準決勝中堅戦は折り返しを迎えようとしていた。
南2局1本場に久の跳満が炸裂し、姫松以外の3校が団子状態に。
中堅戦開始時点では姫松以外の2校よりも点数があった晩成の憧は、わずかながら2回戦との違いを感じていた。
(わかってはいたけど……手強い……!)
憧以外の3人は皆3年生。たかが2年の差と思うかもしれないが、麻雀においてこの2年の差というものは案外バカにできない。
経験、知識、精神力。様々な要素が求められる麻雀という競技において、高校生になったばかりの1年生というのはたとえインターハイに出れても、本来の実力を発揮できなかったりするものだ。
もちろん、1年生から規格外の強さを発揮してしまう例外も存在するのだが。それと比べるのは酷というものだろう。
憧はついに前半戦オーラスとなったこの局の手牌を理牌する。
調子が出てきた久の親番を落とせたはいいものの、それもかなり綱渡りだった。
胡桃から不意に当たり牌が出てきてくれたが、おそらく差し込みに近いものだろうと憧自身も感じている。
その調子の出てきている久の方を見やった。
(2回戦の時も強かった……けど、今はそれ以上の威圧感を感じる……愛宕洋榎がいることで本来の実力を発揮してる……?)
久の表情は非常に明るい。
心の底からこの勝負を楽しんでいるように見える。
ふぅ、と憧は一つ息をついた。
相手は手強い。
それでも。
(……やえ先輩が稼いでくれた点数なんだ。このまま削られっぱなしで終われるもんですか!)
ペチ、と憧は自身の頬を軽くたたいて気合を入れなおす。
まだ前半戦。あと丸一半荘残っているのだ。諦めるのなんてまだまだ早い。
南4局 親 胡桃
10巡目 胡桃 手牌 ドラ{七}
{赤⑤⑤⑦⑦⑧33448五七七} ツモ{8}
(……!聴牌!)
オーラスのこの絶好のタイミングで、胡桃に聴牌が入る。
タンヤオ七対子ドラドラ赤で、ダマッパネ。
({⑦}が全部見えてる……。ここは{⑧}にしとこっかな)
スッ、と胡桃が捨て牌に{五}を並べる。強烈なダマテンが入った。
この手牌なら胡桃でなくとも多くの人がダマにしそうな、そんな理想的聴牌。
胡桃はちらりと久の方を見やった。
(清澄の……さっきのはあまりのことに注意しそこなった……どうやら今回も自分の手牌にゴシューシンみたいだね)
さっきの、というのは久が南2局1本場で跳満ツモをした時のことである。
あんなに空高く牌を投げたかと思いきや、今世紀最大の強打ときた。
胡桃はあまりの轟音と勢いに声すら出なかった。
もう2度とやらないでほしいと思っている。
というのは置いておいて、今の久の表情を見れば、自分の手牌を真剣に見つめていることがよくわかる。
高くなりそうな自分の手牌に目を奪われるのは結構だが……あまりよそ見をすると痛い目に遭うことをわからせてやろう。胡桃はそんな気持ちだった。
そして、今度は対面で陽気に鼻歌を歌う少女へと視線を移した。
(……姫松のところには行ってほしくないね)
この守りの化身の所にだけは行ってほしくない。
とはいえ、今回ばかりは姫松からの出和了りもありえる、と胡桃は思っていた。
自身の手牌は手出しツモ切りを見れば七対子に見えなくもないが、途中までは順子手を目指していた影響で、そこまであからさまな対子手の河にはなっていない。
仮に七対子だと見抜けたとしても、{⑧}が当たり牌だなんて断定はできないだろう。
あくまで胡桃の手から{⑦}が全部見えているだけであって、洋榎には{⑦}が山に無いということはわからない。
であればこそ、盲点になりうるし、自身の手牌で使おうとしても、{⑦}が無いのだから縦に引くしか使いようはない。
(ま……それでも期待はできないか)
これだけ出る理由を並べても、そう簡単に出してくれる相手でないのは重々承知だ。
だからこそ、胡桃としては姫松以外の所に行ってくれればいいかな程度に思っていたのだが。
11巡目 洋榎 手牌
{②③④4567二二三四五六} ツモ{⑧}
一番行ってほしくない相手に、行ったりするのが麻雀だった。
洋榎はこの持ってきた{⑧}を手牌の上に乗せる。
(パピーン……?なんやこれ)
{⑧}のイントネーションが少しおかしなことになっているが。声に出していないので誰にも突っ込まれることはない。
静かに、洋榎が胡桃の河を見つめる。
胡桃 河
{西北東②四八}
{①三1発五}
『ああ!またも愛宕洋榎選手が当たり牌を掴みました……!私なら即座に切りそうなんですが、考えてますね……』
『うへ~これも止まんのかよ!さっきと違って、今回は宮守の河もそこまで七対子っぽくはないと思うけどねい……』
咏も不思議なものを見るような目で洋榎を見つめる。
『……単に、河が濃くなってきた宮守に対して順子手で当たる可能性を考えているというのも考慮できませんか?』
針生アナの指摘はもっともだった。
{⑧}は胡桃に対して無スジ。仮に胡桃からの聴牌気配を感じ取っていたのだとしたら、七対子と決めつけなくても警戒すべき牌だ。
もちろん、胡桃がリーチを打たない雀士だということは洋榎の頭にも入っているだろうから。
しかし、針生アナのその読みは、残念ながら外れている。
(はーん。チートイか)
つまらなさそうに、洋榎は持ってきた{⑧}を軽く小手返しして手中に収めると、流れるように{7}を切った。
『ビタ止め……!今日はいったいあと何回この選手にこの言葉を使えば良いのでしょうか……!姫松愛宕洋榎選手、親の跳満を回避です……!』
『いやあ~おっかねえな!当たり牌わかってんじゃねえのこのコ』
咏が疑うのも無理はない。
ここまでの対局の中で、危険牌を全く切らないのなら、この{⑧}止めも理解できる。しかし、洋榎はある程度攻めている。それなのに当たり牌でピタッと止まることが恐ろしい。
いっそ千里山の先鋒のように「一巡先が見えてます」と言ってくれたほうがどれだけ納得できたことか。
12巡目 久 手牌
{①①23456二三六七八白} ツモ{四}
「リーチ」
リーチをかけてきたのは、久。
相変わらず手牌の伸びは好調で、今回は悪待ちを選ぶまでもなく聴牌にたどり着いた。
既に聴牌を入れている胡桃が、ツモ山に手を伸ばす。
胡桃 手牌
{赤⑤⑤⑦⑦⑧334488七七} ツモ{3}
(やった!)
胡桃が喜んでいるのは、単に持ってきた{3}が久に通りそうなスジの牌だから、ではない。
ここでの肝は、{3}が自分の七対子で使っている牌ということだった。
自身の手牌に使われているということは、「空切り」ができるということ。
空切りとは、既に自分が持っている牌を持ってきたときに、ツモって来た牌を切るのではなく、手牌から切ることを指す。
空切りも、ひとえにやったほうが良い、という技術ではない。状況を判断しながら使う必要がある。
今回に限って言えば、空切りの絶好のタイミングといえた。
何故か。
胡桃が少考した後、手から{3}を空切る。
下家の憧はその一連の動作を眺めた後、ツモ山へと手を伸ばす。
(宮守はオリ気味かな……?)
胡桃が行った空切りの効果は、他家からオリているように見える、ということ。
少し考えた後にリーチ者に通りそうな牌を切ることによって、他家にオリたように見せかけることができる。
(さあ、振り込み期待してるよ……!)
一計を案じた胡桃が、久の現物である自身の当たり牌を切ってくれることに期待するが、残念ながら憧から出てきた牌は当たり牌ではなかった。
流石に今回は久も一発でツモることはなく、またもや胡桃にツモ番が回ってくる。
胡桃 手牌
{赤⑤⑤⑦⑦⑧334488七七} ツモ{一}
(無スジ……)
今度は立直の久に対して無スジの牌をつかまされる。
現に、この{一}は入り目……久が一向聴の段階の有効牌だ。
しかし、これを胡桃はノータイムで河へと送り出す。
久と憧が少しだけ驚いた表情をした。
(単騎とはいえ、良い待ちだし、ここは勝負!)
手牌の価値は十分。
ここは押しの一手と踏んだ胡桃。
なによりも、この待ち牌の{⑧}に自信があった。
胡桃は、相当危ない牌を掴むまではこの待ちで勝負するつもりでいる。
しかし、この待ちが『良い待ち』だと感じているのは一人だけではないわけで。
「せやなあ~……ええ待ちやもんな。そら、山におるわ」
1番聞きたくなかった声がして、胡桃の顔から、一瞬で血の気が引いていく。
洋榎が持ってきた牌を手牌の横に開いた。
ツモったのだ。
問題は、その開いた牌。
胡桃が喉から手が出るほど欲しかった、{⑧}だった。
洋榎 手牌
{②③④⑧456一二三四五六} ツモ{⑧}
「ノミや。300、500」
会場が、異様な盛り上がりに包まれた。
『ち、中堅戦前半戦終了です!圧倒的にリードを稼ぎ、他家の勝負手をことごとく潰す姿はまさに守りの化身……!姫松がトップで全体の折り返しを迎えます!』
『えっぐいねい……宮守は悪くなかったケド……運が悪かったとすれば、{⑧}が姫松のところに行ったことかな』
憧と久は、ツモられたか、といった風に点棒を渡す。
しかし、胡桃はそうはいかない。
完全に待ちを読まれての単騎聴牌。
そこからのツモ和了り。
胡桃の背中に、冷や汗が伝う。
「はいはいおおきにおおきに……なあ、宮守はん。七対子にしたって、待ちが素直すぎるんちゃうか?」
「……!」
胡桃は別に、手牌を開いてはいない。
河だけで、七対子と、当たり牌を見抜かれたのだ。
(バケモノ……!)
わかっていたつもりだった。
だからこそ対局前、能天気に話す2人に腹が立った。
しかしそれは、「つもり」に過ぎなかった。
今はっきりと感じる。
2回戦も準決勝のここまでの対局も。
なんとなく自分は傍観者の気分でいたのかもしれない。
2回戦では有珠山と新道寺に。
この準決勝では、清澄と晩成を『守りの化身』がマークしているのだと思い込んでいた。
しかし、明確に今。
守りの化身の牙は、
「ははっ……」
自然に、笑いがこみあげた。
それは、当たり前のことに気付いていなかった自分に対しての自嘲の笑み。
胡桃が、500点棒を取り出す。
渡す点棒はたったそれだけ。しかし、とてつもなく重い500点棒のように感じられて。
「……ばっかみたい」
小さく呟かれたその言葉は、果たして誰に向けられたものだろうか。