ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第67局 悪待ち

晩成高校控室。

 

 

憧が親の満貫聴牌をかわされたことで、晩成の控室には嫌な空気がたちこめていた。

現状、負けているわけではない。

それなのに、何か押されているような嫌な空気。

 

 

「憧、二度受け解消から発進はちょっとやりすぎでしたかね……?」

 

心配そうな表情で隣にいるやえに尋ねるのは、初瀬だ。

 

憧の先ほどの局は、筒子を{②③③④}と持っている所からの、{赤⑤}チー。

{②}がドラであることも考慮し、ドラを使い切れれば満貫が確定するという大きな理由もあっての発進だった。

憧らしいといえば憧らしいだろう。しかし初瀬は、それが憧の焦りのようにも見えて、やえにこう尋ねたのだった。

 

 

「いや……むしろ後ろ向きになるよりいいわよ。洋榎との相性が悪いであろうことは最初からわかってた。だからこそ、全力を出し切らないよりは、自分の打ち方がどこまで通じるか感じてほしい」

 

それに対してやえの答えは、意外と憧の打ち筋に対して肯定的なものだった。

やえは最初から今回のこの中堅戦のカードを、晩成有利なものとは見ていない。

 

洋榎をよく知るからこそ、鳴きに対してどれだけ敏感なのかを知っているからこそ、憧の戦いは厳しくなるであろう。そう思っていた。

 

だからこそ。

 

 

「いいのよ。ここで保守的になるより、全力でぶつかってきてほしい。初瀬。あんたにも言えることよ。あんたたちはまだ1年生なんだから。強敵に対して、どこまで戦えるのか。それを知れるこの全国の団体戦。それも準決勝まで来れてるんだから、存分にやりたいようにやってきなさい」

 

「……はい……!」

 

やえは2年生まで、団体戦で上に行くことはできなかった。

だからこそ、今の1年生にはこの貴重な経験を無駄にしてほしくないと思う。

 

そして偉大な先輩からその想いを感じるからこそ、下級生たちも奮い立つ。

 

 

後ろで会話を聞いていた由華が、やわらかな表情でそのやりとりを見ていた。

 

 

(そういう後輩思いなやえ先輩だから、私達は強くなれたんですよ……)

 

 

今年、やえの闘牌が実を結び、強いチームを作ることができた。

そして更に来年以降。やえが築いた晩成の系譜が、火を噴くことになるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 洋榎

 

 

「お、ツモったわあ~」

 

ダマで聴牌を入れていた洋榎が、手牌を開く。

 

 

洋榎 手牌 ドラ{④}

{③赤⑤444678二二五六七} ツモ{④}

 

 

 

「4000オール。いただくで」

 

洋榎が、ドラの{④}を引き和了り、親満の和了。

それに対して納得がいかないのが、対面に座る胡桃だった。

 

 

(……待ちが見透かされてる……?)

 

 

 

胡桃 手牌

{①②123一二三東東} {発横発発}

 

 

 

洋榎が、2巡前に切っているのは{⑥}。両面へ受け変えられる絶好のチャンスであったのにもかかわらず、洋榎はカンチャン待ちを選んだ。それは間違いなく、胡桃へ{③}が危険だと感じていたからこそ。

 

 

 

 

『ダマで聴牌を入れていた愛宕洋榎選手、ドラをツモって4000オールの和了りです!途中、{③}で放銃かと思いましたが、今回も欲を出さなかったですね……』

 

『んまあ、さっきっからあれだけのことやっておいて、今回の{③}がひょっこり出るとも思えなかったけどねい。宮守は下の牌が全然出てきてない上に、最終手出しが{①}だろお?これなら愛宕ちゃん以外も止まる人多そうだけどねい……それにしても、守りの化身とか言っておいてちゃっかり高打点作ってくるのなんかズルくねー?知らんけど!』

 

 

守りの化身という名前が先行して、洋榎の平均打点が低く見られがちだが、実はそんなことはない。

自分より格下だと踏めばガンガン攻めていくし、ある程度の打点があればダマも駆使して高打点を和了りにいく。

 

だからこそ、隙がないといえた。

 

 

(ちゃっかり4000オール……ほんと簡単に和了ってくれるわね……)

 

この打ち手の実力を認めるからこそ、久も対応に困っていた。

自分の得意とする牌姿が来た時が、勝負の時。それまでは機を伺う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 1本場 親 洋榎

 

 

 

8巡目 久 手牌 ドラ{4}

{②③④赤⑤345789九九西} ツモ{四}

 

 

(よし。良いくっつきの牌がきたわね)

 

久の手牌は、くっつきの一向聴だ。

くっつきの一向聴は、見た目ほど早くは聴牌できないのが麻雀の常だが、久の手牌のように筒子が連続系になっていると聴牌しやすい。

 

この状態での聴牌への受け入れは{①②③④⑤⑥⑦二三四五六九}。これならだいぶ早い巡目で聴牌が組めそうだ。

できるなら良形になってほしいというところか。

 

 

()()の人間ならばそう願うところ。

 

 

 

次巡。久が持ってきた牌に、思わず口角を上げる。

 

 

 

9巡目 久 手牌

{②③④赤⑤345789四九九}  ツモ{九}

 

 

({九} 暗刻で聴牌……!)

 

くっつきの一向聴から、雀頭が重なっての聴牌。

久にとっては、思いもよらない僥倖。これで筒子を連続系にしていたことに意味が出てくる。

 

{四}を切ってのリーチなら{②⑤}待ちのノベタンにできるからだ。

 

久が、手牌の{四}を手に取った。

 

 

(いやいやいや……そうじゃないでしょ)

 

しかし、それでは竹井久ではない。『清澄の悪待ち』と呼ばれた打ち手が、それでは納得できようもない。

 

 

 

 

 

「リーチ!」

 

 

久が手に取ったのは、{②}だった。

 

 

 

 

『え、ええ~と……清澄高校竹井久。先制リーチです!しかし、せっかくのドラドラの手牌なのに、真ん中付近の{四}単騎でリーチをかけましたよ?』

 

『わっかんね~!なんだこれ!麻雀初心者の子が間違えてリーチ打っちゃいましたみたいになってるじゃん!』

 

咏がケラケラと久の待ち取りを笑い飛ばす。しかしその一方で、咏はしっかりと久の麻雀観を観察していた。

 

 

 

『でもさ……実は{②⑤}待ちより、枚数多いよね。{四}単騎』

 

『え、ええ?今数えてみます……1……2……本当ですね。{②⑤}待ちは山に{②}が1枚しかなく、{四}単騎は2枚山に残っています』

 

『清澄のこの子さ、県予選でも、2回戦でも同じような打ち方してる……それでもってだいたいが、良い待ちに取ったらその待ちが山に無い……なんてことがあるんだよねえ』

 

『悪待ち……に見える良い待ちということですか』

 

『いやいやいや!決して良い待ちじゃねえだろこんなの!……けどさ、分の悪い賭けでもツモれるっていうんなら、姫松の子に止められても対抗できるんじゃねえの?知らんけど!』

 

 

久の悪待ちは、何故か悪い待ちを選んだほうが山に残っていることが多い。

それは久の気性による部分もある。

 

今までも麻雀以外のことだって分の悪い賭けほど、耐えて耐えて実を結んだ。

 

 

彼女の気質が、ぱっと見悪い方向に見えても、良い結果を生み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

姫松高校控室では、一人の打ち手が、苦い顔をしながらそんな咏の解説を聞いていた。

 

 

「清澄の部長さんとは、仲良くなれそうにないね……」

 

多恵が苦笑いで対局を眺める。

 

はっきり言ってしまえば、{四}が場況がいいわけではない。

もちろん久だってこの{四}を場況が良いと思ってリーチをかけているわけではない。

 

こっちの方が、待ちの数が少ないからこっちを選んでいるのだ。

 

それが、多恵からしたら理解不能だった。

 

 

どこかの控室からも、「同感です」という声が聞こえてきたとかこないとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久のリーチを受けて。洋榎が一発消しだけして、静かに目を閉じた。

 

まるで、和了られるのがわかっているかのように。

 

 

 

 

久が山に手を伸ばす。少しだけ盲牌したかと思うと、久の指によって弾かれた牌が、空中を舞う。

 

驚いたように、憧と胡桃がその空中へと舞い上がった牌を見つめる。

 

 

 

 

 

 

「ツモ!」

 

久は綺麗に手牌を端から倒し、そして落ちてきたツモ牌を強烈な勢いで卓へたたきつけた。

 

 

 

 

 

久 手牌 ドラ{4} 

{③④赤⑤345789四九九九}  ツモ{四}

 

 

 

久が裏ドラをめくる。

 

出てきた牌に、憧と胡桃が更に驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 

 

裏ドラ {四}

 

 

 

 

((ウラウラ……!!))

 

 

久がニヤリと口角を上げる。

 

 

 

「3100、6100……!……調子、出てきたかしら」

 

 

 

 

 

会場から歓声があがる。

跳満ツモで形勢逆転。洋榎に傾きかけていた流れを強引に引き戻した。

 

 

洋榎が挑戦的な瞳で久を捉える。

 

 

(……やるやないか……)

 

一発を消してもなお、ツモりあげるツモ力と、自身の悪待ちへの自信。

一本気なその心意気は、洋榎からしても賞賛に値するものだった。

 

 

「インハイらしくなってきたやんけ」

 

洋榎が、久に点棒を渡す。

 

 

「まだまだ、こんなものじゃないわよ?」

 

「言うやないか……ええやろ、『格の違い』ってもんを教えたるわ」

 

 

清澄と、姫松。

 

両校を背負う部長の2人が、火花を散らしていた。

 

 

 

 

 

 

中堅戦 途中経過

 

晩成 新子憧   94400

姫松 愛宕洋榎 132500

清澄 竹井久   88500

宮守 鹿倉胡桃  84600

 

 

 

 

 

 


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