TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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オレ……感情がないからサ。中学の頃、やたらと僕の前でそんなことを悩ましげに語る男の子がいました。大変だねと言ったらあぁ辛いよと返されましたが、それってあなたの感情ですよね?

 街案内を終え、忘れていた買い物をこなすために青々とした新鮮な野菜を手に取って、宿屋の娘は考えた。

 無関心に人と関わる自分に心は無いのだろうか、と。

 

 彼女の家は代々続く宿屋である。

 その格式というのがまた難解で、貴族が泊まるほど高くなければ、旅人が休むほど安くもない。しかしなぜだか彼女の住む11区において、学区から特別な認定を与えられた3つの宿屋の内のひとつに入っている。しかもこの認定、継続の場合は学区の判断だが新規の場合は学園都市そのものから判を押される。つまりは学園都市という国家から認められているのである。ちなみに他の2つの宿屋は豪華絢爛な王侯貴族御用達のホテルだ。

 子供の頃は無邪気に信じて喜び、思春期の頃には親の嘘ではないかと訝しみ、大人になって様々な経緯を知って納得した。

 

 彼女の宿屋には客室が2つしか存在しない。そこに泊まるのは、一流だがワケアリの者たちだ。

 本当の意味でお忍びらしき貴人や、明らかにカタギでない血の香る浪人。なんでも屋の二人組も頻繁に利用するし、かつては勇者もいた。

 その源流は、幽かなる精霊達の憩いの場だ。

 数百年前。下手をすれば千年以上前から使われる宿屋。もちろん他の学区にもそういった目的の宿屋がいくつかあり、どの宿屋も一部屋は必ず開けておかなければいけない。学園からの要請があったとき、精霊が泊まることとなるからだ。そのため、彼女の宿屋は実質一部屋しかないようなもので、一年以上前から予約を入れるのが通例であった。

 

 そんな宿で働いていると自然と度胸がつく。

 また同時に、自分など一瞬で殺せるような者たちや、知れば身を滅ぼすような秘密が存在することを知った。

 そうしていつしか、父親が幼少の彼女に言い聞かせた言葉の意味を理解するようになったのである。

 すなわち、「奉仕(サービス)であれ」と。

 

 彼女は即時的な行動をのみこなすようになった。

 相手がこれから何をしようが、これまでに何をしてきていようが、どんな思想を抱いていようが関係ない。

 その時求められたものを与える。宿屋にそれ以上の能力はいらなかった。

 

 それはきっと、職務としては正しいが人としては何か欠けている。

 「詮索をする以前に、まず興味を抱かないところが好ましい」と客に言われたことがある。

 だがそれは、興味を抱かないのでなく、興味を()()()()のではないだろうかと思うようになった。

 

 感情は豊かな方なのだ。嬉しければ笑うし、悔しければ泣く。

 しかし、思いやるということがわからない。求められたもの以上には気付きもしない。

 今だってそうだ。拠り所を求められたから居場所を与えているだけ。

 

 まるで自分が、人でなく、社会の「機能」でしかないみたいだ。

 

「でも、さっき初めて我を失ったんですよねぇ」

 

 割と自分の理性には自虐的なまでの自信があったから驚いた。「彼女」の声を間近で囁かれて、匂いに包まれて、いつの間にか「自分から求めて」いたのである。

 果たしてそれは、自分の中の本能が発露したのか、あるいは「彼女」が狂わせることを望んだからただその結果を与えただけなのか。

 

「貴女、香りますね?」

「ひっ!? ……ど、導師様ですか。なんでしょう?」

 

 背後から唐突に囁かれ、殴る勢いで振り返ると大量のぬいぐるみを抱えた爽やかな風貌の導師がいた。

 宿で見てきた一部の人間と同じ、あまり良くない気配がする。慎重に言葉を選んだ。

 

「ドローネット」

「どろ……?」

「……知りませんか。ですが、匂いはする。貴女は──」

「──なにを関係ない方にまで絡んでいるんですカ。時間もナイですし、行きますヨ」

「あっ、ちょ、離せぇ! ヤダーー!!」

「……」

 

 さらに現れたマネキンのような姿の導師が、最初の男を引きずっていった。

 浅くなった呼吸と暴れまわる鼓動を落ち着けながら、呆然とそれを眺めた。

 

 導師が二人して行動していて、誰かを探している。

 ──そして、あの男が持っていたぬいぐるみはすべて、「彼女」が見ていたものだ。

 

 碌でもないことの予感がする。

 所詮は客の一人でしかない。なのに守らなくてはと思ったのは、未だに「彼女」に狂わされたままだからなのだろうか。


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