TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
学園都市は、おおよそ連邦と呼んで差し支えない国家群である。
三大国家の中でもその領土は一番広く、州にあたるひとつひとつの「学区」の面積は小国に引けを取らない。
この規模について一言で説明しようとすれば歴史的経緯といった言葉くらいしか出てこなくなるのだが、そもそも現存する人類の源流がここにあると言えば何かしら想像の余地が生まれるだろうか。
古の魔法使いたちは、それぞれがひとりひとつの区画を管理した。しかし、互いの居所へ行き来するのに馬車でさえ数日かかるというのは悩ましい。端の区画から端の区画へ行こうなど、考えることさえ億劫だ。
そうして作られたのが、現在各学区の中心にある転送門だという。転送門を介して学区を行き来する物や人の数は目も回るほどで、一部の学生は講義のために一日で複数の学区を渡り歩いてすらいるという。
しかし、おかしな話もあるものだ。
学生でさえ一部の優秀な者なら知っているような話だが、あまりにも幼い頃から慣れ親しんでいるためか、ほとんどの人間はこの学園都市の根幹とも言える技術について疑問に思うことすらない。
「とはいえ、普通は禁術が何かすら知らない、ですカネ」
転移と転送を同列に語ることもまた誤りである。
真実は意外とつまらない。それでも、どこぞの軍事国家なんかがコソコソと探りを入れてくるものだから、神秘的なものとしてぼかしておいたほうが今のところ都合がよかったりする。
そんな、巨大な構造物を前に、のっぺらぼうはどこからかふぅと一息ついた。
少しでも心を落ち着けるための寸法であったが、それでもイライラが収まるところを知らないのは、目の前で這うように大地に顔を近づけて息を荒げる
「あぁ、香ります……香ります……。濃厚で芳香で、上質で甘美な、
普段は、まともな男のはずであった。むしろ自分のほうが変わり者扱いされることが多かった。
それはまあ見た目の上で仕方ない。この優男は想い人のこととなれば狂人の片鱗を覗かせることもあったから、今の姿に度肝を抜かれるというほどのこともない。
ただまあ、のっぺらぼうは端的にドン引いていた。
「彼女は学域でしょう。アナタが嗅いでいるのハ、大いなる大地と他人の靴の裏の匂いですヨ。それがドローネット……様の、香りですカ?」
「──いいえ、いいえ! 違いますとも。私が感じているのは、先日の共鳴した魔力の拡散した一部……きっとここまで広がったのでしょう。──いや、それだけでは……これは? まさか! ドローネット様、お近くに!?」
「鼻を鳴らすのは構いませんカラ、もう少しお静か二……」
鼻をピクピク動かしたかと思ったら、今度はあたりを見渡して駆け出そうとする始末。
一応は建前を用意してここまで来ただけに、不用心な相方に目立たれるわけにもいかない。首根っこを掴んで、仲間との合流地点まで連行するのであった。
「ドローネット様! ドローネット様ァァアアア!!」
「……ああいった方は、よくいらっしゃるんですか?」
「ま、まさか。……週に一人くらいですよきっと」
こ、怖かった……。
何事かを叫んで暴れる男の人がいた。できれば一生関わり合いになりたくないものである。
道を塞いでいた白猫又であったが、少しして後ろを振り向いたかと思うと、鼻先で僕をグイグイ押し始めて路地裏まで誘導してくれた。
そのすぐ後に、転送門とやらから出てきた人々の内の男性が荒ぶりだしたのである。周りの人は距離をとっているものの警備が来る様子もなく、ともすれば学園都市の日常的な光景のひとつなのかもしれない。嫌すぎる。
まあ、転送門を前世で言う都心の駅だと思えば、酔っぱらいの一人や二人いるものなのだろう。とするとナンパとかしてる人もいそう。駅前って治安悪いとこ多いよね。ここには用がない限り近づかないほうが良さそうだ。
「あの人から守ってくれたんですか?」
「みゃ?」
猫に問いかけるも、ハッキリした返事はなかった。
しかしもう道を遮ろうとする様子はない。駅前の人混みに放置するわけにもいかないので、今度こそ猫を抱き上げた。よかった、肉球ビンタはされなさそうだ。
「御子様、猫様をお預かりしましょうか?」
「えっと……大丈夫ですよ。これくらい、軽いものです」
アイリスが代わりに抱えてくれようとするが、僕だってアルマと鍛えていたのだ。身体強化なしでも素の体力はそこそこあるし、猫一匹なら腕が疲れるほどでもない。
……が、どうやら我らが猫様は胸の大きいほうが好みらしい。少し暴れたかと思ったら、僕の胸を踏み台にアイリスのビッグマウンテンまで跳躍した。登頂を果たした猫は、フミフミとその感触を踏んで確かめている。
凄いな。猫のバランス感覚もそうだが、タピオカどころか動物一匹が乗れるおっぱいて。動物相手なら恥ずかしくないらしく、アイリスは顔を赤くすることもなく猫の体をそっと腕で支えた。
そんな様子を横目で見ながら、先程の酔っぱらいさんのことに再度思考を移す。
確か、ドローネットと叫んでいた。どこかで聞いたことがあるような言葉だが、最近聞いたというわけでもない。学園都市に来てからだと思うんだけどなぁ……。
「ドローネット? いえ、あまり聞かない言葉ね」
お姉さんに聞いてみても首をかしげるばかり。学園都市だからこそ一般的な言葉、というわけではなさそうだ。
覚えている限り、学園都市に来てからのことを思い返してみた。白妙の止り木じゃないし……ああ、その前にドリルさんに会ったときか。
『ドローネットのアンタがな! うん、こっち来ちまうと、ちと困るんだわ!』
こんな感じで、内容がちっとも頭に入らず、頭の中が疑問符に満たされたのだった。
……じゃあ、ドローネットって僕のことを指してるのか? あの男の人めっちゃ叫んでたけど、あれ、なに、僕のこと叫んでたの……? こわ……。
それに匂いがどうこう言ってたけど、あの距離でここにいる僕の匂いを感じたってこと? そもなんで僕の匂い知ってるのとか怖さに限りはないんだけど、それ以上に……僕ってそんな臭うの?
袖や横髪を鼻に近づけて嗅いでみるが、やはりどうにも自分の体臭というのは感じにくいものである。
うーん、無臭……な気がするけど、あれだよね、自分の家の匂いは分からない的なやつだよね。
「お姉さん、少しこちらに顔を近づけていただいてもよろしいですか?」
「……へ?」
「すいません、少し屈んでいただけると……」
他の人の意見を伺うべく、お姉さんの方に背伸びする。
アイリスほどではないが背の高い彼女では、顔を近づけてもらおうにもそこそこの高さの違いがあるのだ。
両手で彼女の頬を挟んで引き寄せる。
鼻先が触れ合うくらいの距離になったところで、囁くようにお願いした。
「僕、匂うでしょうか?」
「ふぇっ!? ひぇ、あっ、ハイ、ウン……とても……スメルです」
「えぇっ……そ、その、髪とか、首元とか、変な匂い……でしょうか?」
「変……? いえ、甘い──スゥッ……いえそうですね、もう少しちゃんと嗅がないと分からないかもです」
結構ショックな事を言われる。少なくとも、僕が自分で確認した通りの無臭ではなさそうだ。
「ちゃんと……?」
「ええ、ちゃんとですよ。そうですね、それほど心配でしたら、腋が一番確実です。足の指先に次いで、腋は匂いやすいといいますからね」
「わ、腋ですか……うぅ……」
「さあ」
腋。言わんとすることは分かる。ワキガとか言うし、臭い人だったらそこで一発だろう。
それが怖いというのもあるけれど、それ以上にそもそも腋に顔を近づけられるのって生理的に恥ずかしいと思う。
普通の服を着ていれば、脱ぐわけにもいかないだろうからどうにか断れたかもしれない。
しかし悲しいかな、現在着ている学園都市の制服は肩周りがスリットになっていて、腕を上げるだけで晒せてしまうのだ。
ずっと背伸びをしているのも疲れる。何よりお姉さんがジリジリと近寄ってくるから、踵を地面に下ろし少し後退した。
自分のことながら、羞恥で耳まで赤くなっているのが分かってしまう。別に、臭いからって悪し様に言ってくるような人ではないというのも分かっている。目を瞑って覚悟を決め、震える腕を控えめに上げた。
恥ずかしい時間や怖い時間というのは長く感じる。目を閉じているから尚のこといっそうだ。
この焦燥のせいで余計に汗をかいてしまっていやしないだろうかと不安になる。しかし、いつまで経ってもお姉さんからは声がかからない。
「おねぇ……さん?」
おずおずと薄目を開けて確認する。
猫に連れられた路地裏で、ほとんど僕がお姉さんに壁ドンされているような姿勢だ。
僕が腕を掲げ、腋に顔を近づけようとしていたお姉さんだが、高速で瞬きをしながら横を見て静止している。
視線の先には──、ただ微笑んでいるアイリス。と猫。
「……すいません、どうかしていました。頭を冷やします」
「お姉さん!?」
唐突に謝り壁に頭を打ち付けだすお姉さんを、どうにかこうにか必死に止めるのであった。