ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第83局 変身

 

 

 

 

4万6300点。

 

前半戦で恭子が失った点棒だ。

 

普通の麻雀ならとっくにトんでいて、ハコ下2万点オーバー。

 

悪夢。まさにそんな言葉が似合う半荘。

 

 

 

異様な空気に包まれたまま、大将前半戦は終局した。

 

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華   110800

2位 清澄 宮永咲   106300

3位 宮守 姉帯豊音   91900

4位 姫松 末原恭子   91000

 

 

 

会場の熱気とは裏腹に、静けさを保った廊下で。

恭子は一人歩いていた。

 

 

全身がひどく震える。

逃げ出したくなる衝動を抑えきれずに、恭子はいつの間にか廊下へと出てきてしまっていた。

 

目の焦点は定まっておらず、足取りはひどく心もとない。

 

フラフラと歩いていた恭子だったが、廊下にもたれるように、足を止めた。

 

 

(帰れるわけないやろ)

 

自然と、自分の仲間が待つ控室の方向へ向かいかけていた足を、止める。

 

このまま控室に戻って、はい、5万点近く失ってラス転落しました。で許されるわけがない。

なにより、恭子自身がそれを良しとしない。

 

ではどこへ向かえばいいのか?

 

 

休憩室?トイレ?外のベンチ?

 

 

答えは出ない。

もうなんならこの廊下でもいいかもしれない。

 

恭子の頭には、『敗退』の二文字が色濃く浮かんでいる。

 

3年間の努力、自分には無いもの持ってそうなとんでもプレイヤー達に立ち向かうだけの力をつけたと思っていたが、どうやら過信だったようだ。

今は、あの3人を相手にどうしたら勝てるのかがわからない。

 

 

まとまらないぐちゃぐちゃとした思考の中に、恭子はいた。

 

そんなとき。恭子の耳に、ドタドタとうるさい足音が聞こえてくる。

 

ここは選手か関係者しか立ち入れないエリア。

しかしこの大きめで騒がしい足音が誰なのかと気にする余裕すら、今の恭子にはない。

 

ただただ、床を見つめ、絶望することしかできないでいた。

 

 

 

 

 

そんな恭子の体が。

 

 

 

浮いた。

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 

 

急激に明るくなる視界。

 

恭子の目に飛び込んできたのは、何度も見た赤いポニーテールと、銀髪のショートボブ。

 

 

恭子が数秒遅れて、洋榎と多恵に担ぎ上げられたということを理解した時には、猛スピードで視界が動いていくタイミングだった。

 

 

「「わっしょい!わっしょい!」」

 

「な、なにしとんねんジブンら?!」

 

 

 

理解が追い付かない。

 

しかし。

 

風を切る感触が心地良い。

何故かお祭りの神輿になったような気分。

 

 

まず会ったら謝らなくてはいけないはずなのに、そんな暇すらも与えてくれない仲間。

 

 

 

「「わっしょい!わっしょい!」」

 

「か、掛け声やめーや……」

 

とにかくうるさい仲間。

 

 

警備員や関係者がギョッとした様子で見てくるのに目もくれず、洋榎と多恵は一目散に控室を目指す。

 

そして気付いた時には、控室のドアへと辿り着いてしまっていた。

 

恭子が心の準備をする時間などあるはずも無く。

 

先導していた多恵がドアを蹴飛ばした。

 

 

「恭子さん楽屋入りまーす!!」

 

 

「待ってたのよ~!」

 

「末原先輩急いでください!休憩時間そんなないんですから!!」

 

有無も言わせず、洋榎に控室に作られた一角に放り込まれる。

どうせ女子しかおらんしええやろ、と洋榎が粗雑に作った更衣室のようなそこには、由子と漫が待っていて。

 

 

「なんやなんや?!ちょ、由子!服脱がすなあ?!」

 

「よいではないか~なのよ~!」

 

「赤阪監督~!油性ペン貸してもらえませんかあ~!?」

 

「漫ちゃん?!」

 

 

 

 

訳も分からずされるがままになって1分と少し。

 

 

「お披露目タイムなのよ~!」

 

 

由子に手を引かれて、ようやく出てきた恭子は、罰ゲーム用で用意されていたあの可愛い制服姿だった。

 

 

「「「お~」」」

 

いつもと違う可愛らしい恭子の姿に、全員が感嘆の声を漏らす。

 

 

しかし依然として恭子は俯いたまま。

 

 

「どーしたの恭子。ウエスト合ってなかった?キツい?」

 

恭子の顔を覗き込む多恵。

 

しかし恭子の心情は、それどころではなかった。

 

 

「い、いや……そうやなくて……ホンマに、申し訳なくて……」

 

それはそうだろう。

もらったバトンは、断トツで渡されたバトンだった。

 

悪夢の半荘。

たった一度の半荘で、点数は5万点近く減ってしまった。

同時に、ラス転落。

このままでは姫松は準決勝で姿を消すことになる。

 

何かしらの言葉が降ってくると思っていたのに、しばらくしても声が返ってこないことを不思議に思い、恭子が前を向くと。

 

 

「……ッ!」

 

いつの間にか4人が恭子を囲むように揃っていて。

 

多恵に優しく頭を撫でられた。

 

 

 

 

「だいじょーぶ!恭子なら心配ない。今、恭子に足りないのは自信。それだけ。自分を強く持ちなよ恭子」

 

「せや。きょーこは強い。ウチが認めたるわ。なーんも気負わずに、自分の麻雀したらええねん」

 

「きょーこちゃんは考えすぎなのよ~!もっと楽にいこ~!なのよ~!」

 

「末原先輩!ホンマにあかんかったら、次はデコに油性ですからねえ?」

 

 

包み込んでくれるような優しさを見せてくれる親友と。

 

言葉は少ないながらも、ダイレクトに信じているということを伝えてくれる親友と。

 

いつも明るく、笑顔と元気をくれる親友と。

 

どれだけ辛くても努力し続け、期待に応えてくれた後輩は屈託のない笑顔で。

 

 

 

 

信じられない、と素直に思った。

 

だって、あの点棒を作り上げてきたのは確かに目の前の4人のはずで。

 

それを丸々失ったのが自分。

 

だというのに目の前の4人ときたらどうだ。

怒るどころか、誰一人として責めることすらしないではないか。

 

赤坂監督ですら、笑顔で5人の様子を見守っていた。

 

 

 

「……ッ……!」

 

 

 

自然と、涙が出た。

 

それは、メンバーの優しさに触れたからなのか、不甲斐ない自分に対する怒りなのかはわからない。

 

感情のジェットコースターに、恭子の頭が追いついていなかった。

 

 

 

10秒ほど経っただろうか。

少し溢れてしまった感情の発露を拭くために、1番近くにいた多恵の制服の裾を勝手に引っ張る。

 

 

ついでとばかりに鼻までかんでやった。

 

 

「ええ……」

 

 

困惑する親友に目もくれず、恭子はもう行かなければならない時間なのを確認する。

前後半の間の休憩は短いのだ。

 

 

首を横に2、3度振り、ペチンと両頬を叩いた恭子の目に、もう迷いはない。

 

 

控室のドアへと恭子が進む。

 

 

「ホンマに……アホばっかりやで…………いや、アホなんはウチか……」

 

その呟きは、恭子以外の人には聞こえないほど小さく。

 

 

ドアを目の前まで来て、大好きな仲間に振り返って一言だけ。

 

すぅ、と恭子が大きく息を吸い込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「い゛ってきます!!!!」

 

 

 

 

 

笑顔でサムズアップする親友と後輩の姿を目に焼き付けて。

恭子は戦場へと戻る。

 

 

チームの温かさに触れた。

 

もう恭子の頭に、『敗退』は無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は、夜19時を指している。

 

朝から熱戦が行われているインターハイ。

その中でも1番の視聴率を誇るのがこの時間帯。大将戦だ。

 

熱戦続きだった今日の準決勝。その最後の対局が、始まろうとしている。

 

 

 

『さあ、ついに、この半荘で長かった準決勝は終局を迎えます……!』

 

『はからずしも、点数は平ら……ま、見る方は楽しいんじゃねえのー?やってるほうはたまったもんじゃねえけど!』

 

 

点数は上から下まで2万点差以内という僅差。

どこのチームにも決勝進出の可能性は残されていて、逆に言えば、どこのチームにも敗退があり得る。

 

 

 

早ければあと1時間もすれば、決勝進出の2校は決まっているのだ。

 

 

 

 

席順

 

 

東家 宮永咲

南家 姉帯豊音

西家 巽由華

北家 末原恭子

 

 

 

恭子が、卓に着く。

幸い、自身の勝率が1番高い北家に座ることができた。

 

 

(北家をとれたんはええとして……一人一人の対策をしっかり講じていかなあかんな)

 

咲によって回されたサイコロが、カラカラと音を鳴らす。

勢いよく回るサイコロ2つを眺めながら、恭子が深く深呼吸をした。

 

 

(……仲間、後輩、先輩、監督……結果で報いるしかない。勝つんや。このバケモノ共に)

 

良く、多恵が恭子に対して言ってくれたことを思い出す。

 

 

『恭子の強みは、速さだけじゃない。鋭い洞察力と、対応力。……どんな相手でも、2半荘もあれば恭子なら必ず戦えるから』

 

 

(ホンマ……無責任な奴や……勝手に期待しよって)

 

多恵からの全幅の信頼が、今は心地いい。

 

すう、と目を細めて、恭子の意識は対局へと入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東1局 親 咲

 

 

由華は、トップは取れたものの完全に自分のペースではないことを理解していた。

そもそも、区間だけでみればまったく清澄と宮守に勝てていない。

 

前半戦は、東場は咲の強烈な嶺上開花に主導権を握られ、南場では勢いづいた宮守の打ち回しに振り回された。

 

そして。

 

 

(それに……やえ先輩が「姫松がこのままで終わるはずがない」……って言ってたしね。なんかルックス変えてきてるし)

 

由華が視線をやるのは、先ほどまでのスパッツ姿から、可愛い制服リボン姿へとイメチェンしてきた恭子。

 

 

由華は休憩中に控室に戻り、やえからアドバイスをもらっていた。

曰く、姫松は必ず何かしらしてくる、と。

 

由華も一つ息をついた。

 

 

(油断は一切しない。全力をもって、全てをたたっ切る)

 

1枚目を切り出した咲と、理牌をする他2人を見ながら、由華は気合を入れ直していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1巡目。

 

早速切り出しから、おかしな事態が起こる。

 

 

「……!」

 

咲の表情が目に見えて強張った。

 

恭子の一打目は{五}。

順子手を目指すのであれば、非常に大事な牌。それを1巡目に切ってきた。

 

咲が、違和感を感じながらツモ山へと手を伸ばす。

 

 

(なんだろう……今の末原さんと打って、プラマイゼロにできる気がしないよ……)

 

ルックスも全然さっきまでと違うし……、と。

 

恭子の狙いは、まず咲の感覚を狂わせること。

普通に麻雀を打っていたら、咲のカンをまじえたスピードに翻弄される。

ならばまずは牽制。

 

咲は麻雀経験の薄さから、イレギュラーに弱いことは最初から調べがついている。

 

そう。恭子の切り出したこの{五}は咲に混乱をしてもらうために、完全にランダムで選んだ。

最初から配牌の一番右を切ると決めていたのだから、これは偶然の一牌。

 

だからこそ、意図が掴めず、混乱を招く。

 

 

(リスクはごっつい……けど、効いてるみたいやな。顔に出やすいのだけは助かるで)

 

咲はポーカーフェイスが苦手。それもわかっている。

そこを逆手にとって、恭子はなるべく咲の表情から目を離さないようにしていた。

 

 

 

 

3巡目。

 

 

「ポン!」

 

咲から出た{⑨}から発進したのは、恭子。

 

発声にビクりと肩を震わせた咲を気にも留めず、河から牌を拾い上げる。

 

 

恭子 手牌 ドラ{二}

{②赤⑤⑥233二三白白} {⑨⑨横⑨}

 

 

 

(あとは残り2人……巽は面前から動かんから打点が高い……せやけどそれは逆に言えば一段目で聴牌を組むことが少ないっちゅうことや。どこからでも鳴いて攻める)

 

由華に対する対策は、純粋なスピード勝負。手牌が悪い時の対策も考慮してあるし、速度が取れそうな時は全力で速度を取る。

この単純な対策が、もう一人にも刺さる。

 

 

「チー!」

 

負けずと動き出したのは豊音だった。

友引がある分、豊音は鳴き仕掛けをしやすい。恭子の速度に追い付こうとするならば、確かに彼女が一番可能性があるだろう。

 

そうして豊音が切り出した{白}を、恭子が仕掛ける。

 

その薄い可能性すらも、刈り取るために。

 

 

「ポンや!」

 

瞬く間の2副露。

由華が、少しだけ苦い顔をする。

 

わかりやすい単純な話で、恭子は豊音の4副露が完成するまでに聴牌すれば良い。

その程度のこと、姫松のスピードスターにとっては造作もない。

 

 

 

 

前半戦、光を失いかけた恭子の目には、光が宿っている。

 

それは仲間から受けとった、希望の燈火。

 

 

(凡人が思考を止めたらホンマの凡人。ウチに許された抵抗はただ一つ、考えることなんや!)

 

 

 

由華が、少考の後に{⑦}を切り出す。

 

 

「チー!」

 

豊音がそれに食いつこうとするが、それでは遅い。

遅すぎる。

 

 

 

「ロン!」

 

 

恭子 手牌

{赤⑤⑥33二三四} {白横白白} {⑨⑨横⑨}

 

 

「3900!」

 

 

 

 

『後半戦初の和了りは姫松高校!!前半戦に失った点棒を取り戻すべく、まずは3900でのスタートです!』

 

大きな歓声が上がる。

恭子の和了りを待ち望んでいたのは、なにもチームメイトだけではない。

 

 

 

恭子がしっかりと自分の手牌を見つめた。

 

 

(やれる……戦える!)

 

まだ道のりは長い。

 

末原恭子という”凡人”に許された抵抗は、『考えること』ただ一つ。

 

 

恭子が、右手につけたブレスレットを強く握りしめる。

 

 

 

(今年全国優勝って誓ったんや……!こんなところで、止まれるか……!)

 

 

 

最強の凡人の逆襲が、始まった。

 


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