対してやえは呆れ顔で天を仰いだ。

 

 「どう?前半戦戦ってみた印象は」

 

 「そう、ですね……」

 

 くるりと踵を返して、2人は晩成の控室に向かって歩き出す。

 

 「あ、白糸台は舐めてたんで1回シメちゃいました、すみません」

 

 「あ~……それはいいわ。私の方から宮永にも一応謝っておいたし」

 

 「ええ!?それは、すみません……」

 

 やえから照への会話を聞いていて、あれを謝罪と捉える人が何人いるかはわからないが。

 

 「千里山はもっと不思議な打ち方をしてくるものだと思っていたので意外、でしたね。かなり正統派の打ち筋です。こっちにも警戒して役牌を絞ってるっぽい感じしましたし」

 

 「そうね。清水谷は何回かあんたに役牌を降ろすのを嫌がってたわ」

 

 「オーラスなんかは逆にアシストかと思いきや……しっかり自分で和了ってきました。かなり強気に発言してましたし……簡単には、勝たせてくれなさそうですね」

 

 「ま、あっちもさんざんっぱら姫松にやられているだろうからね。同地区だし」

 

 「姫松は……末原さんは、準決勝よりも更に強いです」

 

 「そう……まあ、あんたが言うなら、そうなんでしょうね」

 

 今日の恭子には抜け目がない。

 和了れる手牌は全て和了ってやろうという強い意志が、彼女を動かしているように見える。

 

 由華からすれば、相性的にもやりづらいことこの上ない。

 

 「でも負ける気なんて、無いんでしょ?」

 

 「もちろんです。むしろ勝てるとしか、思ってません」

 

 間髪入れずに返ってきた由華の返事に、安心したようにやえが微笑んだ。

 

 「なら、いいわ。後半戦は必ずもっと和了れる機会が来る。あなたなら、できるはずよ」

 

 「はい。任せてください」

 

 由華の瞳に曇りはない。必ず次の半荘が終わった後、笑顔でこの人に会うんだと心に決めた。

 一つ息を吐いてから、由華が最後の懸念点を口にする。

 

 「あとは後半戦で、末原さんが北家に座った時、ですかね」

 

 「あ~……でも今のオーラスは千里山が和了ったわね」

 

 「そうです、が。もし仮にこのままの点数状況で行けば、白糸台と千里山にはオーラス打点を作らなければいけない可能性がでてきます。そうすると、実質1対1。私が止めなければ、止まらない」

 

 前半戦のオーラスは、竜華が止めた。

 けれど、後半戦も同じようにいくとは限らない。今由華が言ったように、おそらく後半戦のオーラスは全員に打点条件が付くはずだろう。

 そうすると千里山も白糸台もそれをクリアしないことには和了れない。

 

 となれば親の姫松を止められるのは自分だけ、という状況も容易に想像できる。

 

 少し俯きがちにそう言った由華を横目で見て、やえはその背中を軽く叩いた。

 

 「へーきよ。あんたがこの1年間やってきたことは、なにも打点を作るだけじゃないでしょ?吸収できることを全部吸収して、やれることを全部やってきた。違う?」

 

 「違わない、です」

 

 「準決勝で悔しい思いして、どうしたら先に和了れるかも考えた。やれることは、間違いなく全部やった、そうでしょ?」

 

 やえの言う通りだった。

 間違いなくこの1年間由華は様々な努力を人一倍やってきて、それでも及ばなかった昨日を受けて、更にどうすればいいかを晩成のメンバー全員で考えた。

 やれることは、全てやってきた。自信を持ってそう言える。

 

 「それにね。な~んかわかんないけど、後半戦は末原北家にならない気がするわ」

 

 「なんですかそれ」

 

 ニヤリと笑ったやえに、由華もつられて笑みをこぼす。

 やえにしては珍しい、部員全員の前ではあまり見せない、屈託のない笑み。

 

 もう控室が近づいてきた廊下で、やえは少し由華の前を行く。

 

 

 

 「だって、今年は私達が優勝するための団体戦だもの。舞台はきっと、整えられるはずよ」

 

 

 「……なんですか、それ」

 

 

 根拠なんて、ないのかもしれない。

 けれど、この人が言うと本当にそうかもしれないと思ってしまう。

 

 ここまで団体戦に前向きになれたやえを嬉しく思いつつ、やっぱり、最後はこの人に笑ってもらいたいと心の底から思う。

 

 

 「ほら、みんなもういるじゃない」

 

 「……!」

 

 気付けば控室の扉の前に、晩成のメンバーがそろっている。

 

 憧と初瀬が走り寄ってきて。

 その後ろで紀子が笑顔で手を振っている。

 

 その姿を見てやえがもう一度、こちらを振り返る。

 

 由華の視線の先には、晩成のメンバー全員が映っていて。

 

 

 

 

 「ねえ、由華――あんたも、そう思うでしょ?」

 

 

 なんのことを言っているかなんてすぐわかる。

 

 

 

 「ええ、絶対に、そうですよ」

 

 

 

 今年の団体戦は、私達晩成のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華が対局室を出るより少し前。

 足早に階段を下りて控室に向かう恭子の姿があった。

 

 (清水谷に親番潰された……!まだ晩成トップやし、点差的にも後半戦一回も和了らせるわけにはいかん……大星もなんか聴牌外したりしてるみたいやし……立ち直るのは団体戦終わってからにしてや、未来ある才能の開花にウチらを巻き込まんといてな!)

 

 前半戦オーラス、恭子は少なくとも2,3回は連荘する気でいた。

 それはトップで前半戦を終えたいというのもそうだし、由華の打点を考えればもっと引き離しておきたいと考えるのは当然のことで。

 

 (後半戦が思いやられる……メゲるな凡人……思考を止めたらそこで終わりや)

 

 対局室を出て、歩く速度が更に上がる。

 確認したいことも山ほどある。聞きたい意見もある。休憩時間でもやれることは全てやりたいと思うのが恭子。

 

 と、そんなふうにブツブツ俯きがちに呟きながら歩いていると。

 

 

 「てい!」

 

 「ったあ?!」

 

 突然手刀が頭に降ってきた。

 

 「おつかれ!」

 

 「って多恵かい……」

 

 頭を抑えつつ顔を上げてみればニコニコと笑みを浮かべる親友の姿。

 わざわざ迎えにこんでも、と思ったのをすぐに飲み込んで、恭子は時間が惜しいことに気付き、聞くべきことを聞きに入る。

 

 「大星聴牌崩しとったよな?ダブルリーチとんでこーへん時もツモ切り多かったし清水谷いつもと結構ちゃう打ち方しとらんか?オーラスなんかは早めに両面固定しとったし和了り優先って感じやなかったっちゅうか」

 

 「あ~!まてまてまてまて恭子ストップ!」

 

 つんのめりそうになるぐらい近づいてきた恭子を多恵は両手で肩を掴んで落ち着かせる。

 

 「いったん、控室いこ?きっとデータ班の人たちが録画しといてくれてるからさ」

 

 「あ、ああ、せやな……」

 

 自分でも焦っていたことに気付いたのか恭子は一旦落ち着きを取り戻す。

 

 (一見平気な顔して打っているように見えても、恭子の頭の中はいっつもぐるぐる回っているんだね……)

 

 一緒に歩き出した恭子を、多恵は心の底から尊敬していた。

 初めて会った時から変わらない、麻雀への姿勢。

 最善を尽くすという言葉が一番似合う、実直で誠実な人間性。

 

 (真面目すぎるくらいだよ。本当に……)

 

 横目で恭子を見る。

 未だ前半戦での疑問点が多いようで手は顎に置かれたままだ。

 

 この華奢な肩に、いったいどれだけの重圧がのしかかっているのかを、多恵は知っている。

 どれだけ対局のシーンではポーカーフェイスで打ち続けていても、心の内は一打一打荒れ狂っているであろうことを知っている。

 

 きっと控室に戻ったら、恭子はそこでも最善を積み重ねるのだろう。

 後半戦相手がどういう立ち回りが予想されるのかを考えて、自分はどう立ち回るべきなのかを考える。

 

 麻雀という運の要素が大きいゲームでなお、思考を止めることが無いのだ。

 

 だから、今だけは。

 

 「大丈夫だよ、恭子」

 

 彼女の心に寄り添ってあげたい。

 

 

 きょとんとした恭子に構わず、多恵は言葉を続けた。

 

 「恭子は自分で思っているより、ずっと強い」

 

 「そうは言うけどな……流石に相手が相手やし……舞台が舞台や。万が一にも、失敗は許されへん」

 

 声に震えはない。けれど、恭子の歩く速度がこころなしか速くなったのを、多恵は見逃さない。

 

 「もう少し、自分を信じてあげてもいいんじゃない?」

 

 「自分を信じる~?急に精神論やな……」

 

 「ふふふ。最後の最後は精神論だよ。私、メンタル弱いからさ」

 

 「それ自分で言うんか」

 

 「でもきっと、恭子も同じでしょ?」

 

 「まあ……せやな」

 

 きっと最後まで、恭子は最善を尽くすから。

 

 その最善を尽くすための道を作ってあげたい。

 

 「恭子はよく他の皆から学んだって言うけどさ、私達だって、恭子からたくさん学んだよ。この3年間」

 

 「量が違うやろ……ウチの方が多恵や洋榎からたくさん学んどる」

 

 「そんなことないよ。恭子は自分が思っているより、ずっと強い」

 

 「そうやろか……」

 

 「だから最後は信じてもいいと思うよ。3年間努力を続けてきた自分を」

 

 「自分……ねえ」

 

 恭子は歩きながら自分の手と、それから隣に立つ多恵を見た。

 

 どんな後半戦になるのか、まだわからない。

 けれど、最後は多恵の言う通り、自分を信じてみたい、と少しだけ思う。

 

 (なんて……ウチに精神論は似合わんな)

 

 今はただ愚直に、最善を尽くすことを。

 

 恭子はそう心に決めて、控室へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よし……こんなところやな」

 

 「末原先輩……ファイトです……!」

 

 控室に戻ってすぐ、恭子は前半戦の牌譜を流し見た。

 白糸台の行動は比較的想定通りだったし、千里山も素直に打ってきていることがわかる。

 

 後半戦はどうなるかわからないが、できることはやったはずだ。

 

 「恭子」

 

 「なんですか、部長」

 

 やれることを全て確認し終えてソファから立ち上がり、大きく伸びをしていた恭子に、洋榎から声がかかる。

 

 近づいてきた洋榎がドン、と恭子の胸のあたりに拳を当てて笑った。

 

 

 「気楽にいってこいや。恭子は自分が思っているより、ちゃんと強いで」

 

 「……!」

 

 一瞬、その言葉に驚いて。

 そのかけられた言葉が先ほどの多恵とほぼ同じだったこと。

 思わず恭子は多恵を見た。

 

 「ね、言ったでしょ?」

 

 「そうよー!恭子ちゃんはすっごく強いのよ~!」

 

 「末原先輩は最強ですよ!」

 

 もちろん、勇気づけてくれる側面はあるだろう。それでも、まさか最後の最後にかけてくれる言葉がそんなものだとは思わなくて。

 3年間一緒に研鑽を続けてきた仲間だからこそ、重い。

 簡単な言葉に見えて、その言葉は恭子の心の奥にずっしりと響いた。

 

 (ちょっとは、自信持ってもええんかもしれへんな)

 

 次の半荘で、全てが決まる。

 自分の高校3年間が終わる。

 

 その直前で、こんな気持ちになるとは思っていなかった。

 

 「よっしゃ!行ってくるか!」

 

 顔を上げて、覚悟を決めた。

 次ここに来るときは、必ず、笑顔で。

 

 恭子は控室を後にする。

 

 「末原先輩ならやれます!優勝しましょう!!」

 

 「いったれ恭子。ウチらが最強やって、示してこいや」

 

 「恭子ちゃんなら、絶対勝てるのよ~!」

 

 最高の仲間の声援を受けて。

 姫松の一員であることに誇りを持って。

 

 さあ、いざ、頂の景色を見に行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょっと待って恭子」

 

 「ん?」

 

 控室を後にして、廊下を歩きだした恭子の後ろから、多恵が声をかけた。

 

 「なんや?なんか連絡事項か?」

 

 「ふふふ、まあ、そんなとこ」

 

 近づいてきた多恵は、恭子の真正面に立つ……ことなく、後ろに回る。

 

 

 「え、なんやなんや怖い怖い」

 

 「いいからいいから」

 

 多恵は恭子の後ろに回って……その背中に、ゆっくりと額を当てた。

 ビクリ、と恭子の身体が少し跳ねる。

 

 

 

 「先鋒戦の前、やってくれたでしょ?だから、お返し」

 

 「……!」

 

 先鋒戦が始まる前。

 確かに恭子は、多恵に勝ってほしくて……リベンジを果たしてほしくて、想いを込めた。

 ちょうど今多恵がやっているように。多恵の、背中に。

 

 

 「大丈夫。恭子なら、大丈夫」

 

 こうすることで、別にツモが良くなったりなんかしない。

 配牌が、良くなったりは、きっとしない。

 

 けれど、どうしてこんなに、あたたかい気持ちになれるのだろう。

 

 安心感を、覚えてしまうのだろう。

 

 

 

 「必ず……勝つ」

 

 「うん、“信じてる”」

 

 

 

 その言葉で、恭子は、何十倍も何百倍も頑張れる気がしたから。

 

 

 左手につけた、ブレスレットを握りしめた。

 

 皆の想いは、いつでもここに宿っている。

 

 

 

 

 

 

 これが最後。

 

 私達(姫松)が最強であると、日本中に示そう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大将後半戦、最後の半荘が始まる――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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