秘封二次創作「秘恋映すは少女の瞳」   作:八雲春徒

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夜中にアップしたプロローグの続きでこれが正当な一話となります。
二話までは書き終えていますのですぐに更新できるとは思いますが、それ以降は現在執筆中です。

前回とは違い主人公の視点から描かれる物語となります。
ここだけの話ではあるのですが、プロローグを書くより前の作品です。
去年の4月頃に完成させた物に手直しを加えての投稿なので矛盾点などあるかもですがどうか温かい目で読んでいただければと思います


それでは


第一話 「夢色モノクロム」

 

 

 

 

 夜は十一時、仕事帰り走る夜道は不気味なほど静かに深まり始めた暗闇の中に横たわっている。

 現在の住居からは距離があり、片道一時間弱ほどかか引っ越し当初は目新しく新鮮に映った。路肩の景色も今となってはつまらない日常の一コマにすぎない。

 そしてなによりこんなに暗くては景色も何もありはしないだろう。

 

 しかし、まあこの生活にも慣れはした。通っていた高校からの斡旋で就職した会社だが、もう二年にな

 るし。特に高給と言う訳ではないが、一人暮らすには十分だ。

 そう独り、それでいい。家族もいないからだ。

 

 俺は一度交通事故で死線を彷徨ったことがある。その時に家族は皆亡くしてしまった。

 

 俺は一か月近く寝たきりだったのだが「運悪く一命を取り留めた」

 

 目が覚めた時のことは忘れない。医師や看護師がいて複雑そうな表情で俺に事の成り行きを伝えた。家族が死んで自分だけ生き残った……。

 

「どうして呼び戻したのか」そう思った。天涯孤独になったこともあるけど、そんな事より  俺はあの夢で彼女と共にいたかったからだ。肉体が死線を彷徨い続ける中、精神は”楽園の夢”を見た。

 

 誰もかれもが俺を憐れみ、優しくしてくれていたように思う。けれどどんなに優しい言葉も励ましも心には届かずすり抜けるだけだった。

 

 

 ただ夢に焦がれ、木偶人形のように日々を生きた。なにもする気が起きなかった。

 

 

 

 

 そう、煩わしいのだ。こんなつまらない現実、穴の空いた器のような、そんな反吐の出る日々を満たすために魂を注ぐのは。だから俺は捨てたのだ。充足を安寧を、そして幻想を抱いたまま死んでやろうと

 

 それが空虚な社会、現実へのアンチテーゼであると。あの夢で、彼女と出会ってしまったばかりに、俺の瞳に映る世界はモノクロに、色を失ってしまったのだ。

 

 

 

 

 しかし、そう、そんなモノクロの日々を塗り替える。そんな不思議な出会いは訪れた。

 それは偶然、しかし必然であったかのように俺の暗闇を溶かし、混じり合うかのように、本来、相容れなかったはずの人生を交差させたのだ。彼女達との出会いは俺を変えた。

 現実に抗い、幻想を追い求める。その決意それだけは消えない、しかし現実から目を逸らし逃げ続けるのはやめた。

 

 彼女達とならこの世界の残酷に、不条理に、真正面から立ち向かえると……世界の秘密を暴き出し、境界線の向こう側にいる君に、きっと会いに行けると……

 

 

 

 

 

 そこまで言ったところで、信号は赤から青へと色を変えた。信号待ちの退屈さについつい自分語りの独り言を白熱させてしまった。悪い癖だ。誰に聞かせるでもないこんな時に限って饒舌になるのは

 

 少し昂った気持ちを転換しようと助手席に無造作に置かれた上着のポケットの煙草に手を伸ばそうとした。その時、車内に響く振動音、バイブレーションがダッシュボードを揺らす。胸が高鳴る。

 

 俺に電話をかけてくる相手など限られている。地元の友人か、それか……。スマートフォンを手に取り、手帳型ケースを開く。画面に表示された名は、非日常の訪れを告げ、物語の扉、そのページをめくりめく。俺は含み笑いをし、勝ち誇るように、そして余裕ぶってその相手に言うのだ。

 

「どうした、蓮子。今仕事帰りなんだが」

 

 照れ隠し。ではないがすこし素っ気なく、次に続く言葉も知っているのに。そんな思いもよそに電話の相手、宇佐見蓮子は続ける。

 

「 そう、お疲れ様。それで明日なんだけど空いているわよね? 十一時にいつもの店に集合よ。遅れないでね」  

 

「空いてるわよね、って唐突すぎやしないか、いつもの事だし空いてるんだが……。それでメリーには?」

 

「まだよ、よければ伝えといてくれないかしら? 別に私が伝えてもいいけどねー」

 

 蓮子はからかうように言う。俺が彼女に抱く複雑な感情を知ってか知らずか……。俺も少し意地になり返す

「いいよ、伝えておく。久しぶりだな……。また面白いネタでも見つけたか?」

 

「ふふ、どうかしら、明日のお楽しみよ。じゃあまた明日ね、おやすみ」

 

「ああ、明日」

 通話は終わった。再びハンドルに手を伸ばす。信号は青、軽快な音を鳴らし踏み込まれるアクセルは、胸の高鳴りを掻き立てる。

 

 その声に、暗く沈んだ気持ちは一転、白昼夢、そんなふわりとした感覚、高揚感に満たされている。

 

 秘封倶楽部、宇佐美蓮子にマエリベリーハーン。蓮台野を行ったあの夜、丑三つ時の逢瀬……。あの日から始まったのだ。不思議を追いかけ未知の道を行く、そんな夢物語は……。

 

「さあ、秘封倶楽部を始めようか……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 壊れたベルがカタカタと窓辺を照らす朝を告げる。時刻は九時、昨日の電話に告げられた待ち合わせにはまだ猶予がある。ベッドから重たい体を起こす

 

 眠い目をこすり、コーヒーを淹れる。

 

 ちょうど湯が沸くころにチン、と鳴ったトースターを開ければきつね色に焼きあがったその香ばしい小麦の香りが朝のすきっ腹を程よく刺激してくれる。

 

 どうせ昼前にはいつもの店で軽食をとるつもりなので、朝は簡単に済ませておこう。

 

 トーストをコーヒーで流し込みつつ思いにふける

 あのあと蓮子に頼まれて、メリーに待ち合わせの時間を伝えたんだったか。夜も遅く気が引けたが、幸いメリーは出てくれたのだ、そして二つ返事で了承してくれたのだったか

 

 どうもレポートを仕上げていたらしくコーヒーのカフェインで妙に目がさえていて眠れないのだとぼやいていた気がする。

 

 しかしどうも彼女には変に気を遣ってしまう。サバサバした印象を受ける蓮子に対し彼女の纏う雰囲気は影を帯びているような、どこか掴みどころがない不意に消えてしまいそうな……

 そんな気持ちにさせるのだ。彼女、マエリベリーハーンは……。もちろん容姿もあるのだろう。肩までかかるブロンドのロングヘア、人間離れした顔立ち、人形の用とでも形容するのだろうか、日本に血縁者はいないと言っていたが……

 

「何を考えてるんだか……」

 

 自嘲気味にわらう。彼女はマエリベリーハーン。違うのだ。あの日夢の果てその彼方に出会った「彼女」とは違うのだと、言葉も交わせる。手が届く。触れられる。この世の人間なのだから。そう、例えその瞳に世界の秘密を宿していようと……。

 

 そんなことを考えているうちに、時刻はすでに十時過ぎ、冷めたそれを飲み干し、急いで支度を始める。外は肌寒い、厚手のジャケットに袖を通し、無造作にテーブルの上の煙草をポケットに突っ込む。

 

 そんな時、ジャケットの携帯電話が小刻みに震えた。

 

 マエリベリーハーン、彼女からのメッセージは今出発した旨を伝えるものだった。

 

 俺もすぐ出る。そう返信し、携帯をまたポケットへ、我ながら淡泊な会話だ。蓮子相手なら冗談の一つでもかましてやるのだが、どうも彼女には、メリーにはそれができない、けど今はそれでいいと思う。きっとあの日の俺もそうだったから、だからきっとメリーとも……。

 やはり似ているのかもしれない

 

 俺は車のキーを手に取り、玄関を出た。

 

 

 

 集合場所の喫茶店に着いたのは、集合時刻から20分前の十時二十分、近くの駐車場に愛車のセダンを止め、五分ほど京都の路地を歩く

 ここ数十年で古都、京都の様相も様変わりしたものだ。相変わらずの寺社仏閣の数、古都と呼ばれるだけのその歴史の遍歴だけは変わらないが、今までにはなかった高層ビル、いわゆる摩天楼が立ち並び、まさに未来都市とでもいうのだろうか、そのような姿を見せる。それもそのはず。現在の日本国の首都機能を司るのはここ

 

 京都なのだから

 

 俺の生まれるずっと前、半世紀ほど前から旧首都「東京」からの首都機能の移動、いわゆる「神亀の遷都」が始まり、そこからちょうど二十二年前、俺が生まれた年にこの科学世紀、その象徴たる都市は完成した。まさに時代の転換期、その最中は資本経済の暗黒期とそう称されるほどに経済そして精神的な面においても過酷を極めた時代だったのだそうだ。

 

 俺自身が経験したわけではない、ちょうどそう。祖父母やその世代からの話より伝え聞いた程度で、今一つ実感を伴わない話である

 

 そういえてしまう程に俺たちが生きるこの科学世紀は完成され、満ち足りているということなのか。数十年前までは空想科学でしかなかった。SFとそう呼ばれていたそんな不明瞭で朧気だったそれは理論を伴い、fictionを失い単なる科学へと昇華されたのだ。幻想は現実へオカルトが科学へと置換されきった果て、この科学世紀

 

 やはり俺は好きになれそうにない、それをその在り方を肯定してしまえば俺の夢も、短くも麗しくそして愛おしい彼女との日々も、俺の青春、そのすべてを否定することになってしまうからだ。

 確かに、科学がすべてを支配する。そんな世界は素晴らしいだろう。この世に起こりうる事象、現象のすべてを数式にプログラムに置き換えてしまえるなら、そんな世界において人間は夢をみられるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 また悪い癖が出た。

 誇大妄想まさに、そんな独白

 そんなに語りたければ、もっと速足に店に向かい、きっといつものようにそこに座ってカップを傾けているであろう彼女、メリーにその独白を聞かせてやればいいだろうに

 

 きっとメリーならそんな話も嫌がらないで聞いてくれるだろう。

 しかし、あの蓮子にこんな話をした暁には、怒涛の剣幕で反論され、言い返すでもなく黙らされてしまうだろうが。

 

 それに関しては俺は蓮子に勝てるような理論も何も持ってはいない、なにせ彼女は頭が切れすぎるからだ。

 俺は蓮子ほど賢い人間にあったことはない

 

 

 彼女にかかればそう一見不規則に見える俺の思想もこんな独白すらも規則正しく並ぶ数式の羅列に置換されてしまうように思えてならないのだ

 

 もちろんそれはあくまで比喩や印象に過ぎず、事実ではないわけだがそんな畏れすら抱かずには居られぬ凄みが彼女にはある

 

 蓮子そしてメリーともにいえることだが、華の女子大生という軽そうな身分、そのくせに超統一物理学、相対精神学なんて小難しい学問を専攻し、しかもそれに精通しているような彼女達に浅はかな俺のそれを聞かせたところで……。 

 学が無い故のそんな浅はかな思慮もあるだろう。だけどもう一つ、そうそれはあまりにも完璧な彼女達「秘封倶楽部」その中ではあまりに場違いな俺のその役目についてだ。

 

 そんな葛藤の末、ついぞや集合場所の喫茶店についてしまった。すこし古びてこじんまりした。とでもいうのか

 そんな前時代的な雰囲気を醸し出す所謂レトロでクラシックなその店の重い木製のドアを押す。

 

 ほんのりとコーヒーの香りが漂う店内はまさに、俺のような時代錯誤者のオアシスだ。

 

 

 店員に案内されいつもの席に向かう。

 日の当たる窓際の席、そこにはいつものようにうつろ気な目で窓の外を眺めコーヒーを飲む。

 

 金髪の少女マエリベリーハーンはいた

 

「おはよう、メリー」

 

 こちらに気付いた様子の彼女は小さく振り向き、カップから離した口に小さな笑みを浮かべた。

 

「あら、来たの、おはよう」

 

 俺は向かいの席、四人掛けのテーブル席その窓側に腰を下ろし、自分の分のコーヒーと好物のハニートーストを注文し、改めてメリ

 ーに向かう。

 

 

 

「蓮子はまた遅刻か?」

 

「みたいね、いつものことだけれど」

 

 呆れたような顔で彼女は笑う。前もその前もそうだったが、秘封倶楽部会長 宇佐見蓮子は遅刻癖があるようだ。

 

 彼女の瞳がもつ変わった能力、それを考えれば非常におかしな話だが……。

 

 まあそれも彼女の魅力と言えばそれまでなのかもしれない、納得しかけたところでメリーはまた静かに口を開く。

 

「急を要する話でもないんだと思うわ。ほんとに唐突な蓮子の思い付き、好奇心、そこからはじまるのが秘封倶楽部の活動でしょう」

 

 言い得て妙だ。端的ではあるが宇佐見蓮子を中心に取り巻く秘封倶楽部の何たるかをことごとく説かれてしまった。毒気を抜かれた俺はすこしからかうように返す

 

「はは、そうだな。蓮子が羨ましいかぎりだよ。一心同体そんな相棒のいる蓮子が」

 

 

「振り回されるこっちはたまったものじゃないわ、本を買うお金はこうして喫茶店に溶けちゃうし、夜の墓場に連れ出されて墓荒らしの真似事までさせられるし……。ほんと蓮子と会ってから私の平穏は……」

 

 そうして蓮子に振り回される日々、秘封倶楽部の活動を早口に語るメリー、その言い方こそ困った風ではあるものの、どこか嬉しそうなのも俺には分かる。

 本当に嫌だと思っているのならこんな急な呼び出しに二つ返事でOKはしないだろう。いい意味で元の生活には戻れないと、そう思っているのだろう。お互いに

 つくづく良い相棒を持ったものだと蓮子をうらやむ。不思議な目を持つ二人、その性格や考え方こそ違う二人、けれど彼女達が出会いそして世界の秘密を共にその目で覗き見ること。それは運命だったのではないか、二人を見ているとそう思う。

 

「ちょっと、聞いてる?」

 

「ああ、聞いてるよ。蓮子の話をしだすと止まらないな。本当に羨ましい限りだよ」

 

 そんな言葉にメリーは頬を赤くし、それを取り繕うように言う

 

「そ、そんなんじゃないわ。それだけ蓮子には困らされてるってだけで……。だから別にそんな特別な感情は……無いわ」

 

 恥ずかしそうな顔で言うメリー、こういう年相応? な面が垣間見えるのであればさすがの蓮子と言ったところか、どこか悟ったような、同年代の女子大生のそんな華々しさに目もくれず窓際で独り本を開いているような彼女でさえ、恋に煩う乙女のようなそんな可愛らしい動揺っぷりを……

 いや、この言い方だと語弊があるか……

 いや無いかもしれない、まだ彼女達と出会って間もない俺ですら見ていて思う。サークルの相棒、気の知れた親友、というよりもどこかしっくり来てしまうのは、やはり恋人のようというか……。

 やめよう、こっちが恥ずかしくなるような話だ。俺は少し微妙に気まずくなった空気を振り払うように、切り出す。

 

「にしても、当の蓮子はまだ来ないな、寝坊なら鳴らしてみるか」

 

「ええ、でもくるんじゃないかしらもうすぐ」

 

 そう話し出したとき、入り口のドアを押すカランという音が耳に入る。やっとのお出でかと何となく思う。客かもしれないがしかしなんとなく分かる。

 彼女はいつもこんなくらいの間でやってくる。少々と言えないほど身勝手でどこか恐れ知らずなオカルトサークル 秘封倶楽部会長宇佐見蓮子は……

 

「遅いわよ、蓮子」

 

 呆れたように言うメリー、その頬を軽くついて悪びれもせず笑うのは、黒い中折れ帽を被り白のブラウス、黒のツートンカラーに身を包んだボーイッシュな印象の少女、宇佐見蓮子だ

 

「待たせてしまったかしら、けど進歩はしたでしょう。私のプランク並みの脳細胞を休めるには十分な睡眠が不可欠なのよ」

 

 ようするに寝坊ということなのだろうか。プランク並みの頭脳を自称する彼女だが、あながち自称でも無いらしい

 メリー曰く「世界の仕組みが見えている

 」とかなんとか。そんな人並外れた頭脳に加え、夜空の月から自分の相対位置を星から時間を読み取れる不思議な能力を瞳に宿しているのだからまあ、彼女のブレインはより以上に疲弊するのかもしれないが、これはまあいつもの言い訳だろう。

 

 自称プランクは小さくあくびをし、メリーの横に腰掛ける。そんな様子からはとてもそんな知的さはうかがえないが、物理学を語らせれば人が変わったようになるのだから面白い、蓮子はコーヒーを注文した。

 

 そして再び向き直り猫のような笑みを浮かべ、おそらく今日の本題であろうというそれを切り出した。

 

「で、話っていうのはね。今度の週末に東京の実家に帰るつもりなの、それに着いてこないかしら二人とも」

 

 何を言い出すかと思えば、ようするに帰省に着いてこないかという話か、はたして俺たちを集めてまでする必要がある内容であるかは甚だ疑わしいが、なにか意図があってのことだろう。いや、どうか。無くては困るという自分本位な推測に過ぎないが、こういう場合に限ってそんなものは無かったりする。

 

 

 付き合って日が浅い俺の蓮子に対する認識は少々偏屈だが、付き合って長くなるメリーなら、もしくは……。

 

 

 

「私は構わないわよ、レポートはあるけれど一週間あれば片付くと思うし、でもあなたはどうかしら、仕事もあるんでしょう?」

 

 

「ん、ああ俺なら……」

 

 メリーは俺のほうを見やり、尋ねた。

 おあいにく様、うちの職場は週休二日制で土日は漏れなく休みが取れるので、それに関しては問題ない、

 

 いや、彼女が言いたいのはそんなことでなくて、仕事に追われる社会人が自由気ままな女子大生に付き合っていて、生活に支障をきたしやしないかという彼女なりの心配なのだろうが。

 

 自分にしてみれば、好きで付き合っているというか、この身勝手で奔放な会長に振り回されるのを楽しんでいる節もあるので、その心配も杞憂というものだろう。しかし、余りに乗り気な素振りを見せるのも気恥ずかしかった。

 

「まあ、行けるには行けるよ、小難しいレポートに比べたら俺の仕事のどんなに楽なことか……。しかしまあ拍子抜けだな。てっきりまた怪しいネタでもつかんで活動を始めるものかと思っていたからな」

 

 蓮子は何か物言うわけでもなく口の端を吊り上げている。気味が悪い、やはりただの帰省などではないのか、だとすれば自分はこの宇佐見蓮子を侮りすぎていたのではなかろうか。そんな目で見つめ返しても彼女の表情からは確かな真意なんてものを読み取ることはできなかった。

 

「それは行ってみてのお楽しみよ。行けるってことで、良いわよね?」

 

 こうとなっては道は一つしかあるまい、例え伏魔殿に飲まれるようなことになろうともここで後ずさることは許されやしない、そこに秘密がある限り……

 

「ああ、無論だ。しかし交通手段はどうするつもりだ? 別に車を出してやっても構わないけど」

 

 しかしまあこの科学世紀の日本においては自動車のような時代錯誤の交通手段よりかは街を回るモノレールだの、遠出をするんであればそれこそ地下トンネルで日本中をつなぐ新幹線だのといった。公共の交通網を利用するほうが便利でいてコストもかからずにすむ場合もあるが……。

 

 蓮子の愉快そうな笑みから察するなら大方その辺も計画済みなのだろう。

 

 

 

「ふふん、卯酉東海道よ」

 

「ヒロシゲにのるのかしら?」

 

「ええ、ヒロシゲ三十六号」

 

 

 ヒロシゲ、東京から京都への遷都が行われた際、従来の東海道新幹線でまかないきれない需要に対して、京都ー東京間を結ぶ新しい路線として建設されたのが卯酉新幹線、そこを走る列車名がヒロシゲというのだったか。

 

 新幹線とは異なり全線が地下にあるということから妙に印象に残ってはいたが、乗ったことはなかった

 

「そういうことよ、チケットは今週どこかで買いに行きましょう メリー」

 

 チケットか、しかし平日は仕事が、とそう言おうとした俺を制するように蓮子は言う

 

「わかってる。あなたの分も買っておくから、安心して勤務なさい」

 

「すまない、ありがとう」

 

「構わないわ、私が半分無理やりに引き入れたとはいえそこまでは束縛できないもの、

 感謝してるのよ、なんだかんだでいつもつきあってくれること」

 

 思いがけない蓮子の言葉、そんなふうに感謝を述べられても不器用な自分がそれに答えうる言葉も無いことを知っている。

 

 

 それでいて調子を崩された俺の言葉は「ああ」だの

「うん」だのといったそのようなものであったに違いない

 

 そんな様子を見ていたメリーはからかっているのか、拗ねているのかよくわからないようなそんな表情で言った。

 

「あらあら、随分らしくないことを言うじゃないの、いつもあなたに振り回されっぱなしのかわいそうな相棒にも、聞かせてあげてほしいものだけど」

 

 メリーは皮肉たっぷりにそう言って見せたが、次に続く蓮子のセリフの前にその強がり

 はあまりに無力であった。

 

 

「そう怒らないでってば メリー、私の相棒はあなたしかいないの、私がこうしていられるのも付き合ってくれるメリーのおかげ、

 大好きよ、メリー」

 

 こっちが赤面しかねないような蓮子の甘い言葉、当のメリーは顔を真っ赤にしてそっぽを向いている。ああだめか、こうなっては蓮子のペースだ。

 

 

 

「調子いいこといって……。ま、まあ分かっているならいいのよ……っ」

 

 メリーはそう言って、ついぞやうつむいてしまった。

 

 全く……

 

 

 この空気、どうしろというのだろう。ほんとうにこの宇佐見蓮子は、あんな言葉をあんなに屈託ない笑顔でかけられたら、きっと俺だってああなるだろう。彼女は天性の人たらしというか、そういうのにはもっぱら無耐性そうなメリーにはさぞかし、そう

 

 さぞかし応えたみたいだ。当の自分も半ば赤面してしまっているようで、どうにかしてこの百合百合しい雰囲気に収拾をつけたかった。

 

 

「そーいうことは家でやれ……」

 

「なーに? もしかして妬いてるのかしら? 顔、赤いわよ」

 

「っ……。なんで俺が……。俺はこの空気に収拾をつけようとだな……」

 

「何を収拾つける必要があるっていうのかしら? 私とメリーは相思相愛、あなたにどうにかできて? そうよねメリー……」

 

 蓮子はうつむいたメリーの首に腕を回しその耳元で囁くように言う。

 これにはメリーも黙ってはいられなかったようで、その腕を振りほどいて蓮子の右わき

 をつねり上げている。

 

「蓮子の馬鹿、あんまりふざけたこと言って私を困らせると、こうよ」

 

 

「いひゃい! めりぃー、ごめんってば~」

 

 情けない声をあげる蓮子。しかしどうやら事態に収まりはついたようだ。

 

 やはり俺なんかよりかよっぽどメリーのほうが蓮子の扱いに長けているのかもしれない

 

 メリーが困っているのならと助け船を出すつもりだったのだが……。どうにも空回りしたようだ。

 

 こんな時、すこし寂しさと疎外感を覚えてしまう自分の情けなさを振り払おうと切り出す

 

「出ようか。そろそろ周りの目が恥ずかしいんでな。代金は持とう」

 

 

「あら奢り? さすがは社会人ね。なら不承不承ながら了承するとしましょ」

 

「ごめんなさいね。ほんとうは蓮子に払わせたいとこだけど……」

 

「なによメリー、財布事情に関してはこの宇佐見蓮子の超越的頭脳を持ってしても演算不可能なーの」

 

「言い訳は聞き飽きたわ。次は蓮子持ちね」

 

「メリ~」

 

 そんな二人の会話をため息交じりに聞き流し、足早に会計をすませる。

 リーズナブルなのもこの店良いところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、木製ドアを押した先、京都の裏路地のその建物の隙間より覗く空は、黄昏の色に染まり、吹き抜ける冷たいビル風は、秋の終わりを、そして冬の訪れを告げているようだった

 

「もうこんな時間か」

 

 ふと腕時計に目をやると、時刻は四時三十分を指している。話し込んでいるうちに時間が随分と経過してしまったようだ。

 

「秋も終わりね……。あなたと会ったのも随分と前に感じるわ」

 

 蓮子がこちらを振り向き言った。そして想起されるのは、蓮台野の墓地で出会ったあの日。ともに結界の向こう側を覗き見たあの夜の事。

 

「なあ蓮子……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「どうして俺を誘ったんだ? この秘封倶楽部に」

 

 なんとなく今まで聞くのがはばかられた疑問。

 吹き抜ける風にかき消されそうなほどに

 弱弱しくつぶやいたそれに、こちらに向き直ったまま俺の目を見つめて蓮子は言う。

 

「どうして、ねえ。正直言うなら理由なんてない……。けどそうね、それじゃあ満足しないって言うなら、教えてあげましょう」

 

 

 

「私はね。あなたを知ってみたかったの、あなたって自覚している以上に変わり者でひねくれものよ。そんな歪んだ秘密を暴けるのは私しかいない、そう思っただけよ」

 

「蓮子……」

 

 まっすぐなその目、自信に満ちた眼差し

 射竦められたように、何も言えないでいる俺

 

 やはり宇佐見蓮子にはかなわない、支離にして滅裂、そのようでいてたしかに筋が通った言葉、そんな理屈は抜きにして

 

 ただ俺は、嬉しかった。

 

 そして少し、それを聞いてしまった事を後悔もした。

 

 

「蓮子、それじゃあ私の時と変わらないじゃない」

 

 メリーは怒った風でもなく微笑んでそう言った。

 

「メリー、せっかく決まったっていうのに台無しじゃない~」

 

 そうか。俺はただ考えすぎていただけなのかもしれない、意味なんてなくてもいいのだろう。彼女達がこのひねくれものを受け入れてくれるなら……

 

「野暮なことを聞いてしまったな。悪かった」

 

「良いって事よ。それより週末のこと忘れないでね」

 

「もちろん。遅刻するなよ蓮子」

 

「わかってるってー」

 

「どうかしらね。まあ遅れてくるようなら二人で先に乗っちゃいましょう」

 

「あんまりよメリ~」

 

 

 

 

「ついでだし、送ってやろう」

 

 

 そ夕焼けの空に背を押されるように俺は、明日へと踏み出してく。彼女達とともに。 




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