TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「すごい笑っていましたけれど、何を叫んだんですか?」
定位置となったベンチの中央にちょこんと腰掛け、右手側に座るカンナの表情を伺う。
カンナが以前から使っていたからか苔生すようなことはないけれど、異常に育った植物の蔓が背もたれにまで絡まっている。旅先では何かと潔癖症みたいな扱いを受けることが多かったように思うが、実際のところエルフは森で育っただけあって虫など自然への耐性は強い。世の中には公園のベンチ座れないくらい綺麗好きな人とかいるからね。
なお、ベンチにおける位置関係は試行錯誤の結果である。アイリスが中央だと、割とマジで左右の端から逆側に座る人の顔が見えない。この事実に気付いたときカンナは思考が停止していた。胸囲格差とかじゃなくて、単純にアッ……ソッカァ……となる。
とはいえカンナが中央の場合、彼女自身が落ち着かないと言って嫌がった。曰く、視線の落ち着く場所がなくなるのと、イケないお店に居る気分になるのだという。慣れでは? 慣れる前に心臓が逝くと……そうですか。
まあともかく、決してみんなの人気者だとかそう言う理由で真ん中にいるわけではない。かつてを思えば、輪の中央にいるということに違和感さえ覚える。まあ昔は輪の一部どころか外だったわけだけど。
それにしてもなぜ中高生は横一列に並んで歩くのだろうか。自分だけ前や後ろを歩くことが怖いんだろうか。うーん水面下の友情とカースト争いを感じる……。
「何って……言えないことよ。折角なんだから」
「えぇ、気になります……。ねぇアイリス、カンナはなんて?」
「あっ、卑怯よ!?」
純粋培養の美少女とはいないもので、そも幼い頃から自我を確立していた僕ともなれば、自分の見た目を使う、つまりはあざとい振る舞いというものをよく覚える。
普段は素っ気ないネコチャンが突然甘えた声を出せばいくらでもご飯をあげてしまうのが人情というものだろう。
服に少し体重をかけるように引っ張って、上目遣い(アイリス相手の場合は身長差的にデフォだが)で問いかければ情報の秘匿などできようものか。ふはは、アイリスの前で僕に隠し事ができると思うなよ。
「い、いえ……
「ほんとに何を言ったんですかっ!?」
「HAHAHA! 残念だったわね」
あぅあぅと口を動かしたアイリスは、途中まで頑張って言おうとしたものの遂には顔を赤らめて諦めてしまった。
えっちなことか? えっちなことを叫んで爆笑してたのか……? この人間情緒ヤバすぎるだろ……。
「もう知りませんよ。変態アーティストなんていつか捕まればいいんです」
「あら、アーティストに変態は褒め言葉よ?」
「そういう意味じゃありません!」
ふん、と拗ねてアイリスの方に寄りかかると、スタンバってましたとばかりにアイリスの両手が優しく僕の頭をふとももまで誘導する。嗚呼全自動えちち膝枕……。
「これだけで一枚の宗教画なのよねぇ」
カンナはそう小さく零し、どこからかスケッチブックと木炭を取り出して手を動かし始めた。ほら、人が拗ねてるときですら絵を描き始めるんだから。変態め。
もっと謝って撫でて褒めて持ち上げて宥めすかさないと機嫌直さないぞ。こうなった僕は頑固なんだからな。
「……」
魔法陣の影響か知らないが、風はまるで吹かず、明るいのに夜の森のように静かで違和感がざわざわと胸を鳴らす。
ただカンナが絵を描く音だけが、シャッシャッと規則正しく、ゆったりとしたテンポで刻まれている。きっと、彼女の手元では大小濃淡様々な線がワルツを踊っているのだろう。
「……」
……ハッ! なんか落ち着いた雰囲気に流されかけた。
僕は拗ねているんだ。拗ねてるんだぞー。
……だぞー。
「……♪」
とても自然に。それこそ息を吐くようにハミングをしていた。
まあ、うん。拗ねてるんだけど。
……でも、まあ、いっか。どうでも。歌えるんだし。
拗ねてようが拗ねてまいが、歌ったほうが気持ちいいだろう。
筆先の揺らす空気を、静かに吸った。
ただひとり 迷い込む旅の中で
心だけ彷徨って立ち尽くした
でも今は 遠くまで 歩き出せる
そう君とこの道で 出会ってから
旅人たちが歌う 見知らぬ歌も
懐かしく聴こえてくるよ
ただ君といると
夢見た世界が どこかにあるなら
探しに行こうか 風のむこうへ
凍てつく夜明けの 渇いた真昼の
ふるえる闇夜の 果てを見に行こう
防音は反響の用途でも用いられると先生が話していた通り、懐かしいメロディーが野外とは思えない不思議な響き方をして耳に返ってくる。
そういえば、人の名前は忘れるくせに歌詞は覚えているものなんだなぁ。特段音楽系の才能に恵まれた前世ではなかったのだけれど。……単に、転生してから無意識のうちに忘れていいものと忘れたくないものを選んだのかな。
選んだのは、レインだろうか。にいろだろうか。
寂しさを知っている 君の瞳
まばたいて その色を映すから
続きを歌いながら、ゆっくり身を起こした。カンナが絵を描いてる? 知らん知らん。まず肖像権がですね……そういえば描いてもいいって約束だったな。
なにはともあれ、そっとベンチから降りてカンナの描いた魔法陣の傍らにしゃがむ。
他の人からはただの模様を描いた水路に違いないが、魔力を視てやれば、今も忙しなく魔力が巡っていることが分かる。
差し出すその手を つないでいいなら
どこまで行こうか 君と二人で
必死だとか忠実だとか、もしかしたらそれは流れ星に意味を見出すような、気圧と水蒸気のもたらす降雨を龍神と敬うような、そんな勝手な思い込みかもしれない。
魔法が法の一部だと言うのなら、利用こそが賢い人間の正しい在り方かもしれない。
でも僕は知っている。
ありがとうと伝えると、それは明日もっと丁寧に流れようとする。
よろしくお願いしますと願えば、それは昨日よりも強く輝こうとする。
それはいつだって、どこだって、何のためでも、ただ美しく光を灯している。
意思疎通なんてできた試しがない。話しかけたら光が踊って応える? まさか。ぽわぽわふわふわ、その辺を漂っているだけだ。
何も、丁重にもてなせというわけじゃない。奉って毎回頭を下げることなんて僕もしたことがない。
けどさ、飯食う時にいただきますって言うでしょう。
ただそれだけだ。
ただそれだけをしないから、僕は人間の魔法が嫌いだ。
どこへも行けるよ まだ見ぬ世界の
ざわめき 香りを 抱きしめに行こう
気持ちよく歌えました。うん。
木の葉のざわめきや、爽やかに頬をすり抜ける風。
まるであの森で歌っているかのようだった。
地面にそっと指先を当てて、ほとんど聞こえないくらい小さな声量でありがとう、と呟いた。
……ん、風?
「……ありぇ?」
魔法陣は……輝いている。つまり、防音の魔法の効果自体ははたらいている。
……が、先程まで数メートル先にうっすら見えていた境界がどこにも見えない。
あの?
「カンナ、大変です」
「ん?」
「魔法陣の効果の範囲が、多分ちょっとよく分からないくらい広がっちゃってます……」
「ちゃんと大変じゃないの!?」
とりあえずカンナの指示に従って慌てて魔法陣を塗りつぶした。
感謝とか微塵もなかった。なんならむしろバカ!ぼけなす!って念じていた。
モウオワリー? と散っていく魔力に恨みがましい視線を送る。
「学域内ですから小規模なら見ないふりをしますが、基本的には事務局に申請して、定められた通りの使い方をするようにしてください……」
建物がある範囲まで広がってたらしく、発生源に駆けつけてきた先生にめちゃくちゃ叱られた。サーセン、でも僕らじゃなくて魔力が……。
今度からは罵倒を念じながら歌うようにしようと思った。
感謝とか駄目だ。あいつら限度知らないんだから。