秘封二次創作「秘恋映すは少女の瞳」   作:八雲春徒

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お久しぶりです。
少し間が空きましたが、何とか投稿させていただきます。
ひたすらに会話が続くので、少々退屈かもしれませんが
こういう作風ですのでどうか大目に見てくださると…助かります。

それでは!


第十五話「現のユメとジレンマと 兆しは遠く雲の上」

 第十五話「現のユメとジレンマと 兆しは遠く雲の上」

 

 

 

 

 

 

 

「人体は自らゼンマイを巻く機械であり、永久運動の生きた見本である」

 

 

 

 とはよく言ったもので。

 

 冷たい隙間風に身震いし、ハンドルを握りなおす帰り道。気分転換とはいってもまだ春の兆しも薄ら寒いこの時分に車の窓を開け放つ物ではないな、と後悔する。

 

 オレンジの照明が眩しいトンネルを抜ければ、空はまさに黄昏ているではないか。

 

 こんな時間に帰路に着くのも久しぶりではなかっただろうか。

 

 夜の帳が降り切った頃、そんな帰り道に慣れた俺には少々新鮮な景色ではあった。

 

 思うに、通っているのが全く同じ道であってもその瞬間によって見える景色は違い、けして同じ物ではない。よく目を凝らして見てみようと試んだなら、世界は新しい一面を見せてくれるはず。

 

 そんな所で、日々の小さな発見だとか出会いだとか繊細な機微の中に生きがいだとか幸せだとかを見つけ、それで満足できる人間では無かったようだ。俺は……

 

 それではダメだ、それだからダメなのだと後ろ足で砂をかけてしまう。だからといって何も大それた冒険活劇や英雄譚を望んだ訳でもない。

 

 機械的にただタスクを処理する毎日、人間とは律儀な生き物だ。

 

 働くのは嫌いではないが、ふと自分という個人だった物が知らずのうちに社会というシステムの一部品に還元されるようなイメージが浮かんで、心底恐ろしくなる時がある。

 

 これ以上はやめておこうか、横でツッコミをいれる誰もいない今では助長していくだけである。

 

 とりあえず帰って酒でも飲もうか。考える事は山積みなれど、別に一人で悩む必然性は今は無い。

 

 自宅のある市街にハンドルを切る。

 

 西日の逆光に黒い山の稜線の向こう、変わらぬ摩天楼の聳え立つ姿も今日ばかりは卒塔婆の群れとは形容できず、サンゴ虫の創る珊瑚礁のように煌めいて見えた……。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、帰宅した訳である。

 なんだかんだと呟いてはいたが、まだ明るいうちに玄関を跨ぐのは悪い気がしないもので割と重くない足取りでこれまた意気揚々と冷蔵庫の扉を開いたのだが……

 

 打って変って意気消沈、開け放ったままの冷蔵庫が音を立てるその前で頭を抱えた。

 

「いや……酒無いし……」

 

 うかつであった。箱買いして冷蔵庫に放り込んでいたはずの愛しの缶酒達は無残にも傍らのごみ袋の中に凹んでいるではないか。

 

 何本かは残っていただろうなんて希望的観測をした数分前の自分を恨む……。

 

 とはいえ、怨めど憎めど現状は変わらない訳で……。

 

 コンビニまで歩こうか、十分も歩けば着く距離だ。それぐらいの体力はもちろん残っている。

 

 往復ニ十分、軽く運動して飲む酒もまあ悪くは無いか……。どうせコンビニで買うなら尚更、帰り道に寄れば良かった物を……

 

 そんな思いもある。くだらない事を考えているから大切な事を見落とすのだから、反省の余地しかない性分である。

 

 とりあえず、上着をまた羽織りつつ靴を履き跨いだばかりの玄関を飛び出した。

 

 

 

 

 まだ、明るいとはいえ道路脇の街灯はちらほらと灯り始めたようだ。物理的にも金銭的にも寒い懐に上着の襟元を正しながら歩く。

 

 その横を、これまたちらほらと数台の車が通り過ぎて行った。彼らもまた先ほどまでの俺と同じように今、帰路に着くところなのかもしれない。

 

 

 

 

 向こうの空にはひつじ雲が浮かんでいる。夕日に照らされた雲は何だか切なくってすきだ。あと一時間弱もすれば完全に日は沈むだろう。

 

 昼と夜の境界にある黄昏、比較的ゆるやかに流れる時間の中、少しだけ足を早めた。

 

 尤も別に急ぐ必要も無いのだけれど、ちまちまと歩いている道理も無い。なので別に走ったって良いのだ、気が狂っているかよほど急いでいるのだと思われるだろうが……

 

 こんな俺も幼い時でこそ、こんな空の下で駆け回っては遊んでいただろうか。

 

 ただの推察で覚えてはいない。否、そう言い張っている。

 

 ただまあ年を取ると、それだけ全力疾走する事も無くなるな。

 

 頭上に光るポール看板が見えた、コンビニに到着だ。

 

 ドアを潜ればその横に積まれたカゴの一つを手に取って酒類コーナーへ移動、もはや流れ作業である。

 

 ガラス扉の冷蔵庫に陳列されたその中から見慣れたロング缶を三本、優しくカゴに放り込む。そのまま右に九十度、乾物のつまみコーナーを前に停止。

 

 少し悩んで物色したが、結局はいつもと大差ない物を二つ選んでレジへと足を向けた……

 

 

 

 他愛ない、これにて買い物は終了である。非常に面白みに欠けるが……

 

 それでも、完全なリピート。繰り返しではない。空はまだ明るいし、コンビニの店員の顔ぶれも少し違った。

 

 些細が過ぎるけど

 

 それでも大きな発見だ。何百と繰り返してきたこの買い物も、毎回少しは違っていたのだから。そう考えると悪くは無いだろう。

 

 また同じように、少し早足で右手に提げるレジ袋に少し気を遣いながら来た道を戻る。

 

 さほど車の通らない四車線、横断歩道を渡れば。住宅地を進む路地がずうっと、山にぶち当たるまで続くだろう。

 

 ふと、前方から近づく足音が耳に入った。早足に緩やかな坂を進む俺の革靴のその靴音よりも速いサイクル、要するに走っている。

 

 何となしに視線をそちらに向けて見た。

 

 何のことは無い、ランニングをしているのだ。俺とそう年も変わらないであろう男がそれなりの恰好で風の様に俺の横を通り過ぎて行った。

 

「その手があったか、うん」

 

 確かにあの恰好なら街中で全力疾走したって変には思われないだろう。それとも何か、ストイックでかっこいいなんて思われたりするのか。だとしても真似をしようとは思わない、疲れて帰ってきて何でまた額に汗して走る必要がある。俺はアスリートではないしそこまでして恰好つけたいとも思わない。

 

「はあ……馬鹿らしいな」

 

 これは自分に対しての言葉だった。自分が情けなくなった訳だ、缶酒をぶら下げて帰る男がどうして自分を変えるべく額に汗して走る彼を笑えようか。

 

 どうも近頃は自分のいかに情けないかを自覚させられる事ばかりで辟易する。俺という人間はもう少し器用だと自覚していたはずだったのだが……。

 

 立ち止まる。

 

 俺は何か変われただろうか……

 

 俺の心はあの夢に、彼女の瞳の中に、閉じ込められたまま変わらずにいるのだろうか。

 

 ただ俺も、二人と出会って少しでも変わったはず。いやその言い方では傲慢すぎる、正しくは

 

「”変えられた”だな、結局ひとりでは何もできてはいないし」

 

 そんな俺でも、何かを変えるべく決意を固めて

 

 いつもは直進する道を左へ曲がった……

 

 

 

 

 

 

 

「って感じな訳よ、今」

 

「いやどんな感じな訳? 自分を顧みるのは結構な事だけど、私にわざわざ電話してきてまで言う事なのかしら。理解に苦しむわね」

 

 携帯のスピーカーからは相変わらず辛辣な蓮子の声が響く。

 

「というか風の音がするんだけど、外なのかしら」

 

「まあな、少し風が出てきた」

 

「ふーん、じゃあランニング始めたのね。影響されて」

 

「息切らした声に聞こえるか?」

 

「ええ、聞こえないわ。それにあなたがそんなイデオロギーで動く人間だとも思わないわね」

 

「ご名答、さすが蓮子だな」

 

「何がご名答よ……。はあ、しょうがないから聞いてあげる。”それじゃあ何してるの? ”」

 

 酷い棒読みで蓮子は言った。何となく察された様子ではあるが、続けるか

 

「公園の、ベンチで……」

 

「で?」

 

「二本目開けたとこ」

 

 多分俺はドヤ顔気味に言ったのだろうと思う。とりあえず蓮子は一瞬小さく吹き出した後、やっぱり辛辣に続けた。

 

「ぷっ……。あーなるほどさっきのは壮大な前振りだった訳ね。ありがとう、ちょっと笑ったわ……はいじゃあ切るわね」

 

「待て待て、いや悪かった。ほんの冗談だよ、出来心でつい……」

 

 あやうく切られそうになり、慌てて謝った。悪ふざけが過ぎたか。まあ人気のない公園で一人飲んでいるのは事実な訳だけど

 

「切らないわ、冗談よ。笑ったのは本当だけどね、さすがのあなたでもそれ言う為だけにかけてきたりはしないでしょう」

 

「良かった……。まあ御察しの通りちょっと話があってな。あ、外で飲んでるのは本当だぜ」

 

 とりあえず話は聞いてくれそうなので安心した俺は、片手に持つ缶を口へ運んだ。

 

「私にお悩み相談? それならそれで聞いてあげるけれど、私も暇じゃないのよね」

 

「それは助かる。いや忙しいなら無理にとは言わないが、ちなみに今何してる?」

 

「レポートを仕上げてるのよ、一万二千字の。大学生も遊んでばかりじゃいられないのよ」

 

「それはまた……大変そうだな。まあ蓮子の専攻なら仕方も無いのかもしれないが。やっぱやめとこうか?」

 

「あ、一言付け忘れていたわ。”缶チューハイ片手に”って」

 

 蓮子はそう言って笑っている。やり返されたか……

 

 というか、それなら俺と大差ないではないか。ただ蓮子なら一升瓶開けながらでも完璧なレポートを書き上げるだろう。もはや悔しくも無い

 

「なら、片手間に俺の話を聞くくらい造作もないだろ。遠慮なく喋らせてもらう」

 

「そうして頂戴、で何の話なのかしら。良い話? それとも悪い話?」

 

 蓮子がそう問い掛ける。

 

 できる事なら俺も良い話をしたかったのだが……今回ばかりはどうしようもなくシリアスな方向になりそうで心苦しい、そういった類のは苦手だ。

 

 それでも酒の力を借りてでも、話さねばならないのだろう……。二本目の残りを一気に流し込み、答えることにする

 

「まあ、あれだ……メリーの話だ」

 

「……恋愛相談? だとしたら悪い話ね、許さないわよ」

 

 電話越しにもその気迫が伝わるほどの本気なトーンで言う蓮子、身震いがする思いで取り繕う。

 

「仮にそうだとしてお前にわざわざ言わないだろう、もちろん違う」

 

「ま、そうよね。それで真剣な話なら何となく想像は付くけど……」

 

「多分、メリーから聞いたんじゃないか? 夢の話」

 

 

 

 

 俺がそう尋ねると蓮子は一瞬だけ沈黙し、それからまた溜息交じりの声色で続ける。

 

「はあ、わかってはいたけどやっぱりその話よね……。もちろん聞いたわよ、件のクッキーも持ってきてね」

 

 やはりというか、蓮子もその話をメリー本人から聞いていたようである。それに彼女の口調からは、この件に関して胸に一物を抱えている事が容易に伺い知れた。

 

 無理もない、プランク並みの頭脳を持つ彼女でも……いや、そんな彼女だからこそ看過できない話ではあるのだろうし

 

「そうか……。どんな感じだった? メリーの様子」

 

「本人は至って元気そうだったわ、夢の世界の話をするだけして一人で満足して帰っていたんだから。いつもの事だけど、人の夢の話なんて……」

 

「されても迷惑なだけ、とか言うんだろ。そんなんだからあの子は俺なんかに相談しに来たんじゃないか」

 

「余計なお世話よ、私だって真面目に聞いたから久しぶりに頭を抱えてるの」

 

「それもそうか、悪い」

 

「いいけどさ、それにメリーがああして元気だったのも多分あなたのおかげでしょ。悔しいけど感謝するわ、ありがとね」

 

 確かに悔しそうに蓮子は俺に礼を言う。前なら滅多な事があっても素直に”ありがとう”なんて言われなかったのだが、最近は不本意そうにがほとんどでも、そう言ってくれるのは嬉しかった。

 

「ああ、どういたしまして。けど別に大した事はしてないし、できやしないさ。少しでも役に立てたなら光栄だけどな。ただ……」

 

「ええ……そうね。あなたの言葉であの子はきっと”こちら側”に踏みとどまれたんだと思う。とりあえず今のところはね、危険とまではまだ言わないけど……安全ではないわ」

 

「そうだろうな……。メリーが夢を夢と認識してその上でこっちに居場所を見いだせるのなら、とりあえずは大丈夫かもしれない。ただそれ以上にあの力はまだ未知数だ」

 

「そうねえ、今のままなら多分大丈夫なんでしょうけど……。いや大丈夫じゃないわ、夢の中の物体が現実に現れたら困るでしょう」

 

「困るか? 確かに質量保存の法則には反してる感じはするけどさ。俺はピンピンしているぜ」

 

「黄泉戸喫って知ってるかしら?」

 

「もちろん、古事記に見えるイザナミの逸話から幽世の物を食って現世に帰れなくなることだろう」

 

「ギリシャ神話にも似た話があるみたいよ

 というか知っていてよく食べる気になるわねえ……」

 

「あっちで食ってたらもしくは……。けれどまあ成り行きだし、それにただのクッキーで呪いも魔法もかかっちゃいないさ」

 

「はあ……そうねえ……」

 

 気の無い返事である。

 

 まあよく考えてみれば、夢の中の物体が目の前に現れたという状況は物理学者にしてみれば自分の世界を否定されてしまったと言ってもいいだろう。

 

 それでもあくまで「あのクッキーは夢から顕現した」を前提に話が進むのは単に”物理学者”と一枚岩ではない蓮子だからか、メリー

 の人格と能力に絶対的な信頼を置いているからか……

 

 何にせよ、その絶対的な信頼が少なからず蓮子や俺の頭を悩ませていることは疑うべくもない。この話をし始めてから蓮子のレポートを書く手も止まっているようでキーボードを弾く音はすでに消え、珍しくも元気の無さげな蓮子の声に中身の入ったアルミ缶と机の接触音がかすかに混じる。

 

 相変わらず人気のない公園

 

 片隅のベンチからふと見上げる空はそのほとんどが限りなく黒に近い青色に染められていた。いよいよ夜が降りてくる、どうりでさっきから寒い訳だ。

 

 酔ってしまいたくても頭が冷えて仕方がない、とはいえこの話に何らかの着地点が見えるまで立ち上がる気力も起きぬまま、暗がりの中手さぐりに三本目のプルトップを持ち上げる。

 

「ねえ、最近真面目に活動しすぎたかな」

 

「唐突だな……真面目な活動の定義がいまいち分からんけど、俺が関わり始めてからで数えても結界暴きは随分と……」

 

「そうでしょう、世界の秘密を暴き出す事こそ私達秘封倶楽部の目的ですもの。だからこそ」

 

「だからこそ?」

 

「ええ、だからこそ。幾度となく結界を越えて、その度に少しずつ……あの子の力は強まっている。そう思うの」

 

「なるほどな……」

 

 思い当たりが無い訳では無かった。

 

 

 

 

 俺が初めて彼女達とあった日、その時のメリーの能力は「結界の裂け目が見える」程度の能力であったはず。

 

 見える、受け身でったはずの能力はいつしか結界に何らかの影響や干渉を及ぼしうる力へと変化していたのだとしたら。

 

 そういうものか、と半ば強引に納得してはいたが……。もし、例えばの話。彼女の能力が増大の一方を辿ったとすれば、もしくはその先にあるのは

 

「”見える”能力が”操る”能力に……何てことは考えられると思うか、蓮子」

 

「それも……考えはしたわ。けど、そんな事は無いと思う」

 

「蓮子がそう言うなら、そうなんだろう。まあ、およそ人の身でどうこう出来る代物じゃないよ。後者は」

 

「豪く知った口じゃないの、それこそそんな人の身ならざるお知り合いがいて?」

 

「知ってて聞いてんだろ……。まあ、そうだな。過大に解釈するのなら境界を操る力は破壊と創造の力、世界の在り方を覆しかねない恐ろしい代物って事」

 

「抽象的ねえ、私としては頂けないわ」

 

「だから恐ろしいんだって、解釈のし様によっては何でも出来る。理をも作り変えるまさに神に等しい力さ」

 

「”僕が考えた最強の能力”って感じで本当に頂けないわね」

 

「いや自分で聞いた癖によ……。とりあえず俺が言いたいのはそんな滅茶苦茶な力がメリーに宿る訳が無いだろ、って言いたいの」

 

 そうだ。その力を使役できる誰かがいるのであれば、世界に一人……「彼女」だけ。メリーは他の誰でもなくメリーでいい

 

 そうでなくては困る。

 

 

 

 

「ごめんごめん、確かにその通りね。ただやっぱり、メリーが結界の向こうに実際に飛んでいて それを夢だと思い込んでいる。それは間違いないと確信しているわ」

 

「ああ、それだけなら良いんだが。それで危害を被る可能性がある、それでどうすればいいかってのを相談してるんだったな。話が逸れてたが」

 

「ええ、けどあの子があちら側に居る時に夢ではないと気付いてしまえば、こっちの世界には戻って来れないかもしれない」

 

「ああ、きっとその時はこっちが夢になるんだろう。夢と現、その理が作用している限りは相補性によって……」

 

 

 

 

 夢も現も本質的には同等なのだ、とメリーと話したのが記憶に新しい。しかし、こことは別にまた世界が存在するのであれば、人はその両方に直面する時……いずれかを己が世界と選択する事になるのではないか。

 

 そして俺もまた、いつかに取り逃したその選択のチャンスを再び手に入れる為に結界暴きに加担してきたのだ。

 

 だから例えメリーがもしも”あちら側”を選んだとして、結果的に俺はその選択を肯定する事になってしまう……。けど、それだけは蓮子に言えない。決別なんて間違ったって肯定してやるものか、浮上しつつある感傷を濁した

 

 

 

 

「……とまあ、そんな所だが」

 

「それじゃあ駄目でしょう、あの子には私の相棒でいて貰わないと困るわ……。夢の中で妖怪に喰われるだとか、神隠しに遭うなんて論外よ」

 

「俺だって、そうさ。そんな下らない結末にならない為の策、俺には正直思い浮かばないそれをお前の頭脳を借りて考えたいのさ」

 

 蓮子は深く、溜息をついた。電話越しにも明瞭に聞き取れる程、今日一番に深く。

 

 彼女とて俺と同じに悩んでいる、彼女は天才とか秀才に類してはいても全能の神ではない。座り尽くして冷え切った体にただ情けなさだけが沁みる。

 

 ああ、このままじゃ凍死しかねないな。それならいよいよ俺から切り出すしかないのだろうか。頭の片隅に追いやった言葉についぞ手を掛けようとした、

 

「なあ、やっぱり……」

 

 

 

 

 その言葉を遮ったのは、いつもの蓮子の声だった。

 

 

 

 

「私の考える手段は二つ、メリーの持ってきた品を全部処分して”あれはただの夢だった”そう決めつけてしまう事。そうすればあの子の夢は夢に終わり、現の夢に迷う事は無いはずよ」

 

「納得だ。けどその方法はダメだな、なんせ俺もメリーも食べてしまった訳で、その上で夢の世界も現実と等価でそれを選択する余地があるんだって言ってしまったんでな……悪手だったか」

 

「まあ悪手かどうかはさておいて、私もこの方法は諦めてるわ」

 

「それじゃあ……」

 

「”二つ”って言ったじゃない。後悔するくらいなら黙って聞いてなさい」

 

 辛辣な言い草は、いつもの調子いつもの蓮子の声で、それにどうしようもなく安心する自分がいた。

 

 

 

「それで、もう一つの方法は……」

 

「ああ」

 

「夢、なんかじゃなく実際に別の世界にいるんだって事を、逆に強く意識させる事で夢から目を覚まさせる方法よ。ただもちろんこっちの世界に帰れなくなる可能性も付きまとうけれど」

 

 

 なるほどその手段をとるのであれば、今まで通り活動を続ける事ができるだろう。これからも結界に干渉し異なる世界の実在を強く認識する事で精神だけが独り歩きせず、地に足をつけて夢を見る。そんな状態を作れるかもしれない、そうであるなら俺にとってはこの上ない話だった。

 

 しかし危険が付きまとう以上、俺の一存では決められぬ。やっぱり最後は我らが会長に委ねるほかは無い。辿り着いた結論が同じでも違っても、彼女に着いていく。

 

 いよいよと覚悟を決め、炭酸の抜けかかった三本目を一気にあおる。

 

 

 

 

「理想を言えば、俺もそうしたい。けどこれは俺の個人的な願望だ。そうではなくメリーの一番の親友で、相棒……お前はどうしたい? 従うぜ、会長」

 

「急に畏まらないでよ、気味悪いし。でもそうね、確かにそれで悩んでたの。どちらを取るのが最善手なのか、メリーとって一番いいのはどっちなのかってね。柄にも無く悩んでいたわ」

 

「みたいだな、ほんとに柄じゃないから実のところ結構心配してたんだぜ。けど、その感じだと結論は定まったみたいだな」

 

「ええ、もちろん。それはあなたもでしょう?」

 

「ああ勿論、けど一応お聞かせ願おうかお前の結論」

 

「ふふ、結論は一つよ。メリーにそしてあなたの話す夢の世界。美しい自然と原風景、それにちょっぴりのミステリアス……。そんな面白い景色、メリーばっかりずるいじゃないの!」

 

「あー、ああそれで?」

 

「ええ、だから活動は変わらず続行よ。今は夢の未開の地、それを三人揃って踏みしめるまで旅は……終わらない。夢と現が同じ? そんな価値観がまかり通るからこの科学世紀から夢が失われるの」

 

 早口気味にまくし立てる蓮子、蓮子はこれでいい。妄執を浮き彫りにされた俺はそれでも嬉しくなって応酬する。

 

 

「その通りだな蓮子よ、俺は失う事を遠ざける余りに本当の意味で夢を見る事を忘れていたかもしれない。夢と現が同じならそれこそ生きる意味が無い、遥か高くの一等星……まさにそんな夢に手を伸ばす事こそ俺みたいな幻想主義者の道だよな」

 

「あら途端に饒舌ね。私はあなたと違ってリアリストのつもりだけれど。だからこそ夢の世界は魅力的で、手を伸ばしたくなる。ほら、あなただって口癖みたいに言ってるでしょう」

 

「夢を……

 

 

 

 

「現に変えるのよ!」

 

 

 

 

 蓮子はそう言って笑った。確かにその通りだ、失念していたが俺はその言葉だけを胸にあの日からモノクロの世界を生き抜いてきたのである。何だ、答えは簡単だったんじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はは、結局いつも通りって事だな。安心したぜ」

 

「かってに安心してなさい、というかいつまで外にいるのよ。風の音でこっちまで寒いんだけど」

 

「ああ、もう七時過ぎか。腹も減ったしぼちぼち帰るとするさ……安心したら寒さが戻ってきたし」

 

 凹んだ空き缶の入ったビニールを手に、ベンチから立ち上がる。今更ではあるが真っ暗な公園の片隅で酒を飲みつつ意味不明な事を呟いている様は通報案件に他ならない、携帯は耳に当てたまま公園を出る。道に出ると白い街灯が眩しい、また緩やかな坂を歩き出す

 

 足取りは軽い

 

「メリーにはちゃんと話さないとね、あなたの言った事は余り間に受けちゃだめよって」

 

「酷いなあ、でもあれだな三人揃ったのは随分前じゃないか?」

 

「確かにそうね、じゃあせっかくだし明日集まりましょ! いつもの店ね、OK?」

 

「OK? ってまたいきなりだな」

 

「駄目なの?」

 

「いや大丈夫だけどさ、ほんといつも通りで安心だわ」

 

「じゃメリーにも伝えとくわね。それじゃレポートに戻るとするわ、また明日ねバイバイ」

 

「あ、おい」

 

 通話を切られてしまったようである。本当に蓮子には呆れるが、もう慣れている。

 

 

 どうしようもなく不安だったのが、いつもの調子に戻った感覚である。思い切って電話をしてみて良かった。

 

 坂を登り切った先の小さなアパート、見慣れた俺の住居。

 

 

 

 

 小高くなっているため、二階の廊下からは京都の街がよく見える。相も変わらぬ摩天楼は夜の中に聳え立ち白銀に煌めいて見える。いつか見下ろしたその景色より、少しカラフルになった幾多人の思念の数、その輝きに

 

 明日への希望と、いつかの旅の帰り道そこで夢見た永遠を、重ねて翳して背を向けた。

 

 目的のある旅ならいつかは終着が訪れる。けれど今だけは寄り道しながらだって構わないだろう。

 

 君の元へ行くのには、まだ少しかかりそうだけれど。とりあえずこの調子で進んでみる事にして、今は空腹を満たそう。

 

 

 

 二人と居れる、明日に備えて……

 

 

 

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます!
忙しい中ですが、意外と楽しみにのんびりと書かせて頂いています。大好きな秘封倶楽部の二人をもう少し、生き生きと動かせるようになりたいものです。個人的な話にはなるのですが、twitterで秘封のイラストを投稿していらっしゃるマイナスさんという方がいるのですけど。その方の描く秘封の二人がとても可愛らしく、インスピレーションと元気をもらっています。皆様もよろしければ拝見してみてくださいまし


話が長くなりましたね…。
また会いましょう!
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