私事で忙しいのと、単にスランプ気味なのも相まって筆が遅くなりがちで本当に申し訳ない気持ちです。何とか完結を…
前回の続きのお話です。次のお話でとりあえずこの伏見稲荷編は完結のつもりですが遅筆気味ですので、なにとぞご了承くださいまし。
それでは
十話「思惑 赤より朱い裏参道」
「何人か鏡を把りて魔ならざるものある。魔
を照らすにあらず、造るなり。即ち鏡は瞥見す可ものなり、熟視す可ものにあらず」
深夜の表参道は不気味なほど静かに静まり返っている。夜の帳も降りきったその中で歩く三人の、石畳を踏みしめる無機質な音だけが反響している。
ふと、メリーが呟いた。
「ここが伏見稲荷大社なのね。何だかそれっぽい雰囲気があるじゃない」
「当然よメリー、ここは24時間参拝可能なところが売りだもの、こうして最低限の照明は付いているでしょ」
メリーと並んで歩く蓮子の声もまた静かに反響をしている。
「スズメやウズラの丸焼きを出す店が開いているなら、神幸道から行きたい所なんだが、この時間ともなると、どこもシャッター下ろしてしまってるから。表を行くしかないよなあ……」
「ええ、そんな禍々しい屋台料理があるなんて知らなかったわ。私もまだまだ京都知識には未熟ね……。天然物?」
「当然、天然さ。その分割高なのは否めないけど、肴には最高だぜ」
小さな照明で、せいぜい足元が確かなくらいの明かりの中、楼門への道を歩く。
聞こえる音は俺たちの会話のその音くらいである。深夜は二時前頃、草木が眠る丑三つ時は少々早いが、冷えた空気の蔓延するその道をいつも通りにくだらない会話を交わしながら秘封倶楽部は進んでいく。
この伏見稲荷の結界を暴く、その為に。俺は俺の願いを抱いたままで……。
「知らなくていいわメリーは、丸焼きなんて今どき野蛮だもの。合成食品が主流のこの世の中で、よ。そんな物食べたがるのはこの人みたいな時代錯誤者くらいよ」
蓮子は後ろから俺を指さしてそう言う。本当に酷い言い草だ。慣れてはきたが、こいつは俺に厳しい。
「いや見た目はアレだけど美味いんだって、食わず嫌いは良くないぞ」
「あなた程悪食にはなれないわ、あら楼門も全然明るいわね」
「本殿周辺は深夜でも全然明るいけど、白狐社くらいからはほぼ暗闇だぜ、懐中電灯でもあれば助かるんだけど」
「無いわよ、まあスリルがあっていいじゃない」
「明るすぎても雰囲気でないものね」
表参道を進み、二番鳥居を抜ければ楼門が見える。階段前と門の両サイドで灯篭が煌々と灯っているので、思いのほか明るい。尤も朱の漆で極彩色に塗られた楼門は、その白光だけでは色あせて見えるが、かえって神秘的かもしれない。
神社というのは日中と夜中で全く違う表情を見せる物である。
深夜の神社は特別魔性のような雰囲気を感じさせるが、これは日本人特有の感覚なのだろう。
しかしまあ、外国人観光客も近年は減ってきたし、今のところ誰にも遭遇せず済んでいるのは幸いである。
結局、前時代では京都に求められていた観光需要も時代も都も移ってからは東京に求められるようになったのだから皮肉な話である。
短い石段を登れば楼門の目の前である。
その門を守護するかのように参拝者を見下ろす番の狛狐、その一つにメリーは駆け寄った。
「可愛いわね、稲荷と言えば狐だけど何でなのかしら、別に狐を祀っているわけじゃないんでしょ」
メリーは初めての稲荷大社に興奮しがちである。
「これ、可愛いの? たまにメリーがわからなくなるわ……。うん、狐は稲荷伸の眷属だったはずよ」
蓮子は足を止めて、メリーの言葉に返す。確かに暗闇の中の狛狐が可愛いというのはよくわからないが、メリーが楽しそうなのでいいとしようか……
稲荷神社は狐を祭神とする神社だと思われがちなのだが、それは事実ではない。稲荷とは稲が成る……。というのが語源だというのが通説でここの主祭神である宇迦之御魂神も穀物の神である、とされているそうだ……。
「そうだな、どうも神仏習合に関係しているそうだぜ、鎌倉時代だったかな……。空海の弟子残した伝承に、白い狐の老夫婦が稲荷の眷属になったエピソードがあるんだそうだ」
「オススキとアコマチだったかしら、私も何かの本で読んだことがあるわ。それも何だか胡散臭い話よ」
「仕方ないんだよ、それは。その事実を暴く為に来たんだろう」
「私の目でね」
メリーは俺の目を覗き込みにこりと笑ってそう言った。何だか圧力を感じるので取り繕うとしようか……
「ごめんなメリー、偉そうに能弁垂れてる俺も蓮子も結局はメリーの能力無しじゃあ何も出来ないんだぜ」
「なんで私も一緒にされてるのかしら、頭脳明晰で星を読める瞳……。あなたと同等になる要素なんて無いと思うけど」
「おい……俺はフォローのつもりで言ったんだけどなあ、蓮子の下らん見栄のせいで台無しだ」
「私だったらフォローどころか口説き落としちゃえるわ。ね、メリー」
そう言って蓮子はメリーに後ろから抱き着いた。
神聖なる社の門の前で何をやっているんだ……。なんて事は置いておいて、メリーが怒って蓮子に突きの一つでもかましそうな流れである。いや、それなら俺も安全ではないか……。
「蓮子……。もうその手には乗らないからね」
「あら、怒らないのね。私を受け入れてくれったってことかしら」
「許してくれたんだからやめとけって……」
「あなたも大概よ……。でも能力だけで評価されてると思うと寂しいわねえ……」
メリーは拗ねたように口を尖らせた。何だか悪い事をした気持ちである。確かに秘封倶楽部の活動にメリーの境界視の能力が不可欠なのは間違いないが、俺も蓮子もそれは抜きにしてメリーの事を一人の人間、友人、仲間として大切に思っている、はずである。
「確かにメリーの能力は頼りにしてる。けどそれ以前に俺は一人の友達として大切……っていうかリスペクトしてるぜ。蓮子はどうか知らんけど」
「冷血動物扱いしないで欲しいわね、私のメリーへの愛はあなたが一番知っているはずだけど? キャンパスの窓際で物憂げな顔したこの子に声を掛けた日から私はメリーの虜なのよ」
と蓮子は相変わらず臆面もせずに言う、ふざけているようで蓮子はこれで真面目なのである。
メリーもそんな言葉に呆れたのか、それとも機嫌を直したのか笑って言う。
「ふふ、恥ずかしいからもういいわよ。でもありがと……。さて、本殿は参拝していくのかしら」
「折角だからしていってもいいぜ、今何時かわかるか、蓮子」
蓮子は嫌そうな顔で空を見上げる。
「2時6分45秒……。まだ例の時間まで余裕あるわよ。というか時計見たらいいんじゃないの」
「いいだろ別に、いつも聞きもしないのにぼそぼそ時間呟いてるじゃないか……。それじゃあお参りしていこうぜ」
楼門を越えた先に見えるのは外拝殿である。この外拝殿は別に参拝する場所ではなく、何らかの祭事の際に神楽や舞踏を奉納するための舞台なのである。
話題に挙がる本殿はその舞台の向こう、石段を登った先、内拝殿と接して建っているのが本殿である。
楼門を抜けて、その舞台を左に砂利を踏みしめながら歩く。
相変わらず静かで薄暗い境内には三人のその足音だけが響いていた。
蓮子の言う例の時間とは、結界の裂け目が開くとされる”2時43分”の事である。
暗いとはいえ目的の奥社奉拝所まで登るのもここから二十分とかからないので、メリーも乗り気な事だし、少し寄り道してこの伏見稲荷の”表”の本殿を拝んでいくことにしようか。
外拝殿からしばらく歩き、件の内拝殿に辿り着いた。伏見稲荷を象徴するとも言える鮮やかな赤色の柱と梁、その上に黒い屋根が曲線を描いて乗っかっている。
順路通りに行くのであればまず地元の人間だろうと観光客だろうとこの社に詣でる事だろう。そんな本殿に真実の稲荷伸がいないというのは空虚で悲しいが、参拝という文化そのものにも、また意味や意義はあると思うので
俺も蓮子もメリーも木製のくすんだ賽銭箱に思い思いの小銭を投げ入れ、幾本か天井からぶら下がる紅白の布を引き、揺らした。
そして二度、頭を垂れ。二度拍を打つ……
ふいにメリーが俺に問う。
「何を、お願いしたらいいのかな、あなたはどうするの?」
「ああ、そうだな。結界暴きが上手くいきますように……。とか」
「じゃあ、私もそうする。本命のお願いは後に置いといてね」
「本命か、よっぽどの願い事なのかな」
「それは内緒、詮索したがる男子は嫌われるわよ」
「ご忠告痛み入るな、見ての通りの有様だぜ」
「そう開き直らないで、冗談よ。私も人の事言えないしねえ……」
そう言って笑うメリーの声にはやはり何か物憂げな雰囲気があった。「向こう側」への妄執に囚われた俺も、「向こう側」に迷い込む彼女も……。その現実の希薄さにおいては同じなのかもしれない。
結界の向こうを見てもなお現実と幻想をフィフティフィフティで見られる人間なんて我らが会長くらいしかいないのではないか。
その会長は長い黙祷を終え、こちらに向きなおった。
「二人とも参拝中に何喋ってるのよ……済んだなら行きましょ、時間は迫ってるわ」
「蓮子ったら長々と目瞑ってたくせに時間なんて気にするのねえ」
「月旅行に行けますように、とか色々お願いしとくのよ」
「行きたきゃバイトでもすればいいじゃないか」
「するわよ、そのうちね。さあ件の奥社奉拝所に向かいましょ」
「まだ二時十分だ。道も暗いし焦らず行こうぜ……」
内拝殿、もとい本殿の横を左に進めば、また赤い鳥居と短い石段が見える。ここまでくればかの有名な”千本鳥居”も目の前である。
階段を登ってすぐ、目の前に見える社は確か玉山稲荷社とかいう名前だっただろうか、確か稲荷伸の分霊を祀る神社であったはずだ。最低限の照明しかない薄暗闇の中でもよく目立つ赤い漆の玉垣と主張の強い装飾はさすがは分社と言った所である。
とはいえ、本殿を参拝した後。それにのんびりもしていられないので先を急ぐとしよう
玉山稲荷を右に曲がればいよいよ千本鳥居の入り口が見えた。
ちょうど、その入り口に突き当たる前あたりに小さな祠が見える。蓮子は立ち止まり、その社を俺の後ろを歩くメリーに指し示して見せた。
「メリー、ここに建ってるのがさっき言ってた白狐の祀られる社よ」
「伏見稲荷の眷属なのよね。結界の向こうなら可愛い白狐達に会えるのかしら……。でも狐を祀っているなんて珍しいわよねえ」
「会わせてあげたいけど、まだ不確定だなあ、例の書き込みからは結界の向こうの詳細なんて一切読み取れないし……。ただまあこの白狐社は世界で唯一、白狐の霊を祭神とする神社なのは間違いないぜ」
そう大まかに説明して、千本鳥居のその中へと足を踏み入れるつもりだったのだが、蓮子がまた嬉しそうに口を挟んだ。
「ここに祀られているのは、真雅の稲荷流記に書かれる狐の老夫婦、その妻であるアコマチというのが神社の見解なのよ、暗くて見えないけど、そこの解説板にもそう書いてあるはずだわ」
「ふーん、蓮子は相変わらず物知りねえ、真雅って弘法大師の弟子だったんじゃなかった?」
「その通り、弘法大師……。空海の一番弟子それが真雅だ。結局は狐と稲荷を結びつけたのは神道とは袂を分かつはずの密教真言宗の思惑によるものだったって訳さ、神仏習合……悪く言うなら自分の仏教を浸透させるツールとして稲荷信仰を利用したんだな」
「えー、何だか夢のないお話ねえ。それじゃあ稲荷と狐は本来では全く関係ないって事なの?」
メリーは露骨に嫌そうな顔をする。この薄暗い中でも顕著にわかる程に、確かに史実ではそうなってしまうがっその史実とやらも後世の人間がその文書を改めれば簡単に書き換えられる物である。
メリーの稲荷社への幻想を壊してしまうには根拠もないし忍びない、結界の向こうという真実を観測するまでは、どんな希望的観測もあり得て然るべきだと思う。
そんな俺の杞憂を察してか、千本鳥居の入り口のその前で立ち止まる俺たちの中で蓮子は言う。
「まあ、メリー。史実を遡った先のおあつらえ向きの真実はさておき。数百年と人々が崇め、信じた稲荷像は簡単には虚無に還らないわ、きっと事実としてこの世に残り続けるはずよ。人の総意って、思う以上に強力なのね、物理学の徒である私が言うのも心苦しいけど」
「結界暴きが禁じられるのも納得だよな、行こうぜ」
白狐と奥宮を越え、ついぞや千本鳥居へと足を踏み入れる……。
鳥居から屋根の着いた灯篭風の照明器具が等間隔に並んでいるが、その間隔もかなり広く千本鳥居の中はほとんど暗闇といえる。その頼りない白い灯りを頼りに無数の鳥居の織り成すトンネルの中を三人はなおも進む。
「わあ……。幻想的ねえ、本当に千本あるのかしら」
「千本どころか、一万基はあるってのが通説らしいなあ、稲荷講が奉納しやがるんで今でも増えてるみたいだぜ」
「今じゃあ一万数千基だっけ、数えてはいけない、みたいな下らない都市伝説もあったかしら」
「実際の数は分からないな、稲荷のご利益のあやかりたい連中が奉納した欲望のトンネルなんだからさ」
「つくづく、夢のない話ね……」
「それも結局後付けなのよ、稲荷は本来五穀豊穣の神様なんだから……」
小さな白い光と、赤い漆塗りの鳥居が寄っては過ぎていく。
沈黙、暗闇……。そんな中、もう少しで奥社奉拝所へ辿りつこうかと言う時、数万基の鳥居の作り出す光と影、その中で蓮子は俺に言った。
「さて、そろそろ目的地に着く事だし……あなたの本命、話してくれてもいいんじゃないの?」
鋭い眼差しだ。
案の定俺がもう一つの目的を隠してここまで来た事は蓮子には筒抜けらしい、元々感情を隠すのは苦手な方なのだ、ずっと隠し通すほどの事でもない……。
そろそろ、二人には話してしまおうか。
「ずっと……、黙っていて悪かった。余りにも個人的な話だったからな……。蓮子、メリー、
かつてこの稲荷山に存在した”谺ヶ池”を知っているか?」
蓮子はその影の最中、しばし考えから思い出したように言う。
「谺ヶ池……。ああ確か、私達が生まれる前の震災で枯れて、埋まったとされている幻の池だったかしら」
「そうだ、先の震災で、今は跡形もなくなってしまった……この伏見稲荷の新池の事さ」
「今はその畔の熊鷹社だけが残っているのよね、でその池がどうしたのかしら」
「谺ヶ池って名前の由来、なんだと思う?」
「それなら……
言いかけた蓮子を遮ってメリーが言う
「ストップよ、どうせ蓮子は知ってるんじゃない。仲間外れも癪だから私が当てさせて貰うわね。ずばり、その池は声が良く響く地形なのね。やっほーって、だから谺ヶ池……合ってる?」
自信満々の笑みである。
「さすがはメリー、勘が良い。ほとんど正解だ。それともう一つ、ある言い伝え、というか伝説に由来するんだが……」
「ほら合ってたでしょ、それでその伝説ってどんなの? それが目的なんでしょう」
「ああ……。伏見稲荷の七不思議の一つに数えられる谺ヶ池の伝説、失せ人を探す者が池の畔に立ち、拍を打つ。するとその音は反響し、やがて宣託となり失せ人の手がかりを教える……。そんな話だ」
蓮子は俺の言葉に、何か察したようなそんな顔で答えた。
「なるほど……。あなたはそのウワサを信じて、そして一縷の望みを託した訳ね、最初から言ってくれればいいのに……。でその池は」
「ああ、例の結界の向こうには、まだその池が取り残されているそうだ……。すまないな、恥ずかしくて言えなかったんだ」
「あなたが私達と結界暴きを共にする理由、それくらいは分かっているわ。だから変に気を遣わない事ね……。あなただって秘封倶楽部の一員、そうでしょう?」
蓮子はポケットから、そう……懐かしい、いつかの月夜に蓮子……彼女が俺とメリーに渡したESPカードを取り出して見せた。星の記号が描かれたカード、彼女の大叔母「宇佐見蓮子」の遺品である。
「ふっ……。そうだよな、ありがとう蓮子、もちろん大事に持ってるぜ、ほら」
奥社へ続く鳥居の前……。俺も財布に仕舞っておいた一枚のカードを取り出して、見せた。
十字の記号が記されたカードである。
「私も持ってるわよ、この禍々しいカード」
そう言ってまた俺と同じように、メリーも一枚のカードを取り出す。
波の記号が記されたカードだ。
蓮子は満足げに頷く。
「よし、それじゃあ秘封倶楽部を始めましょうか」
千本鳥居を抜けきり、目の前に広がるのは暗闇と、その中に浮かぶ赤い建物だけである
ここ”奥社奉拝所”のあるこの場所は古来から「命婦谷」と呼ばれている。稲荷山そのものを神体とする稲荷信仰において、稲荷山三ヶ峰と接するこの場所は聖域と人間界の境界としての意味を持つ。
「その怪しい鳥居とやらはこの向こうにあるのかしら?」
「見ればわかるよ、かなり異質だからな……結局何に由来する物なのかも分からないし」
暗闇の奥社奉拝所、前方に見えるのは神体たる霊峰のつくる影のみ、であり。拝殿に灯された照明より漏れ出る光を頼りに、その拝殿の横を進む。
メリーに答えたように、その不可思議な鳥居は本殿の真後ろ、背面にあるのだ。
奥の院、その拝殿の横を歩く
赤い本殿を通り抜けた先、稲荷山と接する境界……。その場所に”それ”はあった。
崖に並び立つ玉垣のその中心、空間に作られた。石段、その一面に小さい鳥居が敷き詰められている。
確かに登れそうにはない……
その気味の悪い石段の奥には赤も剥がれた鳥居が暗闇に聳え立つ。
「ここが例の場所ね、雰囲気は申し分ないわ。メリーはどう?」
「うん……。揺らぎというか力場は感じるわね、あのカードみたいに……」
「メリーがそう言うんなら、間違いなさそうだ……。今は、二時四十分ちょうど……」
「ちょっと、時計持ってるのなら私の目に頼らないでよね」
「こう鬱蒼と木が茂ってるとその能力も使えないだろうから、こうやってしょうがなく腕時計を見てるのさ」
「分かるわよ。少しでも空が見えるならね、二時四十一分三十秒……。違って?」
「ああ、合ってるな。いや、便利な能力じゃないか」
俺と蓮子の下らない言い争いに耐えかねたかのかメリーが割って入る。
「もう、そんな話は良いわ。もうすぐ結界が開く時間よ。さあ、私の手を握って」
そう言って、メリーはその白い両の手を俺と蓮子に差し出す。
俺に手を握れというのか……。どういう理由かしらないが、いきなりは憚られるというものだ。
そんな俺の焦燥を察してか、嘲るように蓮子が言った。
「そーいえば、あなたは知らなかったわね。メリーの体に触れていれば、そのビジョンを共有できるのよ。顔赤くしてないで、ほら早くしなさい」
全くの初耳である。何だか図星を突かれたようで気に食わないが、もう時間もない。
ええい儘よ。とメリーの手を握る。柔らかくそして冷たい手だ。
なんて言っている場合でもないか。
「こんなに暗くてどうして俺の顔が見える。デタラメ言うのは止せよ蓮子、じゃあカウント頼むぜ」
「準備は万端よ、蓮子……お願い」
今は何分か……。そんな思慮を遮るように蓮子が空を見上げて、叫んだ。
「わかっているわ、1、2、3.2時四十三分ジャスト!」
蓮子の、その声が耳に届いた瞬間……
視界がブラックアウトした……。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
忙しいながらも必死のパッチ(古い)で執筆中でございます。
感想などいただけると本当に励みになるのでよろしければお願い致します。
それではまた。