ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第52局 王者は奇跡を掴み取る

 

『て、天和です!!!!天和が飛び出しました!!!清澄高校片岡優希!!一撃で断トツトップに踊り出ました!!!』

 

『うっひゃあ~!たまげたねえ!!こりゃ他校としてはひとたまりもねえや!いやあ……私も生で見るのは初めてだねい』

 

 

会場が、控室が、大歓声に包まれる。

確率にして33万分の1。奇跡とも呼べる天から授かりし和了りを、無名校の1年生がやってのけた。

 

確かに偶然による産物かもしれない。しかし、それだけでは片づけられない。少なくとも、同卓している多恵はそう思っていた。

 

 

(初めて見たな、天和。でも……偶然だけじゃない。この大舞台で、自身の得意とする東1局に天和。もし仮にあそこに座っていたのが私だったとして、とてもじゃないけど同じ配牌が入っていたとは思えない。この世界では、偶然で片付けられないことがたくさんある)

 

多恵が少し、目を伏せる。

恐ろしいルーキーが出てきてしまった。東場だけならもう高校No1レベルまで来ていると言って差し支えないだろう。東風戦の大会があったら優勝候補な気すらしてくる。

 

静かに、点数表示を見る。

 

東発からかなりの点差が開いてしまった。

あまりにも大きい一撃。

 

多恵は、北家に座るやえに視線を向けて見た。

 

 

(……ッ!……これは……)

 

すぐに点棒を払ったやえの姿は、不気味なほどに冷静だった。

 

しかしその瞳は、旧知の仲である多恵ですら寒気を感じるような、圧倒的覇気に満ちていて。

 

 

 

今の天和で、やえの中から、何かが溢れてきているような錯覚を、多恵は感じていた。

 

同時に、休憩中に言われた恭子からの言葉が脳裏をよぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『それと、晩成の小走についてなんやけど……』

 

『やえが、どうかした?』

 

『2回戦の時の小走やえ、東場での速度が圧倒的に速くなっとる。これは小走の特性にも関係しているのかもしれんけど……』

 

『……やえも、東場で速く、高くなってるってこと?』

 

『せや。まるで片岡優希に合わせるように、宣言牌を確実にとらえられるように……2回戦で片岡のダブリーに対して、今までの対局では1度もなかった人和してることからも、これはほぼ確定や。東場は片岡だけやない……小走にも十分気をつけてな』

 

 

 

 

 

 

恭子の勘が正しければ、優希が仕上がれば仕上がるほどに、やえもその速度を増すということ。

 

 

(同卓している人間が速くなればなるほど、それに合わせて速く手が入る……それで宣言牌殺しまでされたら、確かにたまったもんじゃないね)

 

会場のどよめきによって、まだ小さく卓と椅子が揺れている。

 

まだ東1局だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

晩成高校控室。

 

 

「なんかもー……めちゃくちゃね、清澄の片岡優希……」

 

モニター前のソファに座り、悔しそうに頭をかくのは、新子憧だ。

 

奇跡とも呼べる和了りを受けて、トップに立っていた晩成は、瞬く間に点差をつけられてしまった。

天災。止めることなどどうやってもできない類の。

 

そんな和了りを受けてもなお、画面に映る我らの大エースは冷静だった。

 

 

「とんでもない和了り……だけど、やえ先輩落ち着いてるね」

 

初瀬もやえの様子を注意深く見守っていた。

どこか不自然なほどに静かに目を伏せる姿を。

 

そんなソファに座る2人の後ろから、声をかけるのは巽由華だ。

 

 

「大丈夫。やえ先輩さっき、言ってたでしょ?」

 

後ろに振り返り、由華の顔を見る2人。モニターを見つめる表情は、我らの王者の勝ちを1ミリも疑っていない顔。

 

そしてその言葉を聞いて、憧と初瀬も「それもそうか」と納得する。

 

やえの言った言葉。

それは、休憩中に1度戻ってきたやえが、とりあえずのトップに立ったことを皆が賞賛する中で、自身の右手を見て確かに言い放った言葉。

 

 

 

『……こんなもんじゃ足りないわ。確かに相手は強い。だけど今日はね……信じられないほど絶好調なの。皆が作ってくれた、最高の舞台。絶対に、邪魔させはしない……!』

 

 

力強く拳を握りしめて言い放ったやえに、晩成のメンバー誰もが笑顔を浮かべた。

 

憧れの、最強の先輩が、チームのために戦ってくれる。

 

それだけで、今日は負ける気がしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希が、またサイコロを回す。

 

ひとまずこれで大トップにまで上がった優希。

しかし安心などできるはずもない。この程度の点差など、無いも同然。

優希の表情に、油断はない。

 

 

(まだ……まだ足りない。このメンツ相手なんだ。何点あっても足りないじぇ……!)

 

配牌が上がってくる。

優希の手の速度は、落ちるはずもない。

 

 

東1局 1本場 ドラ{白}

優希 配牌

{②③④赤⑤⑥447899三四赤五}

 

 

(よしっ……!)

 

また配牌で聴牌。押し寄せる東の風は、これでもかと優希を後押しする。

優希が点箱を開き、千点棒を取り出した。

 

手牌の{9}を手に持ち、横に曲げんと空高く持ち上げる。

 

 

 

 

 

しかし、切る直前で、優希の身体が、硬直した。

 

輝きを放っていた目の光が、一瞬曇る。

 

 

 

 

(この感じ……!)

 

 

恐ろしいほどのプレッシャーを放つ王者の気配を、感じた。

 

優希は自身の下家に座るやえ(王者)の方をちらりと見る。

 

(もう追いつかれたって言うのか……?!)

 

やえの手牌が、やえの瞳の色……金色に染まっている。その力強い目の炎は、確かに優希を貫いていた。

 

嫌な汗が、優希の背をつたう。

 

 

2回戦でも同じようにダブルリーチを打とうとして、しかし王者によってその牌は咎められた。

 

忘れるはずもない。あの痛みは今でもしっかりと優希の脳に刻まれている。

 

 

それでも。

 

 

(これが全国トップクラスの力……。……勢いがついた東場の1本場で、私が引く……?)

 

優希は、自身の手の中にある{9}を眺めた。

 

この牌を切れば、またダブルリーチを打てる。

ダブルリーチ赤2。もうこの時点で親満は確定だ。そしてなによりも肝なのは、この{9}を持ってしまって、他の牌を切ったとして、自身に和了りがあるのか、ということ。

 

容易く回れる牌ではない。仮にこの牌が通ったら?

万が一にでもこの手を逃してしまった方が痛いのではないか……?

 

その葛藤が、優希を襲う。

 

 

(……私は「みんな」なんだ……仮にダメだったとしても後悔しないほうを選ぶじぇ……!!)

 

少し悩んだが、優希は強気の選択をした。

点数はまだ足りない。このダブルリーチをツモれれば、親跳。6000オールだ。

 

 

(王者の支配と私の東場での強さ……どちらが上か。勝負。当たれるものなら……当たってみろだじぇ……!)

 

力強く。優希の第一打{9}は、寸分の違いもなく横を向いた。

 

「リーチだじぇ……!!」

 

緊張した面持ちで、下家のやえの様子を伺う優希。

 

 

 

ニヤリと口角を浮かべたやえから、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

声はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(通った……!)

 

2回戦と同じように行ってたまるか。そんな思いで優希は汗を拭く。

 

追っかけリーチは来るかもしれない。けれど、1度のツモ番さえあれば優希はこの手牌をツモりあげられると感じていた。

東場の優希だからこそ感じる波動。この手は、鳴かれなければ8000オールにまで仕上げられる。

その確信。

 

 

だからこそ通ったことの意味合いは大きい。

優希はかなりの確率で{9}が当たってもおかしくないと思っていただけに、とりあえず胸をなでおろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『またまた開幕ダブルリーチ!!東場の親での勢いが止まりません片岡優希!!』

 

会場も盛り上がる。優希の勢いが止まらない。まさに東場で決着をつけんとする勢い。

 

 

 

しかし、同じタイミング、解説席の咏の表情は隣に座る針生アナとは打って変わって驚愕に染まっていた。

 

あまりのことに咏は一度硬直していたが、すぐに我を取り戻し、お気に入りの扇子を落としていることにも気付かずマイクを持つ。

 

 

『いやいやいやいや!!待て待て待て待て!カメラ仕事仕事!こういう時くらい他の配牌も見せろって!』

 

『え……?』

 

解説の咏が、見たこともないほど慌てている。基本のらりくらりと、呑気に、それでいて楽しそうに解説をする咏を知っているだけに、観客も視聴者も困惑した。

 

 

基本麻雀対局のカメラは、配牌を親から順にめぐっていく。

 

ツモ番を追うような形でカメラの映像が切り替わるのが、普通の対局映像だ。

 

 

なので今は会場もテレビの向こうも、優希の配牌しか映っていない。

だからこそ、映っている事実は、「優希がまた配牌で聴牌している」という事実だけ。

 

 

しかし解説席はそうではない。複数のモニターがあり、常時全プレイヤーの手牌を見ることができるようになっている。

興奮のあまり他家の配牌など見えていない針生アナだが、咏はしっかりと見ていた。

 

無理やり、咏がカメラ担当に映すモニターの変更を申し出る。

 

咏の指示通り、他家の手牌を見た針生アナは混乱のあまり言葉を失っている。

 

映像班が急いでモニターに映す手牌を変えているのを見て、咏も立ち上がって高らかに笑いだした。

 

 

そんな解説席2人の様子に、なにが起こっているかわからないテレビの先。そうしている内にようやく映し出されたのは。

 

 

やえの配牌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ ()()

{①②③45678二二二四四}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

優希の宣言牌は、()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見逃し……!!!晩成の王者小走選手、片岡選手のダブリー宣言牌を見逃し……!人和を和了りませんでした!!!』

 

『ははははは!!!ほんっっっっっっとーーーにおもしろいねい!!!最高だよ晩成の王者……!』

 

会場もまさかの事実にどよめく。天和からのダブルリーチ。暴力的ともいえるその勢いを、殺すことができた{9}。しかし、やえはそれを和了らなかった。

 

やえの瞳の奥に宿る闘志は、静かにその光を湛えて居る。

 

 

言葉を失う針生アナに変わって、咏が言葉を続ける。

その表情は、本当に面白いおもちゃを見つけたような顔で。

 

 

 

 

『王は人を束ねる。……2回戦では、人を統べること(人和)に成功した。……そして……王は天からの恵みを求めない。受けるとすれば……豊かに育てた大地からの恵み』

 

 

 

 

南家に座る白望と、多恵が必死にずらそうとするがそれはかなわない。今回は多恵の手牌に鳴ける牌が無さ過ぎた。

悔しそうに、静かに、白望が「ダル……」と呟いた。

 

多恵も異常な気配を感じながらも、できることがない。巡目が短すぎる。1巡しか選択の権利が回ってこなければ、できることも少ない。

字牌をそっと河において、目を閉じた。

 

 

 

東の風が、王者の元に吹き荒れる。

 

優希も、安堵していたのは一瞬だけ。

自分は1巡だけ生かされたことを理解する。

 

優希の手は、膝の上で小さく震えていた。

 

 

 

 

 

『王者が求めしは、人と大地。その両方を統べた先に、全国制覇への道筋が開ける。孤独な、偽物の王者だった去年までは決してできなかった力。見せてみなよ。本物の王者の打ち筋ってやつを……!』

 

 

 

 

 

 

やえの手が、山に伸びる。

金色の瞳が光り輝き、落雷を呼ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強烈な落雷とともに、やえが手牌の右端にツモ牌を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

やえが、手牌を静かに倒す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{①②③45678二二二四四} ツモ{9}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……不思議よね。こんなパッとしない手でも……役満なのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3年前。

 

痩せた大地に芽を出し、懸命に水を与え続けた王者。

 

 

その想いが、今年大輪の華を咲かせている。

 

 

 

 

 

 

 

―――――――大地に恵む奇跡の調和(地和)

 

 

 

 

 

王者は確かに言った。

 

奇跡は起こすものではない。掴みとるものだ、と。

 

 

 

 

 


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