TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
閲覧した書物は、史籍の類と魔霊種に関連する研究成果、そして当時の小説である。
史籍は過去の様子を知るのにはまるで役に立たないが、主要な人物を探すにはもってこいである。文中においては幽かなる精霊の方々が在留したということが簡潔に述べられているだけだが、添えられた色のない写真には脚注として確かに「レークシア様」と書かれている。
どれだけの書籍を隠滅したのかは分からないが、史書だけは性質上誤魔化しのきかないものだ。ただ事実だけを並べなければならないために、社会への影響の大きな人物を消すことができない。極悪人であれ、救世主であれ、いたものは「いた」と書かなければならない。そこから解釈に依って自国の歴史の正当性を示すのが為政者の役割というわけだ。
写真の少女は美しかった。アンブレラと同種であることがハッキリと分かる容姿で、また彼女に似て無垢で純粋な眼差しをしていた。あとはアンブレラより賢そう。
しかし、かつてのときのような雷に打たれた感覚はない。あくまでこれまで培ってきた
さて、明確な時期が分かると論文を漁ることが容易になる。たとえ題名だけで判別するにしても、分野すら無制限に百年分以上を確認しようとすれば気が狂う。
面白いことに、レークシアは多くの研究に手を貸していたようだ。著者欄*1を見れば、ある論文にはそのまま名前が書いてあり、また他のいくつかのものでは「
「道理で堪え性もなくなるわけだなァ。学園都市にとってアンブレラは、それこそ魔法みてェに魔導技術を発展させうる存在だ」
しかし、ここでレークシアらしき者を著者に含む論文が一時期を境にパタリとなくなっていることが目に付く。
もしかすると、学園都市を出ていったのかもしれない。彼女には幽かの森という故郷があるのだから。
ただひとつ気になるのが、魔霊種に関する研究分野の変遷だ。レークシアがいた頃の研究は、幽かなる精霊たちの文化や魔法に関連したもの。そして、いなくなった後になるほど「魔霊種という生物の構造」に関するものが増えている。
前者は本人の口から聞けたかもしれない。議論を交わし、答えを出せたかもしれない。じゃあ、後者は? 議論をすれば、内臓の構造が分かるのか?
極めつけが、当時の小説だ。
もちろん、誰も怖くて直接的にレークシアを登場させることはできなかっただろう。それでも、小説というものにはその時代ごとの価値観や願望が正直に表れる。
その中で流行っているらしかったのが、美しく偉大な存在、例えば女神なんかが顕現して、主人公や人々に力を与えるという物語のパターンだ。もちろん、武力に限らず。
病が流行って、正直者の主人公が女神から薬を授かり解決する。古典的と言えば古典的だが、女神の記述が普通の昔話なんかより多く、主人公とともに生活するあたりが特徴的だ。女神だけでなく、美しく若い指導者なんかのパターンもある。
しかし、彼女たちは決まって早死する。
著者たちの脳髄に刻まれているのだ。無意識が文化となって、
たまたま死んだのか、殺したのかは分からない。
けれどその死骸は汚された。バラされて、隈なく調べられたのだろう。
「ホントに、何してんだアンタら……」
災厄に脅かされながら生きる人類にとって、ひとつの大きなタブー。幽かなる精霊に敵対すること。
助けが借りられないだけならまだマシだ。自分たちだけで戦う方法を探りに、コルキスは学園都市へ来た。しかし言葉一つで山を崩すような相手を敵に、それも背後に抱えるようなことになれば、人類は簡単に滅ぶ。
何より、アンブレラに手を出しかねない。
ここしばらく観察を続けて、学園都市の人間は阿呆だがただのバカではなく、また行動力は並外れていると分かっている。
少数での動きを強いられているコルキスにとって、綿密な計画を読むことは可能だが、衝動的な行動まで防ぐことは難しい。現在進行系で学園都市内部の駒を増やしてはいるものの限度がある。
「それとなく伝えて注意させる……いや、焦ンな。まだ動くタイミングじゃねぇんだ。微笑んで待ってるだけの時間の筈なンだが……バカのせいで、守れる気がしねェ」
コルキスの天性の感覚が、堕とすためには我慢する時期だと囁いていた。
しかしそれは、
一瞬、諦めるという言葉が脳裏をよぎった。
コルキスは為政者だ。あらゆる選択肢について、必ず一度検討する癖がある。
──私の最良の日々は過ぎ去ったのだから。望んだものすべてが得られるほど、世界はコルキスに優しくない。
「……アンブレラ様。悪いようにはしません、どうか早く……」
その顔は、珍しく苦渋に歪んでいた。
「ヤダヤダヤダァー! ドローネット様探すのォーー!」
「アノ、本当にお静か二……」
人形やぬいぐるみを扱う店のちょうど前で、大の大人が地面に転がって駄々をこねていた。
装束からして導師であると学園都市の住民たちは気付くが、誰しもが袖を通してみたいと夢を抱くその服は今や土に汚れていた。丁寧にセットされたであろう頭髪も乱れ、優男の面影はどこにもない。おもちゃをねだる子供の姿がそこにはあった。
駄々っ子を宥めるもうひとりの導師は顔を隠しておりその声はまるで人のものではなかったが、状況からしてマトモな性格をした苦労人なんだろうな、と通行人からは思われている。
「あのぅ、導師様方……。店の前ですんで、もう少し……」
「アァ、スイマセン、この子が言うことを聞かないものデシて……いや本当に申し訳ナイ」
「はぁ……」
店から出てきた店主は、強面だがへりくだった態度であった。たとえどれだけ情けなくても、導師というのは敬われる対象であった。
あまり目立つこともできないのにと内心汗をかきつつ、パパ役の導師は店主が持っていた張り紙に気が付いた。それには、「精霊様のお墨付き!」と書かれていた。
「……それハ?」
「ああ、これですか? いまちょうど貼りに来たんですけどね、先程いらっしゃったお客さんが、そりゃもう浮世離れした空気を纏った方々で、こりゃ幽かなる精霊に違いねぇと──」
「──お聞かせ願えますか?」
(みっともなさに)若干目を逸らしていたものの、瞬きひとつする間に立ち上がり美しい所作で胸に手を当て微笑む
微笑みは胡散臭い。しかし、この人に協力すべきだと思わせるような圧力があった。
「さ、さっきと言ってもだいぶ前ですがね。案内人を連れた二人の方が……。体つきは芸術品みてぇに美しくて、顔は隠してたんですが揺れる金の髪が明らかに天女のそれでさあ」
「……! スン、スンスン! 確かに香ります、これが、天の……アァ」
「ひぃ……」
「なぜ黙るんですか。話し続けなさい」
「へ、へぇ! 一人は、オレくらいの背丈で、ず、ずっと黙ってました。もうひとりの方が、小柄で、聞いてると脳がクラクラしてくるような甘い声で、元気よくいろんなぬいぐるみを確認してやした」
やべぇやつだ。そう確信しながらも、店主は生き抜くために舌を動かし続けた。
こうして思い出してはみるものの、いまひとつどんな声をしていたか表現できない。聞き取りづらい声ではなかった。少女が喋る言葉は文字として脳内に再現され、しばらく反芻するほどであった。しかし、音がうまく再現できない。ただただ聞くと多幸感に満たされる、それが甘いものを食べているときに似ていたから甘いと表現したが、よく考えると一般的な「甘い声」とも違う気がする。
甘いが、透明感があって、優しくて、蠱惑的で、幼気で、どんな表現も内包するが、どんな表現でも表しきれない。きっと、耳元で囁かれたが最後、麻薬のようにずっと聞いていたくなることだろう。
「あそこの魚類のぬいぐるみなんかは、感触とサイズが気に入ったらしく、抱きしめたり顔をうずめたりしてやしたね」
「買います」
「まいどありィ!!」
半ばやけくそに叫んだ。同じ見た目をしたいくつかのぬいぐるみが並んでいたが、男は的確にさきほどの少女が抱きしめていたものを選び取った。店主は一刻も早く営業終了の看板を下ろしたかった。
パパ役のほうが支払うのかと思ったが、どうやらこの導師にも支払い能力はあるらしい。職業を考えれば当たり前だが。
ようやく出ていく。出入り口を抜ける姿に店主がそう安心したところで、男は足を止め、首だけで振り返った。
「……ま、まだ何か?」
「他にもドローネット様が触れた商品があるんですよね?」
「まいどありィ!!!」
いつもよりずっと早く閉めたにも関わらず、その日の売上は上々であった。
店主は三日間店を閉めた。