秘封二次創作「秘恋映すは少女の瞳」   作:八雲春徒

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お久しぶりです。
これまた本当に申し訳ないのですが、前話から随分と時間が空いてしまいました。書き始めた当初は今年度中に完結!と意気込んでいたのですが…

今はとりあえずマイペースで書かせていただく所存です…
こんな小説を読んでくださる方々の存在だけがモチベーションというと重っ苦しいですけど、とても励みになっています。

今日この頃は夏も終わり、いよいよ秋が来たような過ごしやすい気候が続いているように思いますが。物語は正反対、春の訪れを書いています…

そんな話はあとがきに書くとして、どうかお楽しみくださいませ

それでは


第十六話 「春の兆し 白昼に再び」

 第十六話 「春の兆し 白昼に再び」

 

 

「死を理解するものは稀だ。多くは覚悟ではなく愚鈍と慣れでこれに耐える。人は死なざるを得ないから死ぬわけである」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見慣れた道、見慣れた街。

 

 俺にしては珍しく余裕のある足取りで行くのはこれまたいつもの四条通、東西を一直線に八坂から松尾までを結ぶこの大路は今も昔もこの京都の大動脈である。

 

 いつにも増して、街行く人々の数の多いのはこの暖かな空模様のせいだろうか。冷たく鋭い冬の空気は一転、緩み始めた空気感が人を何か駆り立てるのかもしれない。

 

 春の兆しはまだ見えぬ、そう騙った昨日の自分を是正せねばならないな……と。歩道の屋根とビルの間の空に目を遣る。

 

 行きかう人々の表情もどこか明るげに活気づいているように見えた。人間とはつくづく単純な生き物である。

 

 かくいう俺も兆しを見せ始めた春の陽気に当てられていつもよりかは浮足立ってはいるかもしれない。

 

 ただどうにもその季節の訪れを前に、彼らのように笑えないのは果たして何故か。

 

 まあいい、暦の上での立春からはもう三週間も過ぎて。何か新しい事が始まるにも相応しい時期であろう。まさにそんな話をすべく少々混みあった街を分けるのだ。

 

 八坂の社につま先を向け、あの店で待つ彼女達の元へ向かうとしようか。

 

 

 

 

 

 カラン、路地裏の重たい扉を押した。薄暗い店内に足を踏み入れた瞬間、鼻腔を刺す珈琲と紫煙の混じった香りはやっぱりいつも通りで何処か安らかさすら感じている。

 

 黒枠の格子窓、下。差し込む日差しの中の二人の少女に手を振った。

 

 

 

「おはよう、待たせたか」

 

「五分遅刻よ。それにもうお昼時なんだから”こんにちは”じゃない?」

 

 中折れハットのツバを持ち上げ憎まれ口を叩きながら、隣の席を指さす蓮子。白のブラウスにネクタイ、黒のスカート。マントは羽織って来なかったようだが結局いつものツートンカラーだ。

 

 かくいう俺はつま先まで真っ黒の不審感のあるスタイルな訳だけど。

 

 蓮子を横目に思案しながら促されるままに腰掛けた。

 

 メリーが隣にいるためか気付かれ難いのかもしれないが、彼女もかなりの美人だった。と、ふと思ってしまった。

 

「悪いな、しかし珍しいじゃないか。蓮子が遅刻せず来ているなんてさ」

 

「違うわ、蓮子は三分遅刻よ」

 

「言わないって約束じゃないの」

 

「おはようメリー、今日は二人して遅刻って事か。珍しいな」

 

 顔馴染みの店員がオーダーを取りに来たのでアイスコーヒーを頼む。今日は暖かいのでどちらかと言えばアイス、という微妙な所ではあるがまあ今日は何でもいいか。

 

「蓮子はさておいて、あなたが遅れてくるなんて珍しいわね。何かあったの?」

 

「まあ、そうだなあ……。昨日とは打って変って今日は暖かいだろう? 春の兆しに少し呑気な気持ちになったって訳よ」

 

「何よそれ、でも確かに過ごしやすいお天気になってきたわよね。今のところ夜もぐっすりよ、おかげさまでね」

 

「それは何よりだ。季節の廻りは早いな、心だけが置いて行かれるんじゃないかって程に」

 

「否定はしないけど、あなたがどこかに心を置いて来たのなら多分というか……夢の中じゃないの?」

 

「ごもっとも、ってついこの間までなら俺は言ったんだろうけど今は違う。置き去った心的な物は少なくともここにある。おかげさまでな」

 

「ふふっ、それなら良かったわ」

 

 

 

 金色の艶やかな毛髪を陽だまりに輝かす彼女はただ柔らかな微笑を浮かべていた。今日ばかりはその瞳に物憂げな何かは見えない。

 

 一瞬忘れていたが、こうしてここに集まっているのも昨日、蓮子と話していた事を発端としているのだ。

 

 当の本人こそ元気そうにしてはいるけれど、俺も蓮子も昨晩は彼女の見る夢の抱えるジレンマに悩んでその上で何も捨てなくて済む道を、秘封倶楽部の新たな目標というか道というか……そんな物をとりあえず見いだせたはずだった。

 

 まあそんな話はわざわざメリーにしなくてもいい。とりあえず風邪はひかなかったからそれでもう構わない。

 

 多分というか十中八九、こうして召集を掛けたのたのも

 それとなくメリーにその話を伝える為だとは思うのだが。一体どのようにして切り出すつもりなのかは昨日これでもかと語らった俺にだってわからない。

 

「で、蓮子よ。今日は一体何の話をしようって言うんだ」

 

 まあ所謂助け舟のつもりである。気ままで奔放な我らが会長にそんなおあつらえ向きは不必要とは思うが……。

 

 そんな心中を知ってか知らずか、蓮子は不機嫌そうに返す。

 

「そうよ、本題よ。あなたが何時までも下らない世間話でお茶を濁すから話損ねるところだったじゃない」

 

「おーキツイね。そろそろ被虐嗜好に目覚めそうだ」

 

「それで偶に優しいのよね、蓮子は。女王様の素質があるんじゃないかしら?」

 

 俺のまあ品位の限りなく低い冗談にメリーが乗ってくるとは思わなかったが。前にも言ったように言われっぱなしも癪なのである。

 

 それを受けた蓮子の頬が赤らんだように見えたのは気のせいだろうか。陽だまりの中の幻の類だろうか

 

「誰が女王様よ、私も知らないような下らない事ばかり覚えてくるのはいつもの事だけど。いよいよ生理的不快感まで習得したのかしら、あなたは。ほら、そんな事言ってるからいよいよ本題に入れないじゃない」

 

「あー、確かにな。好き勝手言われたのは広い心で目を瞑るから、続けてくれよ会長」

 

「そうね、わざわざ呼び出されたんだからそれなりの対価は無いと。そうよね蓮子?」

 

 蓮子は呆れたように頭を掻く仕草をして、それでいて少し真面目な顔付きを取り戻して続ける。

 

 

 

「わかった……。そうね、私が今日わざわざ招集を掛けたのは私達 ”秘封倶楽部”の新計画をここに発案したいからよ」

 

 新計画? 全くもって初耳である。向かいのメリーの表情を見るからに、彼女も俺と同じようだ。

 

 あの後一夜漬けで考えて来たのだろうか。それともやはり……

 

 間の良いのか悪いのか、店員がちょうど運んできたアイスコーヒーが目の前に置かれたので、ストローから一口吸って続く言葉を待つ。

 

 全く関係はないが、サイフォンで淹れた珈琲の後味の切れの良さはアイスにした方がより際立つかもしれない。

 

「ええ、面倒くさそうだけど一応聞いておくわ。せっかくだし」

 

「俺も、向かいに同意」

 

 それじゃあ、というでもなく。わざとらしくコホンと一息ついてから蓮子はこれまたわざとらしくも真剣な口ぶりで言う。

 

「私がここに発案するのは”デイドリーム計画”よ」

 

 

 

 デイドリーム、幻想……。その熟語の意味はそれこそ理解できれど、その新計画とやらの真意は不明瞭である。

 

 それはメリーも同じであったようで、仄かな困惑を浮かべた表情で蓮子に聞き返す。

 

「デイドリームねえ、直訳するなら白昼夢って所かしら。皆で揃ってお昼寝でもしようっていうの?」

 

「直訳ならそれで間違いないだろうな、日中に見る夢……。そのままの単語だが……」

 

 だが……。そう濁したのは結局、どこか自分の中に思い当たりを見つけてしまったからである。

 

 

 

 昨日話した事を鮮明に覚えていれば当然ではあるが、実体験と相違ない夢と言うのは即ち”白昼夢”に類するのではないだろうか。

 

 俺の予想が正しいのであれば、その内容にあるのは十中八九、メリーや俺の見た「夢」の世界の話なのだろう。

 

 それを前提に考えるのであれば、その計画とやらの全容とて想像に難くはない。

 

 俺だって何度も口にしてきたあの言葉の延長線上である。もちろん、昨日のやりとりを知らない、というよりは意図的に口にしていないのだが……。

 

 その言葉の意味を僅か刹那に通り過ぎていく瞬間の中に、吟味し理解しようとしているように見えた。

 

 メリー、彼女もまた蓮子とはまた別なベクトルで聡明な少女なのである。

 

 さておき、再び結露したグラスのアイスコーヒーに口を付けながら、続く蓮子の言葉に耳を傾ける。

 

「まあそんな所、一般的には白昼夢を意味するけれどその一方で幻想や空想という意味合いもある言葉よ。さて、わざわざこんな名前を付けた理由、わかるかしら」

 

「うん?」

 

 メリーは全く理解できないと言った素振りで首を傾げる。確かに今の蓮子の話でその真意まで推し量れなんて無理な話である。

 

「勿体ぶりすぎじゃないかー、早く聞かせてくれって」

 

 とりあえず蓮子にはまだまだ言いたい事があるようなので、俺もメリーと似たような顔でまた珈琲を啜る。

 

「私がわざわざこんな計画を立てないといけなかったの理由……それはね、貴方たちのせいよ」

 

 

 

 

 外から見物しているつもりがいきなり巻き込みを食らったので、動揺したというか口に含んだアイス珈琲を吹き出しそうになる。

 

「え、俺も?」

 

「どういう事なのかちゃんと説明してくれないと理解できないわよ、蓮子」

 

 有無を言わせぬ口調で蓮子は尚も続ける。

 

「当然でしょう。あなたもメリーも、夢と現実は同等だとか何とか抜かして、現実逃避ばかりしているからじゃない、この科学世紀の世の中からユメが消えつつあるのはそんな考えの人が増えてしまったからだと思うの」

 

 嫌なスイッチが入った。傍から見れば完全なとばっちりだ。とはいえ確かに、どちらかといえば幻想主義的な思想の偏りのある俺やメリーとは反して、根本にリアリズムを掲げる蓮子には納得できない節があるのは理解できる。

 

 

 しかしまあ俺もどちらかと言えば蓮子側でメリーを説得するつもりでいたためか、豆鉄砲でも食らったようにぽかんとして大人しく彼女の言葉を聞いているしか無くなってしまったようで……。

 

 

「貴方たちみたいな学者の考えでの所為で夢と現を同じものとして考えるようになってしまったから、夢をあくまで脳の作り出す生理現象の一つとしてしまったから……。世界から幻想が失われつつあるんじゃなくて? 主観の外に信頼に値する客観がある……もしくは主観こそが絶対的な真実である……。

 そんな学説は矛盾でしかないわ、そんなジレンマのループに囚われているようじゃ永遠に貴方の目指す場所にはたどり着けない」

 

 俺の方を見て言うのでこれは間違いなく俺に向けられた言葉なのだろう。確かにこう客観的に言われると耳に痛いものである。窓の外に視線を逃がすついでにメリーの方をちらりと見やったが彼女もきょとんとしてしまっている。

 

 蓮子の”説法”は続く。

 

「結果的に主観を認めずただ夢とする、そんな諦めとかジレンマを乗り越える手段……それは何も難しくは無いわ。夢と現実は同じなんかじゃない、違っていいのよ。どちらかしか取れないなんてつまらないでしょう? その二つが違う物だからこそ、夢を現実に変えようと努力する事ができる……。遥か遠くに手を伸ばし続けられるんじゃない」

 

 ああ、そういう事か。夢と現が違い、遠ざかる物だからこそ。強く求め、その領域に手を伸ばそうとする所謂モチベーション的な何かが生まれると……。

 

「ただな蓮子、その距離とか果てしなさを受け入れてしまった時、俺たち人間の儚さとか弱さってヤツをだな……」

 

 蓮子が言葉を遮った

 

「だから、普通の人ならそうでしょう。けれど私達秘封倶楽部は違う。メリーの瞳に私の瞳、それにあなたの記憶……。はなっからもう一つの理屈に手が届いているの。だからこそ私達は秘密を暴く事ができるんでしょ? 夢を夢とと諦める理由なんて一つも存在しないわ。

 

 さて、目を覚ます時よ。夢は現実に変わるもの、二人の見た夢の世界を今度は秘封倶楽部で現実に変えるのよ!」

 

 

 

 蓮子は拳をテーブルに着き、半ば身を乗り出して大見得を切った。出会ってから数えてもそう見えなかった貫禄である。

 

 何時ものごとく、独りよがりで捲し立てるような言葉ではあれど。その声は強い説得力を持って俺の、メリーの心に吹き込んで

 

 その迷い、妄執を浮き彫りに暴いて見せたような印象を直感させたのである。

 

 まさか、蓮子がそこまで真面目に考えていたとは……。せいぜいチューハイ片手にレポート書きながら考えた程度なんじゃないかと思っていた。

 

「へえ、意外と真面目に考えてたんだな。それでその計画の内容は具体的にどうするつもりなんだ? 正直言って期待してるんだけど」

 

 本気で計画してきたのであれば、いよいよ本当に俺も長年のユメを現実に変える事ができるのでは、そんな期待をしてしまわなくもないが……

 

「どうかしら、蓮子の事だし……どうせ」

 

「うん、メリーの言う通り。具体的な話は一切考えてきていないわ」

 

 食い気味に、さも当たり前のように蓮子はそう言ってみせた。まあ何というか……やはり過度な期待はしない方が良いという事か。さっきの長ったらしい文句だけでもよく考えて来たものと認めよう。

 とはいえ、あまりにも抽象的が過ぎるのでこれは計画と呼べるのか……いよいよ雲行きの怪しい所ではないか。

 

「おいおい……じゃあそれでこの話終わりじゃん」

 

「ええ、でも異論はないでしょう?」

 

「いや、まあ無いけど」

 

 蓮子の言う”夢を現に”に関しては俺の元よりの考えとは相違があれど、理解はできるし。俺の本当の目標である”再会”に近づく事ができるのであれば、どうかそうしてくれと頭を下げたいくらいである。

 

 案の定というか、具体的な考えは無いにせよ俺の目的と、メリーの身の安全を両立できそうなこの案はまさに最善策なのだろう。

 

 考え方の問題であるとはいえ、物理現実を越えた超常の領域ではそんな個人の思いや考えが強い力に変わるという事実は俺がなによりよく理解している。

 

 それに人が道を歩み続ける為には、夢だとか目標だとかが結局は肝心なのだろう。

 

 

 

 しかし、メリーはどうか……。俺なんかより蓮子との付き合いも長く……それに結局、結界を暴くのであればメリーの能力は不可欠になってしまう……

 

「俺はいいとして、だ。メリーはどうなんだ?」

 

「私? そうねえ……」

 

 俺の問いにメリーも一瞬、その穏やかな表情を曇らせた。蓮子も表情にこそ出さないがその答えに少し身構えているようにも感じられた。

 メリーとて結界暴きを続ける事が能力の増幅に大きく影響している事ぐらいは想像がついている、そうだ。これは結局俺がどうこうよりはやっぱりメリーの話なのである。

 彼女の不安ならもう十分に聞いた。だからメリーがもしそれを拒否するのなら俺もそのようにしよう。そう思っていた

 

 しかしまあ、メリーは屈託のない笑顔で続けるのである。

 

 

 

「私は全面的に賛成! 皆で夢を共有できるなら、それって最高でしょ。それに……」

 

「それにってどうしたのよ、メリー」

 

 メリーはその笑顔を崩さぬままに、それでいてどこか寂し気な自嘲的な口調で続けた。

 

「ええ、それにどんなに楽しい夢の世界でも……幻想に事欠かない幻の隠れ里でも、一人で見るだけなんてつまらないじゃない。折角なら皆で見て息を飲んでみたい。それがもし叶うなら気味悪がられてきた私の目も少しは役に立つんだって胸を張れる気がするの」

 

「気味悪かないって、俺も蓮子もそう思ってるさ」

 

「ありがとう、でも便宜上よ。ここでならそうじゃないって思うのよね、一緒に活動を続けてきたから、それこの前あなたと話して私も色々と考えた。その結論って事」

 

「そうか、それなら俺ももう……偉そうに能弁垂れちゃいられないな……」

 

「良いのよ、それに何だか二人には心配かけてばかりみたいだしね」

 

 やはり、俺と違ってメリーも聡明で。だからこそ浅はかな心配なんてのは見透かされていたのかもしれない。

 

 俺がメリーにああ言ったのも結局は独りよがりな夢とも言えない夢の所為で、あちらに辿り着くのも彼女に再会を果たすことも結局一人でと考えてしまっていたからなのだろうか

 

 今まではそれでいいと本気で思ってはいたにせよ、蓮子やメリーの話を聞いてしまっては……何時までも独りにこだわる事のほうがおこがましいのだとそう思う。ならばこそ今度は三人で、夢の世界を暴き出せるなら……三人ならそれが現になるのなら俺は……

 

 いまだ考え込む俺と、迷いの消えたメリー

 

 

 

 蓮子は満足そうに言う。

 

「じゃあ、満場一致で賛成って事よね?」

 

「私はそう言ってるじゃない、あなたもそうでしょ?」

 

 そんな笑顔で言われたなら俺も、孤独に歩む象だなんて意気込めないだろう。

 

「ああそうだな、良いじゃないか”デイドリーム計画”俺も乗ってやろう。で、一体どうやってそれを実現するのか、それを考えないとな」

 

「そうね、皆の同意も得られた事だし。ただその前に何だかおなかが空いたわ」

 

 蓮子はどうしようもなく身勝手である。でも確かに今はちょうどお昼時ってやつで朝からまともな食事を摂っていない俺も正直な話腹は減っていた。

 

「はあ、それじゃあとりあえず今日の昼飯から考えるかよ」

 

「そうねー、いつもなら何となくこの店で済ませちゃうけど……たまには真面目にランチでもしてみても良いかもね。どう、蓮子?」

 

「腹が減っては戦出来ぬっていう物ね。メリーの言う通り、お昼でも食べながらこれからの計画を練るとしましょ」

 

 そう言って蓮子は立ち上がる。

 

 この店を出るつもりなのは理解したので俺も氷が解けて薄まったアイスコーヒーを勢いよく飲み干して立ち上がる。

 

「わざわざ呼び出したくらいだから、ここは蓮子の奢りよね」

 

 そう言ってメリーも向かいの席から腰を上げた。

 

「勿論そのつもりよ、お昼は割り勘だけどね。私もそんなに余裕ないの」

 

「じゃあいよいよバイトでもしたらどうだ」

 

「嫌よ、そんなに暇じゃないもの」

 

「その調子じゃ月旅行はまだまだ遠いな、蓮子」

 

「あなたが連れて行ってくれるんでしょう?」

 

「そんな事言ったっけか……」

 

 

 

 三人分、ドリンクの会計を済ませ、またいつものように重たい扉を押して路地裏に出る

 

 ビルの間から射しこむ日差しの温感はもうすでに春の物と相違なく、狭いアスファルトの路を照らした。

 

 

 

 日差しを遮って頭上にその白い手を翳しながらメリーは言う。

 

「ほんとうに春がきたのね」

 

 その仕草になぜか、俺はいつか……いつかの同じ季節の中の景色を思い起こしてふと……

 

「春の日やあの世この世と馬車を駆り……か」

 

 そう呟いてしまった。

 

 尤も、あの日は普段に増して湿っぽく陰鬱で……春雨の強く降りしきる昼下がりの事であっただろうか。

 

「受け売り、よね。何だか悲しい詩じゃない、春の訪れを喜んでたんじゃ無かったのかしら?」

 

 先を歩くメリーが振り向いた。俺の独り言はやっぱり独り言の体を成していないのだ。

 

「独り言だ、本当に嬉しいよ。生きてこうして三人で春を迎えられるのはさ」

 

 歩き出した、京都は四条木屋町の路地裏に温い風が吹き込んだ。

 

「そういえば、あの日が近いんだっけ?」

 

 付け足し取り繕った言葉はこの風に遮られてしまっただろうか、同じようにメリーに比べるなら短い黒髪を抑えながら振り向いて、蓮子は言った。

 

「へえ、よく覚えているじゃないか。そこまで詳しく話した記憶は無いんだけどなあ」

 

「舐めないでよ、些細な会話だってしっかり覚えてるわ。プランク並みを自称してるんだから当然」

 

 さすがは蓮子って所か、そうもう一週も経てばあの日がまたやってくる。

 

 

 

 大いなる別れと大いなる出会いに直面したいつか昔、俺がここにこうして彼女達といるのもあの日からの出来事、夢の続きに他ならないと言える。

 

 蓮子には以前、重くならないくらいに触りだけを話したのだが蓮子は律儀にも日付まで暗記してくれていたようである。

 

「おいおい、その調子なら俺の誕生日くらいはしっかり覚えてるんだろうな?」

 

 再び、歩みを進め始めた二人の背中。

 

 もはやこちらに振り返りもせず、掌を空に両手を挙げたジェスチャーで答えた。

 

「蓮子はこうだけど、私はちゃんと覚えているわよ。それにしたって何の話?」

 

「そーいえば、メリーにはちゃんと話してなかったっけか。聞いたって何も楽しくない話だぜ」

 

「そうでしょうね。けれど話してくれたっていいじゃない。共有した方が楽になると思うのよ」

 

 そこまで言われてしまっては黙っている方が忍びないのも確かだ。

 

「そうだな、じゃあ簡単に話そうか。今日の昼飯を考える片手間でだが」

 

「それで構わないわ、聞かせて欲しいな」

 

「わかったよ、こうして浮足立ってるからこそ……な。まあ別に俺の中ではある意味終わった話だし、気負わず聞いてくれればいい」

 

 そう言った俺の言葉に、蓮子は仕方ないといった様子で答える。

 

「だいたい聞いてるけど、まあいいわ。教えてあげなさいよ、その悲しき過去ってヤツをね」

 

「もう一回聞くのが面倒くさいなら耳を塞いでるんだな、会長。じゃ、歩きながら話すか……」

 

 

 

 春の日の兆しは近く、目前。

 

 狭間、まさに境界の季節の空の下

 

 春に抱いた複雑な感傷の理由をまた、語ってみるとしよう。まだ昼下がりで時間は十分に在るのだから……。

 

「来週の今日、まさに今くらいの昼下がりだった。尤も空は暗く春雨にしては激しく雨が降ってはいたが……」

 

 春の日はあの世この世と馬車を駆る、あの日の俺の乗る馬車は雨の谷底へ、そして俺は家族を親兄弟という一つの繋がりを失ったのである。

 

 




ここまで読んでくださりありがとうございます。

本当に季節の移り目というのは体調も崩しやすくなれば、何だか色々と考えてしまう不安定な季節ですよね。最近まで猛暑!って感じだったのに今や朝夜は寒いくらいになったのには驚きます。

次のお話では僭越ながら、春という季節と生死の去来。そんな所を京都を舞台に描かせていただきます。秋のお彼岸があるように、こうして急激に気温のかわる時分は何だか切なさというかセンチな気分になる、よね。ぐらいに思って読んでいただければ幸いです。

それではまた次のお話で、皆様くれぐれもお体だけはご自愛くださいませ。
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