TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
ヤブ医者から世界認定を受けて数日。
修学旅行前なんかにありがちな現地でのルールを眼鏡から教わるなどして過ごしていると、出荷の日は目前となった。おそらくはまた馬車もどきでドナドナされるのだ。
眼鏡……クラムヴィーネは、あの医者なのか教授なのか師匠なのかよく分からないおじいさんからいくつか確認すべき内容を言いつけられたらしく、それについても1つずつ確認をした。
たとえば、【圧縮】を維持したまま魔法を使えるかどうか。これを最初に尋ねられたとき、思わず苦い顔をしてしまった。クラムヴィーネが先生と仰ぐだけあって、エルフや魔法の仕組みに理解があるらしい。
結論から言えば、僕はそれができない。
【圧縮】が気持ち悪くて嫌いだと言う理由の大部分に関わってくる話だ。僕にとって魔法は世界と関わることで、【圧縮】は部屋に引き篭もって布団をかぶることなのだ。
もし魔法を使ったらどうなるのかについても確認された。
分かりやすく言えば、自転車のチューブから空気が吹き出すように魔力が溢れる。文字通り圧縮されているわけではないのだが、少しでも世界と関わる窓口を用意してしまえば、そこからの出力はうまく調整してやることができない。
それらの話を踏まえ、近づいてはいけない場所を教わった。
代表的なのは、病院。たとえ一瞬でも緩んで魔力が漏れてしまえば、大きな事故を起こしかねないとのこと。優先席付近では携帯をマナーモードにする。ペースメーカーとスマホみたいな話だ。
「身を守るためや、緊急事態が起きたときに魔法を使ってはいけないと強いることはできません。インフラだってその一瞬ですべて駄目になるようなことはありません。ですが、医療関係はやっぱり細かいものが多いですから」
「分かりました。お互いのためにも、気を付けるようにします」
珍しくまともなこと言ってる……と思いながら首肯した。
いや、よく考えれば彼女は基本的にはまともなのだ。第一印象だってなんか苦労してそうだなぁって感じだった。
ためしに命と魔法の研究どっちが大事か聞いたら悩まれてしまったが。
曰く、「結果次第では研究ですが、基本的に結果って最後まで分かりませんし、続けるには命が必要ですから」とのこと。命を捧げたら8割方うまくいくような研究があるのなら捧げてしまいそう。
「私ごときの命で永遠に残る智慧が得られるなら素晴らしいことじゃないですか。だって、大した存在でもなく、あと50年もあれば死ぬんですよ?」
「それでも、悲しむ人がいますよ」
「え? どうしてですか?」
純粋な目で見つめ返されてしまった。言葉に詰まる。
この国の人達と上手くやっていきたいなら、この辺の話題は掘り下げるべきじゃないんだろうなぁ。クラムヴィーネに限った話かもしれないけれど。
それなりに一般的な価値観を持っていそうなシュービルに尋ねてみる。
「……導師になるのって、そういうことなんだと思う。でも、クラムヴィーネ先生は思いやりがあるし、いい人、だよ」
思いやり……。否定できないけど、肯定もできないんだよなぁ……。
まあ、いや、うん、四捨五入したらある……ホンマか?
「それよりも……、その、近くない?」
「あっ本当ですか? ごめんなさい、離れます」
「あ、いや……、うん」
シュービルに言われてお互いの距離を測ったが、普通に隣に座るつもりがほとんど顔の並ぶ位置に身体があった。
やばい。最近いーちゃんとばかり接していて他人との距離感がバグってきている。人の価値観を考える前に、自分のことを見直さなければいけないかもしれない。
学園都市へ入学して、「あの転校生なんか馴れ馴れしくない?」とか噂が立ったら僕は心が折れる自信がある。学校という概念自体ほとんど孤独のトラウマそのものなのだ。
「……大丈夫、だよ。君は上手くやれるさ」
「そうでしょうか。……失敗してばかりですよ、昔から」
「嘘だ。君を嫌うのって、凄い難しいよ?」
まあ確かに、アンブレラを嫌うのは難しそうだ。
そんな事を考えながら、少しずつ旅支度は整えられていった。
「覆面を決めましょう!」
大量の箱を床に置いてクラムヴィーネが声を張り上げた。
どうやら、僕らエルフが学園都市で生活するにあたって、素顔を晒すことはなるべく控えてほしいらしい。
「建前としましては、注目を集めてしまい精神的な負担が増えることのないようにするため、とのことです」
「建前?」
「失礼、本音の言い間違いです」
クラムヴィーネの発案ではなく、学園都市の責任者側からの提案とのこと。建前なのか本音なのか(建前ならさらにその本音が)気になるけれど、とにもかくにも配慮してもらえるのはありがたいことだ。
僕は賢いので、このまま学園都市に行けばどうなるのか客観的に判断することができる。というか、母様に置き換えれば考えるまでもないのだ。
たとえば僕のいた高校に、母様が転校してくるとなったらどうだろうか。
まず、僕は愛おしさで心臓が止まるか破裂するかして死ぬ。この時点で死者1名。
次に、性欲に飢えた男どもが連日のように長蛇の列をなして母様に告白する。母様は疲れてしまうし、振られた男子生徒はショックで死ぬ。
もちろんその列に女子生徒が加わることもありうるだろう。さらには、振られた男子生徒が好きだったという女子生徒だっているだろう。その子は嫉妬する。性格にも依るが、嫉妬の矛先が母様に向いたとき、何かしら危害を加える可能性だってある。
そうしたらもう戦争だ。死人がたくさん出る。つまり、母様はダンボールを被るか何かして登校しないと悲劇を引き起こしかねないのだ。
だから、建前は僕の精神的な負担をなくすため、本音は死者が出ないようにするため、学園都市は僕に顔出しNGを宣告したのだ。
面倒臭さは感じるが、その配慮には感動しかない。一緒に母様を守ろうな。
「納得いただけたようで幸いです。そこで、いくつか使えそうなものを用意しましたので、アンブレラさんには気に入ったものをいくつか選んでいただき、客観的に見て使えそうかを私達が審査します」
「あの、それはいいんですけれど、審査するのって……」
打合せでもしていたのか、並べられた審査員席にはクラムヴィーネ、シュービル、いーちゃん、アイリスが座っている。
まあ、百歩譲ってシュービルといーちゃんは分かるのだ。
「何か問題でもありましたか?」
「いえ、アイリスは身につける側の立場ですよね……?」
「公平な審査に努めます」
僕が疑問を口にするとクラムヴィーネは目を逸らし、代わりにアイリスが胸を張って高らかに宣言した。
シュービルは肩身狭そうにし、いーちゃんは気合を入れるように体の前で握りこぶしを作っている。かわいい。
釈然としないものを感じながら、箱の中身を漁ることにした。
覆面とは言うものの、つまりは顔を隠せる何らかのアイテムを揃えたらしい。
一番上にあった片手サイズの小さな箱をなんだろうと思って手に取ると、中身は眼鏡であった。クラムヴィーネがつけているものと同じデザインに見える。
「では、まずは眼鏡ですが……どうでしょう?」
漫画に出てくる牛乳瓶の蓋みたいな眼鏡ならワンチャンあるんだろうけど、正直これだと顔隠せてないよね。かなり強めの度が入っていて、クラリとするのをなんとかこらえた。
「かわいい! 4点!」
「眼鏡の需要が高まるのは嬉しいのですが、顔を隠す目的には沿いませんね。2点です」
「それはボクもそう思います。2点で」
ひとりあたり5点満点らしい。なんの茶番か、しっかり得点の札まで用意されている。
無言のアイリスの方を見れば、目を閉じたまましたり顔で5の札を掲げていた。
「……ふぅ」
いやなんか吐息をついた。ソムリエの風格を感じる。ソムリエが何なのかよく知らないけど。
「ええと、では次はこれを……」
正直なところ眼鏡は度が強くて使いたくなかったから、高評価を受けても困る。
顔をもっと隠すべきという意見はもっともであるので、お面のようなものを手に取った。日本の狐面に似ているが、模している動物はこの世界の別の生き物だろう。
「これはかなり露出を減らせますね。4点です」
「ミステリアスだけど……凄い似合ってるわけでもないから3点?」
「……普通に目立ちますよこれ。これも2点で」
「想像力が掻き立てられますね」
そもそもとしてアイリスは5の札を掲げる右手を一瞬たりとも下げようとしない。
親ばかっぽさを感じてこちらが恥ずかしくなってくる。誤魔化すように箱を漁り始めると、宴会芸で使いそうな馬マスクとかが目についた。
流石にそれを身に着けて平常心で暮らせるようなメンタルは持ち合わせていないので見なかったことにして、その下にあるハチマキのようなものを取り出した。
「これは……?」
「一部の実験で使うことのあるアイマスクの一種ですね。生地が薄いためある程度は透けて見えますが、生活しづらいと思うので流石にそれは……」
「アイマスクですか」
特に使うつもりはないけれど、箱の中身ということでひとまず身に着ける。
黒い布は鼻の上から額全体までを覆う。なんかあれだな、カカシ先生……いや2Bとか?
しかし、……おお。
「これ何か魔法が組み込まれていますか?」
「え? は、はい、よく分かりますね。ただ上手くいかなかったようで効果のほどは分かっていないのですが……何か分かりますか?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
普段は魔力を見るとき視界を「ズラす」ような意識をしているのだが、これを付けている時はその意識が必要なくなる。その目的だけについて言えば楽にしてくれる良いアイテムだ。
とはいえ面倒が無くなるというだけで、むしろ通常の視界はかなり遮られてしまうことを思えば残念な発明品なのだが、魔力が見えない状態でこんなものを発明したというのは驚きだ。
じゃけん使えそうにないから外しましょうね。
黒布のアイマスクを外すと、一応は採点をしていたのか各々が得点の札を掲げていた。
「教育に良くないので2点でしょうか」
「ボクも同感です」
「使いづらそうだから……3点〜」
個人的には嫌いでないし、そこまで目立つわけでもないと思ったが低評価らしい。
アイリスはどうせ5点なのだろうと思って見やると、5点の札を中途半端に掲げた状態でオロオロしていた。
「6点……6点の札はないのでしょうか……?」
ないよ。
多分、人間からは低評価で、エルフ的にはそこそこ良い評価をしたくなるものなのだろう。種族間の価値観の差異というものだろうか。
気を取り直して箱の中身に視線を移すと、突如僕の心はあるものに囚われた。
あれである。
あかん、名前が分からん。
占い師とかがよく付けていそうな、半透明の布のマスク。名前が分からんけれど、僕はこれが一瞬で気に入ってしまった。
だってよく考えてみてほしい。
遠目ならほとんど透けていることは意識されないし、鼻と口を大きく覆う形だけれど薄いから息に詰まることもない。なんかミステリアスな感じがしてオシャレだし、奇抜なデザインではないから人の目もあまり引かない。
これでは? 占い師マスク(仮称)しか勝たん。これは高得点だろうと、装着して審査員達に流し目を送るとたちまち結果が返ってきた。
「教育に悪いので0点です」
「君は学生達をどうしたいの? 0点だよ」
「あーちゃん、他の人の前でそういう格好しちゃダメだよ?」
「7点の札はどこですか……?」
なんでや占い師マスク格好いいやろ!!
箱の中身が尽きるまで、審査会は続けられた。
学園都市
建前「(こっちの)精神的負担が増えないようにするため」
本音「研究に打ち込めるよう学生の性癖を守るんだ…」