準決勝第二試合先鋒戦の死闘は続いている。
奇跡とも、悪夢ともとれる幕開けをした後半戦だったが、やっと落ち着いた麻雀に戻りつつあった。
『晩成高校小走やえ選手、勢いが付き始めていた倉橋選手の親を落としました!愚形でのリーチとなりましたが、功を奏しましたね!』
『あれをリーチできるのはしっかりと{2}に和了りがあるって思っているからだよねい。そーゆー判断ができるのは、勉強している証拠だねい。知らんけど!』
満貫のツモ和了りを決めたやえ。
少しだけ瞳に明るさが戻った多恵が、静かに点棒を渡しながら、全員の河を見渡す。
「……いい待ちだね」
「ふふん。そうでしょ?」
ニヤリとやえが口角を上げる。
言外に棘をはらんでいそうな多恵の口ぶりに、懐かしい日々を思い出す。
『出たー!!そんなカンチャン待ちツモれる人類いるの?!そんなツモして恥ずかしくないの??ズルの権化が!!』
『ふふーん!悪いわね多恵!この待ち、山にあるのよー!』
『なーいよ!ないない!ありえませーん!』
『じゃあ見てみる??残りの山めくってみる?待ちの数で勝負する??』
『うるさーい!!!良い待ちですね!!!(山ぶち壊し)』
点数状況
清澄 105200
宮守 75100
姫松 96400
晩成 123300
晩成高校控室。
トップ目に立った上に、これから暴れそうだった多恵の親番を落としたことで、控室の盛り上がりは最高潮に達していた。
「さっすがやえ先輩……!あれをリーチできるなんて……!」
「ターツ選択も流石……!」
モニター前のソファに座っていた憧と初瀬が立ち上がって喜ぶ。
状況は東4局に移っていた。
やえは今の和了で更に点数を伸ばし、トップをキープしている。
「倉橋多恵……クラリンの正体とも言われるほどに、牌理と牌効率に長けた打ち手……平の刺し合いになったら、これほど恐ろしい相手はいないな……」
真剣な表情で由華もその状況を見据える。
怖い親は落とすことができたが、まだ安心できるほどではない。
モニターの中で、やえの配牌が上がってくる。
東4局だ。
東4局 親 やえ ドラ{七}
3巡目 多恵 手牌
{①②⑥⑦⑨13一五八西白白} ツモ{4}
多恵はこの手牌から打{1}。索子が両面へと振り替わった。
そして次巡、やえから{白}が出る。
「……」
多恵はこれに反応しない。
{白}をスルーしたのを見て、憧がわずかに眉根を寄せる。
「え……これ鳴かないんですか?」
「いやいや……雀頭候補もない、ターツも足りてない、打点も無い、守備力も無い。……流石にここは鳴けないんじゃない?」
「えー!鳴かないよりは鳴いたほうがましだと思うけどなあ」
「それは憧、きっとお前さんだけだ……」
どうやら憧はこの{白}スルーに納得がいかないようだ。
由華も説明した通り、ここから鳴くと打点の種も無い上に、守備力をみすみす減らすこととなる。
憧のような打ち手以外は見送る人が多いだろう。
巡目が進む。
11巡目 多恵 手牌
{①②③⑥⑦⑧34四五八八白} ツモ{2}
聴牌。現状平和のみ。多恵は全員の河を一瞬だけ眺めた。
やえ 河
{①西⑨白三東}
{18八五北}
優希 河
{428⑥⑨中}
{発4東⑦西}
白望 河
{北一②三9東}
{一三①①中}
ラグともとれないようなわずかな間。ほぼノータイムといっても差し支えないようなタイミングで、多恵は{白}を縦に捨て牌に並べた。
この判断に今度は初瀬が怪訝そうな表情を浮かべる。
「え、この平和のみをリーチせず?点数もまだマイナスだし、ここはノータイムでリーチで良くないですか?」
「いや、きっと{25}残りだったら倉橋はリーチだった。だけど、この{三六}残りはいただけない。南家の片岡が染め手萬子染め模様な上に、それに容赦なく押してきてるやえ先輩の河が、{六}をかためて持っていてもおかしくない捨て牌……事実、やえ先輩の手に{六}は暗刻だしね」
「……河に出てる枚数で言えば、5枚残りですよ?リーチしてツモった時の打点逃す方が痛くないですか?」
「それは初瀬……きっとお前さんだけだ」
(この子たち自分の麻雀信じすぎてる……)
さっきよりもげんなりとした感じで由華が答えるのを見て、隣で聞いていた紀子も流石に由華に同情していた。
次巡、親のやえからリーチがかかる。
優希 手牌
{一一二二二四七八南南南北発} ツモ{③}
(うっ……南暗刻と萬子多めだからって、萬子に決め打ったのは失敗だったじぇ……)
ここはおとなしく現物の{北}切りとする優希。
白望 手牌
{赤⑤⑥⑦⑧22345三四赤五六} ツモ{⑥}
(……現物で追える)
「リーチ」
白望も追い付いた。赤赤の手。打点も欲しい白望はこの手を曲げた。
しかし、この{三}が通らない。
「ロン」
多恵 手牌
{①②③⑥⑦⑧234四五八八} ロン{三}
「1000点」
「……はい」
『倉橋選手、平和のみをダマ聴に受けて和了りをものにしました。平和のみをリーチすることも多く見られる選手ですが、ここは先制だったにも関わらずダマでしたね』
『待ちが悪いよねい。倉橋ちゃんの体感ではこの待ち、もう山に無いと思ったんじゃないの?……事実、{三六}で曲げてたら山の残り枚数はゼロ……2家リーチになってたら宮守がどうしてたかはわからないけど……晩成とのめくりあいになってたら絶望的だっただろうねい』
『なるほど……倉橋選手、まるで機械のような読みで小走選手の親を蹴りました。ついに後半戦は南場に入ります!』
モニターから流れてくる、咏の解説。それを聞いても尚、初瀬の表情は変わらなかった。
初瀬の不思議そうな表情に、隣にいた憧も同調する。
「あの{白}鳴いてたらもっと早く1000点和了れてたかもなのに……」
「あんたらの芯の強さには恐れ入ったよ……」
今年の1年は頼もしいと思うのと共に、図太い連中だ、とも思う由華であった。
ついに先鋒戦は後半戦南場に突入する。
優希は一つ呼吸を整えてから、サイコロを振った。
まだ終わっていない。
点数も無いわけではない。この親で、やれるだけのことはやろう。
そう意気込んだ。
南一局 親 優希 ドラ{八}
優希 配牌
{②⑥⑦⑨3赤5二三八八九東東白}
(来たじぇ……!東場が終わっても、まだ戦える……!)
配牌で満貫が確約されたかのような配牌。
最後の親番としてはあまりにも嬉しすぎる配牌に、優希の目が輝く。
「ポンだじぇ!」
「チーだじぇ!」
「それもチーだじぇ!」
5巡目 優希 手牌
{⑥⑦八八} {横43赤5} {横一二三} {東横東東}
瞬く間の三副露。
親の満貫が一瞬にしてできあがった。
多恵が警戒心を持ちながら、ツモ山に手を伸ばす。
8巡目 多恵 手牌
{⑤⑥⑦23赤五五六七八} {白白横白} ツモ{⑧}
危険牌。
多恵がまた、優希の河を眺めた。
優希 河
{⑨九②④二⑦}
{68}
(最終手出しが{⑦}。以降は全てツモ切り。{二}と{④}がツモ切りで、他が手出し……)
多恵の頭の中を、様々な牌姿が駆け巡る。
『ああっ、片岡選手の当たり牌である{⑧}を掴まされました倉橋選手。これは流石に打ってしまいますか……?』
『さっき言ってたように、倉橋ちゃんが「機械」なら、この牌は打つべきだろうねい。通ってるスジの本数と、自身の打点と聴牌。デジタルに徹するなら、{⑧}切りがよさそうだし、打つんじゃないの?』
咏が多恵の選択を、一打一打を楽しみに見守っている。
姫松高校控室にて。
「切れんやろ。その{⑧}は」
静かに状況を分析したのは、姫松のエース洋榎だ。
「そうは言いますが部長。おそらく局収支で弾きだしたらこの{⑧}は押し有利ですよ」
「……なんとなくだけど、多恵ちゃんなら押しそうな気がするのよ~」
由子も口に手を当てながら、心配そうに多恵の様子を伺っている。
確かに、まだ通っていないスジもあり、自身の手は両面聴牌の3900。和了りを重視するなら、この手は押したほうが有利に見える。
現状優希の手に見えているのは東赤1の2900点から。残りが4枚であるということも考えると、それこそドラ雀頭でなければ5800程度。
押してもよさそうな理由を探し出せば、いくらでも出てくる。
「ああ~、やめて~!それ切ったらあかんですよ多恵先輩い~~!!」
漫も頭をわしゃわしゃとしながらモニターの先の多恵を制止しようとしている。
止められるのは、こうして全体の手牌と捨て牌が見えているから言えること。
漫もそれは十分わかっているし、麻雀の応援はそんなものだ。
洋榎がどこかで買ってきた串カツを食べながら多恵の手を見る。
「勘違いしたらあかんで。……多恵は別に機械やない。もちろん、知識としてとんでもない量の情報があることは確か……せやけど、多恵にとって『デジタル』は一つのカードでしかないんや。時に優先すべきことが他にあることを、あいつは知っとる」
画面の先の多恵は、小考した後、{3}を切った。{⑧}を手中に収める。
放銃回避の選択に、解説でも驚かれる多恵を、漫が喜色満面で賞賛する。
「やったあ~!流石多恵先輩や!!」
「放銃回避なのよ~!」
2人の喜びようを見ながら、恭子も少し自嘲気味に小さく笑うと、洋榎の方を向き直る。
「清澄の1年生の心理状態……」
「それもあるやろな。……点数が減ってきたこの状況、点数やなくて状況自体が劣勢であることは本人が一番感じているはずや。その中での三副露。とても2900でできるような心理状態じゃない。まず満貫はあるやろ」
「けど、それだけやと足りない」
「せや。初打の{⑨}。{④}のツモ切り。最終手出しの{⑦}。鳴いてる面子に索子と萬子で1ブロックずつ……。{九}もいい味出しとる。ドラ対子に筒子の{⑥⑦}ちゅう手形が第一本線。ウチもこの{⑤⑧}は絶対に切らん」
「……流石ですね、主将」
11巡目 多恵 手牌
{⑤⑥⑦⑧2赤五五六七八} {白横白白} ツモ{⑧}
手牌から{2}を切る多恵。聴牌し直し。
上手く回って聴牌を取り返した。
その黒い目は無感情に優希を貫いている。
12巡目 優希 手牌
{⑥⑦八八} {横43赤5} {横一二三} {東横東東} ツモ{5}
ツモ切りを繰り返す優希。
(4枚になってからが長いじぇ……!)
手牌が短くなったとき、なかなか和了れない状態が続くと、不安になってくる。
今回は優希には「打点」という強い味方がいるから何とかなっているが、これが2900点の手だと震えが止まらないものだ。
早くツモりたい。和了りたい、と思えば思うほど、道のりは長く感じる。
そんな中で。
多恵がツモ山に手を伸ばす。
上手く回り切った者に、牌は必ずしも
同巡 多恵 手牌
{⑤⑥⑦⑧⑧赤五五六七八} {白横白白} ツモ{赤⑤}
応えてくれるとは限らない。
多恵の手が、この日初めて明確に止まった。
『せっかく聴牌しなおしていた倉橋選手、またも当たり牌を掴んでしまいました。これはまた回ることになりますか……?』
『いや……切るかもしれないねい』
『え、それはどういう変化ですか?』
『打点が変わった。倉橋ちゃんの手は赤が入ったことで満貫、8000点。{⑤⑧}は相当濃いと思っているだろうけど、仮にこれが通って和了れてた時のダメージが大きすぎる。まだ3着だし……これは{⑧}ぐらい押してもおかしくないねい』
目を細めて咏がそう口にする。
「あああ~!!やめてえ~!!多恵先輩、当たってます、当たってますからあ!!切らないでえ~!!」
「ちょっと!漫ちゃん静かにしいや!」
麻雀とは残酷なゲームだ。
一度止めたからといって、上手く聴牌し直して、毎回和了れていればそんなに楽なことはない。
次々と危険牌を掴んで、結局下ろされるか、はたまたもう一度つかまされて、放銃かオリかの選択を迫られることも往々にしてある。
見ている側は、当たっているから止めろ、と無責任に言う。
しかし当事者はそんなことはわからない。言い方を変えると、「普通は」わからない。
超常的な力も無しに放銃を回避するのは、ひとえに、幾重にも重ねられた「読み」と、「経験」しかないのだ。
多恵は、それで勝負をしてきた人間だ。
恭子も右手を顎に当てて状況を分析する。
「部長。多恵これは止まりますかね」
「……ここまでくるとわからんな。ウチは読みを信じるタイプや。ウチなら打たん。多恵はあらゆる可能性を考慮しとるはずや……だからこそ、打ってもおかしないな」
状況は、予断を許さない。
多恵の手が、{⑧}を手に取って、また戻った。
多恵の表情が、初めて少し苦し気なものに変わる。
そんな様子を見て、白望が目を見開いた。
(この人が悩んでるの……初めて見たかも)
基本、倉橋多恵という人間は恐ろしいほどに打牌が早い。
それが、ここにきて初めて悩んでいる。
その瞬間のできごとだった。
カチ、カチ、と牌がぶつかる音が卓に響く。
少し驚いた表情の多恵がその音の発生源へと目を向ける。
やえが、手牌の一番右端の牌2つを、器用に裏向きにしながらぶつけて音を立てていた。
「……各駅停車?多恵」
人の悪い笑みが、多恵の目を貫く。
この光景に、多恵は見覚えがあった。
『ちょっと待って手詰まった……手出しがあれで……』
『お?!出る?出るの?!』
『うるさい!今考えてるんだから黙ってなさい!』
『や~え~、さっきっから各駅停車やんかあ~。はよしてや~』
『うるさいわねセーラ!あんたのその不愉快な手癖直しなさい!』
『え~各駅停車、梅田行きが参ります……お降りの際はお忘れ物のないよう、お願いいたします……プシュー(ドアの開く音)』
『洋榎……あんたねえ……!全然似てないし、各駅停車梅田行ってそれ何線よ!!!!』
少しだけ目を閉じていた多恵が、目を開けた。
「……快速で許してもらおうかな」
多恵の目に、ノイズが走る。真っ暗だった瞳に、徐々に本来の赤が戻ってきた。
多恵の手が振りかぶられる。
勢いよく捨て牌に並べられた牌は。
{五}だった。
やえが、嬉しそうな表情でツモ山に手を伸ばす。
(それでこそ、私のライバルよ、多恵。どんなに厳しい状況でも、信じた道は曲げなかった。……これは私のワガママ。それは百も承知。だけど、去年はやろうとしても間に合わなかった、「この先にいる」多恵を、最高の舞台で、私に見せなさい……!)
やえと多恵の視線が交錯する。
瞳に光が、戻ってきている。
『またも放銃回避……!よくこの牌が止まりますね……!』
『もう倉橋ちゃんの中で八割くらいが当たるって思ってるんだろうねい。その読みと心中できるから、強い。機械のようで、機械じゃない、ってことだねい』
やえがまた楽しそうに多恵を見やる。
多恵の表情がすこし解れたように見えた。
16巡目。
「ツモ」
多恵 手牌
{④赤⑤⑤⑥⑦⑧⑧六七八} {白横白白} ツモ{③}
「1000、2000」
和了りきったのは、多恵だった。
優希の顔が、厳しいものに変わる。
(ぐっ……!)
手に入る力が増す。
条件は同じはず。
なのにどうして、どうしてこんなにも。
(勝てる気がしないんだ……!)
今優希から見える多恵は、大きな壁となって目の前に立ちふさがっている。
点差はそこまでついていない。
だが、優希はここから、局流しに専念するしかなくなった。
やえが、完成形と、捨て牌を見比べてニヤリと笑う。
「……上手くいきすぎじゃない?」
確かに、そうとも言えるだろう。
ここまでやりきっても、和了れないことが多々あるのが麻雀。
だからこそ多恵は、胸を張って答えてやった。
「……完璧に回り切ったわ」
「……まったく……よく言うわ」
多恵の瞳の黒が、徐々に赤と混じっていく。
このお話を読んでくれている友人が、多恵の絵を描いてくれました!!!
【挿絵表示】
感謝……!圧倒的感謝……!!!
麻雀あるあるを言っている所が目に浮かびますね笑
小説のあらすじの所にも載せようかなと思っています。
これで多恵のイメージがさらにつきやすくなれば、嬉しいです!