ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第39局 王者の剣

「どう由子、戦えそう?」

 

「あのちっちゃい子が上がってきたら大変そうやけどー、それでも宮守の子が止めてくれるかもなのよ~」

 

 

どこかでモノクルをかけた少女がくしゃみをした。

 

 

姫松高校控室。

 

もう時刻は夜の18時だ。Cブロックは大将戦へと突入する。

副将戦が終わって、点数状況は意外と平らになっている。

2度の役満を和了った永水が点数を回復し、一度は落ちた臨海が最後の怒涛の和了りで晩成を引きずり落とした。

 

 

「どこが上がってきても、おかしないな」

 

神妙な顔つきで、洋榎がそう口にする。

一時は晩成と臨海がかなり有利な点数状況を作ったが、もうその差は5万点。

何があるかわからない麻雀であるからこそ、この点数は2半荘であれば安全圏ではない。

 

恭子も静かにモニターを見つめている。

どう転がっても、次の準決勝は楽な戦いにはなりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トボトボと廊下を歩く影が1つ。

 

 

「初瀬」

 

「……由華先輩……」

 

晩成高校控室の前、扉を開けて出てきた由華と、帰ってきた初瀬がちょうど鉢合わせた。

 

 

「……すみませんでした……!」

 

バッと頭を下げる初瀬。

 

戦い方は悪くなかったが、結果として初瀬は点数を大幅に失うこととなってしまった。

役満が2回出た荒場で、倍満親かぶりもしているのだから不幸なことは不幸なのだが、それでも言い訳はできない。

 

 

「いや、むしろあのメンツ相手によう戦ったよ。去年の私だったら6万点くらい無くなってたなあ」

 

初瀬は頭を下げたまま動かない。

涙は拭いた。泣いている場合ではない。気持ちを切り替えてしっかりとした表情で控室に戻るつもりだった。

 

しかし、一目見ただけで、由華は初瀬の目元が赤くなっているのがわかってしまった。

 

 

「まぁ、とりあえず反省すべきところは反省して」

 

これは先輩としてのアドバイス。

初瀬の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

 

()に向けて、調整しとくんだぞ」

 

「……!はいっ……!」

 

ひらひらと手を振って歩いていく由華。

 

その後ろ姿を、初瀬は何度も見てきた。

初瀬も、憧もたくさん努力した。

しかし、努力という観点で、この人には数段劣るだろうという自覚もある。

 

毎日学校側に無理を言って夜遅くまでひたすら対局を重ね、朝早く学校に来て牌譜を眺める姿をいつも見てきた。

 

どうしたら強くなれるか。

由華はいつだって強さに貪欲で、そしてその末に自ら大将を勝ち取った。

 

 

(去年の無念……晴らしてきてください……!)

 

初瀬からすれば紛れもなく、頼れる先輩の1人なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『時刻は18時を回りましたが、この後も全国高等学校麻雀選手権大会、通称インターハイ中継を続けます。さて、Cブロックはいよいよ大将戦、三尋木プロ、みどころはどのあたりでしょう?』

 

『それこそわっかんねー。ただまあ、永水と清澄は必死に攻めてくるだろうし、臨海も超火力と来た。晩成はどれだけ耐えられるかねい?』

 

 

4人の選手が卓に座る。

東家に永水女子の石戸霞、南家に晩成の巽由華、西家に清澄の宮永咲、北家に臨海のネリーヴィルサラーゼという並び。

 

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

『Cブロック大将戦、スタートです!』

 

 

 

東1局 親 霞 ドラ{8}

 

 

(さて……点差は5万点と少し……初美ちゃんがだいぶ稼いでくれたけど、まだ足りないわね)

 

トンパツの親は霞。2着目の晩成との点差はおよそ5万点と少し。

残り局数を考えれば、1回でも多く親番で和了りたいところ。

しかしそれにしても、霞の能力も勝手がわるい。

使いどころは考えるべきだろう。

 

 

8巡目 霞 手牌

{①②③④⑥⑦4赤5678二二} ツモ{9}

 

 

(あまりリーチをかけるのは好きではないのだけれど……仕方ないわね)

 

「リーチしようかしら」

 

親の霞のリーチが入る。

晩成も臨海も、親に立ち向かうメリットは少ない。オリを選択する。

しかしここに1人、立ち向かう必要のある選手がいる。

 

 

 

「カン」

 

(親のリーチ相手に暗槓……?)

 

由華が訝しむのも当然だった。カンは諸刃の剣。

自身の打点アップにはつながるが、同時にドラを増やす。

このリーチがかかっている局面であれば、親の霞に対して2つもドラを増やすことになるのだ。

当然しない選択肢を取ることのほうが多い。

 

狙いがドラでないのなら、何が狙いか。

 

カンはもう1枚の牌を、山から補充することができる。

所謂、嶺上牌だ。

 

そしてこの、嶺上牌で和了ると、役がつく。

 

 

その役の名は。

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{④赤⑤⑥23八八九九九}  {裏西西裏} ツモ{1}

 

 

「2000、4000」

 

 

 

 

『り、嶺上開花が決まりました!清澄の宮永咲!』

 

『珍しい役が出たねい。今年のインターハイだと初かな?』

 

咲の目に、稲光が走る。

 

(点差はある。けど、お姉ちゃんと戦うまで、誰にも負けられないんだ……!)

 

 

 

 

 

 

東2局 親 由華

 

咲の猛攻は止まらない。

 

 

「カン」

 

(またか……!)

 

由華の視線が鋭くなる。

冷静に見定めようとする、目。

 

咲の手が嶺上牌に伸びる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌 ドラ{④}

{①①①④⑤赤56788} {裏一一裏} ツモ{⑥}

 

「2000、4000」

 

 

 

 

(こいつ……!)

 

『2、2局連続の嶺上開花です!!清澄高校宮永咲選手!Dブロック大将戦、とんでもないことが起こっています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「宮永咲は地区予選でも嶺上開花をかなりの回数和了っとる。それこそ現実離れした確率で、や」

 

姫松高校控室。恭子はいきなりの2連続嶺上開花というとんでもない事態に対しても冷静に分析を行っていた。

 

「嶺上で確実にツモれるんやったらカンそのものを封じなあかんってことか?」

 

「いえ、宮永は確実に嶺上でツモるわけやありません。嶺上を、有効牌を引き入れるために使うこともあります」

 

「器用なのよ~」

 

自在なカンの使い手。それが宮永咲。

多恵も恐ろしいものを見たという具合に画面を眺めている。

 

 

「晩成……逃げ切れるのか……?」

 

見つめる先には親被りで点差が縮まった晩成の大将が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(よし……これで親。まだまだ足りないよ……!)

 

点数を稼いだ咲だが、まだ2着目には遠く届いていない。

この親でなんとか点数を稼ぐ必要がある。

 

 

東3局 親 咲 ドラ{⑧}

 

7巡目 咲 手牌

{④④④⑦⑨⑨⑨⑨345五六} ツモ{⑤}

 

(よし、ここだ)

 

咲は幼少の頃からなんとなく、嶺上牌がなにであるかと、カン材がどこにあるのかがわかる能力を持っていた。今回の場合は、手牌の中にカン材がある。

 

そしてもう一つのカン材は。

 

 

「カン!」

 

(また……)

 

霞も黙ってそれを見つめる。

まだ対処しきれていない。

 

 

 

咲 手牌

{④④④⑤⑦345五六} {裏⑨⑨裏} ツモ{④}

 

 

 

「もいっこ、カン!」

 

(連槓……?)

 

由華もまだ咲の能力の全容を掴み切れていなかった。

 

 

 

咲 手牌

{⑤⑦345五六} ツモ{赤⑤}

 

(あった……。これで)

 

「リーチ!」

 

2連続のカンから、咲は牌を横に曲げた。

ドラも増やしての、親のリーチ。

強烈な手牌。振り込んだら満貫以上は覚悟するべきだろう。

 

 

(今度は嶺上開花ではなく、リーチ……)

 

霞も突然のことに冷静に対処している。

どんなパターンがあるのか。それを理解しなければ死地に飛び込むのはこちらの方だ。

 

 

「……ポン」

 

由華が動く。

このままされるがままなのも癪だ。といったような不機嫌な表情で、鳴きを1つ入れた。

 

 

(大丈夫。リーチをかけている私の方が有利。それにまだ晩成の人は聴牌じゃなさそう……先にツモるよ……!)

 

咲もこの大舞台で冷静だった。

鳴きを入れた晩成の捨て牌はまだ色濃くない。

そう判断できている。

 

しかし、この場面で警戒すべきは晩成ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう、終わってるよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾクりと咲の全身を悪寒が駆け抜ける。

声の主の方を見れば、下家のネリーヴィルサラーゼ。

 

 

「カン」

 

 

(……?!)

 

自分が得意とするカン。次の嶺上牌も咲はわかっている。

まさか、と咲の背中に冷や汗が流れる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

ネリー 手牌

{⑧4赤56789南南南} {裏11裏} ツモ{⑧}

 

 

「3000、6000!」

 

 

 

ネリーの目にも稲光が走っている。

間違いなく、意図された嶺上開花。でなければ、混一にしない意味がない。

 

 

(狙ってやった嶺上開花……!けど、マホちゃんのおかげで、まだ戦える……!)

 

少し涙ぐんだ目をする咲だが、まだ闘志は消えていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまでリンシャンリンシャンリンシャンだじぇ。花咲きすぎだじょ」

 

清澄の1年生トリオが1人、片岡優希はソファに寝っ転がりながらそう言った。

大将戦が始まって、ここまでの和了りが全て嶺上開花。

異質極まりない。

 

まさにこの大将戦が普通ではないことを示している。

 

 

「咲さん、大丈夫でしょうか」

 

「大丈夫。こういう時のために、特訓してもらったんだもの」

 

和も心配そう。

しかし部長の久は咲を信じている。

自分の領域を脅かす者に慣れさせたのはこういう時のためだ。

 

 

「さあ咲。あなたの力を全国に見せつ……?!」

 

久は言葉を最後まで言い切ることができなかった。

 

それは何故か。

 

咲の表情が目に見えて変わったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(1年どもが。随分楽しそうじゃないか)

 

咲とネリーを半眼で睨み据えるのは、晩成の巽由華だ。

確かにここまではこの2人に好きなようにやられている。

 

 

 

東4局 親 ネリー

 

 

由華 配牌

{②⑨15589一南南発発西} ツモ{西}

 

 

『晩成の巽由華、役牌2つ対子ですね。自然と混一になりそうな手です』

 

『いやーどうだろうねい?あまり手牌短くしたくないんじゃないのー?』

 

 

2巡目、親のネリーから{南}が切られる。

しかし由華はこれをスルーした。

次巡。

 

 

由華 手牌

{②15589一南南発発西西} ツモ{南}

 

 

稲妻が走る。

 

南が暗刻になった由華。

{一}を切り出す。

 

 

『これでだいぶよくなりましたね、巽選手の手牌』

 

『これで次の役牌たちは間違いなく鳴くだろうねい』

 

 

次巡、霞から{発}が出る。

しかし、これにも声がかからない。

 

 

 

『あ、あれ、巽選手スルーを選びましたよ……?』

 

『えー…オホン、すみません、わたくし、嘘をつきました』

 

 

咏のキャラが変わっている。

 

それも仕方がないこと。普通はこの{発}は鳴きの一手だろう。一気に混一にも向かえる上に、字牌暗刻があるので防御力も悪くない。

しかしこれを由華はスルーとした。何故か。

 

 

 

(私は王者の剣。王者とは常に、人上に立つ存在。他人からの施しなど、求めない。自分で掴み取る)

 

 

 

 

その瞬間。

黒いオーラが、卓上を駆け抜けた。

 

 

「ひゃ……!」

 

声が出そうになり、思わず手で口を抑える咲。

 

 

(……?!……これ……!晩成の人?!)

 

 

ネリーも思わず目を細める。

 

(この感覚……まさか晩成だったか)

 

 

 

 

次巡、由華の持ってきた牌が稲妻のようなエフェクトをもって手牌に重なる。

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②15589南南南発発西西} ツモ{発}

 

 

 

『巽選手、2連続で地力で重ねました!!』

 

『すっげーツモ!なんだこれわっかんねー!』

 

 

解説の咏も興奮気味。

会場も盛大に盛り上がる。

 

 

由華はそっと目を閉じた。

 

あの日誓った。愛する先輩に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうよ、あなたは常に高みを目指しなさい。鳴くより面前の方が高いんだから』

 

『……はい。私は誰にも頼らない。自分自身の力で、やえ先輩の剣になってみせます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

由華 手牌

{55789南南南発発発西西} ツモ{西}

 

 

 

 

 

「4000、8000!!」

 

 

 

 

 

(私はもう、迷わない。王者の覇道を邪魔する者は、全員たたっ切る……!!)

 

 

 

 

横薙ぎに振るわれた王者の大剣が、卓上を切り裂いた。

 




巽由華ちゃんの能力はなんだろうな~わっかんね~(棒)


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