ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

44 / 221
先日上げました活動報告に、たくさんの温かいコメント、本当にありがとうございます。

みなさんがあまりにも優しい言葉をかけてくれたので、今日だけは頑張ってみました。


第41局 混沌

「うう……トイレどこだっけ……」

 

 

宮永咲は迷っていた。

大将戦前半戦を終え、休憩時間。泣いても笑ってもあと半荘1回で準決勝進出チームが決まるという状況。

選手たちは極度の緊張状態だ。控室にいるメンバーだって気が気ではない。夏の大一番が終わるのか、まだ続くのか。

チームの命運は大将に託されているのだから。

 

そんな極度の緊張感の中で、仕方ないと言えば仕方ないのだが、宮永咲はいつものように尿意を催した。

しかしこの少女はとんでもない方向音痴。手をつないでいなければそれこそどこにいくか分かったものではない、清澄高校としては一つの悩みの種だった。

 

そしてその捜索をお願いされるのもまた清澄の1年生なわけで。

 

 

「咲さん」

 

「和ちゃん!」

 

チームメイトである原村和が迎えに来てくれていた。

安堵の表情を浮かべる咲に、和はひとつため息をつく。

 

 

「もっとシャキっとしてください。後半戦、大丈夫なんですか?」

 

和の心配ももっともだ。

清澄高校は現状ラス目。

 

控室のメンバーも心配している。

清澄高校の目標は全国制覇。咲には咲の目標、姉である照に麻雀で話をするという目標があるし、和だって負けられない。麻雀をまだ手放すわけにはいかないのだ。

そのために必要な点数は現状およそ2万点。かなりの荒場になっている大将戦だから簡単と思われがちだが、2万点差をひっくり返すのは大変な作業だ。

しかし、それを成し遂げなければ、次には進めない。

 

 

「……2回戦は、もっと簡単に勝てると思ってたんだ」

 

その言葉に、和は少し表情を歪める。

簡単な試合なんてインターハイにはない。和だっていつも全力を出して戦っている。だというのに相手を軽んじるようなこの発言は和には少し不快だった。

 

 

「でも、やっぱり、みんなすごい。インターハイって私が思ってたよりもずっとずっと強い人がたくさんいるんだって思った」

 

咲の正直な気持ち。

咲は久から、可能であれば点数調整をして勝ってみなさいと言われていた。その突拍子もない提案を、しかし咲も無理だとは思っていなかった。

 

それが今ではどうだ。

点数調整どころかまずは準決勝進出ラインに点数を持っていくことだって難しくなってきている。

 

 

「……じゃあ、諦めるんですか?」

 

「そんなことないよ!」

 

半眼で咲を軽く睨みつけた和に対し、咲は首を横に振る。

 

相手は手強い、しかし彼女は別に何も

 

 

 

 

「だからこそ……全力で、倒しに行ってくる」

 

 

 

 

勝てないとは言っていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、運命の大将後半戦が始まります。この半荘1回で、準決勝に進出する2校が決まります』

 

『いやあ……正直2回戦のレベルじゃねーべ?もうこの4校全部準決勝進出でいーんじゃねーの?知らんけど』

 

 

無理な相談。そうはわかっていても、咏の言葉に異を唱えるものはいない。

それだけこのCブロックは白熱していて、どの高校も、次も見たいと思わせてくれるようなメンバーだ。

だからこそ、応援にも熱が入る。

 

 

『さあ、全員が卓につきました。Cブロック2回戦大将後半戦、スタートです!!』

 

 

東家にネリー、南家に由華、西家に咲、北家に霞。

たったあと1半荘で、4校の命運が決まる。

 

 

「「「「よろしくおねがいします」」」」

 

 

東1局 親 ネリー ドラ{②}

 

 

(トップは奪い返したけど、まるで安全圏とは思えない。特にこのメンツ相手なら……)

 

霞が切った牌を見て、由華が牌をツモる。一瞬たりとも油断はできない。

それだけ1度の打牌ミスが命取りになる。

ここまで満貫未満が一度も出ていない卓なのだ。もう到底普通の麻雀ではない。

 

 

由華 手牌

{②④④⑤12236799東} ツモ{北}

 

手牌を眺めてから、持ってきた北と東を入れ替えて河に放った。

 

 

(まさかとは思っていたけど……永水、その支配はまだ継続なのか)

 

対面に座るおっぱいお化けを見据える。

その手牌の中は見えないが、間違いなく一色でできているだろう。

 

 

霞 手牌

{一一二三三五七九東南南西白} ツモ{九}

 

 

(休憩中に祓ってもらうのはさすがに無理だし……なによりこの状態を維持しないとこの子たちに勝てる気がしないわ……こんなに長い間降ろしたことは無いけれど、やってみましょう。せっかくの、皆で出れた大会ですもの)

 

霞の能力は、次鋒の巴か中堅の春に祓ってもらわない限りは解除ができない。

なのでこの後半戦まるまるをこのまま戦い抜くことになる。しかし前半戦で使っていなかったら、とうてい1半荘ではひっくり返せない点差になっていたであろうから仕方がないのだが。

 

 

 

7巡目 霞 手牌

{一一二三三九九東東南南西白} ツモ{二}

 

(あら……できれば順子手で行きたかったのだけれど……七対子なら仕方がないわね)

 

 

面前混一七対子(メンホンチートイ)。打点も十分な役だが、実はこの役、赤が絡まない限りは出和了りだと満貫にしかならない。

この手を満貫にしてしまうのはもったいなく感じるのは、霞だけに限った話ではないだろう。

 

みたところこの西は生牌。白は一枚切れ。固めて持たれている可能性も考慮して、霞は手から西を打ってリーチに出た。

今は何より、打点が欲しい。

 

しかしこの時ばかりは、その判断が裏目に出た。

 

 

「リー「カン」」

 

その牌が曲げられるより早く。

上家の咲から声がかけられた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

霞の額に汗が流れる。本能的に感じていた。彼女が鹿児島神鏡に住む巫女だから猶更感じ取ることができた。

 

この流れはまずい、と

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

 

 

咲 手牌

{②②赤⑤赤⑤⑤⑦⑧} {裏中中裏} {西西西横西}

 

 

「16000」

 

 

『ば、倍満……!この大将戦、何度目の倍満でしょうか……!超高火力!清澄高校、この一撃で、ほぼ原点まで回復しました!!』

 

 

咲の目に力強い稲妻が走る。

今日一番と言ってもいいほど、強く輝いたそれ。

 

1撃で永水をまくり、2着の臨海までも5000点差まで詰め寄る。

 

 

 

 

東2局 親 由華 ドラ{三}

 

 

(私はお姉ちゃんと戦うんだ。それまで、誰にも負けられない)

 

咲の目にはもう相手に対する油断もない。県予選決勝で、あまりにも強大な敵と当たってしまったせいか、咲の気持ちは少し緩んでいた。

部長の久もそれを見越して練習試合を行ったのだが、それだけでは足りていなかった。

そしてこの2回戦で強敵と当たる。

 

前半戦を終え、全国クラスを肌で感じて初めて、咲は今自分がインターハイの大将戦に座っているということを自覚した。

もう1度も隙は見せない。

確実にトップを取りに行く。

 

 

「カン」

 

咲の声が卓に小さく響く。対戦相手の3人からすれば、もうそれは死刑宣告に近い。

 

 

(5巡目……!いくらなんでも早すぎるだろ宮永……!)

 

由華の表情が硬くなる。

自分のあと2回の親番をそうやすやすと流されたくはない。そう思って早めに勝負に出ようと思っていたのだが、鳴かない由華にとって加速は非常に難しい。

無情にも、咲の手牌が倒される。

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

咲 手牌

{22一二三四赤五六七九} {裏西西裏} ツモ{八}

 

 

「3000、6000です」

 

 

『2、2局連続の嶺上開花!!圧倒的です宮永咲!!これで臨海をまくり2位に上昇!1位の晩成ともたったの800点差です!!後半戦に入って勢いが増したように見えます宮永選手!』

 

『あちゃー、こりゃ相当だねえ。これ、誰か止められんの?』

 

 

咲の怒涛の和了に会場から歓声が上がる。

清澄が2位に立った。準決勝進出ラインが入れ替わる。

 

 

(宮永……あまり調子にのるようなら……潰すぞ)

 

凶悪な表情を浮かべるネリーに対しても、咲の表情は変わらない。

普段の咲なら怖気づいていたかもしれない。

 

しかし今は動じない。

 

今の咲の表情は、まさしく魔王のそれだ。

 

 

 

東3局 親 咲 ドラ{2}

 

 

「ポン」

 

手牌を晒したのは咲。下家の霞からの鳴きだ。

 

 

(まずいわね……今一瞬、カンでなくてよかったと思ってしまった……)

 

恐怖。トンパツの咲の大明槓からの嶺上開花は、霞に恐怖を植え付けるのには十分すぎた。

さっきまではわずかに見えていたはずの準決勝が、今はとても遠く感じる。

 

なによりも、霞がネガティブな感情を抱いてしまっていることに問題があった。

能力が飛び交うこの卓では、気持ちがものをいう。

 

 

由華 手牌

{2356678二三四六八西} ツモ{八}

 

 

(一向聴……だがこれで間に合うのか?この状態の(コイツ)に)

 

由華も今の咲の異常さに気づいている。

もちろん前半戦もだいぶおかしな麻雀を打っていたが、今はもっとひどい。

魔物かなにかと麻雀を打っているような、そんな感覚が由華を支配していた。

 

そんなことを由華が思っていた刹那。

 

 

「カン」

 

 

3人が驚愕する。別にカンそのものに驚愕しているわけではない。

 

 

(こいつ……!!!)

 

(この子……とんでもない化け物ね……)

 

カンぐらいなら今まででも何回もされた。嶺上開花だってされているのだ。カンと言われても「またか」というリアクションが適している。

ではなぜ、3人が驚愕しているのか。

 

 

 

 

 

咲はまだ、次のツモ牌に()()()()()()()()

 

 

 

 

盲牌もろくにせず、咲はその牌をポンしていた牌の上に乗せる。

そしてその腕は、よどみなく王牌へと向かう。

 

魔王の右手が、振り下ろされる。

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{22赤56一二三七七七} {九九横九横九}※加槓 ツモ{7}

 

 

「4000オール」

 

 

『き、きまったー!!清澄高校、本日初めてトップに立ちました……!!とんでもないことが起こっています!!』

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  123600

晩成  108400

臨海   97900

永水   70100

 

 

 

 

 

 

 

「いよっし!!!」

 

ガッツポーズするのは清澄の主将、久だ。

ついに清澄が3連続和了で首位に立ったのだ。控室も盛り上がっている。

 

 

「咲ちゃん大暴れだじぇ!!」

 

「咲さん……!!」

 

和も笑顔でその様子を見つめている。

休憩時に会いに行ったときは不安だった。

どこかふわふわしている咲がそのまま対局に移りそうな気がして。

 

しかし今は問題ない。間違いなく全力で挑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東3局1本場 親 咲 ドラ{8}

 

 

首位を奪われた晩成。由華は咲の怒涛の和了りに面食らっていた。

 

 

(ここまでの仕上がりか宮永咲……!まだ南場があるとはいえ、この流れは早々に断ち切るしかない……!)

 

睨みつけるは下家に座る咲。前半戦の暴れっぷりを見て、後半戦も必ずマークしようとは思っていたが、ここまでとは思わなかった。

そしてそう思っているのは由華だけではない。

 

 

(あーもう決めたわ。本当はこれは見せないつもりだったけど……全力で潰す)

 

ネリーの体からも、おぞましいほどのオーラが出ていた。

ビリビリとあふれ出す光はネリーの瞳から出ている。

 

 

力と力の奔流。

すさまじいほどの闘気が、その場を満たす。

 

その結果。

 

 

4巡目 由華 手牌

{①②②⑥一二三四六七南南南} ツモ{2}

 

 

(索子……だと?)

 

持ってきた牌に驚愕する由華。

跳ねるように対面の霞を見つめる。

 

 

霞 手牌

{⑨234566779三北発}

 

(まずいわね……もう持たないかもしれないわ……)

 

霞の支配の決壊。

あまりの力の奔流にあてられた霞の支配が、すこしずつ薄れてきてしまった。

霞が苦悶の表情を浮かべる。

 

 

 

9巡目。

 

 

「カン」

 

霞の支配からも逃れ、咲の顔はもう到底いつもの表情ではなかった。

 

全力で他を圧倒しようという魔王の表情。

 

咲は、この東3局で決着をつけようと思っていた。

 

 

「もいっこ、カン」

 

「もいっこ、カン」

 

 

咲 手牌

{①⑧⑧⑧} {裏西西裏} {裏④④裏} {東東東横東}

 

 

『り、嶺上開花ではありませんでしたが、さ、三槓子……!三槓子です!かなり珍しい役が飛び出しました……!』

 

『まあー本人は三槓子で終わらせる気はなさそうだけどねえ?』

 

咏の読みは当たっていた。

咲は、この手を三槓子で終わらせる気はない。

 

 

(この局で決める。お姉ちゃんと戦うんだ。そのために、全員ここで倒す)

 

 

咲の狙いはこの先。三槓子のその向こう。

役満という境地。

 

 

しかし、そう簡単にはいかない。ここは魔境なのだ。

 

仕掛けるのはネリーヴィルサラーゼ。

 

 

(永水が限界でちょうどよかった。これなら、使える……!)

 

ネリーが狂気的な笑みを浮かべる。

その一瞬、咲が表情を強張らせた。

 

 

(……ッ!)

 

一瞬だけ、一瞬だけ歪んだ。

咲にはカン材がどこにあるかわかる。

咲の感覚では、次のツモ牌は{⑧}だった。そして嶺上牌で、ツモる。

 

決まれば全員が絶望するほどの点数差になるはずだった。

 

 

 

しかし、咲は今、{⑧}が次のツモ牌か()()()()()

 

 

 

 

(見えなくなった……?!……でも私は信じる……次のツモ牌は絶対に{⑧}なんだ……!!)

 

長年培ったこの感覚。

咲はこの感覚を外したことなど1度もない。

これを否定されたら、自身の麻雀は全否定を受けたも同然だ。

 

 

(早く次の山をツモりなよ宮永咲。お前の麻雀観、根底からぶっ壊してやる)

 

 

ネリーが牌を切る。余裕の表情だ。

 

もしここで、咲が{⑧}を引いたなら、まず間違いなく清澄の勝ち上がりは決定しうる。

 

運命のツモ牌に咲が手を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お楽しみのトコ悪いんだけどさあ……」

 

 

 

 

 

 

 

伸ばすことは無かった。

 

 

 

ネリーの次の手番は由華。

由華が持ってきた牌を、強烈な勢いで()()にたたきつけた。

 

 

一瞬の静寂。

3人が意味を理解する前に、由華がゆっくりと、()()の牌を片手で持ち上げる。

 

 

 

 

{裏南南南}

 

 

 

 

 

「コイツで流局だなあ?1年坊ども」

 

 

 

 

 

 

運命の大将戦の行方は、まだわからない。

 

 




・四槓流局

複数の人間がカンを合計で4回すると、その局は流局になる、というルール。
すなわち四槓子という役満は、1人で4回カンをしないと成立しない。

1人が四槓子聴牌になった場合、ルールにもよるが、対局者がカンできなくなる。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。