吹き荒れる暴風と、暴風を打ち消す熱波の気流。
常人ならば直立することすら困難な強風域となっているナルヴァの街で御先は平然と強風の発声源たる戦場を見上げ、黙している。
御先の眼前で繰り広げられるは神鳥と雷神の戦い。それは紛れもなく神話の風景であった。
飛翔一閃、神鳥が火焔を纏って雷神へと幾度目かの突撃を敢行する。身に纏う黄金の焔はインド神話において火神アグニとさえ同一視された竜蛇を滅する聖なる炎。不死をも燃やし尽くす燎原の火。
並の神格ならば受けただけで消滅は免れない最強の焔である。
『灰塵と化せ……東欧の雷神よッ!』
元より、対竜において並ぶ者無き最強の神鳥であり、《鋼》の英雄であるガルダの権能を防ぐことなど簡単に出来ることでは無い。
インドラすら滅ぼす者……かの雷神すらガルダの火気を前にすれば敗走するだろうとまで言われた金翅の火はそこらの神格に打破できるほど温い火力などしていないのだから。
「抜かせ、この程度で我が倒れると思うてか!」
そう、だからこそ──ガルダの火気を前に未だ拮抗している雷神ペルーンは、やはり並の神格などではなかった。東欧の地で広く信仰され、この地の雷神が源流とまでなった神の実力は紛れもなく最強クラスだ。
現に突撃する焔の神鳥が一撃を真っ向から雷神は受け止めた。両手で以て、神鳥の両翼を押さえつけ、突撃を押しとどめて見せたのだ。
とはいえ、如何な雷神とて素手で神滅の聖火を受け止めることなど不可能である。例えペルーンが雷神として高い神格を誇っていようとも火力という舞台上においてガルダの聖火は尚も最強。
何せ、御先が持つ四つの権能の中でも最火力の眷属である。
金翅の焔はそれこそ、七日七晩消えぬと謳われる最古の魔王が操る劫火に匹敵する。
「ぐぬぅ……おおおおおお!!」
しかし……それでも雷神は拮抗する。何故ならば目前の雷神はただの雷神では無い。鉄と戦をも司る最強の雷神である。
見れば、神鳥を受け止めるペルーンの両手には鉄の手甲が嵌められている。
それは己が眷属を屠られ、神鳥の権能を遂に認めたペルーンが対抗手段として持ち出した神鳥の焔を防ぐ防具であった。
手甲のみならず、兜に鎧に靴と全身とまでは言わないが、出現当初の鉄槌のみを持った姿からは一変して装備を調えている。
恐らく鍛冶神としての一面を持つペルーンの権能による創作物らであろう。つまりペルーンは雷神としての権能のみならず、鍛冶神としての権能をも持ち出していることになる。付け加えてさらに……。
「オオオオオオオォォォォォォ!!!」
雄々しい叫びと共にペルーンがガルダの腹部を蹴り上げる。それと同時にペルーンはガルダの下に潜り込むように身を屈めた。
それによってガルダは突撃の推進力をそのままに、受け止めるペルーンの姿を見失ってVの字を描くようにペルーンの頭上を抜けていった。すると、ペルーンはすぐさま姿勢と鉄槌を構え直し、通り過ぎる神鳥の背後を取って、鉄槌を無防備な背中に叩き墜とさんと振り抜く。
だがそんな見え透いた手など当然ガルダは読んでいる。無防備を晒していると見せかけたガルダは有り余る焔の推進力に更なる力を加えて一気に加速。そのまま縦に円を描く形でクルリと回転。逆に鉄槌を構えたペルーンの背後を取り返し、その背中に向けて重力をも味方に付けた超速の突撃を行う。
巨大な戦闘機が行う
本来ならばそこで詰み。神鳥の焔を浴びれば如何に雷神とて生き残ることなど出来ないのだから……尤も、それは生身で直撃したならば、の話である。
直撃を受けるペルーン。しかし今の彼には鍛冶神として編み上げた自慢の防具が存在している。例え無名とてそれは神が作りたもう神造防具。
神鳥の一撃を受けて鉄は真っ赤に燃焼しているものの溶ける気配は依然無い。同じ場所に重ねて数度と攻撃を受ければ話は変わってくるだろうが、一撃二撃は鍛冶神が作った防具は神鳥の焔であろうと超えることは出来ない。
神鳥の突撃をまたも防いだペルーンは、鉄槌を天に翳す。
やはり
何処からとも無く出現するのは帯電する黒雲。先の眷属が披露した大雷雲とまではいかないものの、地に影が落ちるほどの巨大な黒雲を召喚した。
そして刹那に打ち放たれるはガルダの機動すら上回る音速を超える光の裁き。大出力の放電撃が二重三重とガルダの逃げ場を無くすように満遍なくばら撒かれる。
一瞬の間に天と地を行き来する幾つもの光の柱。
大雷霆による常軌を逸した規模の
それを前にして、しかしガルダの動きに迷いや諦めなど皆無であった。雲間に窺える帯電具合から雷霆のランダムな挙動を予知して、巧みに
両者一歩も退かぬ壮絶な攻防。距離を取って鏖殺せんと唸るペルーンと距離を詰めて滅殺せんと猛るガルダ。
曇天と蒼天を背後において戦う二者の神々は、大空の支配権を争うように。互いが互いを打ち砕かんと絶えず重なり、暴威を振るう。
「──読み通り形勢は此方にあり、ね」
入れ替わる神々の攻防撃。
未だ決着を見せぬ戦いを傍観する“神殺し”は冷静に戦況を下す。
一見して両者は互角。
どちらも決定打を見いだせずにいるように見えるが、実状はやはり決め手があるガルダがペルーンに一歩勝っているという所だろう。
確かにペルーンは強大な神格なれど、火力という舞台ではそれでもガルダが上を行く。実際、鍛冶神して作り上げた防具を一撃で半壊させて見せたことからもその火力の限りは証明出来る。
あれほどの一撃を受ければペルーンとて再起不能に陥ることなど一目瞭然。
「私の眷属獣たちの中でも尤も火力に秀でているからね、あの仔は。しかも相手が雷神ともなれば相性は竜蛇並に抜群。このまま行けばまず間違いなく勝つのはあの仔」
それは冷静な判断元に下される当たり前の現実である。
機動力、火力、そして相性。総合力において目前の神格を凌駕しているからこそ訪れるだろう終着点。当然の結末としてペルーンはガルダに破れるだろう。
しかし……。
「あの防具……それに鉄槌、か」
御先の権能の中でも最大火力を誇るガルダの一撃を半壊したとはいえ、耐えて見せたあの防具。一見して特別性が垣間見えないあの防具は恐らく、本来的な防御力以上に極めて高い
何せ、単に防御力が高いだけではガルダの一撃を前に融解して終わりだ。ガルダの一撃には防御力以上に火に対する高い耐性が求められる。
そしてあの鉄槌。眷属の召喚や雷雲操作など必ず雷神としての権能を振るう際に起点となっているのは鉄槌であった。
……もし、あの武器が単に農耕信仰に由来する神具ではなく、れっきとした雷神としての側面から来る代物であった場合。アレは恐らく……。
「そういえば古代の
斧は雷神の逸話を語る上で切り離せない物品だ。
古来において斧とは雷電を払い、嵐を遠ざけると信じられてきた。実際、ギリシャ圏の文化として有名な、クレタ島で栄えたというミノア文明などでは両刃斧のことをラブリュスと呼び、落雷を司るモノとして神官たちに祭具として持ち寄られたと聞く。
それに斧……特に戦斧の類いはインド・ヨーロッパ語族の民族間によく見られた武器の類いでありギリシャ圏で呼ばれる
「ペレクス……ペレクスかァ。起源といい、出典といい。どう考えてもこれはアレよね」
ペルーンは東欧雷神でも最源流に位置する雷神であり、その発展には印欧神話。即ちインド・ヨーロッパ語族が深く関わっているとはペルーンを挑発する際に多少触れた話題だが……御先の予測通りの代物であるならば。
あの鉄槌は間違いなく──雷神由来の神器。
雷神を雷神たらしめる権能の具現であろう。
「世界蛇を打つ雷槌……保険は掛けておくか」
同じく相関性を持つ雷の巨人が成した偉業を脳裏に思い浮かべながら御先は保険と称して新たな一手を布石と置く。
「──顕現」
御先は唄うように一言。
己が
次瞬──御先の傍らに『ナニカ』が顕れる。
その姿は見えず、形は朧気で、気配は無い。
しかし見えず分からず感じずとも。
そこには確かに『ナニカ』が居る。
例えるならばそれは日の出を前にした際、稀に見受けられる幻日のような。視点と対象の間に挟まった透明な板があるような。
蜃気楼のような幻の、されど確かにそこにあるという確信。
それが確かに、『ナニカ』の存在を明確に訴えている。
「相変わらず恥ずかしがり屋さんね、貴方は。それとも狩猟本能という奴かしら。姿形が隠れていないと落ち着かないっていう」
『────』
「ああ、ごめんなさい。別に揶揄っているわけじゃないの。ただいつも通りで安心したってだけよ。それで頼み事なんだけれど、ちょっとガルダの奴がヤバくなったらサポートしてあげて欲しいの。八割でこちらの勝利は確定しているけれど、あの鉄槌が予想通りの代物だとすると、受けるのはちょっと不味いから」
『────』
「
『────』
「こちらのことなら心配しなくてもいいわよ。いざとなれば私が出てボコるし。ま、今回はそうならないだろうけどね。私から売った喧嘩でも無いし、観光ついでのバイトみたいなものだし。権能の簒奪は多分、出来ないだろうけど……ヴォバンの爺さんみたいに力集めが趣味って訳じゃ無いしね」
平時と変わらぬ調子で『ナニカ』と会話を交わす御先。
相手の存在は見えずとも気にした様子は微塵も無い。
それは彼の性格と権能を確かに把握しているからだろう。
幾度か言葉をやり取りすると御先は、
「じゃあ、任せたわよ。ハスキー」
『─────ッ!』
音叉のように響き渡る超高音の波長。
人間には聞き取れない音域での音波は紛れもなく咆吼だ。
それと同時に『ナニカ』が途方もない速度で御先の傍らを駆け抜ける。地を駆けるその速度は上空で高度な機動戦を繰り広げるガルダのそれに勝るとも劣らない。
そうして姿の見えない新たな眷属は御先の命を実行するため、姿を見せないままに戦場へと駆け参ずる。万が一の逆転の目。それを確実に摘み取るために。
一族最強と言われた『彼』は忠犬の如く、役目に準じる。
☆
“やはり、空中戦ではこちらが上だ”
暴風雷火の空中戦でガルダは目前の雷神を強敵と捉えながらも己が優位を確信する。
それは何も彼の傲慢からでは無く、絶えず入れ替わる雷神との攻防の果てに出た結論であった。
目前の雷神は確かに強い。インド・ヨーロッパ語族を源流に持つ雷神にして東欧地方に伝わる雷神の太源。成る程、格だけで語るならばそれは文字通り神話における主神級。雷神ゼウスや嘗て己と凌ぎを削ったインドラ王に匹敵する桁違いの神格である。
しかし、天を統べる王と天を翔る勇者では、後者にこそ分があった。
何故ならば天空神、雷神の類いはあくまで空の支配者である。その強大な力は嵐を起こし、雷雨を操る天候支配という絶大な権能の担い手なれど、そもそも己が戦うことを前提にした存在では無い。彼らは空という領土の王であり、君臨者であるのだから。
だが、ガルダは違う。彼は遍く天を駆け抜け、邪悪を啄み滅ぼす勇者だ。蛇を滅ぼさんという憎悪から生まれた彼は生粋の《鋼》であり、竜殺しの英雄。
インドラをも超えるとさえ謳われた最高位の神鳥だ。
支配者と英雄。空における優位性は確かに後者が勝るだろうが、こと空中においての戦ともなれば百戦錬磨は後者である。ただ支配するだけの存在では天翔る金翅鳥は落とせない。
加えて、戦う相手が雷神であるならば尚のこと。神話の頃から雷霆に対する高い耐性を持つガルダである。雷撃程度ではその肉体に傷が付くことなどあり得ない。
「おのれ、ちょこまかと鬱陶しい!」
付かず離れずで接戦し、火の粉を振りまくガルダに業を煮やしたかペルーンが虫でも払うようにブォンと大きく得物の槌を振るう。すると、雷神の意に触れた風たちが暴威的な勢いで渦を巻き、まるでのたうち回る蛇のようにガルダへと大口を開けて迫る。その様は生ける竜巻である。
『この程度、温いわ戯け!』
回避、防御? 否、押し切るのみ──と、ガルダは恐れずして迫る竜巻へと突貫する。
膨大な気流は鉄を拉げ、内部の存在を圧殺できるほどの暴力を誇っている。故に自ら取り込まれたガルダはそのまま空中での身動きを封じられ、為すがままに潰されるが必然であったがしかし。
『金翅の焔よ……!』
甲高い神鳥の咆吼が高らかに響き渡る。
次瞬、纏う黄金の焔の火気が恐るべき勢いで増していく。禍津よ消え失せよとばかりに拡大する焔は熱波で以て風を焼き、空気を急激な勢いで膨張させてた。それはさながら太陽の熱に焼かれるが如く。
よって生じるは温められた空気による猛烈な上昇気流。竜巻内部で発生した激しい気流はあっという間に竜巻をも飲み込み、上回る台風となりてガルダを守る暴風壁となる。
「小癪! 我が力を奪うなど!」
『貴様の力不足だろう。天空の支配者ぶるならばもっと巧みに操ってみせるのだ、なッ!』
怒りで以て糾弾する雷神。
しかしガルダは不敵に鼻で笑う。
そして不遜な態度のまま羽ばたきと共にガルダは台風を雷神目掛けて叩きつけた。
「オオオオオオオオ!?」
巨大なハンマーに殴られでもしたかのように押し飛ばされるペルーン。何とか大気を足場に踏みとどまるモノの、必死の表情と叫びに余裕の類いは一切無い。
正にやっととばかりにペルーンの動きが完全に縛り付けられる。
“──此処だ”
刹那、狩りを行う猛禽の如く研ぎ澄まされたガルダの眼力が勝機を見た。
見下ろせば広がるのは大気圏内に浮かぶ膨大な浮雲、見上げれば常闇が広がる大宇宙。
強烈な日の光のみが悠然と聳える空と
雷神の支配領域から抜け出したガルダは、眼前。雷神が囚われている台風を見下ろす。
衛星写真で見かけるような台風の目と稲光。
いっそ壮観とも言える気象現象を確と視界に収めて──。
“終わりだ、東欧の雷神よ──!”
──翔る。
地上の獣へと飛びつく鷲のように。
或いは地上目掛けて墜ちる隕石のように。
焔の輝きを残光にソラを一閃しながらガルダは雷神へと急降下突撃を敢行する。
速度にして音速を凌駕し、第二宇宙速度という桁違いの速力で雷神へと迫る。
回避も防御も許さない。速力と聖火による二重の破壊突撃。
身動きを封じられた雷神にもはや打てる手は無く……。
「──いざ、雷神の怒りを知れ。見上げる空に響き渡る天霆こそ、赫怒を吼える雷神の叫びである!!」
『ッ!?』
地の底から響くような声が初めてガルダに怖気を覚えさせた。
そして次瞬、“光”がガルダの眼前に立ちはだかる。
『何ッ!? グッ……オオオオオオ!!』
咄嗟にガルダは強引な回避行動を取る。
急な機動に重力と運動エネルギー等の負荷により、全身が軋むことさえ厭わず、ガルダは全力で目前に迫る“光”を回避しにかかる。
それが功を奏したか、ガルダは“光”を何とか回避し、そして見た。
天空を文字通り両断する、神威の雷霆を。
──戦慄せよ。ソラを舞う不届き者よ。
此れぞ東欧雷神が持つ最大最強の権能。
神々すらも恐れる大雷電の一撃である。
「射貫け──ペル・ウン!」
其はモーセの十戒の如く。
天を裂き、雲を裂き、両断せしめる光の斬撃。
あらゆる敵を滅ぼし尽くす裁きの一撃。
受ければ
“──ッ、これが!”
此れこそが東欧圏雷神が最強たる権能──!
勇者の全身を初めて戦慄が駆け抜ける。
確信する──アレは
『……成る程、最強の名は伊達では無いとそういうことか!』
「然りだ、神鳥。そして見事と認めよう。よもや我が一撃を前に未だ健在でいられるとは思わなんだ」
唸るガルダに応えるペルーンは声音こそ怒りに濡れたままだが、その言葉には微かな賞賛が込められていた。そう賞賛だ。ペルーンは己が一撃を回避して見せた勇者に対して、初めて負の感情以外のものを抱いていた。
古来──絶大な威光を以て空を収める雷神は多くの畏敬を集めた。
それは空という見上げる事しかできない場所に渦巻く雷という強大な力に対して畏怖と敬意と信仰を抱いたからであり、“力”の象徴として遙かな地上現象に神を見たからだ。
インド神話のインドラから始まり、ギリシャ神話のゼウス、北欧神話のトールと、天空神・雷神の類いが雷を“力”の象徴して扱うのはこの信仰が根差すが故。
雷を扱う神々はその殆どが“力”の象徴として、雷に纏わる武器を所有している。
取り分け、ペルーンの扱う槌、これは鉄器時代の偏差の最中に生み出されたもの。言わば、当時の人々が鉄器という新たな技術確立によって農具、武器等のを使い力を伸ばした時代の代物。
富と武力を増した象徴とも言える
その並ならぬ力はあらゆる敵対者を押しのけ、破滅させる最強の具現。
雷神ペルーンを象徴する、核とも言えるものだ。
それを前にして、生き残って見せたガルダの力はペルーンをして認めざるを得ないものだったのだ。
恐れを抑え、怒りを超えたその胆力。まさしく見事、と。
だが──。
「次は無いぞ……神鳥よ」
再び槌を振りかぶる。
膨大な熱と帯電する雷がペルーンの持つ槌に宿った。
『ッ! させんッ!!』
それを見て、ガルダは即応する。
焔を纏い狙うは雷神の持つ槌。
雷を司る象徴足る武器を破壊せんとガルダは突撃をする。
あの威力、受ければガルダでもただでは済むまい。
ならばこそ打たせてはならないと戦慄を抑えてガルダは飛んだ。
しかし、そう……しかし。
『くっ……遠いか!』
無理な回避機動によってペルーンと生じた相対距離は埋めがたい。
そもそも天を割るほどの大雷霆。
避けるためにガルダは相応の距離を取ってしまっている。
故にこの場では再装填を行うペルーンの方が僅かに先手を有した。
「では散るがいい──蛇殺しの勇者よッ!!」
手向けとばかりに僅かな敬意を言葉に乗せ、ペルーンは挑みかかるガルダに向けて無慈悲に雷霆司る槌を振り下ろす──その刹那に──。
『──────』
音叉のように、されど雄大な自然を思わせるような咆吼が響く。
それは何処か寂寥感と雄々しさを与える
僅かな間隙に生じたその異常が──驚愕となって争う雷神と神鳥を襲う。
「何だとッ!?」
『これはッ!?』
雷神の両腕が止まる。
それは目を見開くほどの驚愕からである。
何せ、しかとその目に捉えていたはずの神鳥が
まるで鏡合わせのように同じ姿、同じ焔、同じ速度で双子のように並行しながら己に向けて迫ってくる。その光景を前にして雷神は驚愕と共に硬直する。
神鳥の動きが鈍る。
それは驚愕からである。何せ、この咆吼の正体を彼は知っているから。
姿無き番犬。陽光に隠れる幻の獣。己と同じく、御先に従えられる眷属獣。
まさかこのタイミングで介入してくるとは、否、介入できるとは。
まるで状況を予期していたかの様なこの上の無い援護。
両者、一瞬に生じた変化の差違。
それこそが、この場における勝負の決定的な差となった。
『チィ──あの小娘! 我の敗北に賽を振っていたなッ!!』
本人ならば『保険』だのと嘯くだろうが。
要するに何処かの誰かはこの状況を察していたのだろう。
その判断に四割の感謝と、六割の憤りを向けながらガルダは硬直するペルーンの、雷神を象徴する槌目掛けて一直線に突撃し、そして……。
──KYUUUUUAAAAAaaaaaaa!!!!
粉砕。破壊。
空を切りながら槌を一閃したガルダの焔が、遂に雷神の武具を打ち破った。
「おお、オオオオオォォォオオオオ!!?」
己の神格に亀裂が走るのを自覚しながら雷神は叫び、手を伸ばす。
このままでは終わらん、と。まだだと神鳥に伸ばした手はしかし。
「グッ……ガッ!」
直後、横合いから襲いかかった強烈な力によって中断される。
勢いよく地上へと叩き落とされる肉体。
離れていく空の風景。ペルーンは落下しながら彼方に在らざる第三の影を見た。
『──────』
太陽の光を浴びて、虚ろに揺らめく四足獣の姿。
悠然と君臨する地上の狩人の姿を幻視し──雷神ペルーンは天から墜ちた。
轟音、衝撃。意識の断絶は刹那で幕を閉じる。
総身を巡るのは痛みと喪失感。
核となる雷神の槌を失い、今やペルーンは満身創痍である。
故に──。
「勝負あり、そういうことね。雷神様」
「──ぬうぅ……ぐ、おのれ……神、殺しィ!」
カツンと響いた足音と勝利を告げる宣言にペルーンは唸り声を上げる。
横たわったまま視線を向ければ、そこには勝ち誇ったような笑みを浮かべる神殺しの姿。
ロングコートを風に揺らしながら立つ姿は、何処となく王者の威風を漂わせている。
一度もまともにペルーンとガルダの戦場へと踏み込まなかった癖に。
勝利者として、その出で立ちはこの上なく相応しい。
「戦ったのはあの子だけど、あの子は私の従僕。それに敗北したのだから喧嘩は私の勝ちってことね」
肩を竦めながら、悪戯をした子供のように笑う御先。
「ま、死闘と呼べる代物じゃ無かったし、パンドラちゃんのお眼鏡には適わないだろうけど、依頼はクリアって事でいいわよね」
言葉の割りにさして残念がる様子も無く無念を告げる。
パンドラ──神殺したちの母の名と。簒奪の儀の不成立を。
神殺しは何も神を殺せば力を得られるというモノでは無い。
初回ならばともかく、相応の戦振りを見せなければ女神の目には留まらない。
故に今回の戦いにおける御先の報酬は人間から貰う予定のものに限られるだろう。
だが、気にすることでは無い。
元より御先は闘争そのものは好んでもその結果には無頓着だから。
勝利の二次を手に入れられるのならば戦利品など二の次である。
「私は“勝利”し、貴方は“敗北”した。これが結果よ、雷神様。甘んじて受け入れなさいな」
「ぐ、ぬうぅぅおおおおオオオオオオオ!!!」
そう──だからこそその結果をこそペルーンは認めない。
まだだ、まだだ、命在る限り不倶戴天の敵を打たんと。
瀕死の肉体に鞭を打ち、継戦しようと叫びながら全身全霊を込める。
「わお、流石は東欧圏最強の雷神。タフなものね、けれど……」
立ち上がらんとするペルーンに御先は僅かな驚きと賞賛の声を上げる。
絶命とは言わないものの、雷神の核となる武器を破壊したのだ。
『まつろわぬ神』としてそれは致命的な傷であり、満身創痍たる重傷だ。
しかし、それでも動こうとするペルーンの気合いにこそ御先は賞賛を覚えたのだ。
けれど、
御先は目を細めて口ずさむ。
これは喧嘩。人と神による互いの尊厳と
ならばこそ決した結果を敗者は甘んじて受け入れなければならない。
それこそが対等な決闘による“勝者”と“敗者”の義務。
認められないというならば……より明確な結果で以て示すのみ。
「いざ、南の空に輝ける太陽を見上げよ! この輝きこそ滅亡の禍つ星! 地上に生ける生命全てに平等なる滅びを与えてきた大衝突の具現なり! 二つ目の予言より大風が吹き荒れ、邪悪は失せる! しかと見よ、暁にて輝ける明星の光こそ全ての征服者たる我が威容であるッ!!」
呪いの文言と同時、御先の全身を絶大な力が覆う。
両手両脚は加熱したように朱く揺らめき、暴風が鎧のように御先を護る。
大地を踏みならし、突貫する御先。
その速度足るや優に音速へと迫り、一瞬にしてペルーンを間合いへ収める。
驚愕する雷神が
ペルーンの心臓を確と標準した一撃は確かにペルーンの命脈を捉えていた。
「ガァ、ハ……ッ!」
「此れにて決着──さらば、古き偉大なる雷神よ」
御先が告げると同時に、ボロ屑となっていく雷神の骸。
骸はそのまま風に揺られ、灰のように暁の空へと散る。
斯くして──此処に、神殺しは完遂された。
これを以て一月に渡る動乱の日は幕を閉じる。
神殺しの勝利によって、再び北欧に平和な日々が戻るのであった。
北欧雷神、完。
途中から北欧なのか東欧なのかよく分からんというツッコミは無しで。
当初はペルナクスを扱う予定だったのだが、諸々の事情からペルーンの方が良い感じになるって方向転換のせいで若干、タイトルと噛み合わなくなってしまったのだ。許しておくれ。
次回からは舞台を日本に原作主人公とやり合う予定。
変わらず不定期更新ですが、エタるまでよろしくお願いしまする。
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