龍門渕透華はお嬢様だ。
綺麗に整えられた金髪をダイナミックに後ろに流し、純白のワンピースに袖を通すその姿はなるほど確かにお嬢様然としている。
その手に持っていたはずの白いハンカチを、奇声を発しながら噛み締めていなければ、の話だが。
「なんですの?!この究極の目立ちたがり屋は!?」
休日の午後。晴天が気持ちの良い昼下がりに、甲高い声が響いていた。
長野の外れにある広大な敷地と、それに見合うだけの荘厳な屋敷。
ここが龍門渕の屋敷だ。
その管理を一任されているのが龍門渕透華というお嬢様なのだが、このお嬢様はただの箱入り娘ではない。
カリスマ性が高く、多くの使用人を抱える身であり、その上でこの屋敷を余すところなく使っているところを見ても、その有能さを知れるというもの。
その使用人の一人である国広一という少女が、冒頭の彼女の怒声にビクりと肩を震わせていた。
「……とーか、どうしたのさ」
鬼の形相でパソコンを睨みつける透華を見かねたのか、ジト目で一が透華を見やる。
国広一という少女は、普段はとんでもない露出度の高い私服を着ることもあるのだが、今日はメイド服なのでその点の心配はない。
一がこっちに来たのを確認すると、透華はもう一人の人物を呼ぶ。
「ぐぬぬ……ともき!ともきはいまして?!」
沢村智紀。彼女も透華の屋敷にいる身でありながら、特にこれといってやることはなく、本を読んでいることの方が多い、黒髪ロングに眼鏡の少女だ。
透華の声に反応して、智紀が書斎から顔を出す。
「……なんですか?」
「二人とも、この動画は知ってまして?」
透華が智紀と一に見せたのは、パソコンの動画サイト。
再生された動画から流れてくるのは少女の声で、タイトルには『クラリンの麻雀教室』と銘打ってあった。
透華が、再生ボタンを押す。
『はい、どうもみなさんこんにちは、ラス目のラス親で、苦しい配牌をなんとか進めていたら、河で国士十三面が完成しました、クラリンです。今日はですね……』
顔は映っていない。声の主と思われる少女の手元と、麻雀卓が映された動画がパソコンで流れている。
どうやら人気動画なようで、コメントも多数ついており、再生数も並ではない回数がついていた。
この動画を、どうやら一も智紀も知っていたようで。
「あー!クラリンじゃん!ボクも見てるよ、面白いよね!」
「……勉強になる」
一はクラリンの動画が人気になる少し前から見始めていた、いわゆる古参勢だった。
毎日のように動画をチェックしているし、生配信だって時間さえ合えば見るようにしている。
智紀も一ほどではないにしろ、過去の動画はチェックしていた。
そんな2人の様子に、透華はもともと不機嫌だった機嫌を更に悪くする。
自慢の金髪が、今にも逆立ちそうだ。
「キィ―――――!!!な ん で す の!!この究極の目立ちたがり屋は!!麻雀を使って私よりも目立とうとするなんて……!」
「ええ……?」
どうやら透華の基準は、目立とうとしているかどうかで決まるらしい。
そしてその基準で見ると、クラリンはどうやらアウトなようだ。
「今すぐにでも、こんな動画やめさせなくては……!」
「なんでそうなるのさ……」
やれやれといった様子の一の背に、1人の女生徒がやってくる。
「お、なになに、クラリンの動画見てんのか?俺もよく見てるぜ」
「純……あなたまで……!」
井上純。透華の身長を優に超える長躯でありながら、スレンダーな体つきとベリーショートにまとめた髪型故によく男子と間違われる、龍門渕の女子生徒だ。
純も、クラリンの動画はチェックしている。
その事実が更に透華の機嫌を悪くした。
せっかくの整った金髪をぐしゃぐしゃにかきむしる透華を見かねたのか、純がため息をつきながら透華に提案する。
「そんなに気に入らねえならよお。クラリンよりも有名になればいいじゃねえか」
「……随分と簡単に言いますわね」
クラリンよりも有名になる。
この時点で多くの視聴者を獲得し、麻雀系Youtuberの先駆けとなった彼女の知名度を考えれば、どれだけ難しいことかは想像に難くない。
しかし、だからといって諦めるようなお嬢様でないのを、ここにいるメンバー全員は知っていた。
運営のAIとまで言われた「のどっち」を麻雀で負かそうとしたことからも、彼女の気質は知れるというもの。
ただ、「のどっち」の時は麻雀で勝てばよかったのに対して、今回はそう簡単な話ではない。
「……ですが……何事にも手段が必要です」
そう。手段がなければ有名になどなれるはずもないのだ。
うーん、とメンバーが首をひねりながら思案している。
そんな時だった。
「なんだなんだ!戒驕戒躁!騒いでいるだけでは文殊の知恵は得られぬぞ?」
「衣!」
そんな悩む透華の頭の上にひょいとかわいらしい顔を出したのは、天江衣。
どうやら衣も、騒ぎを聞きつけてきたようだ。
純とは対照的に、圧倒的に小さい、小学生と間違われるほどのサイズ感。頭の上についた長めの赤いリボンが可愛らしく揺れている。
ロングに流している綺麗な金髪は、透華の親戚であることを強く表していた。
「実は……この動画の配信者が麻雀界で有名になろうとこざかしい真似をしているのですわ……」
「いやいや……そんなんじゃないでしょ……」
衣にクラリンの説明を誇張して行う透華に、またも一がジト目を向ける。
ひょこ、と衣が画面を眺めると、そこにはクラリンが麻雀の解説を行っていた。
天江衣という少女は、生まれながらにして牌に愛されし者であり、麻雀中にこのような難しいことを考えたことはあまりない。
であるからして、クラリンが一体なにを言っているのかよくはわからなかったのだが、とりあえず麻雀の説明をしていることは分かった。
「とーかは、この者のようになりたいのか?」
「この者のように……いえ。この者以上に有名になってみせたいのですわ!」
透華の目的は、第二のクラリンになることではない。
むしろ、クラリンを超える存在にならねばならないのだ。
よし、と衣が両手を腰に当てる。
「ならば、迅速果断!とーかは闊達でなくてはな!すぐにでもやれば良いではないか!我らの麻雀卓を使い、とーかが人心を収攬する所を衣も見てみたい!」
「……確かに、細かいことにこだわるのは私らしくありませんでしたわね……!」
衣の助言に、透華が前を向く。
手段など、どうとでもなる。
なにしろ透華には、不可能を可能にしてしまう心強い人間がついている。
姿は見えなくても、必ずこの屋敷にいる執事が。
透華がパチンと指を鳴らす。
「ハギヨシ!!!」
「ここに」
透華の呼びかけに答えたのは、スマートな執事服に身を固め、顔立ちも整った龍門渕のスーパー執事、ハギヨシだった。
先ほどまでいなかったはずなのに、一瞬の内に透華の傍に立っていることからしても、その異常さがうかがい知れる。
「あなた、動画の撮影……並びに編集はできまして?」
「もちろんです」
「うっそでしょ」
主の言葉に二つ返事で返して見せたこのスーパー執事。
流石にそんなことまではできないだろと思っていた一が思わず顔を引き攣らせる。
いとも簡単に手段を用意できた透華。
「おーほっほ!……クラリン……あなたの時代は終わりを迎えましてよ。一番目立つのはこの
苦笑いを浮かべるメンバーとは対照的に、透華の高笑いが、いつまでも屋敷に響いていた。
「くしゅん!」
「なんや、風邪か?」
「誰かに……噂されてる!」
「……せいぜい夜道には気ぃつけるんやな」
「怖い事言わないでくれません???」
『トカリンの麻雀講座~!!!』
翌日の夜。
とある部屋で、その動画は再生された。
ハギヨシの天才的手腕により、編集は本家よりも凝っている。
クラリンのスタイルとは違い、透華は完全顔出しスタイル。
究極の目立ちたがり屋である彼女が、顔を隠すなどできるはずもなかった。
「みなさんごきげんよう。わたくしはトカリン。麻雀を得意とする普通の高校生でしてよ!」
自己紹介から普通ではない。
名前からして完全にパクっている。
そんなことは気にもとめていないようで、自動卓の対面に座る彼女は、自信満々にどや顔でカメラ目線を決めていた。
「今日は、皆さんにリーチ判断をお教えいたしますわ!!」
透華が右手を優雅に口元にあて、高笑いを決めた。
リーチ判断。
聴牌時に、ダマにとるか、リーチをするか。
軽率に見られがちだが、この判断はとても大切で、それゆえにとても難しい。
この判断1つで、和了れる手を和了りそこねたり、逆にもっと高くできたかもしれない手を、みすみす低打点で和了ってしまうこととなる。
一流を目指すのであれば、避けては通れない課題だろう。
「まずは、この例を見てくださいまし!!」
透華がそう言うと、画面には牌姿が映される。
東発 親 6巡目 ドラ{③}
{③④赤⑤33367三四五五西} ツモ{赤5}
東発の親、ダマでも満貫の聴牌で亜両面の聴牌だ。
「これをダマにする方はけっこういらっしゃるのではなくて?……ダマで12000……打点はありますが、確かに良い待ちとは言いにくい待ちですわね……」
賛否両論あるところだが、この形でのリーチとは行きにくく、ダマにしてしまう人も多いのではなかろうか。
少し時間を取った後、透華が正解発表をする。
「この手、正着はリーチでしてよ!!」
ばあ~ん!と画面上に「りーち!」の文字が躍る。
確かにこの手、逃してしまうリスクはあるかもしれないが、それでもリーチをかけるほうがプラスになることが多い。
親であるがゆえに、リーチを打てば周りは手が作りにくく、自身はツモを何回も行える。
ツモれば跳満確定手であるがゆえに、ここはリーチと打って出て、6000オールの抽選を何回も受けるほうがプラスに働いたりするものだ。
しかし、実は透華の目にそんな些細なことは映っていない。
透華が、右手を前に突き出す。
「リーチしてこの手はわたくしならば一発で赤をツモれましてよ!!そして裏ドラ!!」
透華は、完全に用意してあったツモ牌の{赤五}を手牌の横に開き、ドラ表示牌{②}と、その裏にあった牌を手元に引き寄せる。
そして、その牌をめくった。
出てきた牌は、{2}。
「裏3!!!!メンタン一発ツモドラ赤3そして裏3!!!3倍満ですわあ!!12000オール!!12000オールでしてよ!!!」
とんでもないヤラセである。
画面にはクラッカーと花吹雪が異常な程に舞っていた。
「目立ってなんぼ、目立ってなんぼですわあ!……これであなたも、人気者になること間違いなし!!さあ、わかったらチャンネル登録と、高評価をしてくださいな!!」
透華の高笑いが、徐々にフェードアウトしていくにつれ、画面も暗転する。
なんと、この1問でこの動画が終わった。
その間、およそ2分。
動画が終わったのを見届け、死んだ目で多恵はスマホを閉じた。
「いや、嫌われるだろ。JK」
麻雀において豪運を発揮する人間が、必ずしも人気者になるわけではなかった。
『はじめの、スーパーイカサマ講座! ~つばめ返しを練習しよう!~』
『純のスーパー邪魔ポン講座! ~相手の邪魔は、麻雀の基本。流れを奪い取ろう~』
多恵「……」