ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第180局 未知に対する

 

 

 『決まった!!白糸台高校大将大星淡選手!決勝戦最初の和了は値千金の6000オール!!裏をきっちり乗せて大きな和了りに結びつけました!!』

 

 『なるほどねい……いや、良い和了りなんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

 白糸台に待望の和了り。

 大将戦に入ってからまだ和了が無かった淡が最初の親番で6000オール。

 まだ点差的には厳しいものがあるが、「和了れた」という事実は、見ている側にとっても「もしかしたら」を感じさせる要因になる。

 それがそう、ここまでのトーナメントで悪魔のように和了りを重ねていた淡の姿を知っている者からすれば尚更だ。

 

 だが、それでも状況は悪いと、一人の少女が言う。

 

 「まだ、足りないだろうな。相手が相手だ」

 

 「エー、こうなったら白糸台の1年生が全て持っていくかもしれませんヨ?」

 

 「ことはそう簡単でもない」

 

 臨海女子の教室から場所を移して。

 どうせだからとついてきたメガンを連れて、智葉は自室で最後の半荘を見届けようとしていた。

 

 「白糸台の1年が踏み入れたのはある意味修羅の道だ。1回和了れたから次も和了れる、というほど甘い世界ではない」

 

 「そういうものですカ……あ、サトハカップラーメンはどこですか?」

 

 「そんなもの……ああいや、お前がこの前おいていったやつがどこかにあるんじゃないか」

 

 勝手に人の部屋の戸棚を漁るメガンに辟易しながら、しかし智葉はもう一度テレビへと向き直る。

 

 

 (そのままでは足りないぞ。まだ。だが……しがみつき続ければ、何かが変わるかもしれんがな)

 

 大将戦の行方は、去年の個人戦2位の辻垣内智葉をもってしても予想のつかない方向へと向かい始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東一局 1本場 親 淡

 

 会場の盛り上がりをよそに、対局室には緊張感が張り詰めている。

 

 (裏モロ乗りやと?!大星は基本カンしてできた新ドラの裏が乗るのが基本パターン。せやからダブリー来てもカン来るまでは押しても良い。そういうからくりだったはずや)

 

 (もし、カンせんでももともと暗刻の牌が裏ドラなら……ダブリーツモ裏3で跳満。ロン和了でも満貫になるっちゅうこと?)

 

 (本来ならカンできる牌を和了り牌にしたか……そうだよ。そうでなくちゃ面白くない)

 

 淡がこれまでやってきた麻雀とは全く異なる打ち筋。

 わざとリーチを1巡遅らせたのは、淡がわかっていたカンできる牌で和了れる形に仕上げたから。

 

 警戒を高める他家に対して、淡の心情も実は楽ではなく。

 

 (上手くいった……!けど、毎回そこを和了り牌にはできない、よね)

 

 先ほどの和了形は特殊すぎる。

 毎回あの形に持っていける保証などないし、それに固執していたら、今までとなにも変わらない。

 

 そう思いながら、淡は配牌を理牌した。

 

 淡 配牌 ドラ{三}

 {②④123444六七八西西北}

 

 

 『おおっと大星選手またもや配牌で聴牌が入っています!!が、ここも崩していきますかね?』

 

 『いや~どうなんだろうねい。前半戦でこっぴどくやられた記憶はまだ新しいし、ダブルリーチを打つには勇気がいりそうだけどねい』

 

 淡にとっては苦い記憶。

 前半戦、ただの一度もダブルリーチを許してもらえなかった。

 咎められた。自分にはわからない領域の経験で。

 

 またも、待ちは悪い。カン{③}というドラも、赤もない手牌。

 

 淡が逡巡する。

 しかしそこに要したのは、わずかに数秒。

 

 

 「リーチ!」

 

 淡の選択は、「曲げ」だった。

 

 

 『ダブルリーチ!!打って出ましたね!大星選手!』

 

 『いやあ~これはなかなか勇気のいる選択だったんじゃねえの?まあ、手牌的にいやあくっつきの候補も少ない、高くなる手変わりも少ない。圧倒的ダブルリーチし得な手牌ではあったけどさ。それでも、前半戦の呪縛は頭にあったはずだぜ?知らんけど!』

 

 

 淡が牌を横に曲げて、千点棒を場に置く。

 その動作が終わってから、竜華はツモ山へと手を伸ばした。

 

 (今度はダブルリーチ……せやけど、もしかしたら裏ドラが乗るようになってるかも、と思うと攻めにくいやんな)

 

 前半戦では、今までのデータから裏ドラが乗らないことを知っていたので、序盤は割と簡単に押すことができた。

 しかし今は違う。先ほどの和了りを見て、序盤に刺さっても裏ドラが乗るかもしれないという恐怖が、3人の手牌進行を阻害する。

 

 一方、リーチを打った淡はと言うと。

 

 (わっかんない!なんで裏が乗ったのかとか、カン材を待ち牌にできたのとか……!けど、私がわかんないなら、そっちもわかんないでしょ。だったら、通用するはず。『わかんない』は、怖いはずだから)

 

 淡自身の経験。

 前半戦で自分が感じた恐怖。それは未知の感覚に起因するものであると、淡は知った。

 なればこそ、その恐怖を、相手にも与えてやる、そういう考え。

 

 

 6巡目。

 

 「チー」

 

 それでも動いたのは、やはり最速を行く打ち手。

 

 

 恭子 手牌

 {⑥⑥⑦⑦五六六八八東} {横678} 

 

  

 (姫松……!私のダブルリーチは、怖くないってこと……?!)

 

 (怖いに決まっとる。とんでもなく怖いわ。……けどな、それに怯えてるだけじゃ、ここまで来れん)

 

 正面から睨んで来る淡の視線を、真っ向から受け止める。

 やすやすと親を続けさせるほど、恭子もぬるくない。

 

 (でもカンケーないね……この次で、壁牌だ!)

 

 淡の狙い。

 今回はそこまで壁牌が遠くなかったこと。

 壁牌を越えれば、跳満が確約される。

 前半戦では一度も到達できなかった場所まで、あと少しだ。

 

 8巡目 淡 手牌

 {②④123444六七八西西} ツモ{④}

 

 淡がツモ切る。

 その牌を見て反応したのは、下家の竜華。

 

 

 竜華 手牌

 {③④④⑧⑧67三四赤五七七七}

 

 {④}は、聴牌の取れる牌。 

 しかも3枚目の{④}が見えたことにより、{③}はワンチャンスの牌になる。

 

 (大星淡ちゃんはペンチャン待ちも多い……けど、どーせカンされてもうたら攻めづらくなるんや。ここは聴牌取らせてもらおか……!)

 

 「ポン」

 

 竜華が発声。

 しかしそれによって飛び出た牌は、{③}。

 

 「……ッ!ロン!」

 

 竜華の肩が小さく震える。

 

 淡 手牌

 {②④123444六七八西西} ロン{③}

 

 その和了形を見て、恭子が目を細めた。

 牌譜で何度もみた、ダブルリーチのみの形。

 だが先ほどの和了りを考えれば、楽観視はできない。

 

 注目が、淡のめくる裏ドラに集まる。

 

 裏ドラ{発}

 

 裏ドラは、乗らなかった。

 

 

 「……3900は、4200」

 

 「はい」

 

 

 『大星淡選手2連続和了!!打点こそダブルリーチのみですが、親の連荘が大きいですね!』

 

 『いやー知らんし!ただま、まだまだわからない状況になってくれた方が、視聴者としては面白いよねえ?あれ?応援してるチームがあるならそうでもない?』

 

 

 淡の2連続の和了。

 点棒は少し回復したものの、まだ到底トップまで足りる点棒ではない。

 

 (乗らなかった……これでまたダブリーのみのブラフが効きにくい、か?)

 

 今のはその前の和了を使った目くらまし。

 カンの前でも裏ドラが乗るかもしれないという恐怖を使ったちょっとしたブラフ。

 

 (どっちにしろ、全員突っ込んできた。全然、怯えてなんかいなかった)

 

 淡にはよく見えた。

 これまでダブルリーチを打ってからただツモって切る作業をしていた淡が、初めて対戦者の顔と、河を見ていたから。

 誰一人として諦めず、和了へ向かってきたこと。

 

 自然と、身体が震える。

 しかしこれは、恐怖からくるものではない。

 

 (なに、これ)

 

 わからない。

 けれど、自分の身体が高揚していることはわかる。

 いつものような、圧倒的蹂躙ではない。ないのに。

 

 何かに突き動かされる。そんな、感覚。

 

 

 

 東一局 2本場 親 淡

 

 

 淡が、サイコロを回す。

 出た目は、12。

 

 (よし……!)

 

 淡が内心ガッツポーズを作る。

 知っていた。この12という数字。下家から山を取り始めるこの出目が、壁牌が一番近くなるということ。

 

 これなら、ダブルリーチを打っても、勝算が出る。

 

 

 淡 配牌 ドラ{白}

 {⑧⑨123888五六七八発発} 

 

 淡の理牌する手が止まった。

 雀頭が役牌であることから、一旦{⑧⑨}を外して役牌のポンや、索子の連続形で新しい和了形を作りにいくことはできる。

 

 だが。

 

 (打点も、欲しいよね~)

 

 ダブルリーチを打たなければ、カンできるかどうかなどわからない。

 点差が絶望的である以上、ある程度腹をくくって前に出ることは必要だ。

 

 (だ~か~ら~……)

 

 右手を大きく振り上げた。

 

 「リーチ!」

 

 ここも、曲げる。

 

 

 『またもダブルリーチ!!手牌が重い他家からすると、やはりこれは苦しいですね!』

 

 『まあねい。それに今みたいに他家も攻めざるを得なくなった時に当たり牌が出てくることだってあるしねい。さあ、こっからどうなるかな?』

 

 

 淡のダブルリーチ選択そのものは、何も間違っていると断定できるものではない。

 ただ一つ、淡は身を支配する高揚感によって一つだけ失念していた。

 

 淡が山へ手を伸ばす。壁牌までは、あと少しという所で。

 手牌にぬるりと、嫌な感触。

 

 

 6巡目 淡 手牌

 {⑧⑨123888五六七発発} ツモ{白}

 

 (……ッ!)

 

 役牌が、ドラであるということ。

 

 背筋に走った悪寒を振り払うように、淡は持ってきた{白}を河に叩きつけた。

 

 声はかからない。

 が、声がかからないのが良いかと言われれば、そんなことは無い。

 

 恭子と竜華も目に見えて嫌そうにその牌を眺めた後。

 

 上家に座った由華が、ゆっくりと手を伸ばす。

 その牌は、やはり……。

 

 由華 手牌

 {①①①233七八九白白中中} ツモ{白}

 

 『おおっとドラの{白}ポンせずから巽選手がド級の聴牌!!流石平均打点12000の選手!ということはこれはツモり三暗刻の聴牌に組みますか?!』

 

 『……いやーどうだろうねい。この選択は、難しいところだけど……』

 

 由華が全体の河を見渡す。

 軽く息を吐いて、切り出したのは、{3}。

 

 『ここは両面に取りました!!この選択いかがでしょう三尋木プロ』

 

 『ん~見えてるねえ。普段なら迷いなくツモり三暗刻リーチ行ってそうだけど……感じたんじゃねえの?』

 

 

 恭子 手牌

 {⑥⑦⑦⑧234五六七中発発} 

 

 

 『姫松の末原ちゃんに役牌を止められてるってこと』

 

 

 

 

 

 

 

 「ツモ」

 

 

 由華 手牌

 {①①①23七八九白白白中中} ツモ{4}

 

 

 「2000、4000は2200、4200」

 

 

 淡の親を終わらせたのは、由華。

 

 

 『決まった!シャンポンに構えていたら山にはありませんでしたが、しっかりと両面でツモ!満貫のツモ和了りです!』

 

 『安目引いたって丸わかりなツモり方だったな!すげー微妙な顔してツモるじゃん晩成のコ!おもしれえなあ!』

 

 

 

 

 ぐっ、と淡が歯噛みする。

 1回目の親が、終わってしまった。

 

 対して由華は特に表情を変えずに点棒を回収する。

 

 (私が蒔いた種だ。……私が刈り取る)

 

 淡の親は、あと1回。

 

 1回の親番で捲るには、大きすぎる点差。

 

 けれど。

 

 (まだ……まだ諦めない!テルが最強だって示せるのは、私しかいない!)

 

 淡の目は、死んでいない。

 

 

 

 


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