千聖さんの書いた後に慌てて書いたこれまた突貫品。
今日中に書けて本当に良かった。
その時間はテレビだって眠るよう。通販番組と風景映像の垂れ流し、あるいは砂嵐。もういい加減寝ろよって言ってるみたい。
午前4時。俺はその時間が好きだ。好きになった。だって世界が俺と君だけになったように感じられるから。ほら、ちょうど今みたいに。
「キモい」
それを彼女――美竹蘭に伝えたら短くそんな言葉を頂いた。ドMではないので嬉しくない。でも反応してくれるのは嬉しい。
「ひでぇ」
灯りを点けていない部屋は薄暗い。彼女の顔はなんとか見える。だけど近くにいるのははっきりとわかる。繋いだ手の温もりがそれを教えてくれる。
俺の一人暮らしをしてる部屋のベッドの上で、二人で腰をかけてぼんやりと意味のない会話をしていた。なんとなく夜が明けるのを待っていた。
ちなみにエロいことはまったくしてない。事後とかピロートークとかそういうのではない。残念ながら。
「酷くない。普通にキモい。というかクサい」
「バカな。まだ加齢臭って歳じゃねぇ」
「そっちじゃないから」
顔なんて見なくてもわかる。蘭はきっと今呆れた顔をしてるに違いない。……蘭の顔を見るとやっぱり呆れていた。
「じゃあ、蘭は好きじゃないのか? こういう時間」
「それは…………嫌いじゃない、けどさ」
蘭は言いよどみながらも彼女らしい言い回しで答えた。
「クサい奴」
「あんたに言われたくない」
「…………」
「…………」
少しの沈黙の後、俺たちは二人で笑った。くだらない話だなって、それがおかしくて笑った。まだ夜だから俺も蘭も控えめ気味な笑い声だった。
「ま、嫌じゃないならいいや」
「ん」
蘭は俺の言葉にそう相槌を打って、繋ぐ手の握り締める力を少し強くした。そしてすぐに元の力に戻した。手でも相槌を打ったみたい。
「そういえばさ」
「なに?」
「親父さんにはうちに泊まることをなんて言ったの?」
実はずっと気になっていた。夕方ごろ、『今から行くから』という短いメッセージが送られてきて、それからすぐに彼女が来た。来た理由を聞いたら『来たかったから』とだけ答えた。夜になったら帰るのかなと思ったらいきなり『今日泊まるから』だ。うちに来た時から遊びに来たにしてはなんか荷物が多いなと思っていたが、それはお泊りセットだった。驚いた。ちなみに泊まる理由は蘭曰く『泊まりたかったから』だそうだ。理由になっているような、なっていないような。
「別に。友達のところ泊まりに行くって言ったけど」
「俺のところに泊まるとは言ってないんだな」
「……言ったらあんたどうなるかわからないよ?」
冗談みたいなことを真顔で言う蘭。なんとなくどうなるかが想像できる。いちおう親戚なんだけど、蘭の親父さんにとっては遠くの親戚というより娘に近づく悪い虫なんだろうか。いや気持ちはよくわかるけど。
その言葉に乾いた笑みが浮かぶ。笑うしかねぇ。
「安心してよ。命までは取られないと思うから」
「安心できる要素が見当たらないが」
命だけが無事というのは安心できる要素足りえるのか。俺にはそうは思えない。
「その時は蘭が俺を助けてくれよ」
「え……それは止めといたほうが」
なんで、と一瞬思ったが、なんとなくわかった。
「……逆効果か」
「そういうこと」
呆れ気味の口調で語る蘭。親父さんだからなぁ。確かに逆効果だわ。余計にややこしくなりそう。なんか想像できる。今きっと俺たち二人は同じことを想像しているに違いない。
「将来が大変だ」
「? ……どういうこと」
蘭は俺の言葉にピンと来てないようだ。
「ほら、結婚する時とか」
「はっ!? け結婚っ!?」
蘭は目を大きく開いて驚く。あまりに予想外の言葉だったらしい。
「だってほら、結婚する前に挨拶があるでしょ。『娘さんをください』みたいなね」
「……あるけど」
なんだか蘭は歯切れの悪い物言いだ。彼女の顔は多分赤くなっている。暗くてはっきりとわかるわけじゃないけど。その理由はわかるようでわからない。
「……ねぇ」
少しの間の沈黙の後に、蘭が口を開いた。
「なに?」
「あんたさ…………本気で結婚する気あるの?」
「誰と」
「………………あ、あたしと」
「…………」
言いにくそうにそれでも放った蘭の言葉はなかなか衝撃的で飲み込んで受け止めるのが大変だった。顔がなんとなく熱いのは風邪とか病気のせいじゃない。
「た、例えばの話だから」
付け足したその言葉は俺にとって意味のない言葉だった。蘭だって恥ずかしさを誤魔化すためだけに言った言葉に違いないだろう。
「あー……うん、いつかは」
照れ臭くて俺はそういう風にしか言えなかった。実際問題、俺は結婚なんて今はまだ想像できなかった。ずっと先の、遠い未来のように感じられた。
「そっか」
蘭は安堵したような口調でそう答えてふっと笑った。
「今はそれで許してあげる」
「そりゃどうも」
蘭の顔を見たら妙に優しいというか穏やかな顔をしていたから俺も安心する。照れ臭くてあんな回答になってしまったけど結果オーライってことでいいのかな。
「ところでさ、あたし昨日誕生日だったんだけど」
「…………そうですね」
急に話題が変わった。しかしこの話題は俺にとってよろしくない。そして蘭の口調はさっきとは打って変わって冷たい。
「どっかの誰かさんはあたしに言われるまで忘れてたみたいだけど」
「はい……」
その『どっかの誰かさん』は俺ですね、はい。色々と忙しくて忘れてました。彼女の口からみんなと誕生パーティーしたと聞いて思い出しました。家に来た時の話だったので、昨日の夕方ごろだ。つまり誕生日当日の夕方に思い出した。切腹モノですねこれは。蘭の責め立てる口調に俺は罪悪感でいっぱいになった。
「プレゼントとかもさ、当然準備してないわけでしょ」
「……ごめんなさい」
蘭の指摘通りなので俺は謝るしかなかった。
「だからさ、誕生日プレゼントは指輪でいいよ」
「え」
俺は思わず彼女の顔を二度見した。仕方ないなと言いたげの穏やかな表情の蘭。
「それでさっきの『いつかは』っていうのも信じてあげる」
「……さっき許してくれるって言ってなかったか」
「許すのと信じるのは違うから」
確かにその通りだ。そもそも誕生日忘れてた張本人が言えることじゃなかった。
「……わかった。ただし高くないやつな」
家計的な意味で高いものは無理だ。もやし生活はさすがにキツイ。
「うん、それでいいよ」
蘭は満足げにそう答えた。
それにしても指輪か。もしかしてこれ婚約指輪になるのか。そういう意図で蘭はプレゼントは指輪がいいと言ったのだろうか。
「明日……っていうか今日か、二人で見に行こうよ」
「ああ」
蘭の顔はなんだか楽しそうで、俺も楽しみになってきた。もう数時間後の話だ。
「指輪、俺はそういうつもりで渡すから」
気恥ずかしさを堪えて俺はそう口にする。蘭を見て、しっかりと伝える。
「そういうつもりって」
蘭は意味を図りかねてるみたいだ。だからここはしっかりと伝える。
「婚約指輪のつもりだから」
「…………クサい台詞」
蘭は目を逸らすというか顔ごと逸らした。蘭のその罵倒は俺には罵倒に聞こえなかった。
「はいはい」
蘭のその挙動に思わず笑ってしまう。すると蘭はこちらに顔を戻して、少し睨んだ。ちっとも怖くなかった。
「……夜明けるな」
俺は蘭のその目つきには触れずに話を変えた。それに触れて彼女を揶揄うと墓穴掘って自分に返ってきそうだ。俺もさっきのやりとり恥ずかしかったし。
カーテンの開けられた窓の外は少しずつ色を変えていく。日が昇って空が明るくなる。もう少しで垂れ流しのテレビだって朝を知らせるニュースが流れる。ゆっくり暮れる。
「だね……」
二人でその様をぼんやりと眺めていた。寝ることもせず、なにをするでもなく、ただただぼんやりと。
「あたしたち、なんでこの時間まで起きてるんだろうね」
蘭がそう零す。
「なんでだろうな」
俺にもよくわからん。
「なんとなく話したかったからかなぁ」
パッと思いついたのがそれだった。
「別にそんなにいっぱい話してないじゃん。話してもどうでもいい内容ばっかりだし」
「まぁな」
それいうと時折二人ともだんまりで何も話さなかった時間もあった。本当になにしてるんだ俺たちは。
「じゃあ、寝るか?」
蘭に尋ねる。
「……いや、起きてようよ」
蘭はなぜかそう言う。なんで起きてるのかわからないのに起きてたいと言う。
「やっぱりもうちょっとあんたと話したいしさ」
その表情はなんだか恥ずかしげで。そしてその言葉はどうしようもなく共感できた。もっと起きて話したいし一緒に居たい。
「珍しく素直だ」
「うるさい」
俺たちは二人で言い合いをしながら、お互いに握りしめる手の力を強くした。
少しずつ、遠くから音が増えていく。だんだんと夜が消えていく。東側から消えていく。
そんな様子を傍目に、今日はどこへ行こうってそんなようなことを二人で話し続けた。今はまだ眠らずに、あともう少しだけ。
全然関係ないけど、今度発売のカバーコレクションのジャケットの水着いいよねぇ。
無邪気にはしゃぐ水着の香澄とこころに目が行ってしまうのは不可抗力だと思うんです。いいよねぇ……。