TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「ウタガウタイタイデスゥ」
潰れたミッキーマウスみたいな声が喉の奥から絞り出された。
あまり大きな権力を潰れたとか形容するとそれが遺言になりかねない。小さく「てれさ」と呟き、最期の一言を望ましいものに変更した。これでいつ消されても心残りがない。
はてさてしかし、先日カンナから指摘を受け、アイリスとも「どう思いますか?」と相談し、そもそも公共の場であるということを加味して人前でむやみに歌い出すものではないという結論を出したは良いものの、そもそも僕はヤニカスにとってのニコチンが如く歌うという行為が好きらしかった。それはそうとニコチンは下ネタ。
前世はそんなことなかったのでどういうことかと訝しむが、
感情に乏しい方だとは思わないが、感情表現自体は控えめな性分なので大笑いすることもギャン泣きすることもない。そうなると抑圧されてしまう部分が出てしまうようで、今までは歌うことによって発散されていたそれが、堪えきれない欲求として僕を蝕んだ。
一応、以前に人目を気遣って誰も来ない場所をいくつかリストアップしたのだが、カンナの例があるために、どんなに人通りのない場所でも誰かしらに見つけられてしまう可能性が頭を
心配事があっては気持ちよくなれないのが人の
「はい、じゃあ今日紹介するのは、反響や防音の目的でよく使われるジェターナ法という種類の魔法陣です」
教室内の視線が一斉に音の発生源へと向けられる。みんなの顔が向く方に合わせて、僕も左に首をひねった。窓の外ではちょうど業者さんが高枝鋏で植木を手入れしている。
なんだ、庭師か。誰かがそう呟くと、みんなはまた教卓へと顔を戻した。そんなわけないだろ。
「……ええと、気を取り直して。どうしてわざわざ防音なんていう地味な内容を扱うかというと、これを構成する魔法陣が実に基礎的なものであるわりに防音自体は汎用性が高く、魔法陣の応用という現代の魔法学における基本的な考え方を……」
僕は人間というものが分からなくなった。
銃に取り付けるサイレンサー然り、音を消すということはその言葉の印象以上に人の危機察知能力というものを弱まらせる。嫌な話をすれば、誰かに襲われたときにもしも助けを呼ぶ声を防がれれば、被害から免れることはほとんど不可能になるだろう。
まあ一般に使われる防音技術自体は完全に無音化できるようなものではないらしいが、鼓膜を破るほどの爆発音がボールを蹴る音くらいまで小さくなるのであれば効果十分だろう。
そんなわけで、先程の授業では防音化されたときの対処法などについても教わった。というか、魔法陣の授業では魔法の使い方より防ぎ方を多く教わる。魔法でバトルだなんてファンタジーはないようだけれど(目逸らし)、魔法で犯罪は昔からある程度起こるそうだ。
「それでここに魔法陣を描こうって?」
「ええ。ここは故郷にも似ていて一番安らげますし……。だ、駄目でしょうか?」
「う……、し、心臓に悪いからそんな顔で迫らないで頂戴。まあ貴女にはいつもモデルになってもらっているし、全然手伝うけれど」
「手伝ってくれるんですか!?」
「多分、描くことに関しては私のほうが上手いし。ああでも、研究区以外で勝手に陣を設置しても良かったかしら……。あまり規則は覚えていないのよね」
緑の生い茂りすぎている
規則かぁ、とままならない部分について思いを馳せる。日本の中学高校みたいに校則の書かれた生徒手帳などというものは存在しないが、なんか規律一覧みたいなのが載った冊子はあったと思う。覚えてないし持ち歩いていないけど。
一応、白妙の止り木で最低限の一般常識については教わっている。曰く道端などの公共の場で魔法を使うのはマナー違反とのことだけれど、それは道路でサッカーしちゃ駄目だよ的なあれで、つまりは使って良い場所と使っちゃ駄目な場所を考えましょうねということだ。
土地区画で言えばここは学域と呼ばれる範囲内で、研究所や学習施設が集合している地域の一部である。カンナの言う研究区とは研究所内の更に一部の地域で、そこはかなり魔法関連の規則が緩い(その分厳しいらしい)。
学域は基本的に学ぶための場所である。公共の場であって公共の場でないと言っても過言でない。であれば、いたいけな1人の学生が
と、そこでアイリスが重々しく口を開いた。
「……怒られたら」
「うん」
「あやまりましょう」
「……違いないですね!」
はー、ウチの乳母は天才か? 世の中の胸にしか栄養が行っていないタイプの巨乳キャラとは一線を画すようだ。
頭がいい。背も高い。胸も大きく顔もいい。最近は絵も描けるようになった。ちょっとそのうち何か無理言って限界を見つけないと、僕のほうが劣等感で死ぬまである。母様の血が流れてるってアドバンテージがなかったら死んでた。危ない。
エルフの森では、悪いことをしたらちゃんとあやまろうという文化がある。最初の頃は、それで何でもかんでも許す癖に人間については見即斬なの身内にダダ甘では? などと訝しんでいたが、段々と「いや、ちゃんとあやまれるのえらい!」と
思い返してみれば、日本にはあやまれない大人が沢山いたものである。いい年してごめんなさいが言えない人間というものは実に多いのだ。
そう考えると、あやまるのは簡単なことのようで難しいのだと分かる。ちゃんとそれができたら許してあげるのが社会の義務ではないだろうか。
最近はこんなエルフのノリにも慣れてきたのか、カンナは教科書を眺めて「はー、懐かしいわね」などと昔を振り返るようにしながら、魔法使いの杖のようにも見える白い棒でガリガリと地面を削り始めていた。