ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第60局 多恵の信念

 

 

 

「クラリン先生……なんですね」

 

和の瞳は、多恵を真っすぐに貫いている。

 

熱気が残る会場の廊下。

顔さえ知らなかった師と弟子の邂逅は、人知れず行われていた。

 

 

「……仮にそうだとして、わざわざこんなところに何の用かな?」

 

「一つだけ……聞きたいことがあります」

 

和が乱れてしまった髪と呼吸を整えつつ、どうしても聞かなければならなかったことを問う。

 

和が憧れ、敬愛していた「クラリン」にしかできないはずの所業をやってのけた多恵。

もうこの時点で、ネットからの情報も加味して、多恵がクラリンであるということは、和の中で確定事項だ。

 

なのにもかかわらず、今日の対局では、今まで一度も見せたことのないような打牌選択の数々。

こんなことは失礼で、マナー違反であるとはわかっていても、和は理由を、聞かずにはいられなかった。

 

 

典型的な例がある。

 

 

「前半戦南3局。4巡目に打たれたリーチに対して、{58}のどちらかを切れば五面張の聴牌だったのに……先生は切らなかった。あれは親であるということと、{58}の放銃率を算出しても、確実に押し有利な場面だったはずです。結果的に放銃になったとしても、あの{8}は切るべきだったのではないのですか?」

 

多恵が、やえのリーチに対して五面張の聴牌を取らず、迂回する選択肢をとったシーン。

多恵もこの時のことはよく覚えている。

 

少し顎に手を当ててから、多恵が、和に問う。

 

 

「……局収支を意識するために、切っていいか良くないかの基準となる放銃率のラインは?」

 

「……10%だと、クラリン先生はおっしゃっていました」

 

決して、放銃率が10%以上だと切ってはいけません、ということではない。

麻雀はもっと多くの情報が絡み合うゲーム。放銃率を出したからと言って、何%以下はOKとかそういった判断はできない。

 

点差、状況、場況、親、自身の手、手組……。

あらゆる要素を鑑みて、結果的に切っていいかどうかを判断する。麻雀とはその繰り返しなのだ。

 

 

「じゃあ、あの時切ろうとした{8}。無スジ2、8に分類されるわけだけど、無スジ2、8が放銃率10%になるのは、何本スジが通っている時?」

 

「……9本です」

 

「流石。よく勉強してるんだね」

 

漫が、真剣に2人の会話を聞き始める。

 

漫も多恵からデジタルの授業はたくさん聞いてきた。この3か月間、吸収できるものは全て吸収しようとしたのだから、漫にとっては当然の努力。

しかし、この問いを多恵から急に投げかけられたとして、即答できる自信は無い。

 

 

(原村和……流石はインターミドルチャンピオン……やな)

 

漫も、和と直接の面識はない。

噂で知っているだけ。だが、デジタルを軸に組み立てる打ち手だとは知っている。

 

 

「じゃあ、あの時切れていたスジの本数は覚えているかな?」

 

「……先生の目から{②}のノーチャンスが生まれていたのも考慮して、4本だったと思います」

 

「……正解。よく見てるね」

 

「では!!やはり切るべきだったのではないですか!」

 

和がまた一歩多恵の方へと歩みを寄せて力強く言い切る。

 

和の疑問も当然と言えば当然だった。

多恵が本当に「クラリン」であるのならば、いつも動画で口酸っぱく言っていることがある。

 

 

『しっかり放銃しましょう。打つべき牌は打ちましょう。その局面を100回繰り返した時に、得をする選択を繰り返しましょう』

 

 

この言葉に、和はとても共感した。

 

ただランダムが偏った場面を切り取って、「これを切ればよかった」となることは良いことではない。

長期的に見てプラスになる選択。それこそが麻雀の全てだと和は信じている。

 

だからこそ、あの時のあの選択が理解できない。

あの局面は、100回繰り返せば90回は得する場面のはずだ。

 

 

鬼気迫る表情の和に対して、多恵はにっこりと笑みを浮かべた。

 

 

「……原村さん。原村さんは……麻雀、好き?」

 

「え?……それはもちろん……好きですけど……」

 

「そう。じゃあ、質問に答えるね。平面で見れば、あの牌は切るべきだったと思う。いつもやっているようなデジタルの世界なら、当然押し有利だった」

 

「……では、人読みですか?」

 

人読み。

多恵が動画の中でも多恵が少し触れた内容。勝手知ったる仲の相手と卓を囲むとき、または、プロでリーグ戦等に挑み、戦う相手の特徴が分かっているとき。

そういった時に平面の情報にプラスして、判断材料に組み込むべきもの。

 

和はそう理解している。

 

 

「……半分正解かな。あの時私は、やえと共に打ってきた何万局という半荘を振り返って、この牌は打てないと判断した」

 

「……しかし、それだけで判断するのは余りにも危険では……」

 

当然、和もその可能性は考慮した。

多恵が、やえと旧知の仲であること。

 

実況解説の2人も散々触れていたし、それくらいは他人に興味を持たない和の耳にも入っている。

 

 

「じゃあ、もう半分の方。私はやえの『力』を信じたんだ。……原村さんは、この世界のプロの人たちを見て、どう思う?」

 

聞きなれない単語と共に、また、問いが投げかけられる。

和は率直に思うことを口にした。

 

 

「……一時的なランダムの力を借りて、運の暴力を繰り返す麻雀が蔓延っているように見えます」

 

「ははは!辛辣だね……」

 

「だからこそ!私はあなたみたいな人がプロになるべきだと思った!本物のプロなんだと思った!だからこそ……今日の打牌が、わからなかった……!」

 

和が拳を握りしめる。

この数年、和は「クラリン」のような存在を信じて、麻雀を打ってきた。

なのに、その人物がいつもとは異なる打牌をしている。それが、不可解で仕方なかった。

 

 

そんな和に、多恵から驚くべき言葉が返ってくる。

それはおそらく、和が一番聞きたくなかった言葉。

 

 

 

 

「あれらの和了りが、一時的なランダムではないとしたら?」

 

 

 

 

 

「……どういう、意味ですか?」

 

何を、言っているんだろうと思った。

 

 

 

「偶然に見えた和了は必然で、一時的な牌の偏りだと思いたいのに、とてもそうは思えないような豪運に、原村さんは出会ったことがないの?」

 

「……ッ!」

 

 

無いわけがない。

 

現に高校生になって初めて明確に「勝てない」と思った同級生は、まさにそういう打ち手だったから。

 

前々から気付いてはいた。しかし、理解はしたくなかった。

それを理解してしまったら、自分の麻雀が終わってしまうような気がして。

 

いつかの解説で聞いたことがあった。

 

 

『デジタル知識なんて無くても勝てるようになっているのが、麻雀だ』

 

ふざけるな、と思った。

 

この人も、「デジタルでは限界がある」と、そう言うのかと、和は無性に苦しくなってきて。

 

 

 

「……じゃあ、デジタルには限界がある、『力』には勝てないと、先生もそうおっしゃるんですか?」

 

 

結局のところ、和はこれを聞きたかっただけなのかもしれない。

 

初めて出会えた、自分と同じ志を持った強い打ち手。

 

勝手ではあるのは重々承知だが、「クラリン」なら自分の麻雀の正しさを世に知らしめてくれるとさえ思って。

 

だからこそ、最近ネットで散見される「デジタルの限界」などというワードには、絶対に屈してほしくなかった。

 

 

 

 

悲壮な表情で問われた言葉に、多恵は笑って答える。

 

 

「いや?そんなものは無いよ」

 

「で、でも、デジタルでは計算しきれない『力』があると言うのなら、『力』がない人たちはどうすれば……!」

 

「『力』をも、デジタルに組み込んでみよう。いつの時代だって、そうやって麻雀戦略は日進月歩培われてきたんだから」

 

 

多恵も、和のようなことを言う人をたくさん見てきた。

それは、動画の視聴者であり、かつての自分であり、この世界の多くの夢破れた雀士達。

 

 

少し閉じた目を、開ける。

 

だから、と多恵が、和を強く見つめ返す。

 

 

 

 

 

 

 

「その強大な『力』をも乗り越えられることを証明するために、姫松(私達)は今年、インターハイ(ここ)に来たんだ」

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

和が、瞠目する。

 

それは、彼女がこちらに来て持った信念。根幹。

 

麻雀を愛し続けた彼女の願い。

 

この世界にいる、麻雀を()()()()()人たちにも、また再び麻雀を愛してほしかったから。

 

 

「努力は無駄なんかじゃない。確かに、報われないこともある。けど。信じて努力してきたたくさんの人たちの過程を、否定することだけはしたくない」

 

和は、黙って多恵から紡がれる言葉を聞き続ける。

 

 

(ああ、この人はやっぱり……)

 

多恵が、踵を返した。

 

キラキラとした瞳で多恵を見ていた漫もそれに続く。

去り際、多恵が和に声をかけた。

 

 

「原村さん、あなたの打牌、楽しみにしてるね。ウチも、負けないから」

 

 

 

廊下を曲がった多恵達の姿が、見えなくなる。

 

しばらくして、和も、自身の仲間が待つ控室へと振り返った。

 

 

(ありがとうございます。先生。あなたはやっぱり、私の先生です)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあ、次鋒戦の4選手が卓に着きました!次鋒戦、スタートです!』

 

「「「「よろしくお願いします」」」」

 

 

熱気も冷めやらぬなか。

準決勝第二試合は、次鋒戦へと移る。

 

起家となった漫は、自身の上がってきた手牌を眺めた。

 

 

東1局 親 漫 ドラ{⑦}

漫 配牌

{⑦⑨13678一三五八九西北}

 

ふう、と息を吐きだす漫。

 

 

(多恵先輩の作ってくれた点棒。これだけある。それに、さっき多恵先輩が言ってたこと)

 

先ほどの廊下での会話を、漫は思い出していた。

 

 

『その強大な『力』をも乗り越えられることを証明するために、姫松(私達)は今年インターハイ(ここ)に来たんだ』

 

 

私達、と言ってくれたこと。

漫はとても嬉しかった。自分も、その誇り高い姫松の一員なんだ、と。

 

大会前にも言われていたことだが、再確認できた。

 

 

(この対局は、ウチだけのものやない。姫松の皆の想いを、背負ってるんや)

 

牌を、手に握る。

 

 

(絶対に、負けられへん!)

 

力強く、第一打を切る。

 

漫の瞳には、覚悟の炎が宿っている。

 

次鋒戦が、始まった。

 


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