秘封二次創作「秘恋映すは少女の瞳」   作:八雲春徒

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お久しぶりです。
やっと続きを投稿出来ました。忙しく筆が遅くなっていますが、マイペースに書かせて頂いております。

それでは


第十三話「灰径 rainydays」

 第十三話「灰径 rainydays」

 

 

 

 

 

 

「思い出とその記憶とを分かつものは何もない。そしてそれがどちらであれ、それが理解されるのは常に後になってからのことでしかない」

 

 

 現実、多くの人間が当たり前のように用いる言葉。辞書を引用するのであれば、今目の前に事実として現れている事柄や状態……それを指して言うのだそうだ。

 

 なんと虚ろな言葉だろうか。多くの人は今生きるこの日々。

 

 学校、仕事。そうして繰り返す言わば日常のルーティンを現実と呼称しているのではなかろうか。

 

 それならば、過去は現実には当てはまらない。目の前にあるのは刹那、一秒前の出来事すら存在を証明しうる確固たる証拠はない。

 

 写真も映像も、記憶でさえも人間はその手で改変しうるからだ。

 

 絶対なる客観など存在しえないこの世界の理の中において、現実という言葉のなんと不安定な事か。

 

 今、このパラダイムの作る社会において現実と夢とは単に相反する物では無くなってしまったのだろうか。

 

 自らの価値観、アイデンティティを喪失しかねない危険なこの議題を前にした人は、きっと深く目を瞑り盲目の今を生きるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 雨音に目を覚ます。

 

 日の差さぬ部屋、薄暗いその中で携帯の画面の現在時刻を確認する。

 

 午前十一時三十分、休みだからといって少し寝すぎたようである。別に予定もないしこのまま寝ていても良いわけだが。

 

 外はあいにくの雨、雨粒に濡れる窓の外には灰色に淀む空模様が見える。

 

 喉が渇いた。ベッドから重い腰を上げて数歩先の冷蔵庫へ足を向ける。

 

 冷たい水を飲み干すと、寝起きでぼやけた視界も思考も少しはクリアになった気がした。

 

 雨の日の寝起きとは不思議な気持ちがするものである。日光が遮られたこの灰色に湿気た空気がそうさせるのか、普段は考えもしない事をふと考えてしまう。

 

 ペットボトルを片手に持ったまま、再びベッドに座り込み俯いた。

 

 このまま二度寝をするのも良いだろう。しかしまあ折角起きたことだし、もう少し物思いに耽るとしようか……。途切れぬ雨音、こういう日には活動するよりかは、じっと何かを考えたり、本を読んだりというのに、より適している。

 

 ああ、活動といえば。彼女達……蓮子、メリー彼女達と最後に顔を合わせたのはいつだっただろうか。

 

 秘封倶楽部の活動としての、”結界暴き”らしい事を行った記憶は、去年の十一月末に伏見稲荷大社の結界を越えてそれっきりか。

 

 そうだ、俺はあの池で声を聞いて……。

 

 いや、そもそもあの場所は特殊でそして不安定な場所だった。きっとあの言葉もそんな不安定な世界の生み出した歪みとかバグとかそんな物だろう。

 

 言い訳じみて馬鹿らしい……。

 

 雨音が強まった。

 

 それより、いつ顔を合わせたか……だった。

 

 そういえば、初詣は一緒に行ったのだったか。何となく伏見稲荷には行こうとは思わなかったので、下賀茂神社から平安神宮、そして八坂神社と。名だたる社を三人で詣でて周ったのだ。

 

 何を願ったのだろう、やはり俺はもうしばらく二人と過ごせる日々が続く様にとそう思っていた気がする。

 

 その夜の木屋町でいつかの東京旅行さながらに浴びるように酒を飲んだせいか。あまり覚えていない……。

 

 電車で家まで帰ったのだろうが、その記憶が無いのは可笑しな話である。

 

 飲んでから後悔するのだが、蓮子のうわばみっぷりには敵わないのだと再認識させられる。

 

 

 

 

 雨粒が窓に叩きつける音だけが灰色に薄暗く照らされた部屋に響く。

 

 記憶にあるのはそれが最後か、何とも楽しい思い出である。ただしばらく真面目な活動はしていないが……。

 

 不穏な神託も何も、本格的に思い出さないまま楽しい思い出だけに浸っていようと、そうして再び微睡の中へ還るべく、横になろうとしたとき……

 

 

 

 

 携帯が鳴った。

 

 誰だろうか、尤も俺に電話を掛けてくる相手など数える程も存在しない訳だけど。

 

 それはさておきとりあえず、ベッド脇で充電器に繋がれたまま震えるそれを手に取り画面に表示された名前を覗く。

 

 以外ではないが意外だ。彼女から掛けてきた事なんてあっただろうか。まあ思い当たらない程には掛かってきていないのだろう。

 

 携帯を耳に当て、出る。

 

「おはよう、珍しいな。メリー」

 

「おはよう、起きてたのね」

 

「この通り、まあもう一回寝ようとしてた所だけどな。俺なんかにどんな用だ?」

 

「そう言わないでよ、どうしても聞いてほしい話があるの……」

 

 そう言う、メリーの声は機械越しに聞いていても何やら切羽詰まっているやら、悩んでいるやらと言った雰囲気を含んでいるような気がした。

 

 彼女、マエリベリー・ハーンは時折、どうしようもなく美しく、冷たく、物憂げな表情を見せる。

 

 けれど俺は、もう決別なんてのは勘弁だから。彼女にはこの世界にいて、ただ笑っていて欲しいと思っている。勿論そんな事は口が裂けたって本人には言えないが。

 

 それでも彼女の健やかなる日々の為ならば俺もやぶさかではない。

 

 何故、蓮子ではなく俺なのか。とか疑問が無いわけではないが。そんな野暮な事を尋ねる程、俺は彼女を知らない訳ではないと自負している。

 

「俺に話したいと……。光栄な事だ、このまま聞こうか……それとも?」

 

「うん……。いつものお店で待っているから。もしあなたが良ければ……、来て……聞いてくれると嬉しいわ」

 

「わかった。パパっと準備して向かうけど、それでも少しかかるぜ」

 

「良いわ、今日は暇だから。ごめんなさい、こんな日に」

 

「そういう気遣いは嬉しくない、俺も暇だから付き合うだけだ。雨の中ドライブするのも思いのほか楽しいかもしれないしな」

 

「ふふ……ありがとう。じゃあ待ってるね、別に急がなくていいから」

 

「りょーかい、程々に急ぐわ。じゃ切るよ」

 

「うん、ありがと」

 

 そんなやり取りに通話は終了した。いつまでも重い腰じゃあいられなさそうだ。

 

 まさかこんな日にわざわざ外出する事になるなんて、考えてもいなかったがメリーに言われたなら仕方がない。

 

 彼女の声は、言葉は、不安でしょうがなくて誰かに話したいだとかそんな風な感情が現われていたようだ。

 

 やっぱり、メリーはどうしようもなく”彼女”に似ていて。

 

 だからこそ、俺をこうして駆り立てるのかも知れない。

 

 とりあえず顔でも洗うとして、洗面所へと足を進める。

 

 尚も雨音は暗く静かな部屋に、響き充満していた……。

 

 

 

 

 

 コートに袖を通し、部屋を出る。

 

 廊下から見下ろす駐車場のコンクリートはこの雨の中灰色に艶めき、所々に水たまりを作っている。それを極力避けながら、速足に車へと向かった。

 

 

 僅かなその距離をビニール傘で雨を凌ぎながら、車までたどり着き。運転席のドアを開けた。

 

 ドアを閉め、濡れた傘を助手席の方へ放り込んだ。

 

 雨の中、駅まで歩くのも億劫なので近くまで車を走らせるとしようか。

 

 鍵を差しこみ、エンジンを掛ける。

 

 程々に急ぐとは言ったが、雨の道路を飛ばすつもりはない。雨道の怖さは誰よりも知っているから、事故ってしまっては元も子もないし。まだ死ぬわけにはいかない。

 

 安全運転でいこう、悪いがまだそちらに行く気は無い。

 

 

 ポケットから取り出した煙草に火をつけ、アクセルを踏んだ。

 

 

 

 春雨には少し早く、空気も降る雨も冷たい

 

 フロントガラスに絶え間なく打ち付ける雨粒を旧車の頼りないワイパーが拭き落としている。

 

 

 JR線の横を走る国道一号は、この天気も相まって他の車もいつもに比べて見かけない。

 

 もはや前時代的な乗り物呼ばわりの自動車も俺の一台含め、首都「京都」ではそれなりに走ってはいる。

 

 公共の交通インフラがこれでもかと張り巡らされたこの都でも、自分の車を持ちたい人間は一定数存在している。

 

 尤も、こんな古臭いオンボロを好んで乗り回す馬鹿はされに限定されはするが……。

 

 雨粒と吐き出した紫煙に霞むガラスの向こう側、この道路を緩やかに下り切った先の景色。

 

 薄墨色の摩天楼群、雨天の下の京都の街はいつにも増して無機質に聳え立ち、アクセルを踏み続ける俺の視界の中で少しづつ大きく高くと移り行く。

 

「はあ……」

 

 深く、肺に満たした煙を溜息と一緒に吐き出して、すっかり短くなったそれをドリンクホルダーの灰皿に押し付ける。

 

 雨の日というのはどうしようもなく気分が上がらない、固定観念と言えばそれまでだし。有意義に過ごす術なんてそれこそ幾らでもあるのだろうけど。

 

 そういえば、この国道一号は東京大阪間を海岸沿いに繋いでいて、旧東海道を踏襲したものだそうだ。

 

 東海道線で行った東京旅行も既に過去、いや過去というか俺にとっては思い出か。

 

 過去と思い出を明確に分かつものは無いけれど、それでも俺にはその数多の経験の中で輝くそれはかけがえのない思い出であるとそう言える。

 

 憂鬱な雨道のその道中にも、ポケットの中では変わらずあの日に蓮子から渡された思い出の欠片は輝いているから。

 

 過去はかなぐり捨て、今を作っていくのにはそんな思い出だけがあればいい。

 

 杞憂も不安も後になってからで構わない、安全運転はやめにして、メリーの待つその場所へ向かうべく、深くアクセルを踏み込んだ。

 

 

 

 

 心持ちを変えてみれば、雨に霞む車窓の景色もあながち悪い物ではない。

 

 JR線を離れれば、通過するのは山に囲まれた府道116号、右手にはいつかに二人と星を見上げた花山が右手に見える。

 

 思えば、出会ってまだ間もないけれどこの街で数々の景色を彼女達と見て来たのだ。

 

 

 

 

 さて後は中心街の、碁盤状に繋がる道を進むだけ、スピードを落とし。いつもの道を走る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着……」

 

 喫茶店近く、古びたビルの中の一角の狭苦しい駐車場。特別安いわけでもないが他に無いから仕方ない。

 

 助手席に放り出された水滴の微妙に付着したビニール傘を手に取り車を降りる。

 

 やはり、古びたエレベーターを一階まで降り。外に出ればそこは雨に濡れる狭い路地裏だ。

 

 百メートルほど歩けば、いつもの店に着く。

 

 濡れたアスファルトを小さな水音を立てながら歩く。

 

 いつもの路地裏を……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 重い、木製の扉を押した。

 

 

 

 

 いつにも増して薄暗く。間接照明に仄かに照らされた店内。この天気のせいもあってか、やはりいつにも増して客は少ない。

 

 入って左、窓際の席。

 

 彼女は物憂げな表情で、雨雲に反射して射しこむグレイの窓明りの中に、カップから立つ湯気の中に座っていた。

 

「来たぜ、待たせた?」

 

「うん……。待ってたわ」

 

 早足に、彼女の対面に腰を掛けた。小さな言葉も聞き逃さない距離に。

 

 彼女、マエリベリー・ハーンは窓からこちらに目を移し。静かに口を開いた。

 

「それじゃあ聞いてもらおうかな……。私の夢の話」

 

 冷たい色と空気の中で、彼女は小さく微笑んで見せた。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回ですが、一週間以内には投稿できると思います。今までに比べるとペースは空きますがよろしくお願いします。

感想お待ちしております。
それではまた
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