ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第188局 意地と意地

 

 

 決勝大将後半戦 南三局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 148300

 2位  姫松  末原恭子 129600 

 3位 千里山 清水谷竜華  99200

 4位 白糸台   大星淡  22900

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『聞こえますでしょうかこの大歓声……!私達のいる実況席まで響いてきています!』

 

 『完璧な手順だったな……あれが運だけの和了りで無い事は、麻雀をちょっと深くまでやってるやつにはわかるだろうけどねい。親の千里山にも警戒しつつ防御も考えながら手を進められる混一を選んだ。手が整うまで時間はかかるが、千里山と姫松が和了れないことだってある。その瞬間を、あのコはずっと、ずっと待ってたんだ。まさしく一撃必殺。いやあ、痺れるねい……』

 

 『歓声は未だ止みません!インターハイ団体戦のボルテージは、今最高潮を迎えようとしています……!』

 

 『いやあ……そりゃ盛り上がりもするだろ……!万年一回戦負け。絶対的エースを擁しながらもワンマンチームと言われ続けた高校で。その唯一の3年生であるエースのために後輩達がここまで導いてきた。どんなストーリーだよ漫画でももうちょっと工夫するぜ!知らんけど!』

 

 『しかし、しかしまだわかりません!千里山女子は親番を落とされてかなり厳しくなりましたが、親番は、この人に移ります……!』

 

 

 南3局 親 恭子

 

 

 『こちらだって絶対に負けられないんだ!3年生4人、最高の世代と呼ばれた無冠の常勝軍団!2年連続準優勝、喉から手が出るほど欲しい優勝旗は、つい先ほどまで手の届くところにありました……!!』

 

 『親番がある限り、まだわからねえぜ。特に準決勝の連荘を見てるとねい』

 

 『ですが、ですが……』

 

 

 恭子 手牌

 {①③⑨358一一八南北白発中}

 

 

 『この手牌はあまりにも厳しすぎませんか……!』

 

 『……ああ、この最後の最後でも、麻雀の神様ってやつは……本当に、意地悪で理不尽なんだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 18700点差。

 それが現状における、晩成(由華)姫松(恭子)の点差だ。

 

 しかしこれが、なんの意味もなさないことを、由華は十二分に理解している。

 高鳴る心臓を抑えつけ、南3局の配牌と向き合った由華。

 

 (何点差あったって関係ない。問題は、この末原さんの親番を落とすこと……!)

 

 口で言うほど、この親落としは簡単ではない。

 もちろん死ぬ気で連荘しに来る恭子が強いというのもそうだが、下家に座る淡は役満クラスでないと和了る意味がなく、対面の竜華も同じく最低でも倍満クラスは和了らなければ意味が無いという状況。

 下手を打てば、竜華はこのタイミングに限り、恭子へのアシストすら視野に入ってくる。

 

 (私が、落とすしかない……!)

 

 もう一度自分に活を入れた。一撃大きい和了りでトップに立てた。

 ここからが、最大の難所。

 

 高校ナンバーワンの速度を持つ打ち手が死ぬ気で和了りに来るこの局の、親落とし。

 

 

 

 竜華 配牌

 {①①②③③⑥⑦124六九中}

 

 (一気に厳しくなってもうたな……)

 

 竜華は一気に厳しい状況に追い込まれた。

 由華を警戒していなかったかと言われれば、そんなことは無い。

 けれど、一番の脅威である恭子の手が出遅れていたこと、自分がひどい手牌から聴牌を取れたこと。

 あらゆる要因が、徐々に竜華の視線を由華から外してしまっていた。

 

 (警戒してたら阻止できたか、って言われたらそれは難しいんやろけど……)

 

 結果だけ見れば、竜華が切った役牌を重ねられて、由華は和了りきっている。

 だからといって切らなかったら、竜華は到底聴牌にはたどり着けていないだろう。

 

 (余計なことは考えたらあかんな。皆のためにも……最後まで頑張るんやから……!)

 

 竜華の手牌は清一色が見える。

 倍満~三倍満クラスを和了ることができれば、まだチャンスは残る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配牌をもらって、理牌せずの状態で開いて、頭痛がした。

 震える手で懸命に理牌をして、叩きつけられた現実に眩暈がした。

 

 恭子 手牌

 {①③⑨358一一八南北白発中}

 

 一度、二度、三度。

 いつものスパッツではなくスカートを穿いている己の太ももを叩く。

 

 (切り替えろ……切り替えるんや……!凡人が思考を止めたら、そこで終わりやろが……!!!)

 

 このまま中途半端な覚悟で、生半可な打牌はできない。

 次鋒戦、漫が絶望的なチョンボをしてから前を向いた。

 後輩が教えてくれた。自分たちがしてきた『次の最善』は間違ってなかったんだって。

 

 ここで自分が折れて、何が姫松の大将だ。

 

 暴れる心臓を無理やり抑え込んで、暴れる感情を無理やり痛みで抑え込んで、恭子は頭を回す。

 

 今までも、これからも。

 自分にできるのはこれだけなんだからと言い聞かせて。

 

 恭子が1打目を、切り出した。

 

 勝負の南3局が、始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 3巡目 竜華 手牌

 {①①②③③⑥⑦⑦⑨124中} ツモ{⑨}

 

 順調に筒子が伸びる。

 狙いは筒子の清一色一本になりそう。そんなタイミングで、恭子の捨て牌の様子が少しおかしいことに竜華は気付いた。

 

 (役牌を絞ってる……わけではない、やんな。末原ちゃんも、ここで和了らなきゃ厳しいはずや)

 

 もう絞っている場合ではない。

 だとすれば、字牌のブロックがある……?竜華にとっては、恭子に手を進めてもらうことはデメリットだらけではない。

 竜華は少し考えてから、{中}を切り出した。

 

 

 「ポン!」

 

 声がかかった。

 

 しかしかかった声の方を見て竜華は驚愕する。

 大きなポン発声は……対面から。

 

 

 『ポ、ポン!?晩成高校巽由華選手がポン!副露率は決勝戦の全メンバーで一番少ない1桁%台の巽選手が役牌を一鳴き?!』

 

 『……なるほどねい。確かに白糸台のコが国士模様で、字牌を鳴き辛いってのもあったんだろうが……なにもポンってのは手牌が進むって意味だけじゃない時がある』

 

 『と言いますと……』

 

 『これも席順の綾、だな。晩成のコは単純に。姫松のツモ番を飛ばしたいんだ』

 

 『なる、ほど……!徹底的に……!徹底的にこの親番落としに全力を注ぎます巽選手……!そして逆にどんどんと厳しくなるのは末原選手です……!』

 

 

 

 由華 手牌

 {114赤5二四七九九白} {中横中中}

 

 (やらせるか……!この親番だけは、絶対に落とす!!やえ先輩に誓ったんだ!優勝旗は、私達がもらう!!!)

 

 準決勝の記憶が甦る。

 勝ったと思った。姫松は決勝の舞台に来れないかもな、なんて悠長に思っていた。

 

 けれど、実際は違った。

 この上家に座る打ち手の速度に、1度たりとも和了らせてなんてもらえなかった。

 

 連荘連荘連荘。

 積み重ねられる百点棒を前にして、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。

 

 あんな思いは、もう二度とごめんだ。

 

 

 

 「ポン!」

 

 5巡目 由華 手牌

 {4赤5二四七九九} {1横11} {中横中中}

 

 

 

 (紀子が、憧が、初瀬が。私につないでくれた。私を信じて送り出してくれた。裏切るわけには、いかないんだ!!!)

 

 自分の雀風など、今はどうでもいい。

 不格好でいい、泥臭くていい。

 

 ただただ、前を向いて。腕を振って。

 

 前のめりになって。

 

 

 

 

 

 「チー……!」

 

 

 

 

 苦し気な声が響いた。

 絞り出したかのような声はしかし、由華の表情を歪めるには十分すぎる。

 

 恭子

 {①③⑨389一一南白} {横七八九}

 

 

 『鳴いた……!姫松の大将末原恭子選手が動きました!!ペン{七}チーからの発進……!』

 

 『ああ。これ以上黙ってみてるわけにはいかねー。けど、和了れもしない仕掛けをするわけにもいかねー。ここが、落としどころ。役牌の重なりか、チャンタ。苦しいのはわかってる。けど苦しいのをそのままにして終わるなんて、このコがするわけがねえ。それが仮に針に糸を通すくらいの小さな希望であっても。可能性があるならそこに全力を尽くす。それがあのコの麻雀。……さあ、ここが本当に勝負の分け目だぜ』

 

 

 

 

 勝負をわけるのが、必ずしも大きな和了りではない。

 

 自分の雀風を捨ててまで、必死に恭子の親番を落としに行った由華。

 最後まで最善を積み重ねる麻雀を信じて、次の局へ望みを繋げようとする恭子。

 

 

 (私達晩成が、最強なんだ……!!優勝は私達がもらう!!!)

 

 (絶対に渡さん!なんのための3年間やったと思ってる!!!)

 

 意地と意地のぶつかり合い。

 お互いの高校麻雀人生をかけて。

 

 

 「ポン!!」

 

 由華 手牌

 {四四4赤5} {九九横九} {1横11} {中横中中}

 

 

 「チーや!」

 

 恭子 手牌

 {①③一一} {横南南南} {横789} {横七八九}

 

 

 

 『両者聴牌!!追い付きました末原選手!!!』

 

 『なんつー仕掛けだよ……!今大会でそもそも副露が1回か2回しかない晩成のコが必死の形相で鳴いていって3副露になって、姫松もそれに負けじと仕掛けた……!姫松が和了れば次局連荘、晩成が和了れば……もう優勝は目の前だ』

 

 このまま親が流れれば、次局はもう由華は和了っても流局手牌伏せでも良くなる。

 次の局が、紛れもなく最終局になる。

 

 会場のボルテージも局の進行に応じるように上がっていく。

 

 

 

 

 淡 手牌

 {336五五七東西西北北発発} ツモ{6}

 

 (……)

 

 淡の手は、役満には程遠い。

 由華と恭子が聴牌濃厚で、自分の和了りは見込めない。

 

 点差は絶望的で、優勝の確率は限りなく低くなった。

 

 けれど、淡の中には、今も胸を打つ感覚が残っている。

 

 (これが……インターハイなんだ)

 

 今更と、思うかもしれない。

 けれど、今まで淡の中でこれは部活動の延長でしかなくて。

 自分がたまたま得意で誰にも負けることのなかった競技の大会程度の認識しかなくて。

 

 それなのに。今まさに目の前で繰り広げられている激戦に、心を奪われる。

 息をつく暇もない。2人の気迫が、今も淡を押し潰さんほどに溢れている。

 

 (……ッ!)

 

 涙が流れそうになったのを、必死でこらえた。

 

 そうしてから、なんで堪えようと思ったのか、今の淡ならわかった。

 

 

 ―――私は泣けるほど努力なんてしていない。

 

 

 

 前を向いた。

 

 見届けよう。

 

 この最高の舞台でぶつかりあう最高の局を、目に焼き付けよう。

 

 それがきっと、未来の自分につながるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 淡も竜華も、由華の当たり牌を絶対に切らない態勢に入った。

 あとは恭子と由華の、めくり合い。

 

 

 『枚数は巽選手の方が多いですが……!』

 

 『千里山と白糸台は姫松に打ちに行ってる。3枚差でもまだわからないぜ……知らんけど!』

 

 

 両校の想いがぶつかる。

 これを制した方が、大きく優勝に近づくことは明白。

 

 この対局を見ている全員が、固唾を飲んで見守っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それでも。

 どんな局にも、終わりの時間は必ず来る。

 

 

 

 

 「……ツモ……!」

 

 

 

 

 息詰まる熱戦。

 勝負の分かれ目を制したのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 由華 手牌

 {四四4赤5} {九九横九} {1横11} {中横中中} ツモ{6}

 

 

 「700、1300!!」

 

 

 

 

 由華だった。

 

 

 割れんばかりの大歓声が、もう一度会場を揺らす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 『決まった!!!制したのはまたも晩成高校巽由華!!!怖かった、本当に怖かった姫松の親番を落として見せました!!!!』

 

 『役牌一鳴きの覚悟……だねい。絶対に落とすと決めた晩成のコの執念が、姫松の速度のわずかに上を行った……か』

 

 『なんという激戦……!しかしこれで晩成の優勝は目と鼻の先!!!』

 

 『さあ皆、お祭りの最後を見届けようぜ。……南四局(オーラス)だ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決勝大将後半戦 南四局 点数状況

 

 1位  晩成   巽由華 151000

 2位  姫松  末原恭子 128300 

 3位 千里山 清水谷竜華  98500

 4位 白糸台   大星淡  22200

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を閉じる。

 

 ガラガラとやかましい洗牌の音だけを聴覚に入れれば、いつだって甦ってくる3年間の記憶。

 

 

 

 

 『恭子~起家マークどこやっけ~』

 

 能天気な主将。麻雀はアホみたいに強いんやから、もっと主将らしく振舞ってくださいよ。

 

 

 『恭子ちゃん、おはよーなのよ~!』

 

 誰よりも道具と麻雀を愛して、真摯に向き合ってきた由子。その花が咲いたみたいな笑顔に、何度助けられたかわからんな。

 

 

 

 『末原先輩!おはようございます!』

 

 この数か月でたくましく成長した漫ちゃん。絶対直接は言われへんけど、今じゃ漫ちゃんはウチの大事な大事な後輩や。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『恭子、おはよ。昨日はよく眠れた?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、目を開いた。

 

 

 

 

 点差。

 22700。

 

 この(オーラス)で、必ず終わる。

 

 

 

 残された条件は、倍満ツモか跳満直撃のみ。

 

 

 

 

 

 

 絶望的と言っても決して過言ではないこの状況でしかし。

 

 恭子は大きく深呼吸して……心を落ち着けた。

 

 

 

 

 

 (終わってへん……終わって、ない)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、もう一度問おう凡人よ。

 

 

 

 

 

 

 抗う術は、残されているか?

 

 

 

 

 

 

 





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