夜の海にひとりのアトランタが出会ったのは
「対空電探に反応! 敵艦載機が接近!」
「何っ!? ……くそ、今は夜間だっていうのに」
「そんなこと言っている場合じゃない、総員対空戦闘用意!」
「っ!? まずいです、距離はありますが水上電探が敵艦を見つけました! 二時の方が……」
「きゃあああああっ!」
「この距離から撃ってきただと?」
「ここは一時撤退したほうが……あっ、アトランタさんっ! 下っ!」
「えっ……、えっ! 嘘ッ!」
「アトランタ!」
「くっ、いったいどれだけの敵がいると言うんだ」
「それが、現在確認できている敵は1体だけしか……」
「…………艦載機に砲撃、そして魚雷攻撃。こんな芸当をしてくるやつはアイツ以外にはそういないだろう」
「レ、レレレ?」
「レ級を発見した、……こいつを野放しにしておくのはまずいだろう。1体だけだというのならこれが好機だ。これより夜戦に突入する! 総員戦闘準備!」
「あの! それが!」
「どうした、何かあったか?」
「アトランタさんが、その」
いないんです。それに――、
* * *
「ああ、もう。サイアク」
アトランタは左腕を右手で庇うようにして立っていた。
「みんなとはぐれちゃったし、そんなときに限って通信機器も電探も故障って。……ほんっとツイてない」
目を凝らしてみても、何も見つからない。夜間なのもあり、余計に見つからない。
「燃料はまだあるけど、弾薬が少ないね……」
艦隊から落伍した直後、深海棲艦の駆逐艦や軽巡洋艦が何体も現れて来て、逃げ回りながらなんとか対応こそしたものの、そのせいでもといた場所がどこなのかも見当がつかない。
と、そのとき。
ドンッ! 鈍い音にアトランタは慌てて体を捻った。
「くっ、まだ出てくるのか、しつこい!」
どこからともなく現れたイ級の砲撃をギリギリで躱し、自身の砲を向ける。
「Fire! ……がぁっ」
砲撃はイ級に当たりなんとか沈めたものの、その反動は彼女の負傷した腕へと伝わり、強烈な痛みとなる。
「……はぁ、はぁ。ほんっと、夜戦はイヤなんだよ」
アトランタはそう悪態をつきながら、もといた艦隊を探す。けれど通信機器も電探も機能していない今、相手の電探を頼りにするか、それか己の目と耳を使うか。
「くっ……みんなどこにいるのさ……」
はぁ、はぁ。と、少し乱れた呼吸で前に進む。果たしてこっちに仲間はいるのだろうか。もしかしたら遠ざかっているのではないか。ゆっくりとしたその速度からは不安が見える。
本当だったら大声を出して助けを求めたかった。しかし、それで敵を寄せ付けてしまったら、……ただでさえこころもとない弾薬が更に減り、場合によっては処理できなくなる。
トラウマと恐怖をなんとか食いつぶしながら、アトランタはなんとか前に進んでいた。
「あれ……、アレは」
光が見えた。ピカッと光る何かだ。もしかしたら、もしかしたら!
そう、喜ぼうとした。……しかし、アトランタの中に眠る記憶が、なぜか警鐘を鳴らした。
そもそも海上で、夜間に、あんなに光るものはそう無い。じゃああれは何なのか。自身の記憶の中にあるものを必死に探した。
探照灯。脳裏によぎったものは、それだった。
血の気が引いた。忘れもしない、沈んだ記憶。探照灯を照射され、敵から、味方から、砲撃を受けたあの記憶。
アトランタは砲を構えた。恐怖からか、痛みからか、震える腕では照準を合わせることができない。
「誰っ! あなた、あなたは誰! 味方? 味方なの!? それとも敵!?」
そんな言葉が考えるよりも先に出ていった。だんだんと近づいてくる、その探照灯の光に震えながら。
「あの、えっと……、アトランタ……さん?」
聞き覚えのある声だった。
「あっ、え、アカツキ……っ! アカツキッ!?」
「えっ!? ええ、そうよ。私は暁よ」
仲間と会えたという安堵とともに、彼女の中のトラウマがいっそう強く現れる。今は味方、味方だと、そうわかっていても、それでも。
「アンタ、味方……なのよね?」
「え? ええ、当然よ!」
「そう……ならいいんだけど。とりあえずその探照灯を消してくれない?」
「あっ、ごめんなさい」
暁はそう言って探照灯を消した。
「アカツキ、アンタも落伍したのね」
「うん、通信機器も壊れてて。……電探だけはちょっとだけ動くんだけど、対空電探だし、故障であんまり広く探せないの」
「そう……、でもよかった。私のはどっちも完全に壊れてて使い物にならなかったから」
とりあえず一緒にもとの艦隊を探しましょ、そう言おうとした。しかしアトランタがそう発声するよりも早く、邪魔が入る。
ドンッ! 砲撃の音。
「アトランタさんっ!」
いち早く気づいたのは暁だった。暁はアトランタの体を押して、庇う。
「いったあ! 痛いっ!」
「何やってんのさ、アカツキ! アンタ私より装甲薄いのにさあ!」
「……でも、アトランタさんのほうが、怪我してるし。それに、私が探照灯をつけたから、かもしれないし」
「くっ、ああ、もう! Fire! Fire!」
アトランタは撃ってきた駆逐艦に向けて砲撃をする。
「大丈夫なの? アカツキ」
「大、丈夫。だって私は大人のレディなんだもん」
「……大人のレディは正直に言うものなのよ」
「えへへ……ちょっとキツい。でも、大丈夫よ」
暁は撃たれた部分を少し庇いながら、アトランタと向かい合う。ニコッと笑う彼女に、アトランタは少し呆れ気味にため息をつく。
「全く。とりあえずここにこのままいるのはマズイから移動しよう。アカツキ、燃料と弾薬はどれくらい残ってる?」
「どっちもある程度はある……かな?」
「そう。私は弾薬が少ないから、戦闘は任せてもいい? ……そもそも夜戦は苦手だし」
「ええ、任せて! 私にかかればどんな敵でも……」
ザアァッ、そんな音とともに水中からひとつの影が現れた。
黒い服を着た女性の姿で、その手には大きな砲が構えられている。
「ル級!」
「ちょっとまってそれは聞いてない!」
「逃げるよ、アカツキ!」
二人は後ろを向いて、全力でその場から立ち去ろうとする。
もちろんル級はそれを許そうとするはずもなく、追いかけ、攻撃を仕掛けようとする。
ドンッ! ル級が砲撃をする。今までの駆逐艦や軽巡洋艦のものとは比にならないほどに重々しい音だった。
二人の間に大きな水しぶきが上がる。
「きゃあああっ!」
「アカツキ!」
「だ、大丈夫! 当たってはないわ! ……でも」
水しぶきが収まるころ、アトランタの視界には尻もちをついた暁がいた。
「立てる?」
「うん。でもちょっとだけ待って」
暁がなんとか立とうとする。その間にもル級は次の攻撃の準備をしていた。
立とうとした暁が、驚いた様子でまた尻もちをつく。
「アトランタさん、アトランタさん!」
「どうした?」
ブウウウウウン、そんな音がどこからともなく聞こえてくる。
「対空電探に反応が! 艦載機が来てる!」
「なっ!」
アトランタは慌てて砲を空に向ける。しかしこの夜間という状況で、対空電探もないままには艦載機を見つけることはできなかった。
「どこ、どこ!? 音は聞こえるのに!」
「アトランタさん! 前!」
「えっ」
その声にアトランタは視線を正面に戻す。
そこには準備を終え、砲をこちらに向けているル級が。
ドンッ! 撃ち込まれた砲撃に、なんと気づけたものの、それでも左頬を掠める。
「いっ……たぁ!」
「ごめんなさいアトランタさん、私がいろいろ言っちゃったから……」
「大丈夫、アンタのせいじゃない。それよりも、1個だけお願いしてもいい?」
「……えっ、何?」
「アカツキの電探、貸して」
「……? あっ、ええ、も、もちろんよ!」
暁はそう言い、なんとか自分の電探を外してアトランタに渡した。
(なんとか、なんとか次の砲撃が来るまでに、せめてこっちは!)
暁から電探を借り受けたアトランタは、もう一度空を睨む。
(弾薬も少ない。無駄撃ちはできない)
砲を空に向ける。
「Fire! Fire! Fire!」
腕に痛みが走る。
どうでもいい。
腕が震える。
無理やり抑えろ。
一発たりとも。
外せないんだ!
「すごい……」
「アカツキィ!」
「えっ?」
アトランタはいまだ座ったままだった暁に覆いかぶさる。
ドンッ、とル級から再び砲撃がなされる。
痛みが脇腹を刺す。
「がっ……くぅっ」
「アトランタさん! なんで!」
「言ったでしょ? 私よりのアンタほうが装甲薄いのよ。……それに、今度はふたりとも怪我してるしね」
「だからって……」
「でも、これはちょっとキツイかも……」
アトランタはそう言いながら膝をつく。その様子を目の当たりにした暁は「アトランタさん、アトランタさん!」と彼女の肩を持ち、声をかける。
「お前なんか、お前なんか!」
暁は立ち上がり、砲を構える。
「私は大人のレディなのよ! お前くらい、私が、倒す!」
涙を流し、鼻声で、それでもそう、吠えて。
「よく言った暁ィ!」
ドンッ、斜め後ろから、音がした。
次の瞬間ル級が悲鳴を上げながら水中へと沈んでいった。
「えっ、えっ……?」
暁が状況を飲み込めないままに後ろを向く。するとそこには、
「みんな、みんなあっ!」
「探照灯の光が見えてな。それを頼りにここまで来た。ふたりとも無事でよかった。ふたりとも、立てるか? それから動けるか?」
「大丈夫よ、なんたって私は大人のレディなんだから!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔で、満面の笑みをこしらえる暁。アトランタは少し笑う。
「……ええ、私も大丈夫よ」
アトランタはゆっくりと立ち上がる。ちょっとふらつきもしたが、立つことには立てる。前にも進める。
「これ返すわね。ありがと、助かったわ」
「ふぇ? あ、ええ、どういたしまして! ……その、こちらこそありがと」
アトランタは暁に対空電探を返す。
「それでは帰投するぞ!」
「はい!」