TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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ナナ、ニジュチ、サジュゴ……? こ、こいつ、まさか7の段を詠唱破棄しているのかっ……!? そんな俺TUEEEEができる、そう思っていた時代が僕にもあったんでしょうか。

 ファンタジーの世界に微積分はない。

 

 より正確には、微積分の授業というものが。

 四則演算というとても直感的な演算は、買い物なんかをしていれば自然と人々が使うようになる。だからこそ、算数を超えて数学の話を始めたときに代表的なものとして微分積分を挙げる人も多かろう。

 そして、ファンタジーに学校の話を持ち込んだときにふと考え込む。

 

 異世界の住民って微積できんの?

 

 実に嫌な話である。まあそもそも、僕も高2までの知識しかないからたいしたことは知らないんだけど。

 しかし仮に知っていたとしても、微積分をできるから知識無双、内政チート……なんてありえない話だろう。

 

 xの2乗を微分すると2xになるんです!

 ☓ ウワー、レインちゃん賢い素敵抱いて!

 ◎ ……で?

 

 そも、高校生なんかでは微分の何が凄いかなんてまるで分かりやしないのだ。

 とりあえず授業で習うから知る。なんかよく聞く名前だしできたら凄いんだろう。そんな感じ。

 

 じゃあなぜ学ぶのか。大半の人が何に使うかも分からないのに、わざわざ長い時間かけて学ぶのはどうしてか。

 結論を言える立場でもないが、きっとそれは、ある種の「言語」の授業なのだと思う。国語や英語と何ら違いはないのだ。

 大人の人で、実際に毎日微積分を使って計算していますなんて人はごく少数だと思う。けれども、「ここには微分がこう使われているんですよ」と言われて、「り、りろんはしってる」と返せることが重要なのだ。人間は、納得を重んじるからこそ。

 

 しかし、納得が関係なくなる場面もある。

 納得以上に優先されるもの──命が揺らぐ瞬間だ。納得は全てに優先するの民はともかく。

 

 日本人がファンタジーと聞いて思い浮かべるのは、指輪物語が切り拓いたような荒野の世界、脅威となる外敵がいて、感覚でしか説明できないような魔法があって、街ですらも安全が保証されないようなものだろう。

 そこで微積分が使えて何になるだろうか。齧った程度の化学反応式を知っていて生命の危機を脱せられるか? そんなわけがない。大半の人は、ストーンワールドでライオンに食われて死ぬ。

 納得に満ちた既知の社会以前に、ファンタジーには安全な社会が保証されていない。

 

 そんなわけで、友達もいなかったから稽古か勉強ばかりしていた僕の前世の知識は、この魔法王国では大して日の目を見ることもなかったのである。

 

(うーん、これもはや英単語帳では)

 

 魔法の歴史に関する講義を聴きながら、別の講義で紹介された魔方陣に関する図録の頁をめくる。人間から見た魔法については認識の違いが多分にあるので歴史の話とはいえそこそこ面白いのだが、先生がすぐ人物のエピソードなど脇道にそれるので、講義の進行がまあ遅い。

 そんなわけで内職代わりに本を読んでいるのだが、火の模様を描けば火の魔法が使えるなどというわけもなく、難解地図記号集とでも名付けたくなるような内容にため息をついた。

 

「……と、実のところ、真名や仮名はいつの時代も使われていたわけじゃないんだよね。覚え方としては、災厄があまり関係ない、人類が安定している時代は大体仮名がよく使われているんだ。現代は真名もよく使われるから、少し不安定な時代と言えるかな」

 

 珍しく真名の話が飛び出したものだから、ヴェールの下でピクピクと耳が反応した。

 

 真名はその人の存在そのものだから、家族以外に教えてはいけないとエルフは学ぶ。

 一方人間は、真名が周知されていないと魔法が使えなくなってしまうからと真名を広める。らしい。広めても真名を悪用できるほど魔法を扱える者がいないから、というのは少し皮肉な話でもあるが。

 

「ちなみに、古い文献にはラヴガン学派というのがいてね、一口に言えば真名を捨てて生きましょうと主張する団体なんだけど、まあこの国なら当然追放されるよね。特に昔は今以上に《古の魔法使い》への信仰が強くて……」

 

 また話が余談に向かっていった。視線を落として、魔法陣の暗記の作業に戻る。

 筆者も魔法陣が難解で覚えにくいということは分かるらしく、覚えやすくなる捉え方なんかも紹介している。十字に並ぶ星を見てはくちょう座と呼ぶ程度には「いやそうはならんやろ」というものばかりだけれど。

 

 だだっ広い講義室の中。似たような輩ごとに着席位置が固まるのはよくあることだと思うが、普通の生徒たちでなく、体から何か生えているようなやべー奴ら寄りの位置に落ち着いてしまった事実にため息を付きつつ、ついぞ知り得なかったキャンパスライフとやらはどんなものだったのだろうかと思いを馳せた。

 

 


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