世界的に見て、エストニア共和国はさほど知名度のない国だろう。日本においてはバルド三国の一角、といえば歴史に賢い者ならば伝わるかも知れないが、やはり北欧という括りではスウェーデンやデンマーク、フィンランドという国々と比べるとエストニアの知名度は低いと言える。
しかし近年はIT技術の発展に伴い、様々な先進国からIT分野における企業進出が行われており、今IT分野で注目を集める国として欧州では評価されている。
また、その強みを生かすためにITを行政に導入する電子政府の設置や早期のIT教育など電子分野に国家全体として力を入れており、IT先進国家として知名度を徐々に伸ばしている。IT分野の急激な発展の背景には第二次大戦時にエストニアを併合支配した旧ソ連、ロシア連邦への牽制と警戒が含まれているものの、そういった政治的事情を抜きにIT技術を用いた新たな国家形態の有り様、モデルケースとして、エストニア共和国は好意的な視線で見られていた。
「……すうー、はあぁ………」
エストニア共和国が首都タリンの一角に造られた小さなカフェ。
そこには緊張を解すように深呼吸を繰り返す少女がいた。
「下手に出すぎず、畏まりすぎず……でも不敬にならないように……」
人が概ね描く中世ヨーロッパのイメージをそのままに残す首都の様相を背景にブツブツと独り言を呟く少女の名はティウ・マルティン。
ドイツ騎士団から吸収された後、分団されたリヴォニア帯剣騎士団に所属する魔術師であり、騎士である。
彼女が緊張しているのは今日この場所が『王』との謁見が行われる場であるから。まだ若手で未熟な二流騎士だが、それでも栄えあるリヴォニア帯剣騎士団の顔としてこの場に臨んでいるからにはヘマをする訳にはいかない。
──特に北欧ではあまり馴染みのない、かの王らとの会談ともなれば。
伝聞ではあるものの、彼らの恐ろしさは北欧の辺境、エストニアまで轟いているのだ。
「──はぁい。貴女がリヴォニア帯剣騎士団派遣された騎士さんね?」
「は、ひゃい……!?」
ぶるりと恐れに身を震わせているティウに対して不意に声が降りかかる。
思わぬ出来事に情けない悲鳴を漏らす。
驚きながら恐る恐る声の方へと目を向ければそこには一人の女が……。
「は、はは、はははは……初めまして、本日は我らリヴォニにゃ騎士団の申し入れに応じてくださりまして誠に恐悦次第にございましてあり、あり……!」
「あははは、これはまた随分と可愛い騎士様ね! そう緊張に畏まらなくても良いわよ。いきなり獲って食おうなんてマネはしないから。礼儀の方も三百年近く居座っているご老体や中二病拗らせた中華ゴリラと違って私は別に気にしないしね」
緊張のあまり、噛み噛みながら訳の分からない文法で挨拶をするティウに対して相手の女はカラコロと耳触りの良いアルトボイスで笑いかける。
開口一番の挨拶には思いっきり失敗してしまったものの、第一印象はどうやら好意的なものとなったようだ。
その事実を半ば熱でショートした思考回路がたたき出すとまずは安堵の念にほっと知らず息を吐く。
「あ、これは別に貴女が怖くて団のみんなが私に大役を押しつけてきたからプレッシャーに今にも死にそうだったとか、そういう理由のため息じゃなくて、そう! ただ緊張しまくっていたけど、思ってたより優しそうで良かったとかそういう類いの息であり決して、貴女に対して含みあったモノでは無く……!」
「くく、オーケー。大体分かったわ。貴女本音が隠せないタイプね」
ティウの思いっきり本音が暴露されている弁明を聞きながら女はくぐもった笑いを漏らしながらティウの性格を把握する。
交渉役としてはあまりにも致命的だが、本人の口から出た自己申告によるところ、自分との会合を怖がった年上騎士たちの間で役目がたらい回しになった挙げ句、若輩者のティウの元まで巡り巡って、仕事が回ってきてしまったのだろう。
不運なことこの上ないが、畏怖を隠して上っ面だけ媚びへつらうようなよく居る会談相手でないことは女にとっては幸運だった。
何せ、そういう相手は正直嫌いだから。本音を隠すようなタイプの人間は唯我独尊に己が道を往く彼女とは相容れないのだ。
だからこそ、逆によくも悪くも本音で語ってしまうティウの性格は可愛く映る。
「うん、いいでしょう。貴女が相手ならお願いを聞いてあげるのも吝かじゃないわ」
「ふぇ?」
女の言葉に首を傾げるティウ。
まさか目の前の女が内心、態度次第では即踵を返そうなどと思っていたなどとはつゆ知らずの、小動物のような態度だ。
それがまたいっそ可愛らしかったものだから女は微笑を口元に浮かべながら先送りになっていた己が名を少女に告げる。
「──改めて。初めまして騎士のお嬢さん。私は神上御先。気軽に名前で呼んで欲しいわね。何ならお姉ちゃんって呼んでも良いわよ?」
神上御先──世界に君臨する八つの王冠が一つ。
極東生まれの王者は故郷から遠く離れた地にて騎士の少女と邂逅す──。
………
………………。
「──さて……じゃあ早速だけど話を聞きましょうか?」
コトン、とコーヒーカップを置きながら御先が口を開いた。
初対面から十数分。目の前の少女が落ち着く頃合いを見計らってから開口一番、御先は本題へと切り込んだ。
御先の計らいで、まずはお茶をすることで雑談をすることで落ち着いたらしいティウもまた御先の言葉に小さく頷いて、この場が設けられた
「本日、御先さんにご足労戴いたのは他でもありません。我らリヴォニア騎士団、ひいてはこのエストニアを襲う重大事変を解決するため、そのお力をお借りしたいと思ってお声を掛けさせて戴きました」
「それは聞いた。というより見た。要するにアレでしょう?」
御先が窓に視線を向ける。
カフェの外から見える首都の街並み……ではなく、その頭上。
曇天覆う稲光が不気味な暗い空を。
「先月から空を覆い続ける謎の曇天と絶えることのない雷の光と轟音。四月も始まったばかりだって言うのに幸先の悪いことこの上ないわね。と……ただの気象現象であるならば安心できたんでしょうね」
「はい。ですが、これは気象現象などではありません。首都タリン近郊のみならずエストニアを中心に広がり続ける雷雲は明らかに不自然な流れをしてますから。三日前なんかは北から強い風が流れ込んできたというのに雨が降るでも雪が降るでもなく、ただ雷雲が広がるのみ。そして気流の流れに問わず、雷雨はエストニアを
そう、これがただの気象現象ならば大気の動きに伴って、気象状況を絶えず更新し続けているはずなのだ。如何に天気が悪いとはいえ、特別な事情もなしに一月間まるまる同じ気象状況というのはどう考えても不自然だろう。
何らかの怪異であると見たエストニアの魔術組織、リヴォニア騎士団が調査を行った結果、エストニア第三の都市ナルヴァにて、異常の元凶と思わしき現象が観測されたのだ。何でも……。
「ロシア領との境に流れるナルヴァ川を境界線にするかの如く、落雷が絶えず地上を襲っていて、まるでロシアとエストニアを隔てるような動きをしていると」
「へえ。それはまた随分とあからさまな。そのことは何時?」
「つい先週のことです。調査自体は三月の終わりにはスタートしていたらしいのですが、何でも直接現地に趣いた調査員はどういう訳か度々落雷に直面し、調査後の記憶を失うという事態が発生していて……何かあるとは分かっていたんですが……」
「対策諸々を行って裏取りを取れたのが先週、というわけね」
「はい」
リヴォニア騎士団とて、エストニアを代表する魔術組織としてそれなりに人材が揃っている。例え、魔獣かより高位の神獣による異変であっても調査するだけで数週間という長期間を必要とするほど人材乏しい組織ではない。
イタリアを代表する『七姉妹』の一角《赤銅黒十字》や欧州にて魔術的権威を持つ『賢人議会』と比べれば、劣るものの、大抵の怪異であれば国内の戦力だけで即応できるはずだった。しかし、事態はこの通り長期化している。
何故か、理由は簡単だ。魔獣や神獣などとは及びもつかない、国内戦力ではどうしようもない遙かな格上が、事の元凶だったからである。
「そう。今、エストニアには間違いなく、『まつろわぬ神』が降誕しております。それも天候を自在に操るほどの極めて強力な雷神です」
──まつろわぬ神。
人が伝聞していた本来の神話の流れに逆らい、神話無き旧き時代の姿、形を取り戻さんと地上を彷徨う神格は『まつろわぬ神』と呼ばれるのだ。
それは地上に顕現する意思ある災厄。人ならざる超常のモノ。流浪する神の摂理。
本来の姿を取り戻そうとして放浪する彼らは往々にして、地上の人々へと災いを齎す。太陽の神であれば灼熱の世界を呼び覚まし、冥府の神であれば疫病を蔓延させるというように。ただ通り過ぎるだけで世界に影響を齎すのだ。
意思の有無に関わらず、彼らは彼らであるだけで天災を起こす。
そしてそれら不条理に抗う術を人々は持たない。例え高位の魔術師や聖騎士であっても神である彼らを打倒する手段は持ち得ない。故に無力。
リヴォニア騎士団は原因をおよそ把握していながらも対応が出来ずにいた。
「つまるところ私に声が掛かったのは援軍要請って訳ね。場所も元凶も分かっているから後は対応だけよろしく頼みますと」
「はい……まこと勝手な申し入れであることは重々承知です。私たちとて騎士。本来であれば民衆の守り手として死力を尽くして災禍の原因を打倒すべきであることも分かっております。ですが……」
「相手が『まつろわぬ神』である以上、どうしようもないか。……でも懸命ね。自分の背丈をキッチリ把握しているわ。これで騎士としての誇りがどうたらで奴らに突っ込んでいっても犬死にですもの。私に話を持ってきた辺り賢いわ──因みに参考にだけど『まつろわぬ神』に挑んでやる-ていう命知らずは居たの? 居なかったの?」
「まさか! 魔獣か神獣ならばともかく『まつろわぬ神』に挑もうなどと言うものはいません! 普段は血の気の多い方々も『まつろわぬ神』が相手ではどうしようもないことは分かっていましたから。精々が非常時に備えて、最悪、国民を国外に逃がすための手はずを整えていたぐらいで……」
「へえ、そこでそういう発想が出来るのね。うん、悪くないわ」
まさか、とぶんぶんと手を振るティウ。
人によっては情けないとも、言われるだろうティウの言うリヴォニア騎士団の動きは御先から見てもいい対応だと感じる。
そう、まつろわぬ神は原則、人ではどうしようもないのだ。
何故彼らが天災と言い換えられるのか。それは文字通り彼らが天災に比する理不尽だからに他ならない。
突然、火山が噴火したら。嵐が到来したら、津波が、隕石が落ちてきたのなら。
果たして人はこれに対して何かアクションを起こせるだろうか。
避難程度ならば出来るだろう。
予め備えることも出来るだろう。
しかし元凶そのものをどうにかすることなど出来ない。
避雷針を造るなり、防波堤を造るなりが限界だろう。
人は天災に対して乗り越えることは出来ても抗うことは出来ないのだ。
来たる嵐を、人為的にどうにかしよう。
そんなマネが出来るのは恐らくずっと未来の話か、あり得ざる架空の物語。
今を生きる人間に、直接、天災をどうにかする手段はない。
まつろわぬ神も同じだ。
人の
そういう存在である以上、人ではどうしても抗えない。
例え、リヴォニア騎士団に勝る戦力と知識を保有する《赤銅黒十字》や『賢人議会』とて、この難局を乗り越える術を持っていないだろう。
──だからこそ、リヴォニア騎士団は彼女を召集した。
今から三十年前にアジア圏に誕生した四番目の王冠。
恐るべき《鋼》の英雄を打倒し、人にして人類を超える力を手にした王者。
自由気ままに世界を渡り歩き、特定の場所、組織、地位に固執することなく、まつろわぬ神が如く放浪し、気ままに力を振るう放浪の王。
人類最強の戦士、神上御先に。
「どうか我らにお力添えを頼み申し上げます! 私たちには貴女の力が必要なのです!」
深々とティウが頭を下げる。
その懸命な想い、彼女の誠心と願いに対して御先は。
「いいわよ? 私も暇してたし。あ、でも報酬はきっちり戴くから。そこんところよろしくねー?」
呆気なく、いっそ頼んだ側が呆然とするほどに、一声で快諾したのだった。
今作はバトルメインでいきます。
無理に恋愛要素だの政治だのをぶち込むとだる……難しくなるので。
目指せ、傍若無人系神様殴ろうぜファンタジー。