そして皆さん、本当に文章が上手……私も頑張らなくては……。
「洋榎!おい洋榎!!」
「んあ……?」
あれはまだ、4人で良く集まってはひたすらに麻雀を打っていた頃の話。
夕日が差し込む学校は、どこか哀愁を漂わせていて。
誰もいない校舎の一教室。ガラガラとうるさく自動卓の音だけが響くこの部屋は、4人のたまり場と化しているいつもの教室だ。
今日も5半荘を終え、牌譜検討の時間。
今日もしっかりとプラスの成績を収めた洋榎は、お気に入りのリクライニングチェアに腰掛けながらジャ〇プを読んでいたのだが、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
セーラから呼ばれる声で目を覚ます。
「起きろやあ。今日の3半荘目のオーラスのことや。ここ。なんでこの{南}が止まる?こんなん自分が聴牌なのも考えたら止まるほうがおかしいやろ」
「なんでってそりゃあ……勘やろ」
「勘てお前なあ……」
のれんに腕押し。まさにそんな言葉が似合うこの問答は幾度となく繰り返されたものだった。
洋榎も嘘を言っているわけではない。
経験、知識、状況。そういった物を常に総合的に判断できる洋榎はそれらを自分の物にしているからこそ、『勘』と言い切れる。
やえも洋榎の返事にまたか、とため息をついた。
「あんたのこれが止まるせいで、私の逆転手が流れたのよ。説明くらいしなさいよね」
「……まあ、それはツモれんのが悪いやろ」
「言わせておけば……!」
雑誌をそこらへんに放り投げてひらひらと手を振る洋榎の姿に、やえが額に青筋を浮かべる。
そんな時、少し顎に手を当てて考えていた多恵が、洋榎に声をかけた。
「洋榎は間違いなく、理由があるからこの{南}も止まっているんだと思うんだ。だから……それを言語化できるようになったら、もっと精度も高くなるんじゃない?」
「言語化……かあ」
リクライニングチェアを限界まで倒して、ほぼ寝転がるような形で、洋榎が天井を見上げる。
「今まで、『なんとなく』で止めていたものを明確な理由を持って止められるようになるってのは大きな変化だと思うんだよね。私自身そうだったし」
「まあ……そうかもしれんな」
洋榎は自身が相手の当たり牌がなんとなくわかるのを勘だと思っているが、多恵は決してなにかの力による勘などではないと思っていた。
丁寧な状況判断と、ブロック読みの上に成り立った、幾重にも重ねられた読み。
洋榎の積み重ねてきた時間が、ここまで高度な読みを成立させていることに多恵は気付いていた。
「せやったら……次から全部言葉にして止めたるわ」
「それはそれでうざいわね」
さも、別にできなくはないといった風に洋榎は言ってのけた。
それから、多恵や他の2人が洋榎の読みの深さに思わず感心し、教えを乞うようになるのにさほど時間はかからなかった。
持ってきた牌を盲牌をした胡桃が、小さく笑う。
「ツモ!1600、3200!」
胡桃 手牌
{⑥⑥66一一二二五赤五発発中} ツモ{中}
中堅戦は東3局へと移っていた。
七対子をダマで聴牌していた胡桃がツモ。七対子ツモ赤の50符3翻、6400の和了。
胡桃の聴牌気配をそこまで感じていなかった久が少し表情を歪める。
(張ってたかあ~……)
胡桃は基本、リーチをしない。
今回のような七対子字牌単騎だけでなく、それが順子手であってもだ。
賛否両論もちろんあるだろうが、胡桃はこの打ち方を気に入っていた。
「ま、そこやろなあ~」
静かに、洋榎が手牌を伏せた。
言葉だけを聞いていれば、そんなダマ七対子の待ちがわかるのか?と聞きたくなるような言い方だが。
洋榎 手牌
{③④⑤⑥⑦234赤5三四発中}
言葉よりも雄弁に、洋榎の手牌の中で明らかに浮いている字牌2つが、洋榎の言葉の信憑性を語っていた。
東4局 親 胡桃
「ツモ!」
南家に座る憧だって黙ってはいない。
憧 手牌 ドラ{⑧}
{③④赤⑤⑧⑧34} {横八六七} {横四三二} ツモ{2}
「2000、3900!」
憧の軽やかな和了りに、歓声が上がる。
『晩成、新子憧選手!軽快にしかけて7700点の和了!手牌に字牌対子がある状態での発進でしたね』
『まあ~和了る最速を考えたら、この{四}は急所だったんだろうねい……喰いタンに行くときタンヤオが確定していないターツが残ってるってのは不安しょ?知らんけど!』
鳴きを得意とする打ち手の生命線。
仕掛ける嗅覚と、相手への安牌の確保ができているかどうか。
やみくもに和了りに向かって一直線に行っているだけでは、リーチが来た時に安牌に窮する。
そのバランス感覚こそ、鳴き雀士の命綱といえた。
今回憧はその命綱を、自らが持っていた字牌対子にしただけのこと。
絶妙なバランス感覚と押し引きで、最速の和了りを手にしたのだ。
(よし、これで南場……親番!)
東場の親番は上手く洋榎に流されてしまったが、次はそうはいかない。
憧は点棒を受け取りながら下家に座る洋榎に目をやった。
南1局 親 憧 ドラ{②}
「チー!」
6巡目だった。
憧が胡桃から出た{赤⑤}をチー。
チー出しは{6}。
親の仕掛けに、他3者にも緊張が走る。
憧 河
{二白⑥⑨⑨⑥}
{6}
(晩成の新子さん……本当に鳴くセンスに長けてる。加速し出すと止まらないから、早めに止めておきたいのだけど……)
(めんどくさい!)
(……)
2回戦で憧と戦った久からの憧への評価は高い。
臨海の風神を相手にして区間トップを獲得したのだから当然ともいえるが、この鳴きにも警戒を示していた。
洋榎も、いつもよりも目を細めて状況を観察している。
南1局 10巡目
「それもチー!」
今度は胡桃から出た{六}を{赤五七}の形からチー。
見えているだけで、憧の手牌は5800が確定した。
12000まであり得る憧の仕掛けは当然、周りも振り込みたくない。
配牌からオリ気味だった久は、憧の現物を切る。
2人がオリ気味なのもあってなかなか和了が出ず、憧もツモ切りが続く中での13巡目で、事件は起きた。
13巡目 洋榎 手牌
{②③④5567799四五六} ツモ{⑧}
一盃口のみ。2600の聴牌を入れていた洋榎の手に、危険牌である{⑧}が現れる。
『おっと、姫松の愛宕洋榎選手、ここで危険牌の{⑧}を掴んでしまいました!ここまではなんとか聴牌をキープできていたのですが、ここでやめになりますかね』
『ドラも見えてないしい?晩成にロンって言われたら大体12000ぽいから危険牌は打てないよねえ!守りの化身って言うくらいだし、これでやめるんじゃないの?』
針生アナも咏も、この牌は打てないと判断した。
それはそうだろう。親の憧に対して全くの無スジで、根拠があるとすれば{⑥}切りが早いということくらいか。
しかし{⑥}は2枚切れでワンチャンスにもなっていない牌。早めの両面固定……という線だって消えていないのだ。万が一も考えれば、この牌は打てない。誰もがそう考える。
(ん~?……)
洋榎はしばらく憧の河、そして全体の河を見つめた。
憧 河
{二白⑥⑨⑨⑥}
{6八二2中一}
{北}
洋榎が少しだけニヤリと口角を上げる。
手牌の内、一番右に位置する一枚の牌を、手に持った。
「おりゃあ~」
情けない掛け声とともに、河に切られたのは{⑧}。
洋榎はこれを当たらないと判断して、聴牌続行を選んだ。
憧が、苦い顔をする。
(どうしてそんな厳しいトコ切ってくるわけ……?!ワタシ親なんですケド……!)
不思議なものを見るような表情で、胡桃が山に手を伸ばす。
この{⑧}が危険牌であることは、胡桃だってよくわかっていた。
『愛宕洋榎選手、ツモ切り……!危険牌であるはずの{⑧}を切りました……!これは、自身の手牌が聴牌してたからですかね……?』
『はっはー!わっかんねー!マジでわっかんねーよ!聴牌してるつったって一盃口の真ん中待ち、カンカン{6}待ちの2600だろお?手牌の価値は限りなく低い。そうなれば切った理由はただ一つ』
咏が得意気に扇子を口元に当てた。
そう、その理由は。
『「絶対に」当たらない自信があった。だから切った。理由は私もわっかんねー!先鋒戦出てた姫松の倉橋とか連れてこいよ!私なんかよりよっぽど説明してくれそーじゃん』
いや、それがあなたの仕事でしょうよ……という針生アナの言葉は悲しいかな、咏には届かない。
はっはっはと笑い続けるだけだ。
針生アナは本当に先鋒戦に出ていた多恵が隣に来てくれないものかと、頭を抱えたのだった。
解説を頼まれた使命感からか、多恵が局面を真剣に見つめている。
「……新子さんが晒したブロックが2つで、手牌の残りは3ブロック……最終手出しの{2}はポンしてないから、{2}の対子は否定できる。{4}をチーしてないから{233}の形も否定。{244}もない。{246}のリャンカンなら枚数差で{6}切りになるだろうし、安牌よりで持っていた可能性が高い」
多恵が必死に、洋榎の打牌の意図を掴みにかかる。
多恵が並べる洋榎の『読み』を、姫松のメンバーも状況を整理しながら聞いていた。
「萬子は全滅。{五}や{七}のポンをしてなくて、カン{六}でチーしてる。その前巡に{八}も切っていることから、萬子の上は二度受けじゃない。萬子の下は、洋榎の目から{四}が4枚見えててノーチャンス。消去法で、索子2ブロックってところが一番ありそうな読み筋。危険ゾーンは、『筒子の下』と『索子の上』だから洋榎は{⑧}を切った……」
多恵が、丁寧に洋榎の読みを解説する。
姫松メンバー、主に下級生と由子が、多恵の解説に拍手を送る。
だが、それでも足りないと、多恵は思っていた。
洋榎のように、完璧に己の読みと心中するには足りていない。
悔しそうに、多恵が画面内で楽しそうに麻雀を打つ洋榎を見つめる。
「ま……帰ってきたら、教えてもらおうかな……」
(ま、それに加えて、{⑨}の対子落としが鍵やな。ドラのターツが手牌に残っていることが確定していて、{⑨}も最初から手牌に対子……それでもし筒子の上のターツがあったなら、晩成のこのルーキーが最初に見るんはタンヤオやない。混一のほうや。必然的に筒子の上を持っている可能性は限りなく低い……そんなとこやな)
もちろん、洋榎の耳に多恵の解説が聞こえていたわけではない。
が、多恵の言っていたこと全てを加えた上で、更にもう一つ重要な要素を洋榎は見抜いていた。
4巡目{⑨}対子落としという選択と、憧の役作りに特化した打ち筋を理解したからこそ、通せる。
確かに自分の和了形は愚形で、打点もない。
だが、聴牌濃厚の憧と自分でめくりあいをするのなら、悪くない。
「守りの化身」その本質。
「守り」とは、決して「オリ」を指すのではない。
「ロン」
洋榎 手牌
{②③④5567799四五六} ロン{6}
「2600……やな?」
自身は放銃に回らず、最大限の和了りを拾って、他者の和了りを潰すからこそ、「守りの化身」なのだ。
{6}を切った憧の表情が、わずかに歪む。
(くっそお……!)
悔しそうな表情で、憧は自身の手牌、親の満貫聴牌だった手牌を伏せた。
憧 手牌 ドラ{②}
{②③23488} {横六赤五七} {横赤⑤③④}
『……愛宕選手は、新子選手の二度受け解消する食い伸ばしからの発進を読んでいたのでしょうか?』
『いやーしらんし。……ま、でもこの手の打ち手とやるときってのは、自分の手牌が全て見透かされているような、嫌な気分になるんだよねえ……』
まいどありー、と憧から点棒をもらう洋榎を見て、久が洋榎に対する評価をまた一段階上げる。
(さすが、関西最強の高校で、1年からレギュラー……そして史上最強と呼ばれるチームのエース……だからこそ……)
久も手牌を倒しながら、自身の体が無意識のうちに震えていることに気付く。
(やっばい……!楽しい……!守りの化身に、私の力がどこまで通用するか……!後悔のないように全力でいかせてもらうわ……!!)
もちろん負けられない。
しかしそれよりも。
今の久の体を支配する感覚は、「全力でこの対局を楽しみたい」ということただ一つ。
洋榎のターンが続いている……!
もちろん、久さんの出番も今回は用意するので、久ファンの方はしばしお待ちください……。