ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第88局 凡人は時に天才を殺す

 その瞬間は、一瞬にも感じることができたし、人生で一番長い5巡であったようにも感じられた。

 

 

 全員聴牌。

 全員の和了り牌である{2}は山にただ1枚。

 

 

 緊張の瞬間はあまりにも長く。

 

 しかしどんな局にも、必ず終わりはくるもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 卓に叩きつけられた{2}に、会場の、視聴者の空気が止まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

豊音 手牌

{1333678888999} ツモ{2}

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「4000、8000だよ~……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歓声は、遅れてやってきた。

 

 

 

 

 

『痺れる4人聴牌決着です!!!和了ったのは宮守女子、姉帯豊音!!!!起死回生の倍満ツモで、決勝進出の目を残しました!』

 

『かあ~!!!これで本格的にどうなるかわからなくなったねい!テレビの前の皆も、こっから終局まで目を離すんじゃないぜえ?』

 

『宮守女子の決勝進出条件は満貫ツモ、6400の出和了り、清澄からの直撃なら3900でも条件クリアとなりました!!姫松の末原選手も4000オールで決勝進出まで手が届きます!』

 

『まあ姫松は親番だし?和了り続ける分にはなにも問題ないんじゃね?この大将のコならそうしそうだけどねい』

 

 

 

 

 

 

点数状況

 

1位 晩成 巽由華  108300

2位 清澄 宮永咲  104000

3位 宮守 姉帯豊音  98100

4位 姫松 末原恭子  89600

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恭子が、目を閉じる。

 ついに崖際まで追い込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さあ、凡人よ。

 

 

 抗う術は、残されているか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫松高校控室。

 

 

「あわわわわわ……末原先輩……!」

 

 漫ちゃんが祈るように両手を合わせながら、恭子の大三元成就を期待したものの、麻雀の神様は豊音に、宮守女子に微笑んだ。

 死力を尽くして、捨て身で役満への道をひた走った恭子だったが、それでも届かなかった。

 

 親番だからこそ満貫1回でいい、と思うかもしれないが、スピード型の恭子がこのメンツを相手に4000オールを和了るということがどれだけ大変なことなのかは言わずとも誰もがわかっている。

 

 多恵が、少し目を細めた。

 

 

「大丈夫。恭子、完全に()()()るよ」

 

 多恵の言葉の意味がわからず、漫が首をかしげる。

 漫が回りを見渡してみれば、自分以外誰一人として祈るような表情はしていない。

 

 決して目をそらすことなく、全員が真剣な表情で恭子を見つめている。

 

 洋榎も、笑みを崩すことはない。

 

 

 

「せやな。ええ面や。最後のチャンスってくらいの手を潰された後やっちゅうのに、今自分に与えられた手牌の最善のためにもう頭回しとる。ええぞ恭子。それでこそ恭子や」

 

「ああなった恭子ちゃんはそう簡単には止められへんのよ~??」

 

 

 漫が、2人の言葉を聞いた後、すぐにモニターへと視線を移す。

 そこには、見たこともないほど真剣な表情で配牌を見つめる恭子の姿があった。

 

 その真剣さは、思わず見ているこちらが息をのむほどで。

 

 

「漫ちゃん、よく見ておくんだよ。あの集中力が、恭子が姫松の大将たる所以だから」

 

 

 漫は多恵の言葉に驚きを隠せずにいた。

 

 恭子の表情が、ではない。

 

 

 こんな状況になっても、『恭子の勝利を信じて疑わない3年生3人の態度』に、だ。

 

 

(ウチも、見てきたはずや……!)

 

 漫も、心を切り替えて、画面の先にいる恭子を真剣に見つめる。

 

 漫だって、恭子の努力する姿を近くで見てきた。

 

 

 今はただ、信じよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 千里山高校控室。

 

 劇的な南3局の幕切れ。

 千里山の誰もが予想をしなかった事態が、目の前に広がっている。

 

 姫松高校、まさかのラス。

 

 

「これは……いよいよ姫松が上がってこなかった場合も考慮せんとあかんかもしれないですね」

 

 冷静に場を見極めてそう発言したのは、船Qこと船久保浩子だ。

 

 神妙な顔つきで準決勝の行方を見守るのは、怜。

 

「想像できへんけどな……せやけど末原ちゃん、まだやる気みたいやで。なぁ、セーラ?」

 

 怜の問いかけに応えるのは、男子用の学ランに袖を通した、江口セーラだ。

 

 

「せやな。末原がこのまま終わるとも思えへんし……だいたい、このまま終わるような奴を、洋榎と多恵が大将にしとくわけあらへん。ウチらの竜華が、そうであるようにな」

 

 

 セーラのその言葉に、嘘はない。

 

 恭子の実力を認めているからこそ、竜華にも最大の警戒をさせるつもりだった。

 

 千里山のメンバーが、この長い戦いの決着を見届けようと、モニターを見つめる。

 

 オーラスが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 配られた配牌を受け取って、由華が点数表示を見つめる。

 

 

(幸い、トップでオーラス。……正直、清澄よりも姫松の方が十分厄介なわけだし、このままの着順で終わらせたい。晩成の全国制覇には、それが一番最適解だ)

 

 

 姫松は強い。

 ここまでの戦いを見ればそれは一目瞭然だった。

 

 しかし、一つだけ引っかかる事が、由華にはある。

 

 

(……やえ先輩は、どうしたいんだろうな)

 

 やはり考えるのは、やえのこと。

 

 このまま姫松の先鋒にやられたままでインターハイ団体戦を終えるのは少し不本意なのかなとも思う。

 

 しかし、すぐに由華は考えを改めた。

 

 

(私ができるのは、晩成を勝利に導くこと。そのために、私情は挟まない。全力で姫松を消しに行く……ッ?!)

 

 

 そう考えた矢先だった。驚いた由華の視線の先。

 

 真剣な表情で配牌を理牌する恭子の姿があった。

 

 

(姫松の末原さん……明らかに雰囲気が変わった。まだ……諦めてない。油断は死に直結する。気を引き締めろ巽由華)

 

 

 麻雀は最後までなにがあるかわからない。

 

 由華はこのオーラスを終わらせることに全力を注ぐことを誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ため息もつきたなるよな。

 

 

 どうしてこんな状況になってしまったんやろな?

 

 思い返せば、いつもそうや。

 血のにじむような努力をしたって、圧倒的な『才能』という力に押し切られる。

 最善を繰り返したら勝てる競技であれば、どれほどよかったんやろな。

 

 

 まあ、「それやったらおもんない」。

 洋榎やったらそう言うんやろな。

 麻雀じゃあらへんって。

 

 

 わかってはいるけどな?

 それでも納得できひんもんがあるやんか。

 

 

 ……せやから、ウチにできることなんかせいぜい積み重ねでしかないんよ。

 

 こうして毎回上がってくる配牌とにらめっこして、最速を導きだすことしかよーできん。

 そんなんで毎回勝てたら苦労ないやんな?

 

 ほら、シャキっとしてサイコロ回して頭も回すで。

 そうやってかんと、信じてくれとる皆に失礼やもんな。

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

Q.

 

手牌

{①③⑤⑥⑦⑧一三三四五発発} ツモ{⑥}

 

 

 

 

A.{③}切り

 

 

 カンチャンの選択やろ?{①③}と{一三}の比較。枚数に差がないなら形の変化で優劣つけるしかないやんな。

 {④}ツモと{四}ツモ比較してみい。{④}ツモは既に必要なターツなんやから痛ないやろ。

 一気通貫?せっかくの一向聴やのに和了率下げてまで狙う役やないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

 

 

恭子 手牌 ドラ{2}

{④⑤⑥⑥⑦⑧一三三四五発発} ツモ{二}

 

 

 

「500オールやな」

 

 

 

 

 はあ、せっかくツモれたのに500オールかいな。

 さっきっからアホみたいに跳満倍満飛び交っとるっちゅうに、なんでウチはこう、派手さのかけらもない低打点しか和了れんのやろな?

 

 ……そんな感傷に浸ってる場合でもない……やんな。

 結局凡人のウチにはこんなもんの積み重ねをするしかないんや。

 

 

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

Q.

 

手牌 ドラ{5}

{⑦⑧⑨23四五六六七七西西} ツモ{二}

 

 

 

 

 

 

 

 

A.{七}切り

 

 選択肢は{二}か{七}やろ。

 有効牌は{二}切りの場合は{14五七八西}で、{七}切りの場合は{14三五八}

 一種類多い分{二}切りの方がええって思うかもしいひんけど、枚数は19枚で実は同じやな。

 

 せやったら和了りやすさで考えたらええ。

 {七}切りは必ず平和形になるうえに、複合系でネックになっとる萬子の受け入れが2枚多くなるんや。

 たった2枚の差?……せやな。そうかもしれへん。

 

 けどな。凡人はこうやって、たった2枚の差を埋めていくことでしか、勝てへんねん。

 

 

 

 

 

 

「ロン」

 

 

恭子 手牌

{⑦⑧⑨23二三四五六七西西} ロン {1}

 

 

「1500は1800……やな」

 

 

 リーチを打ちたいんやけど、それで宮守に追っかけられたら目も当てられんやろ?

 平和作ってダマで和了っていくしかないんよ。

 

 八連荘の才能でもあったなら、って思わんでもないけどな、そんなローカルルール使うてへんし。

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

Q.

手牌

{②③23356799七八九} ツモ{赤⑤}

 

 

 

 

 

 

 

A.{赤⑤}切り

 

 完全一向聴やのになんでいらん牌残すんや?

 赤の一翻も平和の一翻も同じやで?

 あとあといらんくなる赤を今残す必要ないやろ。大事にとっておいて放銃なんて目も当てられん。

 筒子の場況ええわけやないし、山にない{④}期待するより、確実に端牌の{①}狙おうや。

 

 

 

 

 

 

 

「ツモ」

 

 

恭子 手牌

{②③12356799七八九} ツモ{④}

 

 

「700オールは……900オールやな」

 

 

 赤残しておけば……なんて。それこそ結果論やんな?

 多恵に怒られてまうわ。

 結局{②}切りリーチなんてせえへんわけやし、いらんドラは未練残さず早めに切るって、漫ちゃんに教えた手前、ウチが残すわけいかんやろ。

 

 それにしても打点ひっくいひっくい。

 これじゃあいつになったら逆転できるかわからへんやんけ。

 

 

 派手な高打点麻雀見た後やから、きっと視聴者の皆もおもんないと思うんやけどな。

 

 嶺の上に花は咲かんし、追っかけリーチも、東南の風もよう吹かん。

 つまらん麻雀でしか、ウチにはできんのや。

 

 

 それでも大将なんよ。姫松の皆が頑張ってくれたのを、ウチが力に負けて全部吐き出すなんて、やってへんやん?

 満貫もまともにツモれん、ドラも集まってこん。染め手すらできん。

 

 せやけど、つまらんとか言わんといて。

 

 これでも姫松の大将なんや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また一つ、積み棒が増える。

 

 まだ自動卓も次の配牌を用意することができないほど、一局一局が速い。

 その様子を、ただただ眺めることしかできないのが、3人。

 

 

 

(((速すぎる……!!!!)))

 

 

 

 

 

 誰も、追い付くことができない。

 ここまでの3局、全てが捨て牌1段目……つまり6巡目までに決着がついている。

 

 なにかされている気はしない。

 咲もカン材の場所はわかるし、豊音も自分の力が働いていることを理解しているし、由華も有効牌を鳴かずに見逃せばしっかりとツモって来られている。

 

 

 それでも。間に合わない。

 速度で勝てない。

 

 

 気付けば震え出したのは、咲の方で。

 

 

(なんで……!?なんでなにもできないの?!)

 

 右目に走った光は今もなお輝いている。

 それなのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《一つ、積み重ねる》

 

《一つ、積み重ねる》

 

 

 

 

 

 

 

 

 和了る打点は、決して高くはない。

 これだけ親に連荘をされていても、まだ局が続いている。

 

 まだ、間に合う。

 

 

 ……そう思って、何局が過ぎた?

 

 

 

 この状況に、焦りを感じているのはなにも咲だけではない。

 由華と豊音も気が気ではないのだ。

 

 

(この……!!!ふざけるな、追い付く!!!)

 

 

由華 手牌

{①②③④⑦⑧5東東東発発中} ツモ{発}

 

 ツモは効いている。

 いつでもこの永遠に続くかもしれない悪夢を消し去る準備はできているというのに。

 

 平均打点14000の彼女が、平均打点4500点の凡人になす術がない。

 

 

 

 

 豊音に関しては局が進むごとに自分の条件が厳しくなっていくことに苦しさを覚えていて。

 

 

豊音 手牌

{③③345788二三四五七} ツモ{八}

 

 

(お祭りが、終わっちゃう……?嫌だ。嫌だよそんなの……)

 

 少しづつ自分の力が弱まってきていることも自覚している。

 南3局の大物手を和了った時には、必ず流れは自分にあると確信していたのに。

 今はもう、とてもではないが自分に流れがあるとは思えない。

 

 

 咲の表情からも、血の気が引いていく。

 

 約束がある。

 姉と話し合わなければいけない。

 

 様々な想いが、咲の胸を渦巻く。

 身体が、負けることを拒否している。

 

 

 

(負けられないんだ!!!和ちゃんと離れ離れになりたくない……!お姉ちゃんと、もう一度話したい!今年しか、今年しかないのに!!!)

 

 絶対に負けられない。負けられないのに。

 

 どれだけ力を行使しても、どれだけ高い手を作り上げても。

 

 たった一人のスピードスターに追いつけない。

 

 

 

 

 今。

 

 大将戦を盛り上げた、才能の塊のような麻雀を繰り広げた3人が。

 

 

 

 

 

 

 この一人の《凡人》に、後れを取っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リーチしよか」

 

 

 

 

 

 

 

 恭子から、ついにリーチがかかった。

 

 

 

 とてつもない化け物がひしめきあった大将戦。

 道中は、奇跡とも呼べる所業である、嶺上開花やら槍槓やらの倍満跳満が飛び交う中で。

 

 

 しかしそんな大将戦の勝利を決定づける最後の和了りが、必ずしも劇的なものであるとは限らない。

 

 

 それもまた、麻雀で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツモや」

 

 

 

 

恭子 手牌

{③④⑤⑥⑦33567七七七} ツモ{⑤}

 

 

 

 

 

 

 

「ツモった{⑤}も赤やないし、そんでもって裏ドラも」

 

 

 寂しそうな表情で、恭子が裏ドラをめくる。

 出てきた牌は、{南}だった。

 

 

「やっぱり、のらんよな。結局ウチには、2回の半荘で1回も満貫以上を和了ることすらできひんかったわけか……」

 

 

 

 

 

 

 

「……3900オールは4400オールやな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それでもな、大将やねん。つまらん麻雀しかできん姫松の大将、って言われてもええ。……でもな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……お前らには、絶対に負けへん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準決勝第二試合 終了

 

 

1位 姫松 末原恭子 113900

2位 晩成 巽由華  102500

3位 清澄 宮永咲   98200

4位 宮守 姉帯豊音  85400

 

 

 

 

 


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