アクタージュ『銀幕の王』獲得RTA   作:銀幕

11 / 27

原作11巻が発売されたので実質初投稿です。
ゲロ難産でした。頭おかしなるかと思った。  
*今作はルシエド様の作品、『ノット・アクターズ』の影響を多大に受けています。




vol.3「DREAMIN' GIRL'S ISSUE」
scene11『開幕、デスアイランド』


 

 

 

 

 事件は突然だった。

 

 修学旅行中の24名の生徒を乗せた飛行機が、嵐に遭い海へと不時着した。

 無人島の浜辺で目を覚ましたカレンら12人の生徒たち。彼らの傍らには海に流されたはずの各々のスマートフォンが存在し、無人島にあるはずのないWi-Fiが繋がっていた。

 全てのアプリは作動せず、島外への連絡手段は皆無。

 唯一起動したアプリは、『デスアイランド』という身に覚えのないものだけだった。

 そんな時、『デスアイランド』から奇妙な命令とも取れるメッセージが届く。

 困惑する生徒たちだったが、百城千世子扮するカレンの下、島の中央へと歩き始めた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのが、今回の映画『デスアイランド』のあらすじだ。

 生き残りたくば殺し合え! って感じのデスゲームもの。結論から言えば、最後まで生き残るのは主人公のカレンのみだ。つまりは百城千世子(わたし)だけしか生存しない。

 

 他の俳優は劇中に於いてみんな死ぬ。

 感動的に、そして時に残虐に、あるいは無意味にその命を終わらせる。彼らが持っているのはそういった役目だ。

 これがデスゲームだとわからせる為に最初に殺される者、力によって制圧しようとして知恵を絞った者に殺される者、裏切りによって殺される者──そうやって、他の人間が悲しみに暮れ、狂気に惑い、友人を殺める。

 そんな修羅場の中で、最後まで決して諦めず、そして誰も殺さずに生き残ろうとするカレン。そんな彼女だけが生き残るのだ。

 

 つまり、私は最後まで『綺麗であること』が求められる。

 観客に生き残った人物が妥当であると納得できるようにする為だ。観客に気持ちよく終幕を迎えてもらう為のこの印象の調整というのが、デスゲームものの難しいポイントの一つだろう。

 最後に生き残る人間は清廉潔白でなくてはならない。

 残忍でサイコな人物や小物感溢れる人が生き残ってしまうと、ソレを見た観客たちはどうしてももやっとしてしまう。どれだけ作品や脚本が素晴らしくても、最高評価を与えにくく感じてしまうことが多いのだ。こういう調整も今回はほぼ私任せだ。

 

 さてと。

 メイクアップアーティストに化粧の微調整をしてもらって、私は周囲を見渡した。俳優や撮影組の調子を確認していく。

 今は島の廃校舎に手を加えてセットを作り上げているところだ。撮影がスケジュール通りに進んでるのを確認して、私は小さく息を吐いた。

 

 今からの撮影は、クラスメイト24名が一堂に会するタイトルコール直前のカットとなっている。

 まず、カレン(わたし)が『デスアイランド』の指示に従って11人のクラスメイトを引き連れて校舎前に現れる。

 そして湯島茜が演じるキャラも同じく11人のクラスメイトを引き連れて現れる。

 再会を喜ぶ二つの集団。さあ24人一緒に島から脱出しよう、と私の掛け声でワンカット。映画本編も一区切りとなる。

 登場人物が出揃い、予定通りの演出だとここで登場人物達の下に名前のテロップとかがまとめて出て、重厚な音楽と共に島全体を映しながらタイトルコール。物語のスタートを知らせる重要なカットになっている。

 

「…………」

 

 懸念にも満たない一つの棘のようなナニカが、チクリと胸を刺している。喉の奥に引っかかっているみたいな嫌な感覚がした。

 ……撮影に支障はない。緊張もしていないし、コンディションも十分だ。カメラの撮影範囲の把握も問題なし、台本(ホン)も全部頭に入っている。いつも通りだ。いつも通りで、なんの問題もないはずなのに。

 

 そんなことを考えていると、メイクを終わらせて日陰に立っていた私の所にペットボトルを二本指に挟んだ元輝くんが現れた。ノーマルな制服の上に濃いグレーのベストを着込んだ彼が軽く腕を上げながらこちらに歩いてくる。少し微笑んで、私も元輝くんの方に向き直った。

 

「百城さん、お茶一本どうですか?」

「せっかくだから貰おうかな」

「猪右衛門の濃いヤツでしたよね」

「覚えててくれてたんだ、ありがとね」

「いえいえ」

 

 俺は普通ので構いませんし、と言いながら元輝くんが私に深緑のパッケージに包まれたペットボトルを渡してくれる。元輝くんがペットボトルを呷った。

 私も受け取ったペットボトルの蓋を開ける。買ったばかりなのか、それともクーラーボックスに入れていたのか、まだ若干の結露が付着していてひんやりと冷たかった。

 

「……ねえ、ウルトラ仮面。元輝くんと千世子ちゃんって仲いいの?」

「いや、僕に聞かれても困るんだけど……」

 

 じんわりと汗ばんでいる元輝くんを少し見ながら、私は薄緑の液体を口に含む。

 少し落ち着く。張り続けていた気が少し緩んで、ジリジリと熱くなっていた頭が平静を取り戻していくのを自覚した。想定よりも少しだけ熱くなっていたみたいだ。いけない、ともう少しペットボトルを傾けた。すっきりとした苦みが喉元を通り抜けた。

 

 ……うん、ちょっと悪戯(しげき)と癒しが足りないかな。

 

「元輝くん」

「どうかしました?」

「芋けんぴ」

「…………?」

「冗談だよ」

 

 なんなんですか……? そう呟きながら若干気の抜けた表情で不思議そうに首を傾げる元輝くんを見て、私は小さく笑みを浮かべた。元輝くん、若干小動物感があるから弄った時の反応が少し可愛いのだ。

 クエスチョンを浮かべながらも緑茶を煽る元輝くんを目尻に納めながらスマホを取り出して時間を確認した。14時30分……廃れた校舎のセットが完成するまでもちょっと時間がある。オーディション組を見ても、これといって私が調整するべきところは見当たらないから少し休憩しても大丈夫かな。

 

「ねえ、元輝くん。面白い虫の話してよ。なんでもいいからさ」

「虫ですか」

「うん、そう。私が知ってたら罰ゲームってことで」

「……ぬっ」

 

 そうだなあ、と顎に手を当てた元輝くんを見て、私は少しだけ頬を緩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は十五時手前。撮影終了予定時刻は十八時。

 ビルや山によって太陽光が遮られることのない夏の南の島の日没は、基本的に十九時程度──。

 撮影を行えるのは日が射している時間のみであるため、撮影全体を通して言えば決して時間的余裕が十二分と言える訳ではないが……それでも撮影の進行具合は予定通りだ。

 撮影済みの素材を確認しながら手塚由紀治(ぼく)は時計をしまった。

 

「……」

 

 暑い。汗が滲んでアロハシャツが背中に張り付き始めている。パタパタと襟元を煽って風通しをよくする。

 ロケ地全体に熱が篭り始めていた。

 撮影直前だ、指示の怒号があちらこちらで飛び交い始めている。緊張をほぐすためだろう、会話をして撮影を待つ俳優陣も出て来た。

 

「……うーん」

 

 上手いこといくといいなあと、柄にもなくそんなことを考える。夜凪景に穂村くんと現状でも相当のリスクを背負っているのだ。これ以上狙ってもいない問題を起こしたくはないというのが紛れもない僕の本音だった。

 ……スターズの売れっ子俳優12人を動員という無謀による弊害は着々と現場に積み重なってきている。今のところ問題なく進んでいるが、12人全員がこの撮影に注力できる訳ではないのが懸念事項だ。……いや、調整の利かないところが出始めるのは仕方のないことではあるし、想定内と言えば想定内ではあるんだけど。

 

 そもそも、デスアイランドのスケジュール自体が一般的に考えてあり得ないほどにカツカツなのが実情だ。

 オールアップを迎えたら即東京に帰還するところからも、この撮影自体元々無茶振りだったことが窺える。

 

 にも関わらず、どんな状況でも"売れる作品にまで仕上げろ"というのがアリサさんからのお達しがある。

 黒山といいアリサさんといい相変わらず人遣いが荒い。思わず大きくため息を吐いてしまう。丸めた台本で軽く肩を叩きながらサングラスを掛け直した。

 

「手塚監督、廃校舎の仕上げ完了しました。確認よろしくお願いします」

「はいはい。……うん、オッケーかな。

 ──よーし、じゃあみんな撮影再開するよ。各自ポジションについてくれ」

 

 雨の染み付いたコンクリート壁。それに蔓を絡ませたり塗料を塗ることによって、廃墟を校舎に見せかける為の作業が完了したとの報告が上がってくる。カメラを通してただの廃墟が不気味な廃墟校舎に見えるようになっているのを確認。

 出来具合は──問題ないね。十分なクオリティだ。そう判断して美術スタッフにGOサインを下す。今から撮るタイトルコール直前のカットの流れを頭の中で軽く整理した。

 コキリと首を鳴らしながら撮影全体を見渡して、俳優陣に声を掛ける。不気味な廃校舎を背景にカメラを俳優に向けた。

 

「準備はいいかい?

 本番、よーいっ」

 

 カチン、とカチンコの音を鳴らす。

 百城千世子が『仮面』を形成して、遠巻きに立っている夜凪ちゃんと元輝くんが"役に没頭"し始めた。……うん、悪くない流れだ。

 

 

「良かった、皆生きてたんだね」

 

 このカット内で台詞があるのは百城千世子と湯島茜だけ。カメラも基本はこの二人を映すアングルだ。

 千世子(カレン)が茜に歩み寄る。彼女の瞳から、"友人の生存を喜ぶ"涙が零れ落ちた。

 

 涙を流す技術は二種類存在する。

 

 一つは涙腺にまで及ぶ身体制御によるもの。

 役に感情を入れ込むことなく、自分自身をコントロールすることによって自在に涙を流したり笑顔を浮かべたりする。そういった自分の肉体を制御することによって為されるシロモノ。

 

 二つ目はメソッド演技といった感情を想起することによって流す涙だ。感情的緊張によって生じた化学物質を体外へと除去する役割を持つソレを、過去の自分の感情によって"再現する"技術。悲しみによって涙を流しながら、その感情を理性で制御することによって()()()()()()()()()()()()()()という演技を行うことを可能にしている。

 

 そして、百城千世子の涙は身体制御に依るものだ。

 感情移入や想起するといったワンアクションが必要ではない為、ワンカットの中で普通の状態から嬉し泣きで涙を流す表情に数秒でシフトすることができる。その上、悲しみという余分な感情の混ざっていない"らしい涙"を流すことができるのがこの技術の強みだろう。

 

 自在に涙を流すなんて当たり前。

 相変わらず身体のコントロールが完璧だ、百城千世子。

 

「生き残ったのは私達だけかと……本当に良かった!

 大丈夫!? ケガはない?」

「うっ、うん。私達は大丈夫」

 

 湯島茜に歩み寄って、百城千世子が彼女の手に指を絡めた。

 "感情を伝える"ことに長けた非常に高い表現力を持つ彼女の演技に()()()()()、湯島茜が思わずどもってしまう。

 "こういう台詞でこういう演技を見せて"──そういうゼロコンマ数秒という刹那にも満たない思考の余白。頭の中が真っ白になっているのがわかる。ぐっとソレを飲み込んで、湯島茜が僅かに破顔して台詞を続けようとした。

 

「皆こそ──」

「私達も大丈夫! 皆で協力すればきっとこの島から生きて帰れるよ!」

 

 流石。

 ごくごく自然に湯島茜をフォローする。決して派手な動き(アドリブ)ではない。湯島茜の台詞を遮り、後ろを振り返って喋りかけるという演出を加えただけだが、それだけの動作で今の一連の流れを映画として加工した。

 湯島茜のセリフをカットして、今のシーンそのもののテンポを早くすることで湯島茜のミスを目立たない形にしている。

 さらにさり気なく移動することで"百城千世子の頭"と"湯島茜の顔"を映していたカメラアングルの中央に自分を据えた。

 湯島茜を体で隠すようなポジションで自分を映す──そうすれば、結果的にそのカメラに写るのは百城千世子だけだ。

 振り返って背後の仲間に呼びかけるようなその動きは、そのカメラに最高の形で納められたことだろう。

 

 本来把握する必要のないすべてのカメラの位置、画面サイズを把握し、かつ自分が映るべきアングルを理解しているからこそなし得る超絶技巧。

 他人のNGすらカバーしきり、自分を映させる為のファクターとして利用する。

 

 女優、百城千世子。もはや演出家要らずだ。

 

「……うん、OK」

「カット! OKです! OK!」

 

 カメラを止める。僕はお疲れ様と、周囲に声をかけ始めた。

 

 現在時刻、15時25分。

 撮影一日目、予定より三時間早く終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『幽体離脱』という表現自体は、実は芸能界やスポーツのような世界ではそれほど珍しいものじゃないと、クランクイン以前に元輝くんから言われていたことを思い出す。

 

『墨字さんの言ってる『幽体離脱』っていうのは、実はそんな不思議な表現じゃないんだ。

 例えば俳優、ジュード・ロウ*1

 『ファンタスティック・ビースト*2』で若かりしダンブルドア役を演じた彼は、その映画撮影を"奇妙な、幽体離脱しているような経験"だと表現してる。

 観客とキャラクターの二つの視点が重なり合うことで特別な感覚を覚えたってことだな』

 

 他にも今新潟で教授をやってる元体操選手の五十嵐久人*3も経験してるって話だと、元輝くんはそう言っていた。

 

 『幽体離脱』── お芝居中の自分をフカンして、コントロールする技術。

 アレは、墨字さんが言っていた、たくさんの『目玉』を選ぶことによって出来ていたんだ。

 

「千世子ちゃんは自分がどう見えてるかわかってたの。

 でもやっぱりイメージとズレるの。目玉がカメラと合ってないんだわ」

「うん、夜凪は定期的に変なことを言うな。大丈夫か?」

「大丈夫よ」

 

 私みたいなメソッドアクターの基本的な弱点は感情移入が激しすぎて熱中しすぎてしまうこと。

 エキストラのお仕事でお侍さんに蹴りを入れちゃった時みたいに、私が私自身を制御できなくなってしまう。

 そこまでじゃなかったとしても、カメラの撮影範囲から思わずフレームアウト──そういうNGを起こしても不思議じゃないわ。

 だからこそ、役になりきる演技しかできない私には、自分を客観視して制御する技能が要る。千世子ちゃんや元輝くんみたいに綺麗に映り続けることが必要なんだ。

 

「どうしても私だとほんの少しズレてしまうの。どうしてもカメラレンズに私の目玉が綺麗に入らない。

 千世子ちゃんはあんなにも沢山の視点から正確に把握できていたわ、どうしてなのかしら」

「……よくわからないが、夜凪、お前は明日台詞あるだろう? そっちの読み合わせをやった方が効率的なんじゃないか?」

「うん、そう思ってたんだけど」

 

 『あ、ごめんなさい私ばっかり。次は私が武光君を撮るから──』

 ピースサインをしながら画面に映る私を見る。どうしても『私が見ている風景(フカン)』と『カメラによって切り取られた景色(フカン)』が一致しない。

 んー、とその誤差を修正する様にカメラを通して海を撮りながら、

 

「……あのシーン、とても残酷よね。何度か練習してみたんだけど。

 私多分本番で嘔吐するわ、オエって。あんな風に友達が殺されちゃうと、私、どうしても吐くのを我慢できないみたいなの」

「なるほどな、そういう演者もいるだろう……ああ、だから視点を手に入れようとしてるのか」

「うん、明日までに何とかしたいから。がんばらなくちゃ。

 元輝くんなら何かわからない?」

「ん、オッケー。ちょっと見せてくれ」

 

 隣に座っている元輝くんにカメラを手渡した。

 カメラの前でぴーすぴーすしてる私の録画映像を元輝くんが確認する。

 

 それにしても、こうやって元輝くんと海に来るのは大分久々な気がするわ。海風に揺られた髪を手櫛で梳かした。磯の香りが鼻をつく。

 わかる? そう呟きつつ元輝くんの肩に頭を乗せるようにしながら、元輝くんの手元にあるスマートフォンを覗き込んだ。風に揺れた元輝くんの髪が私の鼻を撫でた。

 

「……いや、なんで普通に話してんだ君たちは!? 驚いたぞ俺は!?」

 

「相変わらずいい声してるな烏山。耳がキーンってなったぞ」

「そうね。私もそう思うわ。耳がキーンってなるもの」

 

「ノーリアクション!? いきなり現れたのになんの反応もないとか俺がおかしいのか!?」

 

 武光君が若干声を荒げていた。いきなり現れたって……そんなに驚くことだったかしら。

 はあ、とため息と共に武光君が頭を掻いた。驚きを飲み込んだのか、中途半端な表情で武光君が元輝くんの方を見やる。武光君が元輝くんを挟んで私と反対側に腰掛けた。

 

「いきなり出てきたのには驚いたが……改めて、今回はよろしく頼むぞ、元輝」

「ん、烏山とちゃんとした共演は初めてだもんな。よろしく頼むよ」

「……元輝くんと武光君って知り合いだったのね。知らなかったわ」

「大したことじゃないんだが、CALPICEのオーディションで色々あってな」

 

 ポリポリと、困ったように武光君が頬を掻いた。……CALPICEってなんのことかしら。後で調べてみよう。

 そんなことを考えていると、隣に座っていた元輝くんが、"やっぱり墨字さんの言うようにこっちのタイプになるよな"と静かに呟きながら、感謝の言葉と一緒にスマートフォンを私に返却した。

 

 いいか? と前置きして元輝くんが人差し指を立てる。

 

「カメラワークの把握っていうことにおいて、イメージというのは大事なファクターだ。

 5メートル測れって言われてもそうすぐ出来ることじゃないだろう? 意外と自分のイメージが大切になってくる。紐だったり箱だったり、イメージ自体はなんでも構わないが。

 ……有名どころはアンカーポイントだな。これを使ってる演劇俳優は多い。そうさな、演劇出身の烏山なら知ってるんじゃないか?」

「ああ、それは俺も習得してる。というか、そこらの技術は師匠から叩き込まれたからな」

「景は……そりゃ知らないよな」

 

 じゃあイメージの具体例はコレだ、と元輝くんが自分のスマートフォンを取り出した。指先で軽く回転させて私の方に背面を向ける。出っ張っているカメラ部分を指差した。

 

「このスマホのカメラの焦点距離*44.28mm。35mm判換算*5で26mm相当だ。

 画角*6はデフォルトで80度……水平67°、垂直53°ってところだ。で、ズームするとこれがそのまま水平移動する。望遠にまでなると少し仕組みが変わるんだが……。

 今の写真の被対象物距離を5メートルだと仮定すると……対角線距離は約5.6メーター弱になる」

「……よくわからないわ。

 元輝くん、簡単に言えばどういうことなの?」

「この範囲を撮影してる」

「……ふむ」

「わかったわ」

 

 元輝くんが立ち上がって木の棒を拾って軽くカメラの撮影範囲を描いた。視力は悪くないはずなのに、なぜか付けている伊達眼鏡が月光に反射してキラリと光った。なんで眼鏡掛けてるんだろう?

 木の棒をざくりと砂浜に突き立てると、木の枝を掴んでいた右手でそのまま自分の右目を指差した。

 

「人間の目の視界の画角は上側60°、下側70°で、左右合わせて120°というのが通説だ。これは35mm換算で12mmあたりに相当する。超広角レンズレベルだな。

 カメラは人の目に近いんだが、それでも広角レンズとかをつかってない通常のカメラなら、人間の目より少し見える範囲が少ないんだよ」

「あっ」

「……なるほど」

「そういうことだ。

 この撮影範囲の差っていうのが景が悩んでた"カメラに目玉が入らない"原因で、百城さんが見てる世界になる。百城さんがああいう演技ができるのは、この差を理解して即座に撮影にフィードバックしてるからなんだ」

 

 努力の集大成さ、本当に。元輝くんがそう呟いて、なんだかチクリと心が痛んだ。

 …………? 今のは何だろう。それにしても千世子ちゃん凄いわ、そんな凄いことをしてたのね。知らなかった。

 

「でも私にはできそうにないわ。……どうしよう」

「カメラマンに頼んで、撮影前にカメラを使わせてもらうといい。

 俺もやってるが、カメラの視点で見えるものを撮影前に頭の中に叩き込んでおくのが意外と大切なんだ」

「なるほど、わかったわ。ありがとう元輝くん。

 ……明日の撮影、千世子ちゃんに負けないように頑張らないと」

 

 ふんすー。

 

 気合を込めて鼻息を吐きながらそう意気込むと、武光君が同調するように大きく頷いて、元輝くんが困ったように笑った気がした。

 

 ……何か変だったのかしら。

 

 

 

 

*1

本名、David Jude Heyworth Law。ロンドン出身の俳優。北野武作品の大ファンであることでも知られ、北野監督本人にキャスティングしてくれないかとラヴコールを送ったことは有名なエピソードである。

*2
原題『Fantastic Beasts and Where to Find Them』。『ハリー・ポッターシリーズ』のスピンオフ作品。ハリー・ポッター第一作から70年前を描く魔法ワールド、第九作以降の作品群。

*3
1976年のモントリオールオリンピック、体操男子団体の金メダリスト。彼は金メダルを取った時、その人生で最初で最後の『幽体離脱』をしたと言っている。演技をしている自分がいて、それを見下ろしている自分がいたのだと。

*4
イメージセンサーとレンズの光学的な焦点の距離を示す。この距離は短いほど写る範囲が広くなり、長いほど狭くなる。

*5
35mm判に換算すると焦点距離○○mmのレンズに相当する画角になりますよっていう値。面倒臭いが慣習としての表記である。

*6
写る範囲を「画角」と呼ぶ。画角は広いと広い範囲が写り(つまり広角になる)、狭いと狭い範囲しか写らない(つまり望遠になる)。




虫のトリビアとカメラのところは完全に作者の力量不足です。許して。
虫のトリビアはルナ・モスしか思い浮かばなかったんや。許して。
あとチヨコエルと景ちゃん描きながらずっと血を吐いてた。爆ぜればいいのに……(怨念)

こっそりタグを増やしたので失踪します。


ギャンブル

  • 銀河鉄道編メイン
  • とりあえず先進めて修羅場やっちゃう
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。