ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第85局 残された選択肢

東4局 親 恭子

 

 

大将戦は、点数状況が平たくなったこともあって異常なまでの緊迫感に包み込まれていた。

残すは、最短であと5局。

大きな一撃を持った3人がいるこの卓では、ほんのわずかな油断すらも許されない。

 

恭子が、一枚の牌を切り出す。

前半戦とは違い、戦えている。だが、前半戦に失った点棒を全て取り戻すには程遠い。

 

 

(親番……活かすで……!)

 

恭子の親番はあと2回。

一度たりとも、無駄にはできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8巡目。

 

恭子の、手が止まる。

 

 

恭子 手牌 ドラ{6}

{③③赤⑤⑥678二二二} {横七六八} ツモ{五}

 

 

(宮永……なんやわからんけど様子がおかしい。この{五}は生牌やし……)

 

異様なほど静けさを保つ少女の姿が、恭子に違和感を運んでくる。

 

宮永咲という少女がいるこの卓では、中盤以降に生牌を切っていくのには若干のリスクが伴う。

それは前半戦で恭子が身をもって知ったこと。

自身も聴牌であるが、これをあがるのに時間がかかりすぎた。

8巡目で時間がかかりすぎというのがこの卓の異常さを物語っているのだが、恭子が引いたボーダーラインは6巡目。

以降はもう遅れていると判断することにしている。

 

臆病と思われるかもしれない。

しかしこれが、努力する凡人が短時間で出した最適解。

 

 

(跳満なんて当てられたらたまったもんやない。親やからツモられるのも嫌やけど……)

 

恭子が選んだ牌は、{⑥}だった。まだ、完全に手は殺さない。

回る。

 

 

(……伊達に洋榎達と麻雀打ってたわけやないんや。リスクを回避しつつ……必ず聴牌を組みなおす)

 

まだ終わったわけではない。道がある限り、恭子は進むのをやめない。

 

 

しかし、恭子がそう決意したのも束の間。

 

 

 

 

「カン」

 

 

 

またあの声が、鳴り響いた。

もう聞き飽きたと言わんばかりの由華の表情と、苦悶に顔を歪める恭子の表情。

 

そんなものを気にも留めず。

 

咲が嶺上牌へと手を伸ばす。

 

 

右目の閃光が、迸った。

 

 

 

 

 

 

「ツモ。嶺上開花」

 

 

咲 手牌

{68三三三赤五五五発発} {裏西西裏} ツモ{7}

 

 

 

「3000、6000」

 

 

『嶺上開花だーーー!!!この終盤で大きすぎる跳満です清澄高校宮永咲!!接戦から一歩抜け出したのは清澄高校!決勝進出を手繰り寄せます!』

 

 

 

先ほどまでの慌てようがどこ吹く風。

由華が小さく舌打ちした音も聞こえていないかのように、冷静に場を眺める冷徹な瞳は、静かに点棒を要求している。

 

必死で努力して集めた点棒を当然のように奪われながらも、恭子は思考をやめることはない。

 

 

(あの西……さっき切った牌が左から5番目で、一番左から4枚倒してカン……。途中山に視線が行くこともなかった……結論は一つやな)

 

 

配牌槓子。

なんてことはない。

最初から4枚もっている牌であれば、わざわざカン材を山から探す必要などないのだから。

 

 

魔王の瞳に、光が走っている。

 

 

 

 

点数状況

 

1位 清澄 宮永咲  117000

2位 晩成 巽由華  101300

3位 姫松 末原恭子  95000

4位 宮守 姉帯豊音  86700

 

 

 

 

 

 

 

 

南1局 親 咲

 

 

咲には、約束が二つある。

一つは、全国優勝をして、ずっと一緒に麻雀を打とうというチームメイトとの約束。

 

そしてもう一つは。

 

 

(必ず決勝で話すんだ。お姉ちゃんと)

 

 

 

咲の決意は固い。

不仲で、しばらく疎遠になってしまった姉と、麻雀を通してなら、会話ができるかもしれない。

 

麻雀からは、一度離れた。

 

咲にとって麻雀は、お小遣いを奪われるという悲しい競技だったから。

 

しかし思えばあの時は、たしかに姉と話せていた。

引き裂かれた家族の絆を取り戻せるとしたら、麻雀を通じてしかない。

そう思ったからこそ、咲はもう一度牌を握っている。

 

 

姉は3年。

今年が、最初で最後のチャンス。

 

 

もう一度、あの頃に戻るために。

 

 

 

咲が配牌を開く。

 

恭子にカン材を見破られていようと関係がない。

 

なんとなくカンを邪魔されていることが分かった咲からしてみれば、最初から槓子を用意しておけば良いのだから。

 

 

 

 

 

 

7巡目。

 

恭子が早々に仕掛けているが、咲はツモ回数が増える絶好の席順。

他二人よりも、圧倒的に速度は早い。

 

 

 

咲 手牌 ドラ{⑦}

{②③④④④④⑦⑥23一二三} ツモ{⑦}

 

 

ドラが雀頭になるツモ。

 

これによって、咲が次巡ツモってくる{①}を引き入れて、{1}で嶺上開花という道筋ができあがる。

ツモ、嶺上開花、三色、ドラドラで跳満。

 

 

 

これは理想論ではない。

生まれた時から、カンができる牌がどこにあるかがわかり、嶺上牌が何であるかがわかる。

そして何よりも、手の形がその嶺上牌を必要とする形になっていく。

 

 

咲にとって馴染んだ感覚。

 

姉にもひけをとらない、牌に愛された少女が持つ、天性の感覚。

 

 

咲が{⑥}を切る。

 

必ず次の巡目で和了れるという確信。

この親跳を和了ることができれば、清澄の決勝進出の可能性がぐっと高まる。

 

 

 

声が、響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カン」

 

 

 

 

驚愕したような顔は、恭子。

 

 

 

もう嫌というほど聞いたその発声はしかし。

 

 

 

 

 

 

 

いつもの声音ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「カンはあんま得意じゃないんだけどねえ……嬢ちゃん。{14}だろ?欲しいの」

 

 

 

 

 

 

 

咲が、ふいに足を引っ張られるような感覚に陥る。

 

何度も何度も、決定打を決められる局面をこの少女に邪魔される。

 

 

 

 

 

 

 

(私の嶺上牌……!)

 

 

 

見えた親跳への未来は、唐突に終わりを告げる。

 

咲が喉から手が出るほど欲しかったその牌は、王者の右腕によって奪われた。

 

 

挫折と屈辱を味わい、必死にあがいて、この一年牌と向き合い続けた修羅が、咲の目の前に立ちふさがる。

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

由華 手牌

{12233789白白} {裏発発裏}  ツモ{1}

 

 

 

強く卓へとたたきつけた牌は、咲の欲しかった{1}。

奇しくもその牌は由華にとっての高目牌。

 

 

「倍満よ」

 

 

 

 

3人の顔が引き攣る。

 

 

強烈な倍満が、決まった。

 

 

 

 

 

『決まったあああ!!今度は晩成が重い一撃!!清澄を牽制するかのような嶺上開花!!倍満のツモ和了りでトップを奪い返します!!』

 

『おっかねえ……あのコとは同卓したくないねい!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南2局 親 豊音

 

焦りを覚えているのは、恭子だけではない。

むしろ恭子よりも苦しい立場に立たされているのは、豊音だった。

 

 

(一時は1万点差以内までいったのに……また準決勝圏内まで2万点差だよ~)

 

豊音が切れるカードが少ない。

『先負』を恐れてリーチしてくることはないし、『先勝』では速度が間に合わない。

そもそもこのメンバーに先を取れる切り札など、元々一つしかないのだ。

 

そしてその切り札は自分の打点を下げる諸刃の剣。

 

今日の準決勝では禁止されていたはずの力。

 

しかしそれでも。

 

 

(ごめんね~皆。まだ、お祭り終わらせたく、ないよ……!)

 

 

やるしかない。

どんな想いでチームメイトが繋いでくれたと思っている。

 

豊音が初めて味わったこの感覚は、本当に幸せで。

だからこそ、ここで終わらせたくない。負けたくない。

 

 

このまま手をこまねいていて勝てるほど、今日の相手は甘くないのを知っている。

このままでは晩成と清澄に突き抜けられて終わる。

 

ならば。

 

 

 

 

 

 

全てを消し去る六曜最強の力の奔流が、卓へ流れ込む。

 

 

 

 

 

(『仏滅』……全てを消し去るよ〜……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮守女子控室。

 

 

「あれって……!」

 

まず最初に気が付いたのは、机の上に置いておいたモノクルが震え出したのをいち早く確認した塞。

間違いなくこの感覚は、全てを滅ぼし、新たに作り直すための力。

 

 

塞の反応に呼応して、他のメンバーも豊音が『仏滅』を使ったことに気が付いた。

 

封印するはずだった力。

 

しかし、メンバーからの批判はない。

もうそれしかないと、言葉にせずとも全員の目がそう言っている。

 

打点は下がるということは、追い付くには親番が残っている状態でないと、この力を使う意味がないのだから。

 

かけるのは、この親番。

そこしかない。

 

監督の熊倉も、豊音の判断を受け止める。

 

 

 

「豊音……責めはしないよ。けど……その力も、一筋縄ではいかないよ……」

 

 

万能の力ではない。

しかし宮守女子に残された選択肢は、これしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き抜けた力の奔流。

 

 

今まさに山に手を伸ばそうとしていた由華と、それを睨みつけていた咲の表情が目に見えて変わる。

 

自分の身体全体が重くなったかのような感覚に押しつぶされる。

 

 

(宮守……!)

 

 

明らかに全体に及ぶ力が放たれた。

 

驚愕に見開かれた由華と咲の表情を見て。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強の凡人が、

 

 

笑った。

 

 

 


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