「ねー、ホントにすごかったね。やっぱ生で見ると違うね、明神阿良也」
「本当に凄かったわ。千世子ちゃんのお芝居は画面の向こうで輝いてる感じでしょ、綺麗すぎて手が届かない感じ。でも阿良也くんは違った、彼が泣くと悲しくて彼が笑うと嬉しくて、観客との境目がなくなる感じ……すごいわ、鳥肌が立った」
稽古入り、当日。
景は雪の運転する助手席に座りながら独り言ちていた。
むー! とうなっている景に苦笑する雪。雪の話をいろいろ聞いていると、元輝からいろいろ解説を受けて、非常に演技考察が進んだらしい。……私と一緒に行くはずだったのにー、少しずるいわ。景は唇を尖らせた。今度どこかで埋め合わせをしようと考えることで留飲を下げる。とはいえ、目下考えることは他にもあった。
明神阿良也。
今まで見てきた誰との演技とも似ていなかった。……強いて言えば、元輝がカメレオンタイプで似ているけど、景は自分の考えを整理する。
正直、初めてちゃんと演劇見てわかったけど、そもそも映画俳優と舞台俳優では役者と種類が全然違った。……正直、初めてみる本物の舞台俳優に、感動したというのも本当だけど……!!
「なのに実際会ってみたら失礼なセクハラ男だったのよ! 舞台の上では素敵だったのに騙された気分だわ!」
まるでパンダだわ。見た目可愛いけど中身はただの熊みたいな……。あの人、そんなに可愛くはなかったけれど。思わずそう考えずにはいられなかった。あーね、と雪が納得といった表情を見せる。
「あーそれで不機嫌だったのね……」
「悔しいわ……私あんなお芝居できないかしら……」
「まぁいろいろ試してみてだねー」
――『劇団天球』
巨匠・巌裕次郎によって立ち上げられた舞台集団。
巌裕次郎本人が見出した役者を中心に固められた、俳優軍団。
名の知れた主演から無名な脇役まで、等しく実力派。
毎度の公演もチケットはソールドアウト。海外からの評価も高く、国内では敵うものはないと言われている、ミュージカルの『劇団四季』と対を為す日本の劇団。
雪に別れを告げ、車から降りた景は稽古場へと向かう。
この前の舞台で、見たことある人たちが外付けの喫煙所で談笑していた。こういう時、挨拶がした方がいいのかしらと景は頭を捻りながら会場の扉を開く。
正直、少し緊張していた。
目の前には、はじめて入る稽古場の扉。
墨字さんからからここに行くように言われた時は正直わくわくしたが、しかしはじめて来る場所というのはやはりどうしても身体が固くなってしまう。ましてや、ここにはあの役者がいるのだ。
「少し変なヒトだったけれど……」
とはいえ、景自身も一般常識から外れた人種だったのだが。
「でも、黒山さん元輝くんも絶対いい勉強になるって言ってくれたし……うん、がんばるわ!」
扉を開ける。
「こんにちは! 今日からお世話になります! 夜凪景です」
「ああ! 俺の演技がなんだって!!!! 言ってみろよ七生!」
「独りよがりで迷惑っつってんの。会話のキャッチボールしなよ」
…………。
?????
そこそこの身長の男と、そばかすの似合う女の子。
景は、意味がわからず頭を傾げ、
「集まってるな」
後ろから、声がした。
稽古場に響く、低く威圧感のある声――まるで年代物のバリトンのように、深みのある声だった。
ふと後ろを見れば、思わず景の表情もあからさまに緊張したものに変わった。年輪を重ねた樹木のように、顔に刻まれた皺は深く、眼光は鋭い。今の今までベシャリが飛び交っていた、まるでふざけるクラスのようだった稽古場に、杖を突く音だけが木霊する。思わず、景は息を呑んだ。――実力派俳優をその佇まいだけで黙らせるほどの存在感が、そこにはあった。
「――おう、来たか。墨字んとこの」
日本演劇会の重鎮。巌裕次郎。
これが――思わず、景は生唾を飲み込んだ。
静かになった稽古場を、景の横を通り過ぎ、こちらへと向き直る。
「感情ってのは臭うもんだ」
重厚感のある、鉄のような。
冷たく、熱を持たず。しかしそれでいて、どこか艶のある、鍛えあげられた鉄のような、その人は。
「ようこそ夜凪景」
身長は高く、老人とは思えないほどに真っすぐな背筋のせいで、どこか恐ろしい雰囲気を醸し出している。
年季を感じさせる、真っ白な口髭と顎髭。目尻の皺が今まで彼が歩んできた道の厳しさを物語っている。頭髪はなく、舞台の照明で滑らかな地肌が白く光り輝いているが、そこには恥ずべき禿頭の惨めさはなく、頭髪が一本もないその頭こそが彼の本来の姿であるとさえ思えた。
「ここはテメェがテメェであることを証明する、唯一とねえ場所だ」
男が口を開く。
「俺が欲しいのは臭ぇ役者だけ。
――ようこそ"こちら側"へ。一緒に死の旅に出ようか、夜凪景」
『星アキラ熱愛ではなく共演?』
『胸を撫で下ろしている女性ファンも多いのでは――』
『先日明神阿良也さんの舞台挨拶で謎の美少女を連れた姿を目撃された星アキラさんでしたが、あれは今秋公開予定の舞台の宣伝だったという事で』
「――はぁ」
劇団天球による舞台、『銀河鉄道の夜』
ダブル主演。
孤独で空想好きな少年"ジョバンニ"役に鬼才・明神阿良也。
裕福で人気者のジョバンニの親友"カムパネルラ"役に新人・夜凪景。
「……」
本入れ初日の、稽古場。最新のスマートフォンの液晶画面見る、青く透き通った瞳。
写っているのは、先日の夜凪景とのスキャンダル。
僕の――スターズ俳優である『星アキラ』の俳優生命を守るために、おそらく母さんによって『劇団天球』へと参加させられたのだと思う。
やれることは全部やる。それが僕の心情だとはいえ、
「やっぱり歓迎はされなかったな」
予想はしていたけど、少しメンタルにくるな――
初日の稽古を終えた僕は稽古場から少し離れた休憩所に座り込みながら、一つため息をついた。――ある種当たり前の結果とはいえ、少しは心に来るものがあった。当然といえば当然ではあるが、世界で通用する演出家である巌裕次郎に認められた舞台役者達は、星アキラを良くは思わないだろう。……わかってはいたけれど。
僕の受けた、受ける仕事はそのほとんどが特撮や若者に受けるよう狙って作られた作品ばかりだ。自分の才能であったり実力を発揮させるような作品はほとんどない。母さん――スターズの社長である星アリサによって敷かれたレールの上を歩いている僕なんか、明神阿良也に言わせれば『臭いのない役者』というのは、当然といえば当然なのかもしれない。
「……くそ」
巌裕次郎という、超一流の演出家。
明神阿良也を始めとする超実力派揃いの俳優たち。
ひょっとすれば――彼らと一緒に芝居をする機会はこれ以降ないかもしれない。スターズ俳優の僕からすれば、この機会は唯一無二といっても過言ではない。……たとえそれが、夜凪景とのスキャンダルを揉み消すための政治的な、バーター的キャスティングであったとしても、チャンスはチャンスだ。
ここで自分の証明をできなければ、僕は――俳優として、いられないのかもしれないと。
「ふう」
浅く息を吸って稽古場へと戻ろうとした時、
「できる気がしないわ」
「……夜凪くん!?」
「あ、私と熱愛してないアキラくん」
「あ、うん」
「あと一週間で表現って習得できるかしら……」
ゔぁゔ〜。
なんだか言葉にならない呻き声を上げながら必死に考えている様子から、劇団天球の演出家である巌裕次郎から出された感情表現の課題に苦しんでいるのだろう。
「夜凪くん、だいぶ苦戦してるね」
「ええ。今日で七日あと三日で感情表現の課題をクリアしないと降板なの私……早く何とかしないと」
夜凪くんの言葉は続く。
曰く若手屈指の舞台俳優である明神阿良也は、偶に芝居を見てくれるがよく分からない事を言う。巌裕次郎は台本に入るまではもう言うことはないと助言は無いそうだ。
「誰も教えてくれないし……何が足りないのかしら」
「その格好で考えてるの見慣れて来たよ。夜凪くん、もし何か手伝えることがあったら――」
「うん、ありがとう。でも熱愛してないから大丈夫よ」
「僕もそのつもりだけど!!?」
全くもう……。
相変わらずよくわからない反応する彼女に少しため息をつくと、僕は飲み干したペットボトルをゴミ箱に入れた。
「じゃあ先帰ってるよ」
「うん」
じゃ――っと、腰を上げたところに、何か視線を感じる。うん? と視線を振ってみれば、併設された図書館から出て来た親子二人組がいた。おや。
あ!! と。子供がこちらを指さして、声をあげそうになってるのを確認して、
「しー」
秘密だよ? と。
そういいながらウィンク。ん、と向こうが言葉に詰まったのを確認して僕はため息をつく。……よし、じゃあ頑張るか。
「あ」
「うん?」
夜凪くんが何かを見つけたかのように見ていた。……どうしたんだい?
3000-4000字が1番いいんやって……
感想お待ちしております。
なんだかんだ羅刹女までは走り切りたいなぁ
ギャンブル
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銀河鉄道編メイン
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とりあえず先進めて修羅場やっちゃう