ニワカは相手にならんよ(ガチ)   作:こーたろ

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第89局 戦い、終わって。

 

 

 

 

 

 

『試合……終了……!!!!12時間に及ぶ激戦、ついに決着です!!決勝進出を勝ち取ったのは姫松高校と、晩成高校です!!!まさに熱戦……!本当に最後までどこが勝ってもおかしくない。そんな試合でした……!』

 

『いやあ~……!面白かったねい!最後の最後まで楽しませてくれたよホントに!視聴者の皆も、大満足なんじゃねえの??……ま、この会場の歓声聞きゃわかるわな!』

 

 

ついに、準決勝第二試合は、終局を迎えた。

止むことのない歓声と熱気が、どれだけ白熱した試合だったかを物語っている。

 

 

 

 

そんな会場の一室。

 

純白の制服に身を包んだ少女が、静かに椅子から立ち上がった。

 

 

「……照?」

 

「……それぞれが戦う相手の特徴は整理したよね。早く休もう。……よくわかったでしょ。明日の相手は……強いよ」

 

 

宮永照。

 

インターハイチャンピオンと呼ばれる彼女は、1年生の頃から2年連続で個人戦優勝を果たしている。

その彼女が、明日の決勝の相手を、『強い』と言った。

 

呼び止めた菫が。その場にいた全員が。息をのむ。

 

最後のオーラスは、思わず圧倒されてしまったから。

 

全員が胸に刻まざるを得なかった。

 

いかに照が強くても。

いかに白糸台が強くても。

 

今年の勝利に、安定はない。

 

 

 

しかしその中で、不敵な笑みを浮かべる少女もいて。

 

 

「まあ、確かに一筋縄じゃ行かなそうだけどー……負けるほどの相手じゃないよね?」

 

綺麗な金髪をロングに流したこの少女は、大星淡。

1年生ながらにして、去年の優勝校白糸台の選ばれし5人、「チーム虎姫」に選ばれた逸材だ。

 

その才能は如何なく発揮されており、準決勝でも他を寄せ付けず1位通過を決めている。

 

 

「晩成の方はなんとかなりそうだし?姫松の大将さんもめっためた速いけど平均打点は低いし?」

 

「淡」

 

「なに?テルー?」

 

 

淡の言葉を途中で遮ったのは、やはり照だった。

 

 

「油断さえしなければ……あなたが一番強いよ」

 

「……そっか」

 

淡は照に懐いている。

だからこそ、照からの正直な言葉に素直に喜んだし、暗に「油断をするな」と言われているのも理解ができた。

 

 

「勝とうね、テルー」

 

「そう、だね」

 

背中越しに、淡へ返事をした照。

 

その背中は、今何を思っているのか。

 

付き合いの長い菫さえも、つかみかねていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう一校。

準決勝第二試合を見届けたチームがある。

 

 

「せや……そうでなくちゃおもんない!!せやろ?!洋榎!多恵!やえ!」

 

勢いよく椅子に右足を乗っけて。学ランをたなびかせて最高の笑顔で叫ぶのは、やはりと言っていいほどにセーラだった。

 

そんな彼女を、モニター前のソファで竜華に膝枕してもらったままの怜が苦笑いでたしなめる。

 

 

「もう夜やでセーラ……それにな?そのセーラの幼馴染のつよーい人を2人も相手せなアカンのはウチなんやで?」

 

「なんや、弱気なんか怜??別に俺のことは気にせずアイツらぶっ飛ばしてええんやで?」

 

「そんな、『ショートサイズやなくてトールサイズにしてもええんやで?』みたいに言われてもな……」

 

セーラの満ち溢れるやる気に、怜は押され気味だ。

 

準決勝の結果を踏まえて、船Qが全員を見渡して話をまとめる。

 

 

「明日は、相当厳しい戦いになります。それぞれが準決勝の課題を意識した上で、明日の決勝に臨みましょう」

 

「せやな。そもそも、ウチらは準決勝で白糸台にやられてんねん。白糸台を倒せなきゃ、優勝はないんや」

 

竜華も準決勝の記憶が蘇るのか、少し悔しそうに手元を見つめた。

 

千里山女子は2位通過。

準決勝第二試合を勝った2チームも重要だが、白糸台を倒せなければ千里山に優勝はない。

 

 

「それぞれに、データ班が用意してくれた対戦相手の特徴やクセ、打ち筋を記した資料を配ってます。先鋒の園城寺先輩は夜のうちに目を通して置いてください」

 

はーい、という全員の返事と共に、それぞれが明日の対策を話しながら散っていく。

 

 

その中で一人、椅子に座ったまま1枚の紙を睨みつける1年生がいた。

 

紙には、対戦相手である姫松高校の「次鋒」の名前が刻まれている。

 

 

上重漫。

姫松高校1年生。

 

今日の準決勝で、一躍名を全国に轟かせた1年生。

 

自分と、同じ。

 

 

 

(負けへん……絶対に、負けへん……!)

 

 

いつもの陽気な笑顔は無い。

 

 

くしゃくしゃになった用紙を握りしめて。

 

二条泉は席を立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああん!!ありがとうございましたああああ!!!!」

 

対局室に、大き目の泣き声が響く。

長い身長を背もたれに預けながら、全力を出し切った姉帯豊音はこれでもかと涙を流していた。

 

 

「ありがとうございました」

 

深々とお辞儀をして。

その場を後にしようとする恭子。

 

その背中に、声がかかる。

 

 

「末原さん!」

 

振り返れば、こちらを真っすぐ見つめる由華の姿。

 

 

「明日は……負けません」

 

リベンジを誓う。

 

オーラス、何が起こっているのかもわからないままに、圧倒的速度で由華は恭子に敗れた。

明日の決勝。この雪辱は、必ず果たす。

 

そして負けられないのは、当然恭子も同じなわけで。

 

 

「……ウチも、負ける気はあらへんで」

 

 

そう言い残して、今度こそ恭子は会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

椅子に座ったまま立てないのは、清澄の大将、宮永咲。

 

目から光を失った咲が、自動卓の点数表示を永遠に眺めている。

 

 

(負け……負けたの?おしまい?和ちゃんとも、お姉ちゃんとも、お別れ?……)

 

敗退。

 

絶対に勝たなければいけなかったはずの準決勝。

しかし咲に叩きつけられた現実は、『敗戦』という絶望だった。

 

 

「……宮永」

 

名前を呼ばれた気がして、虚ろな目を上げてみれば2回戦から何度も戦った、晩成の大将の姿。

 

 

「私達と“あの人”にあった明確な差ってなんだと思う?」

 

「……え?」

 

恭子がいなくなった先を目で睨みつけながら。

由華が言った言葉の意味を、咲は理解できずにいた。

 

差?

力が足りなかった。

全てを倒すだけの力が自分に無かった。

それ以外のなにものでもないのではないか?

 

様々な疑問が、咲の頭をぐるぐると回る。

 

由華が、話を続ける。

 

 

「……“想い”の差。決勝に行くんだ、って。勝つんだ、っていう“想い”が、ここ一番の勝負に差が出たようにしか見えなかった。……だからこそ私自身、すごく悔しい」

 

 

由華が放ったその言葉を咲が理解するのに、2秒、いや3秒ほど時間を要した。

しかし、理解が及べば、感情が爆発する。

 

 

「そんなの……そんなはずないよ!!だって私は……!こんなにも和ちゃんと離れ離れになりたくなくて……!!お姉ちゃんと会いたくてッ……!!」

 

感情が堰を切ったように溢れ出す。

“想い”で自分が負けるはずがない。

そんなことはあり得ない。いっそ純粋な力で負けたと言われたほうがどれだけ納得ができるか。

 

 

「じゃあ宮永。」

 

 

由華が、恭子が消えた出口から目を離さずに、そのまま言葉を紡ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「それは、いつからだ?」

 

 

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

咲が、言葉に詰まる。

 

 

 

 

「宮永は、あのオーラスに何を感じた?絶対に負けたくないっていう私と宮永と姉帯さんの強い”想い”をもってしても、追い付くことすら許されなかったあのオーラスに、何を感じた?」

 

 

返す言葉がない。

それは、間違いなく咲も感じていたからで。

 

「末原恭子」という姫松の大将の、3年間……いや、麻雀人生の全てを。

 

 

 

「……末原さんも、そして、ウチのやえ先輩も。去年と、一昨年と。死ぬほど悔しい思いをして。血のにじむような努力を繰り返して、ここに座ってた。……とてつもない努力と想いで、確かにあの人はここに座ってたんだ」

 

 

奇しくも北家は、やえと恭子が座った椅子。

 

今も溢れるほどの熱が、その椅子に残っているようで。

 

 

少しだけ椅子を眺めた由華が、もう一度咲に振り返る。

 

 

 

「宮永。あんたは強いよ。おそらく、今年のインターハイに出てる1年生の中で1、2を争うほどに。……また、やろう」

 

 

それだけ言い残して、由華も階段を降りていく。

 

 

 

涙で視界が歪む。

 

もう少し早かったら。

麻雀で、誰かと共に勝ちたいと思うこの気持ちが、もう少しだけ早く発露していたら。

 

 

 

 

 

何故だろうか。由華と入れ替わるように階段を昇ってきた親友の顔が、よく見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恭子」

 

 

ふと、前を向いてみれば、そこには今一番会いたいと思っていた少女がいた。

 

ニヤリ、と、精一杯の笑顔で恭子が笑う。

 

 

「多恵……見たやろ!ウチは、やればできるんや」

 

「知ってるよ。恭子はすごい強いもんね?」

 

見たかった笑顔は、こんなにも晴れ晴れとした気持ちで見ることができた。

それだけで、報われる。

 

 

 

多恵からすると、いつも通りの冷静沈着な彼女のように見えていたが。

 

 

 

 

ふと、気付く。

 

恭子が廊下の手すりにつかまり、足は小さく小刻みに震えていること。

 

瞬間。恭子は多恵に会えた安堵からか、体が前のめりに倒れる。

 

慌ててそれを多恵が抱き止めた。

 

 

 

「ははは……なんや、だっさいなあ……これじゃあ洋榎に……皆んなに、笑われてまうな……」

 

「いいや……恭子はカッコ良いよ。……最高に、カッコ良くて、強いんだ」

 

 

か細い声で笑う恭子の背中を、多恵がポンポン、と軽く叩く。

 

 

精神をボロボロにされた前半戦。

 

休憩中に元気をもらったとはいえ、最後まで決勝進出できるかどうか怪しい状態だったのだ。

恭子の精神的疲労は、測り知れない。

 

寄せられた期待。責任。

メディアからの注目。

チームメイトからの信頼。

 

故の、重圧。

 

 

今年にかける想いが大きいからこそ、『負け』への恐怖が大きい。

ほとんどの人間は、押しつぶされてしまうほどに。

 

そうだ。忘れてはいけない。

 

この少女は、どこまでも《凡人》なのだ。

 

 

 

「控室で少し休んだら、善野監督に報告に行こうか」

 

「せやな……こんな体たらくのままやったら……皆にも、善野監督に会えんわ」

 

 

だから。

 

 

今はもう少し、このままで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会場を後にした由華は、早くも頭の中で反省を繰り返している。

 

2位での決勝進出。

やえに届けるはずの最高の勝利は、とても最高と呼べるものではなくなってしまった。

 

 

(末原さん……強かった。あれだけの覚悟を持った打ち手は、本当に強い)

 

初めて相対した常勝軍団姫松の大将は、映像で見るよりもずっと強かった。

 

一部では華がない、などと評価されているようだったが、由華からしてみればとんでもない。

 

あれだけの覚悟と努力が釣り合った打ち手はほとんど出会ったことが無い。

 

それこそ、由華が忠誠を捧げるあの先輩のような……。

 

 

 

 

「由華」

 

考え事をしていたら、目の前に特徴的なサイドテールが、ぴょこりと揺れていた。

憧れの先輩が目の前にいることに、遅れて気付く。

 

 

 

「すみませんでした!!!」

 

まず、謝罪しなければならない。

 

突然頭を下げた由華だったが、やえはそんな由華の頭を上げさせる。

 

 

「いいのよ。決勝進出できたんだから。お疲れ様。いい戦いぶりだったわ。……強かったわね。姫松」

 

「……はい」

 

 

相応の覚悟を持って挑んだ準決勝。

しかしそれでも、姫松を倒すには至らなかった。

 

その事実を、2人で噛み締める。

 

 

けど、と付け加えて、やえが由華の背中を叩いた。

 

 

「勝てない……なんて言わないでしょうね?」

 

 

 

その目は、もう既に次を見据えていて。

 

そうだ。そういう人だからこそ、由華は絶対についていくと誓ったのだ。

 

 

 

「もちろんです……!」

 

 

想定通りの解答に、やえが、笑顔を見せる。

 

 

「良い返事ね。じゃあ、明日はお互いリベンジといきましょうか」

 

 

「はい!」

 

 

晩成高校初の決勝進出。

 

しかしそれでも、満足などするはずもない。

 

晩成の王者が、真の王者になるためには、明日の勝利が絶対だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その2組が、出会う。

 

出会ってしまう。

 

 

由華を引き連れたやえと、恭子を抱き留めたままの多恵の視線が、ばっちりと合う。

 

 

 

「「あ」」

 

 

 

 

静寂。

 

多恵の方を向いている恭子と、やえの後ろにいる由華は事態を理解できていない。

 

 

やえが額に、ありありと青筋を浮かべていた。

 

 

 

「多恵なにしてるのかしら????」

 

「え、いや、別に、なにも?」

 

「こ、小走?!な、なんでここに」

 

「やえ先輩どうしたんですか?ああ!倉橋多恵!?そして末原さん!!」

 

 

瞬く間の混沌(カオス)

 

 

今戦いを終えたばかりの相手に醜態を晒すのは流石に恥ずかしかったのか、恭子がすぐさま多恵の後ろに回り込む。

 

その様子を、心底機嫌が悪そうにやえが睨みつけた。

 

 

「へえ~……多恵、末原と随分と仲良くなったみたいだけど、そういうことだったのね……」

 

「なっ……!ちゃうわ!変な勘違いするんやない小走!たまたま転びそうだったのを助けてもらっただけで……!」

 

 

先ほどまでの真剣さはどこへやら。

 

 

高校を背負って戦う、敵同士の雀士ではなく。

 

今は年相応の少女たちがそこにいた。

 

 

「やえはほんと……お子ちゃまだなあ……」

 

「お、お子……!は、はあ?!いいわ!明日と言わず今あんたをぶっ殺してあげるわよ多恵!!!」

 

「やえ先輩ハグしたいって本当ですか?!!?今しましょう!私と!今しましょう!!今!!!ほら!!」

 

「由華はくっついてくるなあああああ!!!!!」

 

 

 

わちゃわちゃと。

 

戦いの後とは思えない騒がしさのその場所に。

 

 

複数の影が近寄ってくる。

 

誰かが来たことを感じて、4人も動きを止める。

 

先頭にいる少女を、見間違えるはずもない。

長身にハットをかぶった特徴的な少女。

 

 

 

「お、お邪魔だったかな~?」

 

豊音の後からついてくるのは、宮守女子のメンバー。

 

 

「ええ~……もしかして、修羅場?」

 

「ダル……」

 

「きもちわるい!!」

 

 

 

てんやわんやだった4人が、宮守女子のメンバーが来たことに気付く。

 

 

よく見てみれば、後ろには清澄の1年生トリオもいるようで。

 

 

「先生……こんばんは……」

 

「のどちゃん咲ちゃん。これは修羅場の予感だじぇ……!」

 

咲の顔色は決して良くはなかったが。

それでも隣で手をつなぐ2人が、しっかりと咲を支えている。

 

 

やえに胸倉を掴まれていた多恵が、先頭にいる豊音に声をかけた。

 

 

「あれ……?宮守女子の方々……それに清澄の宮永さん……原村さんや片岡さんまで……どしたの?」

 

 

多恵の言葉に、もじもじし出した豊音。

 

塞と胡桃に急かされて、豊音が4人の前に出る。

 

手には、4枚の色紙が握られていた。

 

 

 

「サイン、くれませんか……!」

 

どうやら清澄のメンバーも、豊音に色紙を頼まれたようで。

 

 

きょとん、とする4人。

 

恭子と由華も、きっちり4人分あることに驚きを隠せず。

 

 

 

顔を、見合わせる。

 

 

頭を下げた豊音の手は震えていて。

勇気を振り絞って来たことは容易に察することができた。

 

 

だから。

 

 

4人は笑顔でその色紙を受け取る。

 

多恵が、豊音の手を取った。

 

 

 

「よろこんで!」

 

 

 

 

 

 

程なくして、その集団はまた騒がしい一団となってしまったが。

 

 

 

 

準決勝第二試合は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







原作の恭子のサイン、ひどすぎません?


こんばんは、ASABINです。

ここまで『ニワカは相手にならんよ(ガチ)』を読んでくださり、ありがとうございます!
おかげさまで、準決勝を終えることができました。

感想、評価を下さる皆さんのおかげです!

次回から、いくつか閑話を挟み、次章へと入っていきます。

まだまだ、この作品でやりたいことはたくさんありますので、引き続き応援していただけると嬉しいです!

では、これからもよろしくお願いしますね!


ニワカは相手にならんよ!


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