秘封二次創作「秘恋映すは少女の瞳」   作:八雲春徒

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こんちにちは

この話は完全な番外編となりますので秘封倶楽部の二人は登場しません、ご了承くださいませ。


幕間 「出会い、その彼岸で」

 幕間「出会い、その彼岸で」

 

 

 

 

 青、それだけが視界を埋め尽くしている。

 

「空、か……」

 

 男は手を伸ばす、虚空を掴むように。青の中に黒く。掌の影が見える

 

 ここは、どこだろうか。どこかの地面の上で仰向けになっているようだ。背中越しに伝わる感触からしてコンクリートやアスファルトではないようだ。

 

 男は横たわっていた、広大な草原の真ん中に。そよ風に揺れる草原には一面のシロツメクサが咲き乱れている。

 

 幻想的な風景、立ち上がった男はその壮観なる風景をしばしぼおっと眺めていた。

 

 温かい春の日差しに照らされた緑と白、透き通るような青い空のその美しさに目を奪われていた彼であったが、ふと一つの考えに辿り着く。

 

 ”何故ここにいるのか、俺は死んだはずでは無かったのか”と……。

 

 そう思い至った時、まるで走馬灯、いやフラッシュバックでもするかのように、彼の記憶は逆行を始める。

 

 その瞬きが突きつけるのは、余りにも残酷な記憶であった。

 

「俺は死んだはずだ……。家族と一緒に、雨の山道……谷底に落ちて」

 

 そのリアルな記憶故に彼は困惑する。

 

 ここは雨の谷底ではなく、暖かな草原である。ならばこの記憶は何だ、ならばここはどこだ……。

 

 ああそうか

 

「ここが、彼岸。あの世って訳なんだな……本当に存在するとは驚きだ」

 

 彼はそう自嘲的に笑う。ただ、悲しみや喪失感を誤魔化したいがための嘲笑ではなく、ただ単にこの”有り得ないが有り得ている光景”への半ば強制的な理解であったようである。

 

 その考えに至った彼は、再びその緑と白の海の最中に身を投じる。

 

 手のひらをくすぐる草の感触も、温かい日差しが皮膚を射す感触も、空の青色も。

 

 全てが、今まで生きてきたはずの現実に相違ないことを彼は認識する。

 

 また果てしない青を見上げて、彼はその心を空っぽにしつつある。

 

 彼は思った。死の裁定が下る瞬間のその時まで、こうして何も考えずにいようと……

 

 家族の安否も自分の安否もそしてこれからの行く末を考える事すら、もはやどうでもよい事のように感じられた。

 

 ただこの柔い温もりと心地よさに身を委ねていればいい、と本気で思ったのだ。

 

 あるいは彼はある種の全能的な快楽に享受していたのかもしれない、科学啓蒙主義も物理学もクソもない、絶対的な幻想の世界を己が目が捉え映しているという事実を勝ち誇ったつもりでいたのかもしれぬ、ホーキングが闇を恐れた人間の儚き妄想と吐き捨てた偽りの景色を、まごう事ない実体験を伴い認識したことで超越者になったつもりでいたのかもしれない……

 

 科学に規定された現実を憎み、なおかつ幻想の世界に恋焦がれた彼なりの自尊心を維持するべく発せられたニューロンの電気信号だったのかもしれない

 

 死を体験した人間はこの世にはいないが、死を体験した自己をここに感じながら、うつろな目は青を映し続けている。

 

 されど彼の自己認識を、現実感を歪ませ揺るがせる出会いがここに起きたことは真実と疑うべくもない。

 

 風が吹き、一面の草花を揺らす音が耳に届く。寄っては引きゆく波打ち際の波の砕ける音のような、心地よいゆらぎを自然は持っている。

 

 そんな旋律の中に彼は、明らかに自然のつくるものとは異なる音を聞く。

 

 草を分け、こちらに近づいてくる音、足音か。誰かがこちらに近づいてくる。

 

「迎えが来たかな」

 

 足音の主は死神だろうか、いよいよかと諦観しつつ、最後に死への水先案内人の顔でも拝んでやろうと構えた。

 

 足音が近くなる。鼓動が早まるのを感じながら、迫る死の足音に耳を澄ませた。

 

 足音は、横たわる男の頭の先で止まった。

 

 視界が暗くなる。傘、日傘を差した誰かが顔を覗き込んで、言う。

 

「人間、なぜここにいるのかしら」

 

 冷たい、女の声。その姿をこの目が捉える

 

 ドクンと鼓動が強まる。息が止まりそうな程に固まった。

 

 透き通るような白い肌、腰まで伸びる金色の髪。気味が悪い程に整った面立ちに湛えるのは怪しい光と奥行きを持つ瞳……。

 

 美しかった。短い人生の中で見てきたその全てよりも、その美しさ故に彼女が人間では無い事もわかる。

 

 人形か彫刻か、陶磁器の作り物のような冷たさを感じるのは、彼女が眉一つ動かさずにこちらを覗いているからだろうか、その瞳の深淵に呑み込まれてしまわないように、彼は気丈に言葉を返す。

 

「ええ、見ての通り。貴女は死神か何かですか」

 

 彼女の異様な存在感に気圧された彼の声は少し震えていた。

 

 彼女はその冷たい表情の眉だけを顰めた

 

「死神……どうしてそう思うのかしら」

 

「死んだんですよ多分、で気づいたらここにいた。ここは彼岸、そして貴女は死神だ。とても人間には見えない」

 

 彼女は覗き込んだ顔を上げた、遠くを見ているようだ。しばらくの沈黙の後、彼女は口を開く。

 

「なるほどね」

 

「ああ、さっさと地獄まで連れて行くと良い、貴女みたいな美人に看取られるなら地獄でも構わないさ」

 

 彼は諦めたようにそう言った。その言葉に彼女はその冷たい面立ちのまま、少し笑った

 

「お褒めいただき光栄ですわ。私が人間ではないのは否定しないけれど、ここは彼岸ではないし私も死神ではないの」

 

「だったら貴女は何者でここはどこだと言うんです?」

 

 彼女は答えないままにくるりと踵を返して歩き始める。

 

 そうしてしばらく進んで立ち止まり、背を向けたままで彼に言う。

 

「知りたいのなら、寝てないで私に着いてくるといいわ」

 

「どこへ」

 

 彼女はまたも答えないまま歩き出す。彼は腰を上げて、その背中を追った。

 

 彼女が歩くたび、日傘の下で長くしなやかな金髪が揺れる。さながら貴婦人のような優美な足運びに魅入られるように、その後をとぼとぼと付いていく。

 

 二つの影は一面のシロツメの中を静かに進んでいく……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この草原はどうやら緩やかな斜面になって

 いるようで、振り向けば彼が最初に寝ころんでいた場所も遠く下に見える。

 

 相も変わらず確かな足取りで進む彼女が言った。

 

「ここは丘になっているの、もう少し登り切れば”郷”の全貌が見渡せますわ」

 

「郷、つまり人が住んでいると?」

 

「人間は住んでいませんのよ、今のところは。さあ、見えますわ」

 

 緩やかなシロツメの丘陵を登り切った先、その目前に広がったのは、言葉では現し難い風景であった。

 

 目前には鮮やかな緑に彩られた山、目下には広大な田園風景、空を裂くように鋭く聳え立つ霊峰、遠くには大きな湖……。

 

 息を飲んだ。自分の体を風が吹き抜けたような衝撃があった。

 

 美しい風景だ。日本中を隈なく探せばこんな風景も存在するのかもしれない、だけどこの目に映る景色は何だか懐かしく、温かく。郷愁、ノスタルジーを感じさせた。

 

「すごいな……。ここは本当に日本なのか、いや……そもそもこれは夢なのか。何だか懐かしくも感じる景色ですね」

 

「ええ、ここは日本。けれど人間の手の及ばない場所にあるのよ」

 

「建物もあるようだけど本当に人は住んでいないんですか」

 

「ええ、人はね。あなたがこの地に初めて立った人間ですわ」

 

 ここが彼岸でないのであれば、人ならざる者のいる場所なのであれば、ここは魔界だとか魔境の類なのだろうか。

 

 そんな恐ろしさを感じさせるような景色ではなく、むしろ暖かさや優しさすら感じさせる景色。

 

 彼にはなおさら自分がここにいる理由がわからなくなった。死ぬわけでもないのなら自分はどうすればいいのだろうか……。

 

 静かで美しい風景、美しく冷たい彼女。

 

 突如として吹いた風は彼の孤独感、疎外感を浮き彫りにする。

 

「俺は、どうすればいい」

 

 そう言って、しゃがみ込む。そんな彼に彼女は言う。

 

「帰り方もわからないのでしょう、それならここにいればいい。入ってきた者は拒まない、それがこの郷の理ですわ」

 

「俺しか人間のいないこの場所で……か」

 

「ここは良い場所よ、暗闇に住まう者、理の外側に生きる人ならざる者達の楽園。何を見て感じるかはあなた次第だけど……」

 

 彼女は振り向いて、しゃがみ込んだ男にその手を差し伸べる。

 

「”幻想郷”へようこそ、歓迎致しますわ。

 この場所に初めて踏み込んだ人間のあなただからこそ、この世界がどう映るのか興味の尽きない所ね。案内してあげるから、さあ行きましょう」

 

 出会ってから彼女が初めて見せる。柔らかな笑顔だった。雲間から射す光のような温かい表情であった。

 

 男は手を伸ばす。白い手に触れる。

 

 冷たい感触、けれど何故だか安らぎを感じた。

 

「そんな顔で笑うんですね、貴女も」

 

「人外だからって笑うし泣くのよ、取って食ったりしないから、余り怖がらないで欲しいですわ」

 

「そういう意味じゃないですよ、すまし顔も綺麗だけど笑顔の方が人間味があっていいかな、とか思っただけです」

 

「妖怪の私に人間味ね、本当におかしな事を言う人間ですわ、まあいいわ行きましょう」

 

 そう言って彼女は彼の手を引いた。

 

 彼は何か懐かしい感情を覚える。永く忘れていた感情を。

 

 この出会いは彼の世界にとってのパラダイムシフトだったのだろうか……

 

 

 唯一確かなのは、出会いと別れが分かてぬ物だという事だけである。

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございました。
こうした幕間も所々入れて行くつもりです。

感想お待ちしております。

それではまた
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