ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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これがやりたかった大将戦。

どうぞ。






第87局 渇望するは勝利のみ

 

 

憧れの先輩の力になりたい、と意気込んだ初めての夢舞台はしかし、苦い記憶となって由華の脳裏に刻まれている。

 

 

 

 

 

 

―――――1年前

 

 

 

『インターハイ1回戦副将戦はオーラスを迎えました!後がない晩成高校巽由華!大将に望みをつなげるでしょうか……!』

 

 

呼吸ができないほどに、息が苦しい。

 

歪む視界の中で点棒を確認すれば、先鋒戦時に20万ほどあったはずの点棒は、およそ5万点ほど。

 

次に進めるのは1校だけ。

このままいけば、大将戦で7万点ほどの点差をまくらなければならないという絶望的な状況。

 

丁度山越しの親倍を食らったすぐあとのこと。

 

鈍器で殴られたかのような痛みを感じながらも、配牌を受け取っていく。 

絶望に打ちひしがれながらも、震える手で配牌を開けてみた。

 

 

由華 手牌

{②②②③⑤⑤⑤113東東西} ツモ{二}

 

 

悪くない。

染め手か暗刻手が見える。

 

この手の未来を考える余裕があったことに、由華自身が驚いていた。

そんな気力など、とうに尽きていたと思っていたから。

 

 

一縷の望みにかけて、由華が必死に打牌を繰り返す。

 

由華の思考は、正常な働きをしていない。

それでも、和了りに向かう執念だけは残されていた。

 

 

 

9巡目 由華 手牌

{②②②⑤⑤⑤1113五東東} ツモ{3}

 

 

 

(きた……!!)

 

執念の、ツモり四暗刻聴牌。

まさに起死回生。これを和了れさえすれば、まだ1位が見えてくる。

 

先輩の役に、立てる。

 

 

わずかに見えた、希望の光。

 

しかし、由華にはリーチができない理由があった。

 

鈍る頭を必死で動かしつつ、由華は親の手牌へと視線を移す。

 

 

親 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {発発横発} {中横中中}

 

 

(あれには打てない……)

 

場に{白}は生牌。

下手にリーチを打って、持ってきてしまっては、目も当てられない。

親への役満放銃は、死に直結する。

 

 

 

(別に……良い。出和了る気なんてない。ツモれれば……!)

 

ツモり四暗刻は、ツモれてこそ意味がある。

出和了りでは弱い。

 

そう心に決めた由華。

 

 

 

次巡のツモ番が、やってくる。

 

 

 

 

願わくば、和了り牌でありますように。

 

 

目を閉じて、祈るように触ったその牌に。

 

 

盲牌の感触は、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②②②⑤⑤⑤11133東東} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我慢しきれず、今度こそ由華の右頬に、一筋の雫が伝う。

 

それは悔しさか。怒りか。

 

 

 

焼けるように熱い脳を必死に動かして。

 

 

 

 

由華は手の中から、 {東} を切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神様は、意地悪だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝第二試合は、最後の山場を迎えていた。

 

 

決死の想いで放った豊音の最後の切り札『仏滅』が、恭子によって破られた時は、誰しもが宮守の敗退を予感しただろう。

 

しかし。麻雀の神様は実に気まぐれで。

 

 

 

豊音 手牌 ドラ{1}

{13336788899発東}

 

 

ここ一番で最高の配牌が、豊音の手に舞い降りていた。

 

 

『な、なんと!ここに来て宮守女子の姉帯豊音!!手牌がドラ色の索子で染まっています!!これはとんでもないチャンス手が入りましたね?!』

 

『うへ~……最後まで見せ場作るねい……これを面前清一色に仕上げたら……まだ宮守にも十分可能性が出るよ』

 

『そうですよね……!親番が落ちて、万事休すかに思われた宮守女子でしたが、ここで大物手の予感!この局の結果が、最終スコアに大きく影響してきそうです!』

 

 

大将戦ももうラス前。だというのに、観客の熱気が収まることはない。

 

 

 

恭子が、苦しそうな顔を隠そうともせずに、ツモ山へと手を伸ばす。

 

 

2巡目 恭子 手牌

{①④⑥⑨446六七発発中白} ツモ{白}

 

 

(姉帯が仏滅を使わんのを、予想しいひんかったわけやない。そら自分の打点が低くなるんやし、親番がなくなったここからは使わん可能性も考慮しとった。せやけど……!)

 

見つめるのは、豊音の手牌。

嫌な予感が、そこら中にまとわりついている。

 

どう考えても弱気な打牌ではない。

 

圧倒的、強気の打牌。

 

 

 

(相当な好配牌……それでも負けられへん……!残りの局は全部和了るんや……!)

 

まだ、点差はある。

親番が残っているとはいえ、この点差如何でオーラスの立ち回りは随分と変わってくる。

だからこそこの南3局は、勝負の局と言えた。

 

恭子が牌を切り出す。

 

 

そんな恭子の気合の入った打牌を見て、咲も山へと手を伸ばす。

 

 

咲 手牌

{①①②②③113一三八中西} ツモ{③}

 

 

一盃口が完成する、絶好のツモ。

手中にドラも2枚持ち、三色まで見える手牌だ。

しかしそれでも咲は慢心しない。

 

 

(安心できるような点差じゃない……この局も、私が和了る)

 

仏滅が消えたことによって、咲の手は異様な伸びを見せている。

それは咲が持つ、天賦の才が抑え込まれていたことによる、反動。

 

 

この局は和了れることを確信して、{八}を切り出していく。

 

そんな咲の打牌する姿が、不遜な表情に見えたのだろうか。

由華が不愉快さを隠そうともせずに山へと手を伸ばした。

 

 

 

3巡目 由華 手牌

{②②③⑤⑤⑥57五五七九南} ツモ{五}

 

 

由華の手も、仏滅から解放された反動で、順調に手が伸びていく。

素早く持ってきた牌を小手返しすると、一番右端に置いておいた{南}を力強く切っていく。

 

 

(お前だけが早いと思うなよ……)

 

常人ならば足がすくんでしまうような威圧感でも、この場にいる3人は動じない。

 

 

そんな重圧すらも感じられないほど、場は沸騰していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何巡経っただろうか。

 

全員の手牌が、気持ちの良いように伸びる。見ている側も、誰が先手をとるのか気になって仕方がない。

 

 

ツモっては切り、打牌の音だけが響く緊張感。

 

 

観客も、視聴者も、チームメイトも固唾を飲んで見守っている。

緊張の糸は、極限まで張り詰めていた。

 

 

 

それでも、誰かが動けば……一瞬で場が沸騰することを、誰もが理解している。

 

 

 

 

そんな史上稀にみる緊張感だからこそ、他者の聴牌をいち早く察知することができた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

7巡目 豊音 手牌

{133367888999発} ツモ{8}

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどまでとは違う、わずか1秒の、間。

 

 

由華と、恭子の視線が、豊音の手牌に集中する。

 

 

 

(姉帯が……)

 

 

(テンパった……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを賭けた戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

豊音が、高々と上げた牌を、勢いよく横に曲げた。

 

 

 

 

「リーィチィー!!」

 

 

切られた牌は、{発}。

 

 

 

 

「ポンや!!」

 

ラグはない。必ず鳴くと決めていた牌。それが宣言牌だろうがなんだろうが、恭子には関係がない。

当然のように、危険牌である{六}を切り出していく。

 

 

 

 

由華 手牌

{②②③⑤⑤赤⑤55五五五七九} ツモ{2}

 

 

(この牌は……宮守にも姫松にも切れん)

 

 

判断は一瞬。

由華が{九}を勢いよく切り出す。

 

 

 

 

 

咲 手牌

{①①②②③③113一二三中} ツモ{1}

 

 

咲が、追い付いた。

残念ながら、カン材は無い。

それでも素で打って、ここまでたどり着くことができた。

 

しかし不運にも、重なることを期待して残した{中}が生牌。

豊音に対しても、恭子に対しても切りにくい。

 

 

(生牌……怖い……でも、やらなきゃ……!勝つんだ!みんなで!)

 

 

「リーチ……ッ!!」

 

 

覚悟を決めた咲が、右端に置いていた{中}を勢いよく曲げる。

 

 

 

「それもポンや!!!!」

 

 

2副露。鳴いた恭子が切り出したのは、またしても危険牌。

 

恭子の目には、今だけは自分の手の和了りしか見えていない。

 

 

(勝つ……!!!ここで勝てなくて、何が姫松の大将や!!!多恵と、皆と、全国で優勝して笑うんや!!!!)

 

 

 

いつになく攻撃的な恭子の切り巡を見て、由華が少しだけ驚いたような顔をする。

 

3年間の想い。チームメイトへの想い。

全てが爆発して燃え上がっている恭子の姿は、由華にはとても勇ましく映った。

 

 

(末原さんが、こんなに感情を出して打ってる……でも、負けられない。こっちだってなあ……この日のために、1年間死に物狂いでやってきたんだ!!!)

 

 

 

想いが、ぶつかる。

 

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤五五五2赤5555} ツモ{2}

 

 

張り替え完了。

しかし前巡から手に持っているこの{5}は3人に切れない。

当然のように、ここはカンを選択する。

 

 

 

 

 

「カン……!」

 

 

 

その発声に、ピタ、と咲の表情が止まる。

 

彼女は嶺上牌を知っている。

 

知っているからこそ。

どんな表情をしたら良いのかわからなかった。

 

 

 

 

由華の手は、ツモり四暗刻。

ツモってしまえば、ほぼほぼ決勝進出は固い。

得意とする暗刻手でこの大将戦の幕を引けるかもしれないという期待を抱きながら、山へと手を伸ばす。

 

が。

 

 

 

 

 

ぬるり、と。

 

 

 

絶望が押し寄せた。

 

 

 

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤22五五五} {裏55裏} ツモ{白}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

由華の顔から、色が抜ける。

 

恐る恐る、恭子の手牌へと視線を向けた。

 

 

 

 

恭子 手牌

{裏裏裏裏裏裏裏} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

深く、深く息をつく。

 

 

目を閉じ、天を仰いだ。

 

 

 

恭子は先ほど、回るような打牌をしていた。

明確なターツ落とし。それは由華も理解している。

今この時点で聴牌している確率は低い。

 

とはいえ、当然この牌は切って良い牌ではない。

 

去年の映像が、由華の中でフラッシュバックする。

 

 

 

オリという屈辱に耐えながら、由華がゆっくりと手牌の{②}に手をかける。

 

{②}は全員に通りそうな牌。

 

 

 

白を掴んでしまったからには仕方ない。最後まで、回る選択肢を―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何を日和ってるんだおどれはァ……!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強く、目を開ける。

 

{②}を切れば、この手は終わる。

運良く回れたとして、回れるくらいなら先に役満を和了れている。

 

トップ目だから、オリが最適解?

これぐらいの点差、無いも同然だというのはこの席に座っている自分が一番よく分かっている。

 

これでオリるのが、王者晩成の打ち方なのか?

これでオリたら、あの少し生意気な後輩に、どんな顔で会えばいい?

 

 

 

そして、なによりも。

 

 

 

 

 

 

(これを通せなかったから……!負けたんだろうが!!!!!!)

 

 

 

 

 

 

去年の後悔を、繰り返すのか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチ!!!」

 

 

 

天高く上げた右手を河へと叩きつける。

 

切られたその牌に、咲と豊音が驚愕の目を向ける。

 

 

白。

 

 

到底河に出てきて良い牌ではないその牌は。

 

 

 

 

 

「ポンやあああああ!!!!!」

 

 

 

 

 

恭子 手牌

{24444} {横白白白} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

 

 

恭子の手牌に残った{4}の理由は、由華と同じく切りにくかったから。

 

 

しかしポンのタイミングでカンはできない。

この超ド級危険牌を、3人に対して切ることとなる。

 

しかし恭子に、迷いはない。

 

 

 

 

 

(当たれるもんやったら……!!当たってみいや!!!!)

 

 

 

 

恭子の目に宿る炎は、まったく衰えていない。

 

 

 

全員の危険牌である、{4}を叩きつけた。

 

和了を告げる、発声はない。

 

 

 

 

 

 

 

瞬く間の、全員、聴牌。

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{1333678888999}

 

 

咲 手牌

{①①②②③③1113一二三}

 

 

由華 手牌

{②②⑤⑤⑤22五五五} {裏55裏}

 

 

恭子 手牌

{2444} {横白白白} {中中横中} {発横発発}

 

 

 

 

 

 

4人の視線が、交錯する。

 

 

 

 

約束が、ある。

 

 

自分のため、仲間のため、チームのため。

 

 

 

 

 

 

 

 

((((勝つ!!!!))))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全員の和了り牌は、{2}ただ1枚。

 

 

 


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