ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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咲最新巻読みました。
菫がカッコよかったのが印象的でしたね。
清澄勢の回想はもっと早くやってよ……と思いつつ、どうせここまでは待てなかったので仕方ないですね。

今回のお話は色々と設定でガバいところがあるかもしれませんが、ご容赦を。




番外編9 クラリンの大ファンと一人の父親

 

 

 

 時刻は夜20時を回ったところ。

 日はとっくに沈んだというのに、ここ東京の街並みは暗闇を知らないらしい。

 街頭は煌煌と夜道を照らし、立ち並ぶビルからは光が漏れ、道を走っていくトラックのエンジン音が耳に響く。

 

 そんな普段となにも変わらない東京の街並みの中、一人の男が慣れない手つきでスマートフォンの画面を操作し、そして煩わしそうに画面を閉じた。

 男は仕事の関係で出張中。普段から出張が多い仕事柄、ここ東京に来るのも珍しい話ではない。

 今回の依頼主との打ち合わせを終えてさっさとホテルへと戻ろうと思った矢先のこと。

 

 「今更なんだっていうんだ……」

 

 先ほど開いていたスマートフォンに示された場所の前まで来て、男は嘆息する。

 本当なら別に来なくても良かった。旧知の仲ではあるが、ここ数年連絡なんかろくすっぽとってなかったのに。

 

 どこで東京にいるということを嗅ぎつけたのかは知らないが、迷惑極まりない。男は明日も仕事なのだ。

 

 小洒落たバーの扉を開け、「待ち合わせなんですが」と言えば、すぐに店の奥へと通される。

 通された先には、昔となにも変わらない軽薄そうな男がひらひらと手を振っていた。

 

 「久しぶりだなあ。2……いや3年振りか?」

 

 「どうでもいい。さっさと用件を話せ」

 

 「おいおい竹馬の友にそんなつれない態度ないだろ。あ、店員さんジンハイを1つ」

 

 「俺は明日も仕事なんだ、飲まんぞ」

 

 「いーからいーから。そんなかてえこと言うなよ」

 

 男は昔から目の前の男が苦手だった。集団の中にいれば口もよく回るし気もよく回る器用な奴で。

 そんな目の前の男を見ていると自分の不器用さが浮き彫りになるようで嫌だった。

 

 「東京来てるなら連絡くれよ。いつでも飲もうって言ってたじゃねえか」

 

 「いつの話だいつの……。それより用件はなんなんだ」

 

 仕方なく男はネクタイを外す。長居するつもりなど毛頭ないが、それでも首元が苦しいまま話してやるほどの人間でもない。

 

 「まあまあ、まずは乾杯と行こうぜ、ほれ、乾杯」

 

 「……」

 

 「そーいやこんちゃんの娘さん結婚したらしいぜ。知ってたか?あんな溺愛してた娘さん結婚したらあいつ泣いてるんだろうなあ」

 

 「……」

 

 「マツんとこも2人目だってよ。俺は今度挨拶行くけどよ。お前も都合つけば行ってやれよ。喜ぶと思うぜ」

 

 少しだけ顔を赤らめた目の前の男がまくしたてる。まさに立て板に水だ。

 そんな様子を見て尚更彼の意図が男にはわからない。今更呼び出して、いったい何の用だと言うのだろう。

 

 「世間話はいい。本題に入れ」

 

 「……ったく、昔より更に固くなっちまってまあ……」

 

 ふう、と息を一つ吐いた。それだけで、お茶らけた表情だったはずの彼の目が、急に鋭くなる。

 これだ。男が昔からこの目の前の彼を好きになれないのはこの『振れ幅』だ。

 

 軽薄で、お茶らけていて。全員を引っ張り、時に仲を取り持つほどの存在でありながら、真剣な表情になると急にカリスマを発揮する。

 昔から……真剣な話の時と麻雀の時だけは、この表情になる。

 

 「お前……娘さんのインターハイ観てるのか?」

 

 「……また余計なお世話か」

 

 1トーン落ちた彼の声。

 鋭くなった視線。耐え切れずに男は視線を逸らした。

 

 「余計なお世話?いや違うね。俺は若い才能が摘み取られようとしてるのを黙って見てることはできねえってそう言ってんだ」

 

 「いいや余計なお世話だ。確かにお前は娘に麻雀を教えてくれたかもしれないが、親は私だ。娘のことは、私が決める」

 

 「親バカも大概にしろよ?そこにあの子の意志はあるのかって聞いてんだよ」

 

 「それこそ関係がない。麻雀なんていう競技をやっていたって幸せになんかなれん。だからあの子の言いだした全国優勝を果たすことができれば、私は今のまま残ってもいいとそう言ったんだ」

 

 「けどお前はどこか、こう思ってたんだろ?娘に麻雀で全国優勝できるほどの才能は絶対にない。って。それは他でもない、『あの事件』があったから」

 

 「……」

 

 男は口を閉ざした。

 が、ジンハイの入ったグラスを一口呷ると、正面の男を再び睨み据える。

 

 「ああ、そうだ。麻雀はクソゲーだ。才能ある者が、才能無き者を虐げるだけのゲーム。あの時私達は皆そう思ったはずだ。なによりも――あの時一番麻雀が上手かったお前が、誰よりも分かってるはずだろ!」

 

 柄にもなく声を荒げる。

 急に呼び出されたイライラもあってか、珍しく男は感情的になっていた。

 

 「なんで今更そんなことを言いに来る!お前が一番絶望してたはずだ!見たくなかった!お前の部屋の本棚が空になっているところなど!あれから誰とも言わず麻雀をすることは無くなった!疎遠になった!結論がついたはずだ!あんな地獄に、わざわざ娘を突き落とす親がいるか!」

 

 男の主張はもっともだった。

 この2人が昔仲良かった頃……ひたすら集まっては麻雀を打っていた。それが楽しくてたまらなくて。大人になっても変わらず、時間が合えば麻雀を打った。麻雀が、全員を繋ぎ止めていた。

 

 しかしある日事件が起きた。

 友人の娘に麻雀を教えようとなったまではいい。しかし、その娘が強すぎた。小学生になって間もない少女に……誰一人として勝つことはできなかった。

 『才能』。このたった2文字に、4人の経験と知識が粉々に砕け散った。

 何十年と続けてきたゲームが、いとも簡単にひっくり返った。

 どこか分かっていた節はある。世間で活躍するのはいつも才能に愛された者で、いくら努力しようが凡人は凡人にしかなれないと。

 それでもあの現実は、受け止めるにはキツすぎる現実だった。

 

 その場では努めて明るく振舞っていた目の前の男も……内心はぐちゃぐちゃになっていただろう。見ていて痛いほどわかった。

 

 「……娘は全国優勝できなかった。だから東京の高校に転校させる。これは決定事項だ。麻雀も止めさせる」

 

 「見てんじゃねえか。娘さんのインターハイ」

 

 「……ッ!……結果を知っただけだ」

 

 これは嘘だった。仕事の合間や休憩時間に中継映像を見ていたし、なんなら録画もしている。

 男は娘が嫌いなわけではない。むしろ溺愛しているといっていい。だからこそ、麻雀という不毛なゲームにこれ以上関わって欲しくなかった。

 

 「まだ個人戦が残ってる。それを見てからでも遅くねえんじゃねえか?」

 

 「個人戦?はっ笑わせるな。あんな人外魔境の個人戦でうちの娘が優勝できるとでも?バカも休み休みいえ」

 

 「そうだな、正直優勝できるかどうかは、厳しいと思うよ」

 

 「ならそれでしまいだ」

 

 「けどな、ちゃんと見てやれ。あの子の麻雀を」

 

 「……なんだと?」

 

 ちゃんと見る?ふざけるな、と男は思った。

 娘の麻雀は、よく知っている。知っているから勝てないとはっきりと言える。

 

 なのに有無を言わせないほどに目の前の男の雰囲気が鋭くなっていて。

 

 「俺はな……救われたんだよ。一人の小さな打ち手に。現在進行形でな」

 

 「なに……?」

 

 言っていることがわからない。

 あの日あれだけ麻雀に絶望していた目の前の男が、救われた?

 誰よりも麻雀を愛し、それ故に壊された目の前の彼が?

 

 「どうしようもないほど麻雀が大好きで、麻雀を心の底から愛した打ち手に、救われたんだ」

 

 「なにを訳の分からないことを……」

 

 「あの子は証明する。麻雀の強さは『才能』では決まらないって、今年必ず証明する」

 

 「……!」

 

 

 目の前の彼が誰の事を言っているのかはわからない。が、目の輝きが、昔のそれに戻っている。

 あの日麻雀に絶望し、2度と牌を触ることはないのだろうと思っていた彼。

 どこか情熱の行き場を無くしたように見えていた彼。

 

 しかし今、彼の目には『火』が宿っているように見えた。

 

 「明日、団体戦決勝だ。知ってるだろ?」

 

 「……」

 

 「見てくれよ。先鋒戦。出るんだ。俺を救ってくれた一人の小さな打ち手が。今の麻雀界をまるごと根底から覆すくらいの熱量を持った奴が。お前にも、感じるものがあるはずだ」

 

 

 もし仮に男が娘が出場する試合以外の試合を見ていたら。今年のインターハイそのものに興味を持っていたらピンときたかもしれない。

 

 「変わるよ。麻雀界は。才能と見てくれだけの時代は終わる。麻雀プロはアイドルなんて言われる時代はもう終わる。真に麻雀を愛したヤツが、革命を起こす」

 

 「……正気か?」

 

 「大真面目さ。俺はそれを……一番近くで見たい。声を大にして世間に言いふらしたい。伝説の始まりを……自分の手で世間に知らせたい」

 

 とても冗談を言っているようには見えなくて……男は息をのんだ。

 彼の真剣な瞳が、男を射抜く。いつも本心を見透かされているようでどこか嫌厭していた瞳が、自分の心臓を掴んで離さない。

 

 「なあ、()()。お前も必ずわかる。麻雀は運だけじゃねえ。才能だけじゃねえ。俺たちが愛した麻雀は……確かにまだ生きてんだって。……それにな……娘を……()ちゃんを信じてやれよ」

 

 「……」

 

 「用件は終わりだ。いいぜ帰っても。お代は俺が払っておく」

 

 

 そう言うと男はポケットから紙タバコを取り出して火を点ける。

 

 「1本吸ってくか?」

 

 「……結婚してから禁煙したと言ったろう」

 

 「そうだったな」

 

 そう言って肩をすくめる彼は、もう普段のお茶らけた雰囲気に戻っていて。

 

 「やっぱり私は、お前が苦手だ」

 

 「おいおい初耳だぞ?やっぱりってなんだやっぱりって」

 

 「じゃあな」

 

 「あ、おい!」

 

 鞄を持ち上げて席を立つ。

 目の前の彼に奢られるのはなんか癪で、机に1000円札を1枚出して置いた。

 

 

 「娘の進路は、私が決める」

 

 「……」

 

 「……が、インターハイが終わってからでも、お前の言うその打ち手とやらを見てからでもまあ……遅くはないな」

 

 「……!」

 

 男が店を後にする。

 その後ろ姿を見届けて、満足そうに彼は2本目のタバコに火を点けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『私に、麻雀を続ける勇気をくれて、ありがとうございます!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原村和の挑戦が終わった。

 

 最高の師と戦えたことを誇りに思い、それでも手が届かなかったことへの悔しさをかみしめながら。

 しかしてこの悔しさを覚えられるということは、まだ戦えることの証でもあり。

 

 しかしそれでも、一つだけ覆らないことがある。

 

 (清澄には……もういれませんね)

 

 家族と約束したのだ。全国優勝できなければ自分は東京の高校に行くと。

 

 それが果たせなかった時点で、転校は確定。

 せっかくよくしてくれた先輩達や、同級生の2人とは、お別れ。

 

 陰鬱な気持ちで、和は清澄のチームメイトのところへと帰ってきた。

 

 

 「和、お疲れ様。最後までかっこよかったわよ。クラちゃんと美穂子はやっぱり強かったわね」

 

 「はい。とても……強かったです」

 

 「のどちゃんも頑張ったじょ~!」

 

 「相手が悪かったのう……」

 

 「はい……ですがこれで……」

 

 転校することが決まってしまいました、と言おうとしたその時。

 

 和のポケットに入っている携帯が振動する。

 すみません、と前置きして和はポケットから携帯を取り出した。

 

 (え……?)

 

 スマートフォンには、『お父さん』と表示されていて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「すみません、今戻りました」

 

 「お、おかえり。どうしたの?」

 

 会場の外で電話をしていた和が戻ってくる。

 

 走ってきたのか和は息が上がっていて、膝に手をついていた和が顔を上げたその時。

 

 目元には、涙がこぼれていて。

 

 

 「私、まだ清澄にいれるかもしれません」

 

 

 その言葉に清澄メンバーが大いに沸いたのは、言うまでもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 『おいおいお前から電話かけてくるなんて今日は雪でも降るのか?』

 

 『……見たぞ。団体戦決勝と、個人戦をな』

 

 『……そうか』

 

 『正直、お前がああ言った手前信じようとは思っていたが……半信半疑だった。それくらい私たちに植え付けられた絶望は、根強かったとも言えるがな』

 

 『まあ、それに関しちゃ間違いねえな』

 

 『だが……見事だった』

 

 『……!』

 

 『変わるんだな、麻雀界は』

 

 『ああ……ああ!そうだ!変わるんだよ!今まさに、時代は変わろうとしてるんだ!』

 

 『ふふふ……お前をそこまでにさせるとはな……』

 

 『ってことはお前和ちゃんは』

 

 『まだ保留だ。家内とも話をつけなきゃいけないからな』

 

 『おいおいなんだよそりゃ!話がちげ~じゃねえかよお!』

 

 『あ~うるさいうるさい。じゃあ切るぞ。私は忙しいんだ』

 

 『なんだそれ!お前まだ東京にいるんなら――』

 

 

 まだ続きそうだった彼の言葉を、通話終了ボタンで無理やり切る。

 

 

 蝉の声が煩い夏空を、男……原村恵は仰いだ。

 

 

 

 「倉橋多恵、か」

 

 久しぶりの感覚だった。

 恵の身体が火照っているのは、なにも夏の暑さのせいだけでなく。

 

 麻雀で人の心はこうも揺さぶられるのか、と。

 

 

 

 

 

 青々とした空の遠くに入道雲が見える。

 

 

 恵は新しい時代の到来を予感せずにはいられなかった。

 

 

 

 


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