中堅戦はついにオーラスを迎えた。
最後の局になるからオーラスと呼ぶのだが、インターハイ団体戦のルールは親が和了れば、連荘しても良いというルール。
つまり、この1局が最終局になるとは限らないし、連荘をするかどうかは親に選択権がある。
南4局 親 久
相変わらず、久の流れは続いていた。
「ロン」
憧の肩がわずかに震える。
8巡目に切った{④}に声がかかった。
久 手牌 ドラ{⑧}
{③④④④⑤34赤566} {横東東東}
「2900」
(な、なによソレ……!)
久の捨て牌には{7}や{⑥}といった好形変化の牌が並んでいる。
にもかかわらず、久はこの中ぶくれシャンポンを選んだ。
とても、普通ではない。
久が、当然のようにサイコロを回す。
((連荘……!))
胡桃が大きく、息を吐いた。
どうやらこのオーラスは、まだ終わらない。
『清澄高校竹井久選手!連荘を選びました!』
『まだラス目だし?まあ当然っちゃ当然だよねい』
憧の背中に、嫌な汗が流れる。
南4局 1本場 親 久
8巡目。
緊迫した空間に、久の声が小さく響く。
「リーチ」
またも久からのリーチがかかった。
「……チー」
胡桃が一発を消しに行く。
自分の手形は行けそうにないが、やるべきことはやっておく。
宮守としてもこれ以上清澄に近づかれるのは困るのだ。
しかし、鳴きを一つ入れた程度では、今の久の流れは止まらない。
流れるように手牌の横に、牌を開く。
「ツモ」
久 手牌 ドラ{③}
{②③④567三三三四五六六} ツモ{三}
「4100オール」
開かれた牌姿に、胡桃と憧が目を見開く。
久の宣言牌は、{七}だった。
(なによその待ち……!この人頭おかしいって……!)
(全力で潰したい……)
『3連続和了!!清澄高校竹井久!!良形の5面張を拒否して自身が5枚使っている両面でリーチ!そしてツモ!勢いが止まりません!』
『ふざけてるねえ~!河に1枚見えてたからこれ目に見えて2枚しかないリーチだろ?』
『普通ならあり得ない待ち取りで親満ツモ……!一気に宮守を抜きましたね!』
久のある意味アクロバティックな和了りに、会場のボルテージも上がっている。
しかし対戦校からしてみれば、たまったものではない。
(こんなのいつまでもやらせるわけにはいかない……!)
(このマナ悪……潰す……!)
南4局 2本場 親 久
4巡目。
「チー!」
やはり、動き出したのは憧だった。
憧 手牌
{赤⑤⑦5699三白白西} {横六五七}
(あんな麻雀に付き合ってらんない……!ここは一刻も早く終わらせる!)
鳴き三色か、役牌バックという動き出し。
この親番をなんとか終わらせにかかる憧。
(……)
その様子を、胡桃が真剣な表情で見つめていた。
打点、速さ、そして親の速度感。
胡桃もダマを駆使する打ち手なだけあって、相手の手牌へは人一倍敏感だった。
6巡目。
「それチー!」
胡桃から出てきた{7}を、憧が鳴いた。
そして憧はチー出しで{赤⑤}を切る。
憧 手牌
{⑤⑦99白白西} {横756} {横六五七}
『新子選手、{⑤}切りはわかるのですが、何故赤い方を切ったんでしょう?』
『……無言のアピールだねい。「私は高くないので、皆さん振り込んでください」……ってとこか』
『……なるほど。それに宮守の鹿倉選手の{7}切りも、面子を壊しての打牌でしたが……』
『あれは完全に鳴かせに行ったよねい。今の流れが清澄にあることは2人とも感じてる。自分が和了るより、晩成に和了ってもらう方を優先した……今だけは利害が一致してるってことだろうねい』
『なるほど……!ではこのままいけば新子選手の和了りになって対局終了ですかね?』
『いやあ……そんな簡単な話でもないんじゃねえの?知らんけど』
解説をする咏の視線は、しっかりと親の久の手牌を映していた。
憧が{7}を鳴いた6巡目。
憧がもっとも恐れていた事態が起こる。
久が、捨て牌を横に曲げたのだ。
「リーチ」
「……!ポン!」
不幸中の幸いは、久の宣言牌は{9}だったこと。
これに食らいついた憧が、なんとか聴牌を間に合わせる。
これで胡桃のツモ番が飛んで、ツモ番は洋榎に回ってきた。
胡桃が、憧の手牌と河を眺める。
(……晩成の狙いは、三色。当たりそうな牌は{⑥⑦}に絞られるけど、どっちも親に通ってない……)
憧の当たり牌である{⑥}は、親の久に通っていない。
差し込みたいのはやまやまだが、親に通っていない牌を切って、親からロンと言われたら元も子もない。
そんなことは、憧にもわかっていた。
(待ちは悪い……純粋にめくりあいになれば、まず勝てない……だけど……!)
憧の視線が、下家に座る洋榎へと向いた。
(守りの化身なら……!)
親の当たり牌を見抜いてくれるかもしれない。
そんな淡い期待が憧にはあった。
洋榎が、持ってきた牌を手中に収め、少考する。
洋榎 手牌
{⑤⑥⑦⑨⑨1278二三五五} ツモ{西}
(……超能力者やないしな。親の当たり牌がわかるわけやない。まあ晩成の当たり牌は{⑥}で決まっとる。あとは……)
久の待ち。
洋榎はその膨大な知識と情報処理能力から、鳴いた相手の手牌は透視でもしているのではないかと思えるほどに手牌を見抜くことができる。
しかし、情報が少ない面前のリーチでは読む材料が少ない。
それに、捨て牌はまだ2段目に差し掛かったところ。完璧に読むことなどできはしない。
久の『悪待ち』という特性も読みにくさに拍車をかける。
わざわざ最終打牌で人とは違う選択をするのだから、普通の読み筋では読みを間違えてしまうリスクだってある。
洋榎が、久の河を眺めた。
久 河
{⑤東南7⑨八}
宣言牌の{9}が憧によって鳴かれている、という河。
洋榎の頭が、全ての情報を処理し始める。
({⑤}が初打やから、{③⑥}の固定でなければ{⑥}が当たることはほぼない。ウチの手に{⑤}が1枚。晩成の捨て牌に1枚、清澄の河に1枚……晩成の手役的に{⑤}はほぼ手の内にあることを考えれば、{③⑥}はノーチャンスになるな。あとは、シャンポンやふざけた形での当たる確率やけど……)
洋榎の全ての知識をもってしても、久へ{⑥}が絶対に当たらないとは言い切れない。
少しだけ、洋榎が時間を使う。
(ああ……でも……せやったな)
洋榎が何かを思い出し、手の中の{⑥}を手に取る。
思い出したのは、ミーティングでの恭子の言葉。
『部長。清澄の悪待ちについてですが……彼女は宣言牌や、その付近で待ちを作りに行く傾向がありますが、最初の手組の段階でおかしなことはしません。リーチがかかる3巡前ほどまでは、一般の手組をしていると考えてええと思いますよ』
(ま、恭子が言うなら、そうなんやろな)
洋榎が、河へと{⑥}を放った。
「……!ロン!1000は1600!」
憧の発声と同時、久の体から力が抜ける。
久がまとっていたプレッシャーも、霧散した。
『中堅戦決着です!!!愛宕洋榎選手の公式記録にある放銃はこれで4度目……!』
『痺れるねえ……!差し込みの技術も超一流かよ!』
対局終了を知らせる甲高いブザーの音が、会場に響き渡る。
対局を終えた4人が、一斉に息を吐いた。
「「「「ありがとうございました」」」」
中堅戦 最終結果
姫松 137300
宮守 82900
晩成 95500
清澄 84300
『清澄高校が最後の南場で大きく点数を稼いでプラスまで持っていきました!しかし依然決勝進出の枠がどうなるかは読めません!』
『いや~……恐ろしいねい……』
『……何がですか?』
咏が、意味ありげに扇子を口に当てる。
針生アナは咏がなんのことを言っているのかわからずに、咏の方を向いた。
咏の視線の先には、姫松のエース。
『……自身はもちろん区間トップ。それでいてまた3校を並びの状態にして、自身のチームが一番決勝に行きやすいような状態に……』
咏が末恐ろしさを感じているのは、洋榎のプレイング。
派手な点数稼ぎをしているわけではないが、そんな点数稼ぎなんかよりもよほど恐ろしい局の操作を、この選手はしていると思っていた。
歴史に残るような、インターハイでその名を轟かせた者たちとは違う、まったく別種の強さを持った打ち手。
『見てみなよ、点数状況。……2回戦の時も同じような点数だったよねい』
『……確かに。姫松が頭一つ抜けて、他3校が平らになっていますね……』
『これで、決勝で当たるかもしれない高校はきっと頭に刻まれてるはずだよ。「姫松がトップのまま中堅戦に回しちゃいけない」……って。ま、知らんけど』
姫松の中堅以降の固さは他校も知るところだ。
姫松を突破するためには、圧倒的火力で先鋒次鋒を抑えて点数有利な状況を作るしかない。
この中堅戦は、他校にそう思わせるには十分な対局内容だった。
憧が、深く息を吐く。
(点数……増やせなかったか……)
大健闘であることには間違いない。
しかし、それで満足できるほど憧は大人ではなかったし、この程度で満足するようにはなりたくないとも思っていた。
「晩成の。いい心意気やったで」
そこに声をかけたのは、洋榎だった。
(結局……最後はこの人に助けられた)
オーラス2本場。憧はおそらく洋榎の差し込みがなかったら、久の親番はまだ続いていたような気がしていた。
次の久のツモ牌は見ることはできないし、そんな「もし」は存在しないのだが、どうしてもそう感じてしまう。
そう思い、憧が久の方へと視線をやった。
「……楽しかったあ!」
久は満足そうに天へと手を伸ばす。
後半戦の南場は、自分の思っていたような麻雀が打てた。
そのことに充実感を持ち、久が目を閉じて感傷に浸ろうか、というタイミングで。
「うるさいうるさいうるさいうるさーい!!!!」
「……ほろ?」
胡桃が、キレた。
和やかな雰囲気になりつつあった3人が、途端に凍りつく。
キッ、と視線を鋭く洋榎と久の方へと投げる胡桃。
「姫松!!!自信過剰すぎ!!ウザイ!対局中もうるさい!!金輪際麻雀中は一切しゃべるな!!」
「……厳しすぎひんか?」
「清澄!!なにあの強打は!!イマドキ麻雀界の重鎮だってあんな強打しない!!牌を大事にしない人間は麻雀やめるべき!!」
「え、あ、ご、ごめんなさい……」
小さい体でブチギレる胡桃の圧力に、完全に久と洋榎は気圧されている。
洋榎はションボリと肩を落とし、久など麻雀をやめろとまで言われて完全に魂が抜けてしまっていた。
先ほどまでの満足そうな表情は完全に消え去っている。
そして、胡桃は残った最後の一人に目を向ける。
自分は一体何を言われるのかと、憧が小さく体をすくめた。
胡桃が、ツカツカと憧に寄って来る。
(……?)
憧が体に力を入れるが、なかなか怒声が飛んでこない。
閉じていた目を開くと、胡桃が少しだけ考える風に手をあごにやっていた。
その間、5秒ほど。
憧も、そんな胡桃の様子を不思議そうに伺っている。
もしかして、私だけおとがめなしなのではないか、と淡い期待を込めて。
しかしやっぱり、胡桃の怒りは収まっていなかったようで。
「晩成!!チーポンチーポンうるさい!!!鳴くの禁止!!あとついでに恰好もうるさい!!!」
「どう見ても完全に私だけとばっちりなんですけどお!?」
憧の悲鳴が、悲しく対局室に響いた。