神天地より   作:アグナ

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北欧雷神③

 ──日本の八百万信仰に限らず、世界には多くの神が存在している。

 

 それは光の神であり、天空の神であり、大地の神であり、火の神であり、豊穣の神であり、戦いの神であり、死の神であり──。その種類は千差万別、神話や宗教や民話の垣根を越えて類似した信仰、類似した神々は世界に数え切れないほどに存在している。

 

 絶対者である神々、君臨者である神々。

 彼らは神話世界において人を、生命を、世界を統べる管理者であり、気まぐれに恵みを与え給う信仰を捧げるに相応しい存在であるが……。

 時として神々は神話世界より降誕して地上を流離うことがある。

 

 原点であり、原典である己が神話に背き、地上で気まぐれに災いを齎す流浪する神を人は『まつろわぬ神』と呼ぶ。そして、こうなった神は善なるモノであろうとも悪なるモノであろうとも関係が無い。地上を生きる人々にとって顕現した流浪する神とは災いであり、即ち災害である。

 

 嵐の神が降臨すれば天災が。

 海の神が降臨すれば津波が。

 地の神が降臨すれば地震が。

 此れこの通り神を神たらしめる“権能”が世界を覆い、災いをまき散らす。

 

 それに人が抗う術など無い。

 天地を襲う災害を予期できでも防げぬように。

 如何に科学が発展しても人の知恵は天災には及ばないから。

 

 故にこそ。《彼ら》は特級のイレギュラーとして君臨する。

 人に抗えぬ絶対の災害に抗い、神の力を……。

 “権能”を簒奪し、掌握する神に対する凶星。

 人より生まれ、人にあらざる最強の戦士達。

 人類を代表し、神に抗う(チャンピオン)

 魔術師たちはかの者らを畏怖と畏敬の念で以てこう呼んだ。

 

 神の権能を簒奪せしめる戦士────“神殺し(カンピオーネ)”と。

 

 

 

 

 『まつろわぬ神』は危険な存在である。

 しかし同時にそれを唯一殺すことの叶う《王》もまた危険な存在だ。

 君臨する王冠は極東に誕生した新王含め、現在は八つ。

 

 最古参の王で四年前の戦いの手傷から休眠状態にある()王。

 即ち、サーシャ・デヤンスタール・ヴォバン。

 

 中国の武林と魔導を統べる女傑、二百年を生きる貴人。

 即ち、羅濠教主。

 

 その魔貌と魔性で混沌を齎す歴史を跨ぐ魔女。

 即ち、アイーシャ夫人。

 

 魔術結社『王立工廠』を率いる若き知識の探求者(フリークス)

 即ち、アレクサンドル・ガスコイン。

 

 ロサンゼルスに潜む正体不明の怪人、民衆の守護者(ヒーロー)

 即ち、ジョン・プルートー・スミス。

 

 剣に生き、剣で以てイタリアを統治する求道の愚者。

 即ち、サルバトーレ・ドニ。

 

 極東に誕生した二つ目の未熟な王冠。

 即ち、草薙護堂。

 

 そして……風の如くに生き、風の如く去る傍若無人の旅人。

 四つの神を下し、従える覇者──神上御先。

 

 彼らは皆、人にして神を超越した人類史上稀なる覇者であり、絶対最強の王ではあるが、同時にその本質は戦士である。

 つまりは根が戦うモノであり、本能が闘争を求める愚者なのだ。

 故に彼らは総じて我が強く、気まぐれで、暴君だ。

 

 時として『まつろわぬ神』にも似た傲慢なる気質で以て、世界に混沌を振りまく彼らは制御不能の暴風と何ら変わりなく、人類に味方するというただ一点で以て流離う神々と区別される。言わば人知及ばぬ者として両者はある意味同格なのだ。

 

 人であるが人ではないとはそういうこと。

 彼らは人にとって味方でこそあるものの、英雄でも救世主でもない。

 神を穿つ対極の暴力──魔王である。

 

 だからこそ、勘違いしてはならない。

 思い違いを起こしてはならない。

 あくまで神殺しは神を殺す戦士であり、救い主ではないのだと。

 

 そして──人は怖がりである。

 恐ろしいものには怯え、萎縮し、畏敬し……。

 裏では常に対策を講じる、智慧持つ強欲の者たちだ。

 

 獣が恐ろしいならば銃と罠で絶滅させる。

 人が恐ろしいならば潜ませた悪意で殺す。

 国が恐ろしいならば暴力で支配を強いる。

 

 そして、神や魔王が恐ろしいならば……。

 対抗する手段を求めてしまうのが人故の傲慢であり愚かさである。

 ならばこそ偏に彼らが悪いとは言うことは出来ない。

 

 元来、人とは強欲にして傲慢な愚かな徒なれば。

 愚かさ故に愚行を講じるのは人の持つ業なのだから。

 

「──少佐。儀式の準備、整いました」

 

 防寒対策のされた軍服を纏う男が敬礼と上司に告げる。

 一人着々と進む儀式を険しい目で眺めていた男……。

 『少佐』はその声を受けて重々しく頷き、口を開いた。

 

「ふむ。ご苦労」

 

 部下である下級軍人に告げ、彼は儀式所を見渡した。

 四方を囲うよう突き立てられた樫の木の柱。

 中央には火が焚かれ、その火に巨大な石像が照らされている。

 

 儀式所というには些か簡素であるものの、石像を前に焚かれた火の周りには魔術師であれば瞠目する神具が幾つも備えられていた。

 樫の木の枝に、山羊の皮、斧に車輪……どれも魔術的な意味合いにおいては至高の品であり、これらがあるだけで儀式所は不思議な荘厳さに満ちる。

 

 さらに簡素な儀式所にて膝をつき、祈りを捧げるのはどれも尋常ならざる魔力を秘めた魔術師や魔女たちだ。彼らは秘密裏にロシア軍の無神論者たちがかき集めた、東方正教会に属さない神の実在を知りながら神を信じない者たち。

 そしてそうでありながら強力な魔力と魔術を極めた精鋭である。

 

「魔術を使う魔術師に魔女、加えて『まつろわぬ神』に神殺しか……ふ、とんだ御伽話。まともに聞いて信じる者など無垢な少年少女ぐらいだろうよ。そしてその御伽話のためこうも我々が躍起になって集い、本気になるなどと」

 

 自身の滑稽ぶりに思わず失笑する少佐。

 軍人という何処までも現実を突き詰めなければならない身分の己が、よもや神やらそれを殺すものたちの実在を信じ、対策を講じるこの絵図。

 それがどうしようもなく可笑しかった。

 

「……少佐はまだ信じられませんか?」

 

「いや、君たちの言うことは事実なのだろう。今回の件に際して、私は正規のルートから上官にひいてはロシア政府に命令を受けたし、論法の根拠足る魔術も、それを扱う者も直にこの目で確かめた。神の実在などとても信じられないものだが、少なくともそれに類する者がいることも正しく理解したとも」

 

 だが、理解したからといってそれを実感として得るかは別だ。

 実際に見て、体験してもにわかに信じがたい事もある。

 ある日、突然魔法がありますなどと非常識を言われてもあくまで常識に生きる己にはピンと来る話ではない。それが神やら魔王やらとあれば尚のこと。

 

「とはいえ、これも任務だ。君らが言うところの魔術社会の情勢やら政治などは知らぬが少なくともロシア正教会の意向を置いて尚、政府が警戒するだけのことであり、対策を講じる必要があることなのは理解している」

 

 ──ことの発端はリトアニアに潜り込んでいるロシア政府お抱えの魔術師たちが偶然現地で発掘に成功した儀式所の中央にある石像にある。

 

 アレこそ魔術師たちが言う所の神体……いわゆる嘗て地上に君臨した神の残骸であり、『骸』であるというのだ。

 神の骸……竜骨とも呼ばれる代物を偶然に発見し、発掘した魔術師たちは真っ先に政府に対して報告を行い、稀少なそれを秘密裏にロシアへと持ち込んだ。

 

 当初は発見された神秘的遺産はロシア正教会の秘密機関に受け渡し、きちんとした調査と管理をするのが伝統であるのだが……ロシア政府に属する一部の高官。

 それが待ったを掛けたのだ。

 

 “此れは地上に残った神の残骸”

 “であれば、此れを用いれば神々を将来することが出来る”

 

 そう……意図的に神々を地上に降ろす儀式。

 『神々招来の義』──この神体を用いればそれが叶うと囁いた。

 

 ロシアは他国と比べれば魔術面でやや後陣を配する。

 古からあるイタリアの騎士団や英国にて設立された専門議会など各国がその歴史と特色を持った魔術結社を抱えているのに比べ、ロシアは教会の意向が強いためにどうしてもそういった魔術結社が起こりにくい傾向にあるのだ。

 無論、シベリアには数こそ少ないものの魔女の系譜を繋ぐ者たちが現存しているし、嘗ての歴史からローマやギリシアに大きな影響を受けたクリミア半島などにはそれなりの魔術名家もある。

 

 だが、それも他国の魔術結社と比較すれば規模は格段と下がるし、ロシア正教会の威光も世界に名だたる大宗教のそれと比べれば微々たるものとなる。

 何より、『まつろわぬ神』に対して、アメリカを初めとした大国が独自のコネクションにて対策を行えるのに対して広大な土地と国家としての力を持つロシアは魔術的な政治、軍事においてどうしても先進大国の後を行くことになる。

 極東、日本に二人も《王》が誕生しているのに対してロシアは現在、神殺しが一人も所属していない上、神殺しに対するコネクションも持ち得ない。

 

 魔術社会の事情は基本的に一般社会に持ち込まず、周知しないのが世界全体としての意向だが、だからといって居るのと居ないのではどうしても心に焦りが生まれてしまう。まして神々や神殺しが一国を容易く滅ぼせるというならば尚のこと。

 恐怖と焦りは感覚を麻痺させ、思考と視線を硬直させる。

 よって、降って湧いた逆転の可能性。

 それがどれだけハイリスクでも、ハイリターンならば手を伸ばすのが人間の愚かさだ。

 

 斯くして、危機感を覚えた統治者たちによって計画は密かに実行された。

 『護神招来計画』──神を以て神を征する目論見。

 彼らはそのために集められ、そのために集ったのだった……。

 

 レニングラード州西端にある都市。

 イヴァンゴロドにて計画は最終段階に移される。

 

 対岸のエストニアと国境問題で相争うこの場所は様々な不穏分子が蠢いているため、機密計画を行うために都合の良い立地であり、また中央からも遠いため途中で計画に気づかれてもすぐにはロシア正教会も手は出せない。

 

「──大義のためだ。相手が神でも魔王でも、しかと命令をこなして見せよう」

 

 少佐がそう告げると同時、最後の鍵が入場する。

 民族衣装を纏い様々な装飾品に彩られた十代前半ほどの少女だ。

 彼女こそシベリアから連れてきた魔女。

 極東においては媛巫女とも呼称される極めて高位の魔女である。

 

 ロシア国内でも数えるほどしか居ない稀少な人材こそ、儀式の行く末を握る最後の鍵であり、トリガーであった。

 

「では、総員配置につけ! 第一から第三小隊は即時戦闘に移行できる警戒態勢で待機! 護衛の魔術師たちは結界とやらを展開せよ!」

 

「「「了解!!」」」

 

 号令と共に一斉に動き出す軍人と魔術師たち。

 そんな騒々しくなる儀式所の中心では遂に儀式が発動する。

 

 ドンドン──ドンドンドン────!

 

 一定のリズムで太鼓の音が天空へ向けて響き渡る。

 音に合わせて魔術師は呪文を詠唱し、巫女が舞を踊り始める。

 それはロシアの、というより何処か異国のそれを思わせるものだった。

 例えるならば少数民族が祭りで行うような。

 リズムも舞も何もかも──この国のそれとは形式が異なっている。

 

 太鼓の音が響き、呪文が送られ、舞が奉納される。

 儀式は喧噪の色を帯び、空へと届けとばかりに熱を増していく。

 

『おお大地に恵みを給う雷雲よ、おお天を統べる雷霆よ!』

 

『汝は恐ろしき者! 汝は老いたる者! 汝は裁きを齎す者!』

 

『天に響く太鼓の音を聞き届け給え!』

 

『天へと捧ぐ巫女の舞を見届け給え!』

 

『親しき者よ。今こそ大いなるその姿を地上に顕現させ給え!!』

 

年老いた老人(ウェザイス)!』

年老いた老人(ウェザイス)!』

天空で太鼓を鳴らす者(ウェザイス・デウス)よ!!』

 

『稲妻の威光を持ってして荒ぶる災厄から我らを守り給え!!』

 

 喝采轟く祭りの奉納。

 儀式の終わりを占めるが如く。

 舞を捧げる巫女の左右を通り、火の祭壇の前に魔術師が進み出る。

 進み出た魔術師たちは兎の死骸をそれぞれ火へと焼べる。

 炎に巻かれ、灰となっていく兎の死骸。

 これを以て全行程完了──告げるが如く石像が動き始める。

 

『おおお! おおおおおお! オオオオオオオオオオ!!』

 

 天を衝くような男の叫び。

 雄々しい咆吼に伴い、まるで恐れるように空が黒く染まっていく。

 耳を打つ雷の音に、青空を覆う曇天。

 

 大気に満ちる魔力は鳴動し、儀式所に何か強大なる者が降りてくるような重圧が襲いかかる──おお刮目せよ、神無き時代の寵児たち。

 これぞ稲妻。

 これぞ神々。

 これぞ雷神。

 

 信仰される土地にて、かの者こそ我らにとってのゼウスなりと呼ばれた偉大なる神性!

 

『誰ぞ、眠れる我を呼びたもう不届き者は! この狼藉、心して弁解せよ! 下らぬ些事にて呼び立てたならば我が怒りを知ることになると心得るが良い!』

 

 憤怒に歪み、血走る眼。

 皺を刻んだ老獪なる風情の斧を担ぐ老兵。

 雷纏いて彼方より。

 

 黄雷統べる雷神の言葉があらゆる生命を竦ませた。

 喝采せよ、喝采せよ。

 

 

 

 此処に『まつろわぬ神』は降誕した──。

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