神天地より   作:アグナ

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北欧雷神⑤

『獣が。我を誰と心得るか』

 

 轟き渡るは天の咆吼。

 曇天を引き裂き、大気を焼き尽くす高熱の雷霆が御先ただ一人に目掛けて襲いかかる。視界を覆う光の槍はもはや何億ボルトか見当もつかない致死量の雷撃である。当たれば即死どころか灰塵と化すだろう。

 されど、御先は口元に笑みを浮かべたまま一言。

 

「顕現──」

 

 刹那、雷霆に匹敵する熱量が御先の傍らで膨れ上がった。

 その正体は御先の肩に乗る一匹の鷲である。

 カルラと呼ばれた金翅鳥の瞳が燦然と黄金の輝きを浮かべたと同時、御先を覆う外層大気(コロナ)のように黄金の焔を展開し、雷霆の悉くを祓い焼く。

 

 焔の城壁に弾かれた雷霆は蜘蛛の巣状に飛散し、周辺の建物や街路を衝撃と轟音で以て蹂躙する。後に残るは見るも無惨な黒い焼け跡のみ。

 神の雷霆は一瞬にして御先の周囲を真っ平らの荒れ地と変えた。

 

「へえ、流石に大した物ね。それに初手から神々の雷霆使うなんて剛気なこと。随分と激しい挨拶じゃない」

 

『……黙れ』

 

 不敵に笑い、天を仰ぐ御先に対して返ってきたのは友好的な色など一切無い憤怒の声。次の瞬間、いっそ煌めく雷が見上げる視線の先で瞬き、人を象る。

 

「──我を誰と心得るか……跪け、獣」

 

 同時に生じた音と輝きは常人ならば竦むであろう超自然の成す奇跡であったが、御先の様子は以前変わらず寧ろ面白いとばかりに光の向こうに現れた人物へと笑いかけた。

 

「ふーん、鉄の槌に雷、それに天候操作の権能か。典型的な雷神、天空神の特徴ね」

 

 見る者を射竦める眼光で御先を睨む、鉄の槌を背負った巨躯の老人。遂に姿を現した神に対して御先の感想は淡泊なものだった。

 というのも御先は雷霆という天空神や雷神が主だった武器として使う権能を目の当たりにした時点で名は絞り込めずとも既に目前の雷神がどういった存在か、見当がついていたからである。

 

 何故ならば──。

 

「雷雨は古来から人々に恐れと恵みを齎す武の象徴にして豊穣の象徴です。

 特に東欧圏の人々──スラヴ人たちの起源を決定付けたチェルノレス文化の影響で穀物栽培や青銅文化が盛んだったから東欧圏の雷神は特に恐れと豊穣の両側面を持った神が多い……察するに貴方もその系譜でしょう。起源をインド・ヨーロッパ語族に連なる天空神。それが独自の文化と信仰を経て異なる名を獲得した地域特有の神──」

 

 チェルノレス文化──或いは黒森文化とも呼ばれる前11世紀ごろから前8世紀ごろに栄えたこの文化は特にスラヴ語族の発展という意味合いにおいて大きな影響を及ぼしている。何故ならば、この文化発展によりスラヴ人は青銅器時代から鉄器時代への変遷期を迎えるのだから。

 

 技術発展に伴う生活水準の上昇。技術革新によって生まれる農具は農耕スキタイ人──東ヨーロッパ北西部のスラヴ語族たちに様々な恩恵を与えた。

 盛んとなる穀物栽培は輸入という形で他民族との文化交流を生み、上昇していく技術は農具に止まらず、早い時代から馬具や城塞を生む礎となる。

 正にスラヴ人発展の転機である。

 ゆえにこそ、チェルノレス文化にて興隆を誇った彼らこそ、今日までに続くスラヴ人の旧き系譜の一つ原スラヴ人(プロト・スラヴ人)であるとされる。

 

 そして今日の東欧圏に住まうスラヴ人の原形とも言えるものたちが生み出したのは優れた技術や知識のみに非ず。

 大地に恵みを齎す雷雨、大地を耕す鉄の文化。

 これら二つは東欧における雷神信仰に多大な影響を与えている。

 

「大地に恵みを齎す雷雨と大地を耕す鉄は、結果として豊穣の象徴として結びつけられる。実際、東欧では多くの雷神が鍛冶神の顔を持っているのがその証明よ。まあもっとも後の時代に関わってくるヴァイキング、スカンジナヴィア人の文化も少なからず影響していたんでしょうけどね」

 

 ヴァイキングに関しては閑話休題とばかりに肩を竦める御先。こちらもこちらで少なからず影響がある話なのだが、此処では語るつもりはないらしい。

 

「そういえば、此処エストニアと並ぶバルド三国のうちに数えられるリトアニアにはスタルムジェーの楢っていうヨーロッパ最古の木があるそうね。何でも樹齢は数千年を数え、古い時代には雷神を信仰する神木として崇められたとか」

 

 雷は高い場所に落ちる。

 それは現代人でも知る俗説であるが、古代においても同じだったのだろう。

 人より高い場所、即ちは木々に落ちる雷を見て古来の人はこう連想した。天から注ぐ雷は樹木に落ちる。

 

 つまり──神々は木に宿る、と。

 

「故に古来の東スラヴ人たちは雷神のことを指してこう呼んだ。雷を打つ者(ペル・ウン)、と」

 

 そして、この名こそ東欧の全ての雷神に通じる神名である。雷雨と共に木を打ち鉄を打つ、畏敬と豊穣の存在。

 即ち雷神と鍛冶神、二つの顔を持つ神格。

 

「名は変じてペルーン、それが貴方よ。どうかしら? 私の見解に異議はある? 東欧スラヴ神話の最高神様?」

 

 或いはペルナクス、ペールコンス。地域や地方で名は違えど、その本質は変わらず。鉄と豊穣を司る雷神に、御先は悪童のように問いかけた。

 

「──血に餓えた獣畜生……その程度に捉えていたが」

 

 御先の長口上を聞き届けた雷神、ペルーンは呟きながら瞑目する。

 まるで自分を律するように、激情を内に飲み込むように。

 そして、次瞬。開眼した雷神の眼に浮かんだのは……。

 

「まさか……我が神名を無作法にも口ずさむ痴れ者でもあったとはな」

 

 嘆息。度しがたいほどの愚か者を見下しながらペルーンは息を吐いた。

 諦観と嘆きと呆れを瞳に乗せて、首を振る。

 全く何たる事か、ここまで人は神威を忘れているとは。

 

「恐れ敬う心なく、我が名を口ずさむ貴様といい。眠れる我を己が野望のためだけに叩き起こさんと欲した愚者共……なぁ、おい。貴様らは何故そこまで愚かなのだ」

 

 もはや一周して理解できぬと雷神は言う。

 目前の、神を前にして未だ恐れの一つも覚えない女に向けて。

 人が持つ愚かさの象徴的とも言える彼女へと。

 

 女は応える。愚問なり、無知蒙昧。

 それこそ今更、言うまでも無い。

 

「目の前に(かのうせい)があれば、登りたくなる。それが人間という生き物よ、今更私が言うまでも無いでしょう?」

 

「──────」

 

 そう、人間とは可能性の獣である。

 傲慢とも取れる飽くなき向上心で発展をし続ける、この地球上もっとも栄えたる生命体である。霊長の頂点、惑星の支配者。

 元より、神とは人以上が存在せぬ人が己を律するために化した枷なれば。

 人がどれだけ愚かなのかなど言うまでも無いだろう。

 

 何せその愚かさゆえに、遂に己で化した秩序(カミ)まで超克せんと猛るのだから。

 ゆえに両者は不倶戴天。世界の秩序を担う神と秩序を凌駕せんとする人間はどうあっても相容れない。

 

「さァてと、私は自分の推測が正しいと分かって満足したし、貴方の疑問にもキッチリ答えたわ。じゃあ、そういうことで……さっさと殺し合いましょうか」

 

 カツンと、ヒールの付いたブーツの音を宣戦布告と言わんばかりに高らかと鳴らし、御先は一歩踏み出す。

 眼前の神へ向けて、傲岸不遜に。

 

「私は人、貴方は神。私は“神殺し”、貴方は『まつろわぬ神』。お互いがお互い、認められない対極同士の不倶戴天。決して交わらないし、認められない。ならさっさと白黒付けましょうよ。方法は極めて簡単、古来から互いの上下を定める法則は一つだしね」

 

 相容れない生命が、互いの責任と尊厳を懸けて争う……。

 これは──弱肉強食

 遙か昔からこの惑星で行われて来た競争。

 この世を説く、たった一つの明解な唯一無二の真理だ。

 

「約束が控えているの。だから……四の五の言わずにかかってきなさい──時代遅れのロートル神ッ!」

 

 此処は人界、天地の狭間。

 太古の秩序が要らぬなら、鏖殺すべきは神にあり。

 

 恐れ知らずの人類代表(カンピオーネ)が、神へと手切れを突きつけた。

 

 大罪が如き、その愚行。

 もはや神が見逃す理由は欠片も無く。

 

「……一月ほど前、お前によく似た愚かさを持つ者どもがいた。なあ獣よ、その者たちは一体どうなったと思う?」

 

「……さあ、見当もつかないわ。宜しければ教えてくださる?」

 

「いいだろう、教えてやる。その者たちはな……」

 

 言葉と共に刹那──膨張する極大の呪力と神威。

 神の心を映すように、曇天の空に黄金の雷霆が轟き渡る。轟々と落雷が地に落ちる。燦然とした光が地上を満たす。

 

 ──刮目せよ、神威を忘れた愚者共よ。

 

 これぞ神が証明。紛うこと無き天を統べる権能である。

 我こそは雷神、天空統べるまつろわぬ者。

 お前たちが太古の秩序を忘却するならば、今一度その痴愚に天から罰を与えよう。

 

 Deus(デウス) vult(ウルト)

 全ては神が望むこと。神が下した決定である。

 

 

「──鏖殺だ。誰一人何一つ、このペルーンの怒りから逃れられぬと知れッ!!」

 

 

 相互理解などとうに不能。

 神を恐れぬ愚者目掛け、太古の秩序が進撃す──。

 

 

 

 

「わぉ、さっきよりも増して派手ね」

 

『自分で挑発しておいて言っている場合か、戯け』

 

 ペルーンを中心として流動する曇天の空。

 そこには埋め尽くさんばかりの雷、稲妻、幕電が絶えず瞬き、渦を巻きながら広がり続けている。空を光一色に染め上げ、支配する様は雷神持つ権能の強大さを御先へと見せ付ける。

 

 轟々と音を鳴らして回転する大雷雲(スーパーセル)

 先に挨拶代わりと放たれた雷撃とは比べものにならない超電力は、御先はおろか戦場となったナルヴァの街を滅ぼしてしまうだろうものだ。

 

 此れぞ正しく『神鳴り』。

 バルト地方雷神の源流たるペルーンの力であった。

 

 しかし、御先の笑みは崩れない。

 否、寧ろいっそ楽しげに口元が三日月に歪む。

 嗚呼、そうだとも。こうでなければお話にならない。

 

「インド・ヨーロッパ語族に起源を持つ雷神、東欧雷神の中においても最現流に属する豊穣を司る鉄と雷の神格。神格で言えば主神級よ。その神威はそれこそ雷神ゼウスや北欧神話のトールに匹敵する」

 

 そう、雷神というカテゴライズにおいてペルーンは間違いなく最高神だ。

 振るう雷は並の神格を引き裂き、打ち砕くであろう。

 ゆえに──。

 

「もしかしたら貴方を倒してしまうかもしれないわねー、そう思わない? 金翅鳥(カルラ)

 

『ふん──抜かせ。雷神風情が我が両翼を受け止められるものかよ』

 

 片割れの相棒を挑発するように言う御先の言葉にカルラが鼻で笑う。

 その口調にはいっそ傲慢とも取れる自負があった。

 眼前に広がる雷雲を、この程度と笑えるほどの自負が。

 

我が主人(ミサキ)よ、つまらん煽りは止めろ。曰く、さっさと終わらせるのだろう? 蒼穹を照らす輝きなど燦然と輝く太陽があれば十二分──耳障りな雷霆など鬱陶しいにも程があろうに』

 

「ふふ、こういう時だけ気が合うわね。貴方とは。普段の貴方は口煩く喧しいけれど、今の貴方とは親友になれそうっていつも思うわ。できれば常時そうしていて貰いたいのだけれど?」

 

『そういう貴様こそ常時そうしていて貰いたいものだな。この我を降した“神殺し”として、普段の貴様は格や威に欠ける』

 

「冗談。それじゃあ周りを怖がらせちゃうじゃない。一期一会は旅の花よ? 行く先々での出会いもまた旅の醍醐味なのに。第一──」

 

 御先の身体を膨大な呪力が満たす。

 充溢する呪力は神にも比する格別のものである。呪力はそのまま爆発寸前の風船のように膨れ上がり、そして──。

 

「こういう過激な感情(ノリ)はあんまり好きじゃないのよ。私?」

 

『ハ、その口元を直してから言うのだな馬鹿め!』

 

 闘争を前に喜悦を浮かべる主に眷属が笑う。

 挑む敵が大敵であればあるほど燃える。

 そんな魂の持ち主だからこそ──自分の主に相応しい。

 

 鷲の王もまた、主と同じく総身に溢れんばかりの闘志を満たした。

 

 さあ、知るがいい雷神よ。

 火の象徴とは不死なれば、鋼の英雄は無敵なり。

 神々統べる王の雷だろうとも我が飛翔を止められない。

 

「──我は義に()って立ち、義に()って力を振るう者なり!」

 

『邪悪なる者は戦慄せよ、煌々たる焔を前に不死なる鳥の神威を知れ!』

 

 同時、布告が如くに唱えられる二重の呪文。

 “神殺し”たる御先の化身が、その権能(本性)を顕わにする!

 

 ──KYUUUUUAAAAAaaaaaaa!!!!

 

 雷鳴をかき消して天空に響く鳴き声。

 我こそが大空の覇者なり……と。

 

 焔を纏う鷲の王が真なる姿で君臨した。

 

「火の鳥だと? 眷属の、それも畜生風情が許しもなく雷神の空に昇るかッ!」

 

『フン、それは此方の台詞だ。雷神風情が我が物顔で空を荒らすな。不愉快だ』

 

 ペルーンの眼前に現れたるは炎の身体を持つ鳥。

 いわゆる、『火の鳥』である。

 全長数十メートルにも及ぶ巨体に、身に纏う黄金の焔。

 それは正しく神鳥と呼ぶに相応しい威容であった。

 

 ──鳥は太陽に最も近い存在である。

 

 原初の人々は見上げることしか出来ない空を自由自在に駆ける鳥の姿を見て、彼らのことを天を統べる神の眷属であると信仰した。

 人の日常生活に寄り添う自由なる空の住人をある時は隣人として、ある時は協力者として、またある時は導き手として。神の使者であり、最も身近な隣人であると人々は彼らを崇めた。

 神話に登場する『聖鳥』などは、その最たるものであると言えよう。

 

 だが、鳥を遣いと捉える者が居るならば。鳥こそが大空を統べる支配者であると捉える者も居た。

 例えばエジプトの神話において鳥は永遠を司る獣であり、朝と夜を行き来する魂の運び手であると信じられていたし、また東洋においては太陽の中に住まう存在として、太陽神に等しい信仰を集めることもあった。

 空を飛ぶ鳥は太陽に最も近かったが故に。

 時として大空を翔る彼らは太陽信仰と結びつけられ、日の神となったのだ。

 

 そして、その最たるが『火の鳥』の神話。

 不死と()を統べる、太陽神の系譜。

 

『そこを退け! 異国の雷神ッ!!』

 

「退くのは貴様だ翼を持った畜生め! 己が程度を弁えよ!」

 

 曇天と雷雲の空を閃光のように突き進む火の鳥の姿を雷神が喝破する。

 怒りと共に放たれる何条もの雷撃、雷撃、雷撃。

 それらは一つも違わず火の鳥を穿ち、打ち据え、焼いた。

 

 しかし見るがいい。火の鳥は止まらない。

 黄金の焔を纏う炎鳥は曇天と雷雲の空を突き進む。

 恐れず進むその勇姿はまるで勇者の如く。

 邪悪を払う英雄のように、焔の鳥は天昇する。

 

『小雨だな。雷撃程度で我が飛翔を止められると思うな!』

 

 雄々しい嘶きを天空高らかに吼えて、火の鳥は一条の光となって雷神へと突貫する。尾を引く焔の残光が流星のように空へ軌跡を刻みながら煌々と瞬いた。

 

「雷神の空を太陽神モドキが駆るだと!? 不敬! 不遜! 傲慢なるぞ! 曇天覆う雷雲の空に太陽の出しゃばる隙間は無かろうがッ!!」

 

 その突撃に激怒を唱えるペルーン。

 今は雷神が統べる空である。故に太陽の化身たる獣などあってはならないのだから。

 

 憤怒と共に両手に持った鉄の槌を三度と振るう。すると大気に衝撃が奔り、渦を巻く大雷雲が轟音を鳴らしながら形を変えてゆく。顕れたのは……。

 

「馬の顔……? 神獣か」

 

 地上で見守る御先が呟くと同時に、ビリビリと鼓膜を震わす雷馬の嘶き。

 大電量の雷が、光線と見紛う馬蹄となって火の鳥を踏み抜いた。

 

『ぐッ……』

 

 超速の攻撃は火の鳥の両翼を以てしても回避不能。背中を打ち抜いた衝撃と熱量に堪らずカルラはくぐもった声を上げる。カルラを直撃した雷馬の正体は恐らく神話においてペルーンが乗るという翼ある馬の化身であろう。

 御先はペルーンを指して雷と鍛冶を司る豊穣の神と呼んだが、ペルーンが持つ神格はそれだけではない。時代が流れると共に人々に恵みと恐れを齎す豊穣神はやがて戦乱の時代に軍神、戦神として崇められることとなる。

 

 西暦を数える頃に登場した東スラヴ人について記した年代記『原初年代記(過ぎし年月の物語)』において、彼は戦を前にした騎士たちに武器による誓いや戦場での加護を願われたという。また、中世ヨーロッパにおいて栄華を極めた東欧の国家、キエフ・ルーシの大公妃聖オリガや、その聖オリガの夫であるスヴャトスラフ1世が愛人の子、ウラジーミル1世などもペルーンに戦での加護を願った。

 

 そう、東スラヴにおいてキリスト教が台頭するまでスラヴ神話に君臨するペルーンは、時代と共にその神格を増しながらキエフを守る六柱の一柱として人々から絶大な信仰を集めていたのだ。

 

 だからこそペルーンはただ人々に恵みを齎すだけの豊穣神に非ず。守護神として、人々を外敵から守る戦神でもあるのだ。

 

 だからこそペルーンは容赦しない。

 己が空を穢す外敵を。

 神を殺さんと欲する神殺しの眷属を。

 

「我が領空より地に落ちろ! 害獣!」

 

 雷の馬蹄に次いで襲い来るは暴風の柱。近寄る者を粉塵と化す竜巻が唸りを上げてカルラへと迫る。さらに追撃と降り注ぐ雷、雷撃を増長させる大粒の豪雨。

 大自然の猛威がカルラという一存在向けて波濤のように猛威を振るう。

 

 桁違いの猛威を前にさしものカルラの突撃は中断を要され、煌々と燃える焔の輝きは光輝を放つ雷にかき消されていく。これぞスラヴ人たちに崇められてきた最源流の雷神が神威。

 不死を名乗る火の鳥の威光も、その神威には為す術も無く灯火と化して……。

 

「オン・ガルダヤ・ソワカ──火の象徴とは不死なれば、雨風を起こす悪龍とて汝の焔を侵すに能わず!」

 

 刹那──嵐に揺られる地上に泰然と構える主が祈りの真言を告げる。それはカルラが仏典にまつろわされた際に名乗った迦楼羅天の真言。

 三毒喰らう霊鳥として魔を喰らえ──と。

 急急如律の令を下す。

 

『──然り。この身は邪悪の敵なれば、降魔成す迦楼羅の炎を見るがいい!』

 

 主の命に確と眷属神は答えて見せた。

 風前と化した灯火が大火と燃える。黄金の焔が再び雷光に増して輝きを放った。

 応とも。日輪()の象徴とは不死なれば、再び火の鳥は遙か天空を飛翔する。

 

「チィ──悪あがきを! ならば此れで地上の主諸共悉くを葬り去ってやろう!」

 

 気勢を取り戻したカルラを見下ろしながらペルーンは舌打ちしながら手に持つ槌を指揮棒が如く振るう。その棒先は迫るカルラに突きつけられて……。

 

「戦場に響く雄々しい車輪の音を聞け! これこそ戦陣を征く雷神の威光なるぞ!!」

 

 ペルーンの指揮に応じ、大雷雲がまたしても姿を変えた。顔のみであった雷雲の馬から今度は全身の形を形成する。

 そして曇天が体を成した雷神率いる雷馬は馬蹄を振り上げ、甲高い嘶きを雄々しく吼えた。

 

「敵対者よ。怯え、竦み、恐怖するがいい──戦陣を征け! 我が眷属!」

 

 咆吼。進撃。

 神の勅令を実行せんと大気を踏み鳴らし、雷馬が迫る。

 流動する大雷雲はカルラの全形を飲み込み、その身体を満たす雷撃、豪雨、竜巻、強風の悉くで以てカルラを鏖殺せんと牙を剥き──。

 

 ──KYUUUUUUAAAAAaaaaaaa!!!!

 

 響き渡る破魔の叫び。

 金翅鳥が持つ光厳の焔が、災禍の全てを焼き尽くした。

 

「何ッ……!?」

 

 降魔の音波に飛散する雷雲の眷属。

 急激に生じた熱波の気流に身を押されながら雷神は驚愕を口にした。

 その隙を穿つ火炎の翼。

 障害物を祓い滅した霊鳥の火が、神の玉体を叩きつけた。

 

「ぐ、うおおおおおォォォォォォ!?」

 

 咄嗟にペルーンは両手に構えた鉄の槌を盾代わりと翳して、焔の翼を受け止める。

 しかし煌々と燃える火炎の勢いは凄まじく、神をして受け止め、踏み止まることを許さなかった。

 

 瞬く間にペルーンは翼に圧されて吹き飛ばされる。何とか空中には留まり、地上に叩きつけられる無様は晒さずに済むがしかし雷神に安堵はない。何故ならば……己が。あろう事かスラヴ神話に君臨する東欧最源流の雷神が。

 

「我が押し負けた(・・・・・)!? 馬鹿な……!」

 

 あり得ないとばかりにペルーンは現実を疑う。

 それもそのはずだ。

 雷神ペルーンの格は紛れもなくギリシャ神話のゼウスや北欧神話のトールといった主神に匹敵する絶大な神格と比肩する、言わば最強クラスの雷神である。

 主神級の雷神を純粋な火力のみで押し込むなど、ただの霊鳥程度に出来るはずがない。

 もしもそんなことが可能だというならば、目前の霊鳥はそれこそ……。

 

『フン……東欧の雷神も多少はやる。先の一撃、いつぞやインドラを思い出したぞ』

 

 それでも己には及ばないと、カルラは鼻を鳴らした。

 しかし雷神はそれに激怒することなく驚愕に眼を剥く。

 己の雷を下と評したカルラの言葉に、ではない。

 カルラが挙げた名に、である。

 

「インドラ……インドラだと!?」

 

 インドラ。それは知る人ぞ知る最強の雷神。

 インド神話に語られる神々の中でも尤も信仰に厚く、権勢を誇る神である。

 強大な神々が数多存在するインド神話において神々の王として崇められ、雷を用いて多くの敵対者を打ち払い、自陣に勝利を齎してきた様は最高位の雷神・英雄神に相応しい。

 そんな神王の雷撃を耐え凌げる霊鳥など……一柱しかいない。

 

「我が雷を凌ぐ神鳥……そうか貴様は蛇竜殺しの《鋼》の英雄……!」

 

『我が名に辿り着いたか雷神よ。──如何にも我こそはカシュヤパ仙とヴィナターの子、蛇竜を喰らう定めを帯びた火の霊鳥ガルダである。……尤も、主に権能と調伏(簒奪)されたことで今は仏典の迦楼羅に当てられた名を語っているがな』

 

 ペルーンの言葉に然りと頷く火の霊鳥。

 そう──彼こそは多くある神鳥の中でも最強の存在。親より受け継いだ蛇竜への憎悪を以て、あらゆる蛇竜を殺滅する焔の英雄。

 赤い翼を持つ者(ラクタパクシャ)

 インドラを滅ぼす者(スレーンドラジット)

 水銀のように動く者(ラサーヤナ)

 

 即ち──『大鵬金翅鳥(スパルナ・ガルトマーン)』。

 

 “神殺し(カンピオーネ)”神上御先が征した神にして、二番目に簒奪されし権能ある。

 

『我が肉体はインドラの雷をも凌ぐ《鋼》なり。故に──雷神の威は、我が身に及ばず』

 

 対神・対蛇竜においてガルダに並ぶ霊鳥無し。

 文字通り、彼こそは最強の神鳥である。

 

 高貴なる黄金の焔が、もはや曇天無き空に二つ目の太陽が如くに輝く。

 

 いざ覚悟せよ、最強の雷神。

 最強の神鳥、黄金火焔の竜殺しが主の剣となりて、その命脈を焼き切らん。

 

『征くぞ……異国の雷神ペルーン。インドラすら認めた焔の威光をその目に刻むがいい!』

 

 斯くて火の鳥が飛翔する。

 雷神の進撃を阻み、砕き、勝利を収めるがために。

 

 闇を払う無謬の光輝が、天空にて燦然と輝いた。

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