TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ! 作:Tena
「それじゃあ、行ってきますね」
「はい……」
猫を抱えながら、宿のロビーでお姉さんに出立の挨拶をする。アイリスが軽く会釈しカンナは入り口のあたりで手持ち無沙汰に立っている。そんな僕らに、お姉さんは少し心配そうな表情をしていた。
「どうかしましたか?」
「いえ……。でも、お気を付けて。あまり寄り道はせず、なるべく早いうちに帰ってきてくださいね」
子供を心配する親みたいなことを言っている。なんかあったんだろうか?
アイリスにも前回一人で猫を追跡したことで心配をかけてしまったようだが、そんなに危なっかしく見えるのだろうか。僕は。
もうそれなりの年齢であるし……いや、よく考えたら、周りから見たらまだ中学生くらいだ。まだまだ心配される年頃。とはいえそこらの悪漢にどうこうされるほど弱くないので、主観的には危機感が持ちづらい。カンナに叱られて振る舞いには気をつけるようになったが、それはエルフとしてのTPO意識でしか無い。
宿を出る。抱えた猫は液体みたいにびろーんと下半身が垂れ下がっているが、その姿勢苦しくないんだろうか。
「アンブレラ、その子抱えてて重くない?」
「平気です。こう見えても意外と力あるんですよ!」
「そう……重力を感じる光景よね」
カンナも半分呆れながらコメントした。重さ自体は、せいぜい数キロといったところだから素の状態でも負担でない。
これほっといたらそのうち地面に足つくんじゃないかというくらい伸びている。やはり猫は液体。イグノーベル賞獲ってるだけある。
「そういえば、発表会……でしたっけ、お疲れ様でした」
「報告会ね。ありがと。たいした内容でもないし、研究はまだまだ続くんだけれどね……」
「どんなことを研究しているんですか?」
カンナを労うと、遠い目をして諦めたような声が返ってきた。研究といえば奇人ほど面白い成果を出すようなイメージがあるけれど、彼女みたいな天才型でも苦労をするんだなぁ。
研究内容を問うと、うぅん、あーと歯切れの悪い返答。
「同じ分野の研究者以外に説明するのって難しいのよね……。そもそも、そんな面白い内容じゃないわよ。先生に勧められたテーマやってるだけだし」
「勧められたテーマ?」
「そ。絵を描く以外に興味も持てなかったから、研究に関してはゆるっと惰性ね」
カンナは歯切れの悪い言い方をした。
擦れたように考えながらも、情熱的でなく研究者という立場にいることに罪悪感を抱いているのだろう。あまり掘り下げても空気が悪くなりそうだからここらで止めておこう。
「あぁ……絵だけ描いて生きていけたら……」
「カンナなら絵描きとしてやっていけますよ」
「……? 絵描きは趣味でしょう?」
あまり深く考えずに言った言葉だが、彼女には心底不思議そうな顔をされた。職業絵描きって存在しないのか。江戸時代とか中世に存在するからこの世界もそんな感じかと思ってた。
「ああ、貴女は精霊だものね。この国では、仕事イコール魔法に関わることか────戦地に行くことよ」
戦地。
油断していたところに飛び出してきた言葉で、心臓が跳ねた。
それだけ学園都市の中は平和だったから。
知らなければいけないことだと思った。
それはきっと、大人に殴り飛ばされていた、あの少年のことだろうから。
アフリカで干涸びた誰かや、中東で銃を振るう子供とは違った。距離を言い訳に見ない振りをするには近すぎた。
「──そう、なんですね」
それでも、いつか知るからと。いま踏み込まなくても、きっと触れる時がすぐ来るからと。
この時僕は、相槌を打ってそのまま黙りこくることしかできなかった。
カンナはたいして気にした様子もなく歩いていた。
アイリスは周囲を警戒して、その話題には興味もなさそうだった。
ヴァイツァーサ転送門に着く頃には、胸のつかえも薄れていた。