ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第57局 不公平

歓声はやまない。

 

会場を包み込む熱気は、まだ午前中だというのに容赦なく照り付ける太陽の熱さにも負けていない。

 

状況はやえが一歩リードしたまま、南2局を迎えている。

 

しかしここで、少しだけ場に変化があった。

 

 

(姫松の騎士から放たれる殺気が、復活した……?)

 

白望は、その不可思議な感覚に戸惑っていた。

良く言えば、先ほどまで冷徹に静謐な空間を保っていた感覚が抜け、今なら迷い家でも和了れそう、ということ。

 

悪く言えば、前半戦とはまた違う、多恵を包み込む気配が、より強いモノへと変わっていっているような、そんな感覚。

 

 

(わからない……けど、気にしてる余裕なんかない……か。最後の親だ)

 

重い腕を動かし、サイコロへと手を伸ばす。

白望の疲労はピークを迎えていた。

 

 

 

元々体力があるほうではない白望が、力と力のぶつかりあい、激しい状況の変化を目の当たりにしてきた。

 

重く、鈍い痛みが走る頭はもう最高の状態とは程遠い。

疲労が嫌いな白望からすれば、いますぐにでも帰って寝たい。

 

 

それでも。

現状、一番凹んでいるのは自分だ。後ろのメンバーのためにも、信じてくれた仲間のためにも、ここはどうにか1つ和了りが欲しい。

 

全員が、ダルそうに麻雀を打つ自分を、激励してくれている気がする。

 

白望がまだ牌を持てるのは、仲間の姿が常に頭にあるからだった。

 

 

 

南2局 親 白望 ドラ{1}

 

11巡目 白望 手牌

{②③赤⑤⑦⑦⑧⑨66六六七八} ツモ{7}

 

 

白望の、手が止まる。

あまり形の良くなかった配牌を、どうにかこうにかここまで持ってくることができた。

 

ターツ選択を迫られる。

 

 

「……ちょい……タンマ」

 

特に、波紋は出ない。

迷ったからと言って、高くなる気も、今の白望は感じていない。

 

思考をやめたくなるほどに、頭がぼーっとする。

 

それでも、ここは大事な場面だ。いつものように左手を顔に当てて迷う動作ではなく、その目はしっかりと全員の河を見渡している。

 

 

({58}のターツは強い。かといって、{赤⑤}は切れない。{6}を切ると雀頭候補が一時的に消え、向聴数が落ちる……か)

 

もう巡目は深い。この形から二向聴に落とすのは勇気がいる。

 

 

「……前に進むかあ……」

 

白望が切ったのは、{六}だった。一向聴は変わらず、しかし最終形の弱いカン{⑥}の形を、どうにか{667}の索子を上手く使ってほぐしたいという一打。

 

河に切られた牌に、少しだけ波紋が広がった。

 

その様子を見て、やえの表情が変わる。

 

 

(……ナラビタツモノナシが弱まってる……でもまだ、多恵が最高の状態に入れていないわね)

 

親友の姿を見とめる。真っ黒に染まっていた目は、少しだけ赤みがかっていた。

 

 

 

12巡目 白望 手牌

{②③赤⑤⑦⑦⑧⑨667六七八} ツモ{④}

 

 

(……聴牌かあ……)

 

親で待望の聴牌。カン{⑥}というお世辞にもいい待ちとは言えない最終形だが、これはこれで仕方がない。

疲労によって思考を拒絶する頭を必死に動かし、そう結論付ける。

 

迷った結果なのだ。

とりあえず親で聴牌できたことに胸をなでおろし、白望は{7}を手に取った。

 

 

その瞬間。

 

 

 

 

 

 

『シロストーップ!本当に、それでリーチでいいの?!』

 

 

 

 

 

(……?!)

 

白望の体が跳ねる。

聞きなれた塞の声が、聞こえた気がした。

 

何かを不思議な力が使われた感じもない。ただただ、普段の塞の声が、今聞こえた気がして。

 

 

 

改めて、自身の手牌を見直す白望。

 

 

 

白望 手牌

{②③④赤⑤⑦⑦⑧⑨667六七八}

 

 

 

 

そうして自身の手をもう一度見た時、全くその牌姿が、頭に入っていなかったことに驚く。

 

 

(……こんなの、聴牌外す一手だ……)

 

先ほどとは状況が違う。聴牌時に持ってきた牌が{①}なら、リーチを打つのは仕方がないだろう。

しかし持ってきたのは{④}。場に安い筒子の形が連続系になり、絶好のターツになっている。

 

自身が強いと思った索子の形だって、このままリーチを打ったらなにも活かせていない。

 

 

(はあ……おせっかいすぎてダルいよ……塞)

 

自嘲気味に少し笑うと、白望は、手牌から{⑦}を切り出した。

 

 

 

『一時は{7}を手に取りましたが、{⑦}切り……。よくこの後がない土壇場、ようやく入った聴牌を外せるものですね……』

 

『……誰でも牌姿だけ見れば、「外すに決まってるだろ」って思うかもしれないねい……ケド、この終盤、ラス目で迎えた最後の親番。一刻も早くリーチを打ちたい状況でようやく入った聴牌……ほとんどの人は、リーチって言っちゃいそうなもんだ』

 

 

咏の言葉の通り、ラス目の白望は、リーチさえかければほとんどがオリの選択をしてくれるような状況だ。

優希はもちろん、トップ目のやえも、多恵だって打ち込みたくない。

だから、早くリーチをかけたくなる。

 

しかしそこで、白望は思いとどまった。思いとどまることができた。

 

 

13巡目 白望 手牌

{②③④赤⑤⑦⑧⑨667六七八} ツモ{②}

 

 

絶好の手替わり。自信があった待ちでの勝負ができる。

 

 

「……リーチ」

 

白望が、静かに点棒を取り出した。

 

切った牌に、わずかに、ほんのわずかに波紋が広がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

白望は、迷うことで数々の和了をモノにしてきた。

 

いつも迷い、ダルいと言いながら。

 

この最終局面。やっとたどりついた和了りへの近道。

しかしそれは、危うく、脆い橋。

 

ダルそうにしながらも、その橋を渡ろうと、白望はゆっくりとその橋の方向へ足を向ける。

 

 

しかし、後ろから肩を叩かれる。

振り向けば、仲間がいた。

 

 

回り道でも、皆で行けば大丈夫、必ずたどりつける。

 

ダルいという白望の手を、エイスリンと胡桃が引っ張る。塞もそれを見て隣で笑っている。

 

先頭は豊音で、雪の中を高い身長を活かして目印代わりに手を上げて歩いてくれている。あれなら見失いはしないだろう。

 

 

 

迷うのも悪くない。けど。

 

 

疲れた時くらい、仲間に頼るのも、悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

白望 手牌 裏ドラ{⑦}

 

{②②③④赤⑤⑦⑧⑨67六七八}  ツモ{8}

 

 

「……4000オール」

 

1人で迷っていた道を、仲間に支えられ。

 

その選択は白望にとって最高の結果を、もたらした。

 

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

清澄  99200

宮守  85100

姫松  98400

晩成 117300

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 白望

 

優希 配牌 ドラ{9}

{⑥⑦⑧4456899四赤五七西} 

 

 

(また悪くない配牌だじぇ……)

 

南場でも、配牌が悪くないことに違和感を感じる優希。

当初の目標は、東場で暴れまわって、後はしのぐ。

南場は耐え忍ぶだけの時間なはずだった。

 

しかし、何度も、南場でも戦えそうな配牌がくる。

 

 

(東場は終わってしまった……けど、戦える配牌がくる……)

 

先ほどの白望の和了で、優希の点数も原点を割った。

 

なんとかプラスで終わりたい。そんな思いもあって、優希はこの配牌を素直に育ててみようと{西}から切り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清澄高校控室。

 

 

「ゆうきちゃん、大丈夫かな……」

 

チームメイトの優希を、心配そうに見守るのは咲だ。

東発、奇跡ともいえる天和を和了ったものの、それ以降、相手校のエースに圧倒され、和了りが止まってしまっている。

 

和は先ほどから心ここにあらずと言った様子で、ただただ、モニターを眺めている。

 

それも仕方のないこと。突如発覚したクラリン。

しかしその打牌は和が知らない打牌にあふれていて。

理由を聞きたくなるような打牌がいくつもあった。

 

そしてチームメイトの優希が必死にもがいている。

 

情報量に対して脳の容量が足りていない様子だ。

 

 

部長の久は、厳しい表情でこの対局を見守っている。

 

 

「……良い配牌が来ることが、必ずしも良い事とは限らないのよね……」

 

珍しく南場で優希の元に舞い降りた好配牌。しかしその表情は優れない。

 

麻雀において、負けが込むとき。必ずしも配牌がいつも悪すぎたり、ツモが悪すぎるわけではない。

 

もう一つの負けパターン。いかなければならない牌姿になって、振り込む。

形が良くなって、相手からリーチが入る。

 

難しいもので、配牌が良いことを手放しに喜べないことがあるのが麻雀なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目 優希 手牌

{⑥⑦⑧4456899四赤五六} ツモ{5} 

 

 

(来たじぇ……ダマでも満貫。ここは確実に……!)

 

聴牌。平和ドラドラ赤の聴牌。高目をツモれれば跳満まである手。

優希はこれをダマ選択にした。

 

しかし、ダマ、リーチ以前に、気をつけなければいけないことを、また失念してしまっていた。

 

姫松の支配が弱まれば、自然と強まる支配がある。

 

 

目立たないようにそっと河に置かれた{8}は、王者につかまった。

 

 

「ロン」

 

強烈な勢いで、優希の頭がまた卓へと抑えつけられる。

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{⑦⑧⑨79七八九東東中中中}  ロン{8}

 

 

「12000は12300」

 

 

(ぐ……高すぎだじょ……!)

 

 

王者の支配は、牌を曲げる権利をも剥奪する。

 

 

 

『キツイ一閃……!!王者小走やえ……!清澄から跳満の直撃で更にリードを伸ばします!』

 

『うっひゃあ~!ひっでえな!8巡目にそれやられたらたまんないねえ~。ここにきて、王者の勢いがまた増してきたんじゃねーの?知らんけど!』

 

 

歓声が上がる。

やえの勢いは止まらない。完全に一人浮き状態に持っていかれた形の3校。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よーーっし!やえ先輩ナイス!」

 

「流石やえ先輩だね」

 

隣同士で座っている憧と初瀬が、ハイタッチを交わす。

 

グッ、と拳を握ってガッツポーズをとるのは、由華だ。

 

 

「あとはこの姫松の親さえ落とせば……!先鋒での勝ちは揺るがない……!」

 

「……そうだね……でも……怖い、怖い親番だね」

 

紀子が、心配そうにモニターを眺めている。

サイを振るのは未だ目の焦点が合っていない姫松の騎士。

 

万全の状態ではないとしても、言わずと知れた、高校生最高峰の打ち手の一人。

 

紀子も自然と拳を固く握っている。

 

 

晩成にとって最後の山場が、やってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南3局 親 多恵 ドラ{8}

 

多恵の瞳に、徐々に赤が戻る。まだ完全にではないが、徐々にその全体支配の力は弱まり、いつもの多恵の麻雀が戻ってきている。

今はまだ若干不安定だが、これが完成すれば、まず立ち向かえる者はいないだろう。

 

 

状態は、悪くない。

 

 

 

4巡目 多恵 手牌

{一二三四五六8北発発中中中}  ツモ{三}

 

 

 

意志に呼応するように、多恵の手牌が育つ。

ドラの{8}を切るか、発を鳴いた時に強い{北}を切るか。

 

さほど考えずに、多恵はドラの{8}を切った。

 

この場にいるのは王者やえ。

少しでも欲目を出してドラなぞ残せば、刈り取られる。

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑥⑥⑦四五六六4788} ツモ{赤⑤}

 

 

(間に合わなかったわね……)

 

やえも、多恵があのドラを先切りしたことは理解している。

{4}を切り出した。

 

 

(多恵の状態が最高の状態に近づいてる……だからこそ。全力で当たる価値がある……!)

 

 

自分が狙っていた宣言牌は間に合わされた。

それでも。

 

やえの目つきが、鋭くなる。

 

 

 

 

 

 

5巡目 多恵 手牌

{一二三三四五六北発発中中中} ツモ{二}

 

絶好の入り目。

 

 

「リーチ」

 

3本の剣が、生成された。

やえは間に合っていない。ならばこの多面張は、自身に分がある。

 

 

 

 

『絶好の聴牌……!{一四七}待ちは……6…7……8!現時点で8枚山です……!』

 

『8枚山ってなかなか聞かないよねい。高目で18000(インパチ)の手。これが決まれば姫松はだいぶ楽になるねい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室。

 

 

「いっけえ~!多恵先輩の3面張やあ~!」

 

「いっけえ~なのよ~!」

 

姫松の控室は盛り上がっている。

 

しかし、そんな中で、恭子は言いも知らぬ嫌な予感に襲われていた。

 

 

「……好形3面張……やけど……」

 

喜んでいる2人に、水を差すわけにはいかない。それはわかっている。

 

 

「……」

 

洋榎も、そんな恭子の様子を真剣な表情で眺めていた。

 

打点も待ちも十分。ここぞというタイミングでこの配牌とツモは、流石多恵だ、と言いたくなる、

しかし、和了れなければ意味はない。ただの絵に描いた餅だ。

 

 

「気張りや……!多恵……!」

 

洋榎も小さく、激励の言葉を贈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ポン!」

 

多恵のリーチに合わせて、優希が現物として切った{8}に、やえが反応を示す。

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑤⑥⑥⑦四五六六} {88横8}

 

 

(今の多恵は、最高の状態に近い。だからこそ、勝つ意味がある。……行くわよ多恵……私は今日、あんたを超える……!)

 

 

多恵は、ナラビタツモノナシと、自身の能力が、徐々に融合しつつある。

今は少し不安定だが、これが完成すれば、きっとチャンピオンにだって負けない力になる。

 

だからこそ、そんな自分を育ててくれた多恵を、超えてみたい。

 

 

『晩成小走選手、ドラポンで追い付きました!満貫のテンパイは{三六}待ちです!』

 

『いやあ……追い付いたとはいえ、うっすいねえ?{六}が一枚しか残ってねえや』

 

『ええ……本当ですね。自身の手牌に{六}が2枚。倉橋選手の手牌に{三}が2枚、{六}が1枚使われていて、{三}は既に河に2枚切られています……!8対1!……流石に倉橋選手の和了りになりそうですね』

 

『おいおい、アナウンサーがそんなこと言うもんじゃねえよ?いくら待ちがよかろうが、負けることがある。それが麻雀だぜ?』

 

 

不可解なものを見た表情のまま、白望がツモ牌を手牌の上に乗せる。

 

 

白望 手牌

{①②③123467七七八九} ツモ{一}

 

(もしかして……これが倉橋さんの和了り牌なのか……)

 

持ってきた牌は、多恵への危険牌。

やえのポンが無かったら一発ツモだった牌だ。

 

一つ息をついて、白望は{1}を切った。

 

 

多恵にツモ番が回ってきた。ツモ山に手を伸ばす。

少しだけ、やえの表情を伺った。

 

 

(ズラされた……?……関係ない。一発でなくても、ツモる……)

 

多恵が一発目に持ってきた牌は、{9}。

和了り牌ではない。

 

 

やえが、山に手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「去年、チャンピオンでも手に負えない状態になって、私が相手をした最強の打ち手……いや、英雄と呼んでもいい」

 

智葉は、去年のことを思い出していた。

個人戦決勝卓。

 

ほぼチャンピオンの勝ちが決まりかけた決定的な和了がきっかけで、多恵はその本領を見せた。

 

結果的に、自身がなんとか応戦することに成功して終局し、その力の完成形を見ることはなかった。

 

 

「あの状態の倉橋と切り結ぶのは……本当に心が躍ったものだ。私が断言する。あの状態の倉橋にかてる高校生なぞ、まずいない。……去年はまだ粗削りな爪だったが……晩成の王者。姫松史上最高の騎士に、その爪を届かせるのか?」

 

メガンは、ただただ智葉の言葉を聞いていた。

 

かける言葉がなかったのかもしれない。

 

智葉の言葉は、一見、この試合を楽しそうに観戦しているようにも見える。

が、メガンには智葉の本当の気持ちがわかっていた。わかってしまっていた。

 

静かに、智葉が顔を上げる。

 

 

 

 

 

 

「あぁ……本当に……倉橋と、『姫松の英雄』と、ここで最高の勝負をしたかったものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

牌効率。リーチ判断。鳴き判断。手組み。

 

一つ一つを丁寧に積み重ねて、吟味し、戦う。

 

麻雀とは、そういうゲームだ。

 

そしてその一つ一つを、誰よりも理解し、どんな状況も真摯に向き合ってきた人間のことを、一般的に「上手い」人だと言う。

 

 

 

 

しかし麻雀の女神は、正しくそれらを行い、誰よりも誠実に向き合った「上手い」人間に福音を与えるとは限らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

麻雀の女神は、いつだって不公平だ。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

上がるのは歓声か、それとも悲鳴か。

 

 

 

 

 

やえ 手牌

{④赤⑤⑤⑥⑥⑦四五六六} {88横8}  ツモ{六}

 

 

 

 

 

 

「2000!4000!!」

 

 

 

『き、決まったあ!!いや、決まってしまった!!!晩成の王者小走やえ!!1枚しかなかった和了り牌を、その手に掴みとりました……恐るべき剛腕!小走やえ!!倉橋選手の手から和了りがこぼれ落ちました……!!』

 

『……姫松にとっては激痛だね。最後の親も流された……絶体絶命じゃねえの』

 

 

多恵の表情から、血の気が引いていく。

やえの和了形を確認し、その待ちを見る。

 

目に見えて、今その手に掴み取られた{六}一枚だけ。

 

低く見積もっても、おそらく自分の待ちの方が4、5枚は多かったであろうその手を見て。

 

鈍器で殴られたかのような鈍い痛みが、多恵の頭を貫く。

 

眩暈で倒れそうになるのを、なんとか手すりにつかまって耐えた。

 

瞳の黒が薄れ、赤と混じり合う。

 

 

 

 

冷や汗か普通の汗かもわからない水が、多恵の顎をつたって落ちる。

 

 

 

乾いた笑い声が出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ははは……ばいーん……」

 

 

 

 

 

それでも。

 

 

(あぁ、そういえば、あの時も、そうだった)

 

 

多恵は諦めない。

 

麻雀の女神様に裏切られたことなど、前世から数えたら数えるのがバカらしくなる数だ。

 

 

それでも、多恵は麻雀を愛する。

 

 

これだけのことがあっても、前を向く。

 

 

 

顔を上げた多恵の表情に、またも3人が驚愕した。

 

 

 

 

 

まだあきらめない多恵の心に。

 

赤が戻ったとはいえまだ薄暗かった瞳の奥。

 

 

 

何かの燈火が、灯されていた。

 

 






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