今回は大空魔術を題材に書いてみました。
一般人でも月面旅行行ける世界なんて憧れますよね、そんな思いで書きました。
次の話も含めて大空魔術です。
それでは
第七話「空の魔法とカフェテラス」
「憂鬱だなあ……」
声が漏れてしまう
秋も終わりかけようかという季節
雲一つ無い晴れた青空も、左側を流れる清流も何だか目に入らないような心持ちで……
京都は鴨川、その沿道で旧車を転がしているのは、また蓮子に呼び出されからである。それもいつもの喫茶店では無く、いつかメリーの話していた大学構内のカフェテラスへ、である。
聞く話だとメイドロボットが給仕をしているとかで学生の間で流行っているのだとか。
社会人の俺には関係ないし、大学生でごった返す所でなんてくつろげないとは思うが、呼ばれたのだから仕方あるまい。にしても憂鬱は憂鬱だ。つい言葉に出る程に……。
ぼやきながら車を走らせていると、どうも右前方に人だかりが見える。
あの辺は確か私営地下鉄の入り口だったのではないか……。急げとも何とも言われてはいないので、その人だかりの正体を確かめてやろうではないか。
そう決めた訳なので、路肩に車を停めた。あまり長い間停めてもいられないので早い事済ませてしまうことにしよう。
ドアを閉め、私鉄前の人だかりに足を向けた。
駅前に立つ多くの人々は何やら新聞紙を片手に眺めているようである。
何のことは無い、どうやら”号外”が出たようだ。
まあそれ自体はよくある事なのだが余裕無さげで足取りの重い人々の行きかう私鉄前で号外など配っても、ちらりと見てすぐその辺に捨てられるのが関の山なのだ。
なんせ号外といえばスポーツニュース、俺はスポーツなんぞには一切の興味がないし、貰ったって棄てるはずである。
ゆえに異質なのは、女も男も多くの人間が立ち止まってその紙面を眺めていることである。
俺もその号外の内容に俄然興味が湧いた。
号外を配っているのは、あの青いジャンパーを着た女性だろう。どこの新聞社だか忘れたが。
さて、一つくれなど言わずとも。さりげなく横を通れば差し出してくれる物である。もちろんタダだ。
早速、そうやって入手した件の号外の紙面に目を通してみることにしようか……。
見出しにはでかでかとこう書かれていた。
”人類の夢の一つ、月面旅行が一般人にも可能に! ”
”来月には日本の旅行会社からもツアー開始”
「なるほどなあ」
どおりで足を止めたくなる訳である。一般向けに月旅行……
とくれば心の荒んだサラリーマンも童心に帰り、足を止めたくもなるはずだ。少々自虐的な例えではあるけれど……。
思うに宇宙に夢を抱かない人間などいないのではないかと思う……。それに……
続きは蓮子達に話すとして早く車を動かそうか、俺に限ってはいつまでも”停まって”はいられない。
一つ楽しみが出来たので、路肩でハザードを焚いた価値もあったのかもしれない。
小走りに、停めてある愛車に乗り込みアクセルを踏む、後続車からの視線は見ぬふりをしておこう。
どうやら俺も、号外のもたらした思いがけない宇宙のロマンに少し興奮気味みたいだ。
憂鬱は駅前に置き去りにしてさらに強くアクセルを踏み込む。
車通りもそれほど多くない京阪本線は俺にとってのハイウェイだ。
大学のカフェテラスがなんぼのもんだと意気込んでスピードを上げた。
とは……言ったものの、実際に彼女達の通う大学の構内に踏み込んでみるとやはり気後れするものである。
狭苦しい駐車場に車を停め大学の敷地内へと向かっている訳だが、どうしようもなく足取りが重くなる。
物々しい煉瓦造りの門を抜ける。その劣化具合から見て相当昔に造られた物なのだろう
彼女達の通う大学、その敷地は随分広いようである。京都は左京区、御所を越えた辺りの鴨川デルタを東山方面に右折してずっと進めば山にぶち当たる。その山間を丸ごと占有してこの大学は存在しているのである。
随分と古くから京都にある所謂”名門”なのだそうだが、俺は興味が無いので名前も知らなかった。
どうやらキャンパスは最近になって建て直されたらしいのだが、それがまたよくわからない海外の有名建築士が手掛けたとかで、その外観が少々話題になったそうだ。
さてどこのキャンパスにもありがちな正面の並木道を進む。赤色も抜けかけてもはや葉が落ちそうではあるが季節も季節なので仕方がない。
休日とはいえ先ほどから学生の集団とすれ違っている。名門とはいっても猿か何かのように群がった非常に煩い輩も居れば、いかにも勉強しか能の無さそうな湿気た面の根暗眼鏡も……
などなど挙げだしたらキリが無いほど多様な学生生活を送っているであろう人間の群れが横を通り過ぎていく。
しかしながら俺は基本的に大学生という人種が嫌いである。まあコンプレックスだ。と言われればそれまでなのだけれど。
グチグチと頭の中で呟きながら歩いていると、ケヤキ並木を抜けてしまったようである
枝葉に隠されていた、建物の正面に立つ。
「気持ち悪い建物だな……」
第一印象はこうである。気持ち悪いとは言っても別に前衛的なデザインな訳でもない。
山に埋まった巨大な積木、とでも表現すればいいのだろうか。恐らく円形に造られた二つの建物が上と下、前と後ろというように”ずれた”状態で山の傾斜を利用して作られている。
上と下、二つの建物は横真っ二つに切られた円柱としか形容できないが、山でなければ実現しないだろうとは思う。
蓮子やメリーから聞いた話によると下側の円柱は「図書館」だったか。黄褐色の外壁には小さな窓が無数点在している。何となく薄暗い図書館をイメージしてしまうが、入ってみない事にはわからないだろう。
建物の両サイドからは芝生の植えられたスロープ、もとい大階段のような物が建物の曲線に沿って図書館上部へと伸びている。
それを登り切れば次は上の円柱である。
上の方は下の辛気臭い図書館と違って全面ガラス張りで開放的だ。
下の円柱の上面部分が、これまた芝生の庭になっているようなので余計にそう感じるのかもしれない。
全面に張られたガラスが秋の日差しを鏡面反射して眩しい。
俺が向かうべくは上の円柱の上面、屋上部分にオープンしたのだという”カフェテラス”である。
二週間前に東京へ行った際にメリーが言い出して蓮子が採用してしまった訳だが。
かくして俺はいつもの純喫茶を追われ、この気持ち悪い建物の最上部へと向かう訳である。いまだに憂鬱は消えないが、メリーの提案だし聞いてやりたい。それに今日の号外について語りたい思いも強いのである。
「どう行ったものかな……」
カフェテラスを目指すなら、左右の大階段か図書館の奥から上へ伸びるエレベーターの二択である。
さて、どうしようか。
曲線的な大階段、芝生を横目に登るのも悪くはないかもしれない、人工の芝生は冷えて乾燥したこの季節でも日光を受けて青々とした様子だ。尤も人工な訳だけど……。
けれどもう坂を登るのは御免だし、とっとと目的地にたどり着きたい、というわけで
図書館を真正面から突っ切りエレベーターでカフェテラスを目指すとしよう。
重たい脚を踏ん張って、黄褐色の
図書館の入り口には三つほどの自動ドアがあり、風除室を挟んで図書館。というような感じである。
ドアを通った先、目前に広がる当大学の
”大図書館” その光景は建物の外観よりもよっぽど気持ち悪く思えた。
まず目に映るのは聳え立つ本棚の壁、である。この図書館内は天井や壁や地面に点在する暖色のLEDで照らされており読書をするには十分な光量が行き渡っているようだ。
建物の円形に沿って、天井付近まで聳え立つ本棚は、まるで玉葱のように一定の間隔で内から外へと続いている。
その何層にも及ぶ本棚には数十台のアームロボットが配置され、レールのその上を滑走しながらこの数万では済まないであろう書籍の山を管理しているのだろう。
その本の壁の間を立体的に通路が縫っているのでまるで迷宮か何かのようである。
ヘレニズム時代の伝説、アレクサンドリア大図書館を想起させるようなその光景と蔵書の数々に関心が湧かない訳ではないが、ここはエジプトではないし紀元前ならぬ科学世紀の真っ只中だ。残念だが立ち止まれないので早足に通り過ぎる事にする。
入り口から真っ直ぐ突き進み、本の迷宮を越えた所にエレベーターホールはあった。
三機並んだエレベーターはスケルトン方式になっており、登るにも降りるにも丸見えである。やはり気持ちが悪い。
ドアが開いた。二人の女学生が降りてくる
誰か乗ってくるのも嫌なので早急にドアを閉めた。
屋上へ向かうべく”R”を押す。
控え目なモーター音を立てながらガラス張りのカプセルが上昇を始めた。
さきほど上に見あげた通路には椅子や机などが設置されていて、利用する学生はそこで読書に興じているようである。
大本棚の描く同心円、間を縫う通路の直線、それらの交錯する様は人から言わせればオシャレだとかアーティスティックなのかもしれないが、エレベーターの上昇も相まって酔ってしまいそうだ。
一瞬視界が暗闇に変わる。二つの円柱の間にいるのだろう。
そして明転、広がったのはさっきまでとは打って変わって開放的なガラス張りの建物内である。透明な外壁の向こうには緑の庭園が見える。中心には噴水があるようで噴き上げる水流が日を反射してキラキラと光る。
図書館の頭の上にあれがあるわけだ。ガラス柱の中は、公共スペースというか会議室、カフェなど学生のコミュニケーションの場なのだろうか。多くの人で賑わっている。
エレベーターが停止する。
屋上に到着したようだ。空が青い……。
木製のチェア、木製の丸テーブル、その中心には緑のパラソルが刺さっている、それがエレベーターからの入り口を除いて円状にずらりと並んでいるようで景色は良さそうである。
流行っているというのも本当のようで、パラソルの木陰の下にひしめき合う学生のガヤガヤとした話声は幼き日に湿った地面の石の裏を覗き見た体験を思い起こさせるある種の郷愁のようである。
これだけ人がいると二人を見つけるのも困難なので蓮子に電話してみることにする。
「もしもし、屋上まで来たんだけどどこにいるんだ?」
「来たのね、おはよう。入り口のとこで待ってて……行くから」
「ああ、ありがとう。メリーは?」
「いるわよ、そんなに気になる?」
「そういう訳じゃないよ、本当に混んでるな」
「流行ってるからね、もう着くわ」
「ああ、うん」
カフェの入り口辺りで突っ立っている俺の前に彼女、宇佐見菫子は現れた。いつものように黒い中折れ帽に白のリボンを巻いて、今日は寒いからか黒いマントを羽織っている。
「さあ、こっちよ」
「おい、引っ張るなって」
蓮子は俺のコートの袖を引っ張って席まで連れていくつもりのようである。非常に強引だし他の客の視線も気になる所だがもう面倒くさいので好きにすればいい、ここまで来るだけで疲れてしまった。
「メリー、連れて来たわよ。辛気臭い顔して突っ立ってた」
「想像付くわね、ほら座って」
緑のパラソルの作る影の下、金髪の少女マエリベリー・ハーンはいた。その向こうにはガラスの壁があり、京都の街並みが山越しに見える。たしかに絵にはなるか
「酷いなあ、それに何て混みようだ……大学生は好きじゃない」
「あら、悲しいわね」
メリーは冗談めかして笑う。
「ま、嫌いならわざわざ来ないけどな。それはそうと今日の号外読んだか?」
とりあえず椅子に腰を落ち着けた俺はコートのポケットで丸まった号外の紙面を二人に見せる。二人は何やら笑っているようだ。
「ん、どうした?」
「ふふ、それについて話してたとこなのよ、まさかあなたも持ってくるなんてね」
「車で来たくせにわざわざ駅前で降りて貰ったんでしょその号外、馬鹿ねえ……」
「お見通し、か。皆足止めて読んでるんで何かと思ってな」
なるほど、彼女達も俺が来る前から今日の号外の内容”月旅行の一般化”について話していたという訳か。まあ彼女達も私鉄は利用するわけで何らおかしな話ではないのだが、特に蓮子に関しては月旅行何かに憧れるような性格とは認識していなかったのである。
「にしても意外だなあ蓮子、お前は虚無主義者だと思ってたから」
「誰が虚無主義よ失礼ね。宇宙に関心を抱かない人間なんていないでしょう。いや、いたなら人間じゃないわね」
「怒るなよ。俺もそれには同感、今日だってこれ読んで年甲斐もなく興奮したんだぜ。何か癒されるよな、宇宙って」
「まあいいわ。そうね、どんな困難に直面しても星を見上げれば自分のちっぽけさを……なんて言うくらいだし。私は科学の徒だからそういう安直な感想は言いたくないのだけど」
「そんな目を持っていたら余計よね、蓮子には世界の仕組みが見えちゃうんでしょ」
「大げさだってば、メリー」
「頭が上がらないなあ。俺は馬鹿で幻想主義者だから地球が宇宙の中心にあろうと何ら問題ないぜ」
「はあ、何千年前に生きてるんだか。幻想主義者が聞いて呆れるわね、いいとこただのロマンチストじゃない」
「否定はしないけどな、やっぱしそろそろ虚無主義が顔を出し始めてるぜ蓮子、ロマンを否定すれば文明の進歩は打ち止めだ。尤も俺は構わないけどな」
と白熱しかけた所でメリーが言った。
「二人ともとりあえずその辺にしてそろそろ注文しましょ、ここのケーキ美味しいらしいわよ」
「まあ虚無に属する人間が暗闇に手を伸ばす事がロマンチシズムだよな」
「ん、まあそのロマンを忘れないための宇宙談義だもんね……」
この前ヒロシゲで話していたように、備え付けのタブレットで注文すればロボットが運んで来てくれる方式になっているようだ。もちろん調理は人間の仕事かもしれないけど。
「そうね、私はコーヒーとケーキセットにしようかしら」
「私もそうしようかな、何種類かの味のケーキが楽しめるみたいね」
なるほど、そのケーキセットは小さいケーキが数種類盛り付けてあるタイプのようだ。ハニートーストが無かったので俺はコーヒーとチーズケーキを注文することにしよう。
「はい、注文完了」
メリーはそう言った。じきにあのR2D2みたいなのが運んで来てくれるのだろう。
「じゃあ月旅行の話に戻りましょうよ。どこまで話してたっけ」
蓮子は少し考え込んだが、思い出したようである。
「ああ確か”なお、今回もまた有人火星探査は見送られた”のとこね」
「そうだったわね、月旅行関係ないけど。私は火星に行きたいとは思わないなあ」
「そんな事書いてあったっけか、有人探査もできないなら移住なんて夢のまた夢だよな」
占星術においては悪の性格、凶兆を示す星とされた火星。皮肉なことに宇宙に進出を始めた人類はそんな凶星にフロンティアの夢を託したがったのである。しかし、科学世紀の現代でもそれは実現しそうにない……。
月に行く方が早いし、一般に需要のありそうな分、パトロンやスポンサーも付きやすいのだろう。尤も火星旅行が実現したところで行ってみたいとは微塵も思わない訳だけど
「そうそう火星なんてどうでもいいのよ、大事なのは月旅行!」
「蓮子が月に立ったらどう見えるのかしらねえ……。月に行ったらまずそれを確かめたいわ」
蓮子には月から自分の相対位置を、星から時間を読み取れる能力があるらしく、いつも夜空を見上げてはぼそぼそと時間を呟いている。
「そうね、ここは月面です。ってわかるんじゃないかしら」
「蓮子の目ってそんな大雑把なのか? ここは月面の神酒の海です。くらいまでわからないと使い物にならないじゃないか」
「例えよ例え、それに海って言ったって玄武岩の平原でしょ」
「まあ、望遠鏡や衛星から見える月ならそうだろう。月にはな荒涼とした無生物の星と煌びやかな”月の都”とを隔てる結界がある、らしい……」
確か……。そうだった。そう聞いたはずだ。
「らしいって何よ、それも聞いた話?」
「まあ……な。月に思いを馳せたがるのは人間だけじゃないって事さ」
「はぐらかすわねえ、そこまで言ったなら話せばいいじゃない」
「話した所で、だろ。人の夢の話なんて真面目に聞きたがるものじゃないさ」
「でも夢じゃないんでしょう。だったら聞くに値すると思うけど、メリーの話と符合するとこもあるし」
「うん……まあ気になるとこではあるんだけどな、それも。月面旅行の話題が尽きたら話そうかな」
「残念だわ、私も聞きたかったのに月の都の話。あ、来たわよ」
例の配膳ロボットが到着したようだ。見た目はやはりR2D2のような見た目のそれの口が開き、ソーサーと湯気を立てたカップ、ケーキの盛られた皿が出てくる。それを自分の手で持ってくる、という訳だ。
そんなことはさておき、蓮子の言った話は確かに俺も引っかかってはいた……。メリーが夢で迷いこむ世界、俺が生死の境界で迷い込んだ世界、話を聞けば聞くほど同一の物に思えてならないのだが。そう、だけど結論を急ぎすぎるのは止そう、今は月旅行だ。
「ん、聞いてる? あなたの分よ」
メリーが俺のコーヒーとケーキを差し出してくれる。
「ありがとうメリー、そうだ蓮子、月だと時間の方はどうなんだ?」
「うーん、私の目は日本標準時しか見られないのよねえ、世界時の方は能力の対象外なのよ。ていうか行かない事にはわからないんだって」
日本限定の超能力などあり得るのだろうか
そもそも超自然的な力が人間の定めた規範に制限されているというのはおかしな話ではないのか。尤もその真実は蓮子のみぞ知るってわけなのだろうけど。
「ちょっと蓮子、それじゃあただの引き算じゃないの?」
「どうかしらね、ひ・み・つ、よ」
蓮子はウインクして、そう言った。
俺からすれば超能力だと信じたい所ではあるが、彼女のプランク並みの頭脳であれば計算で時間を導き出すことも可能かもしれない。尤も常人を逸脱したそれはすでに超常の域に達していると言えなくもない。
「ふーん、まあいいわ。それでいついくの? 月面旅行」
「メリーは気が早いわねえ。混むだろうし予約は早めに済ませておいた方が良いとは思うけど」
「おいおい、構わないけどいくらかかるかは分かっているのか。一般化したとは言え安くは無いぞ」
少なくともゼロが五桁、下手すれば六桁に届くくらいの費用はかかると俺は把握している。
彼女達はバイトもしていないようだし、その生活費用は親からの仕送りに頼っているようだから貧乏社会人の俺からすれば非常に羨ましい限りなのだが
いくら裕福だとしても月面旅行のために高い金を捻出できる親など、この日本でもそういないはずである。
「いくらかかるかなんて考えもしなかったわ。あら思ったより高いのね。見てよメリー」
蓮子は再び号外の紙面に目を移し、目を見開いた。そんなことも知らずに話していたのだろうか。
「本当だわ。バイトしなくちゃならないじゃないの」
「はあ……。どんだけ金にルーズなんだよ。羨ましいなほんと、こちとらあの車のローンにいまだ苦しんでるってえのによ」
生活費その他もろもろは仕送りで賄える彼女達なので一年そこら必死でバイトすれば稼げない金ではない、月の軌道を回るだけで何十億とかかった時代に比べれば随分日本の科学も進歩したのだ。とはいえ彼女らが汗水たらしてアルバイトに励む姿など想像できないし、したくないのはなぜだろう。
「セレブのメリーがいるから安心ね。お金の心配より月面旅行の予定でも考えない?」
「おお、セレブときたか。ほんと羨ましいねえ、どうしても行きたいならちょっとは援助出来ない事も無いんだぜ」
「あら、ローンがどうとか行ってたのに私達に援助できる余裕があるのね。ていうか、あなたは行きたくないの?」
「独り身で特に趣味も無いからな、酒と煙草が滞らなきゃ生きてけるんだ。うーん、まあいささか興味はあるけれど、二人が月面見られたなら満足だ。俺が行った所で”月面”としか感想も言えないし値打ちないだろ」
そうだ。別に俺の目で見たところで地上から見る月も立ってみる月も結局大差はない、その小さな差を楽しめる程の余裕も時間も俺にはない、それなら彼女達の瞳にだけでもその景色を見せてやれるなら、別にそれで満足なのである。少々卑屈が過ぎる言い訳なのかもしれないけど。
「まーたそんな卑屈な事言って……。年寄りじゃあないんだから。行きたいなら来ればいいのよ三人で予約取った方がお得でしょ」
「年寄みたいで悪かったな。俺はせっかく気を遣ってやったんだぜ、月面のハネムーンを二人水入らずで楽しめるようにさ」
「ハネムーンね。それならありがたく二人きりで……ね。メリー」
と、流し目気味で蓮子は言うのである。照れ隠しでつい振ってしまったネタなのだが、毎回否定するでもなくノリノリな蓮子は本当にそっちの気でもあるのかもしれない、だとしても俺は別に構わない、が。
「蓮子……なんで私があなたと新婚旅行に行かなきゃいけないのかしら、もう怒ったわ絶対三人でいきましょう」
メリーは頬を膨らせて俺の方を軽く睨んで言う、片手で蓮子をつねりながらだ。
あの視線は”お前も共犯だ”という意味だろう。かくいうメリーもいつも通り頬を紅潮させているので、全くもっていつも通りである。
目の前も含めて喧噪の絶えないカフェテラスだが、この空気にも適応しはじめたようでここのコーヒーが意外にも美味しい事に気が付く。
昼下がりのパラソルの下、向こうには遠く京都の街が見える。
「ちょっと、なにしたり顔してるのよ。おかげでつねられちゃったじゃない」
「乗ってこなきゃいいだろう」
「それは無理な相談ね」
「やっぱり自業自得だな」
また蒸し返しそうな所をメリーに静止される。
「ストップよ、もういいから月の話に戻りましょ」
「ごめんってメリー、じゃあ月談義を再開といきましょう」
「いついくか、だっけ?」
晴れ渡る空の下、三人の月旅行への夢談義はまだまだ続く……。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
感想お待ちしております。
次の話もご期待くださいませ。
それではまた