ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第81局 絶望

 

準決勝第二試合大将戦は、南場を迎えた。

 

東場は、流石荒れると予想されたメンバーにふさわしく、安くて満貫、そして2度の跳満が飛び交う危険な場。

一度でも油断すれば、重い一撃が突き刺さる緊張感は、見ている観客すらも息をのむほど。

 

 

『さあ、大将前半戦は南場に入ります。今の巽選手の和了りで、もう、順位の方はここからどうなるかわからない。そういった展開ですね』

 

『いやー知らんし!……まあ、こんだけポンポン跳満クラスが出ちゃうともう1万点差なんてないようなもんだよねえ?知らんけど。そういう意味では、どこの高校にも決勝進出のチャンスがあるって言えるんじゃね?……あと』

 

咏が握っていた扇子を机の上に置き、放送されている映像の点棒表示を見る。

 

 

 

 

点数状況

 

姫松 末原恭子 123300

晩成 巽由華  122300

清澄 宮永咲   93800

宮守 姉帯豊音  60600

 

 

『次鋒戦後から1度もトップを譲らなかった姫松の後ろ……1000点差だねえ?』

 

 

先鋒戦終了時からトップをひた走っていた姫松のすぐ後ろに、晩成がついている。

 

 

 

(ようやく……背中つかめたよ。末原さん)

 

(そんなんはわかってんねん……)

 

 

由華が、ニヤリと恭子に視線を投げる。

 

恭子だって、点数表示を理解していないはずはない。

自分がどれだけ苦しい状況かはわかっている。

 

ここまでも、動ける形なら全て動いていこうとは思っていたのだ。

洋榎や由子ほどではないにしろ、自分も仲間たちから勉強した守備力がある。

 

そもそも、鳴いた形から安牌を捻りだせない人間は鳴き型の強い打ち手にはなれない。

ましてや常勝軍団姫松の大将たる末原恭子は、もちろん申し分ない守備力を誇っているのだ。

 

しかし。開局からはっきりと感じている違和感が、恭子の邪魔をする。

 

 

(想像していた以上に()()()るな……)

 

 

『絞り』。現代麻雀においてはさほど重要とはされない場面も多いが、相手の手牌の進行を止める『絞り』は鳴きを駆使する打ち手には非常に効果的だ。

 

自分の手牌進行を犠牲にして、相手の手牌進行を止める。

リスクはあるが、それよりも恭子の『速度』を奪うことを優先したということ。

 

行っているのが誰なのかは言うまでもない。

 

 

 

(わかってはいたはずや。それでもなんとかするしかない……しかないんやけど……ホンマに南場でなんとかできるんか……?)

 

恭子の額には、早くも大粒の汗が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

南1局 親 由華 ドラ{中}

 

4巡目。

 

もう何度目かもわからない発声が、耳に入ってくる。

 

 

「カン」

 

 

ビクりと、恭子の肩がその発声に拒否反応を示す。

 

 

(まさかやろ……!)

 

まだ4巡目だ。

こんな巡目で何度も嶺上開花されてしまっては手が付けられない。

 

そう思ったのは豊音も由華も同じなようで、苦痛な表情で咲の手牌を見つめる。

 

しかし、咲がツモ発声をすることはなかった。

そのまま持ってきた牌を手中に収め、1枚の牌を切り出す。

 

 

(……有効牌を引き入れるためのカンか……?)

 

通常、咲のカンには2つのパターンがある。

 

嶺上開花をするためのカンか、有効牌を引き入れるためのカンか。

 

普通ならカンによるドラの増加で打点上昇も候補に挙がるが、咲はその力の特性故か、カンでドラを乗せることはない。

そのことは同卓者全員が知っている。

 

であるから、今回のカンは後者であると由華は判断した。

 

聴牌をしてからカンをすれば嶺上開花ができるかもしれないのに、それよりも早く有効牌を欲した。

 

その意味は。

 

 

 

(聴牌でもおかしくない……やんな)

 

恭子が目を細める。

 

 

 

5巡目。

 

 

カンの一巡後。咲はツモ切りで、由華が手出し、豊音も手出し。

その一つ一つを丁寧に見届けて、恭子がツモ山に手を伸ばす。

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{中} 新ドラ{八}

{①③赤⑤⑤34678三四八八} ツモ{5}

 

 

一向聴。

 

咲のカンによって新ドラが2枚増えたこの手は、鳴いても満貫が確定した。

であれば、この牌姿で切る牌は一つ。

 

 

(幸い、前巡晩成が{①}を切っとる)

 

由華の捨て牌を見れば、前巡に切ったのは{①}。

鳴かれることこそあれ、当たることが無いこの牌を切って喰いタンの一向聴にとるのが定石。

 

どこからでも仕掛けてやるという強い意志を持ちながら、恭子が河に{①}を送り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

 

恭子から、素っ頓狂な声が出た。

 

 

 

 

 

 

咲 手牌

{②③④⑤⑥66中中中} {裏九九裏}  ロン{①}

 

 

 

「8000」

 

 

 

 

恭子の右手が、力なく垂れ下がる。

大事なお守りのブレスレットが、カチャンと静かに音を立てた。

 

驚愕に見開かれた目は、咲の手牌を見つめることしかできない。

 

 

 

姫松の恭子が放銃。

 

 

 

ということは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『姫松陥落……!!次鋒戦以降、トップを守り続けていた姫松がついに2位へと順位を落としました……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(トップ……陥落……)

 

 

恭子が虚な瞳で、静かに自身の点棒を見つめていた。

 

結果的にトップへと躍り出た由華ですら、咲の開かれた手牌を見て唖然としている。

 

役牌のドラ暗刻。これはまだいい。

 

幸運であることは事実だが、どんな打ち手が打っていても、稀にこういった幸運は舞い降りる。

 

問題はそこではない。

 

 

由華だって、咲のツモ切り手出しは確認している。

であるからこそ、”自身の{①}が当たっていた”ことは理解できた。

 

 

そこから導き出される結論。

 

東場であれだけの威嚇をしたというのに、その相手である自分を見逃してまで、姫松からの和了りを優先したということ。

 

 

(何の真似だ……?清澄)

 

由華は咲の……『清澄』の意図がつかめないでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清澄高校控室。

 

 

 

「できれば……で良かったんだけどね……」

 

清澄の頭脳が、静かに言葉をこぼす。

 

咲の{①}見逃しには、やはり久が絡んでいた。

 

咲が大将戦へと出る前。彼女は久に対して真っすぐに『絶対に勝ちます』と言ってのけた。

それは1年生であることを忘れてしまうほどに頼もしいもので。

 

だからこそ、久は一つ、咲に指示を出したのだ。

それは、清澄にとって必要な指示。

 

 

「和。悪く思わないでちょうだいね」

 

「……いえ。これは麻雀……インターハイですから」

 

モニターから目を離さずに、久が和へと声をかける。

和が、多恵に入れ込んでいることは理解していた。故の謝罪。

 

和も目をそらさずにモニターを見つめる。

 

 

「私達の目標は全国優勝ですから」

 

 

 

そう。清澄にとって、インターハイ優勝は絶対条件。

できなければ、和は清澄を離れなければならなくなる。

 

 

ではその目標が、何故今の咲の和了りに関係しているのか?

 

 

 

久がゆっくりと、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫松にはここで負けてもらいましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久の出した結論。

 

姫松は、あまりに強すぎる。

 

今までの全対局、そして今日。そのすべてを見た上で、このチームと決勝で相対するのは危険すぎると判断した。

 

隙が無さ過ぎるのだ。

唯一、付け入る隙があると思われた次鋒ですら、今日の対局内容を見て確信した。勢いに乗せてしまえば、あの次鋒は間違いなく、1年生の中でもトップクラスに強い打ち手だと。

 

だからこそ。

先鋒戦で点差が大きくつかなかったこの準決勝が勝負。

もしここで、姫松を落とすことができれば、決勝は幾分か負担が減る。

 

そう判断したからこそ、久は咲にこう伝えたのだ。

 

 

”早い巡目で、良形の聴牌を先制で組むことができたなら、姫松を狙え”

 

 

条件は厳しい。しかしその全てがかみ合ったのが、先ほどの局だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カタカタ、と恭子の指先が震える。

心無しか、見つめた指先の感覚が薄い。

 

 

(考慮せんかったわけやない。それでも、晩成を見逃すとは思わへんかった)

 

2着目の晩成は、清澄にとって決勝進出のボーダーラインだ。

まずは2着を確保しないことには、決勝進出は成し得ない。

 

しかしこの1年生の少女は、そこを見逃して恭子からの直取りを狙ってきた。

 

それの意味するところ。

 

 

(決勝に自分たちが行くってのは、確定してるってか。舐められたもんやな)

 

 

清澄の決勝行きは絶対だから、2着抜けの高校を操作する。

本来なら断トツトップの状態でやるべきことを平然と行ったのだ。

 

 

件の咲が、点棒を収めながら一つ息を吐く。

 

 

 

(もう2巡遅かったら……できなかった……)

 

 

実の所、恭子が思うような驕りは、そこまで咲にはない。

 

 

今の状況は、比較的見逃しのしやすい場だった。

自身はかなり良い3面張。それも4巡目満貫聴牌。

ほぼ和了りは確約された状況で、周りに聴牌気配はない。ツモれればそれでいいし、出場所をある程度の巡目までは選ぶことができる。

 

恭子の放銃は、全てがかみあってしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 豊音

 

 

恭子が、震える手を抑えつけて牌を握りしめる。

 

 

(まだや……まだ絶望するには早すぎるやろ。凡人が思考を止めたら、ただの弱者や。頭を回せ……!)

 

ここまでの仕打ちを受けての恭子の冷静さは、もはや尊敬するべき精神力といえよう。

 

人はあり得ないほどの他者の幸運を見た時、何故自身に同じ幸運が降りてこないのかという感情が、多かれ少なかれ必ず生まれる。

 

多分に運の要素を詰め込んだ麻雀という競技なのだから、尚更。

 

その感情に流され、自暴自棄になってしまう人間は少なくない。

麻雀という競技をやったことのある人間なら、誰しもが理解できるだろう。

 

 

だというのに、恭子はまだ前を向いている。

冷静に、戦う姿勢をとっている。

 

“麻雀と言う競技は面白いもので、そういった姿勢を続ければ牌が応えてくれることがある”

 

 

 

8巡目 恭子 手牌 ドラ{一}

{②④赤567889一一三三三} ツモ{③}

 

 

聴牌。ターツ選択を迫られた恭子は、自信のあるカン{③}の受けを外さなかった。

こんな状況にあっても、驚くほど冷静に場の状況を観察している。

 

スピードスターの名は、鳴けずとも戦えることからつけられた異名。

この牌効率と山読みの鋭さは、仲間であり親友である多恵から受け取ったモノ。

 

手牌の{8}を迷いなく持ち上げる。

 

行うのは、この3年間、何千回、何万回と行った動作。

 

 

「リーチや……!」

 

 

力強く河へと曲げる。

 

幸い、この牌がつかまることはなかった。

咲も由華も、表情がわずかに歪む。

 

 

この一手で、恭子がここまでに失った点棒を全て取り返せるわけではない。

 

しかし、積み重ねることはできる。

後半戦もあるのだ。一つの満貫、一つの1000、2000が、姫松を決勝に導く礎となるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“麻雀と言う競技は面白いもので”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“そういった姿勢を続けていても”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“報われないことがある”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んー、おっかけるけどー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更なる絶望を運んでくる、声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌 

{①②七七八八九九東東東西西}  ロン{③}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢が、遠のく。

 

 


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