TS転生すればおっぱ……おにゃのこと戯れられるのでは?だからチート勇者、テメェはお呼びじゃねえんだよ!   作:Tena

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第139話

 転送門は相変わらず人で賑わっている。

 自動車とかは見た感じなさそうだし、主流な移動手段があの馬のような動物だとすれば、転送門はさぞかし便利な交通・輸送機関であるのだろう。故障したらどうするんだろうとか動力はなんだろうとか思うところはあるけれど、正直どうでもいいから教わってもすぐ忘れそうだ。

 

 人混みを前にすると飲まれてしまわないか心配になるが、心なしか皆さん僕らとは距離を取っていらっしゃる。怪しい被り物した二人がいるもんね。仮に何もなくても近付きたくないよね。

 複雑な心境だけど、そう悪いことばかりでもないので気にしないことにする。

 

「それじゃ、利用券取ってくるから」

「切符ですか? どうやって買うか見たいので僕も行きます」

「まあいいけど……、研究室の名前借りることにしたから普通の買い方としてはあんまり参考にならないわよ」

 

 はて、とアイリスと共に首を傾げてカンナを追うと、人々が並んでいる窓口とは別の場所で、書類と身分証を出して職員さんから切符を受け取っていた。僕らの分も。ヒエと少し肝が冷える。

 

「あの、僕らカンナの研究室とは関係が……」

「カンナ様、お支払いの方は……」

「えっ、いや、いいって! むしろお金もらう方が捕まるわよ!?」

 

 アイリスがお金を払おうとするとカンナは慌てて手を振る。

 まあ、それはそう。悪質な転売みたいなものになるし。

 

 各ゲートの上には水晶のようなものがはめ込まれていて、おそらくは繋がっている先の学区の番号と対応している。僕らは9区に繋がっているゲートの前で、ベンチに座って自分たちの番を待った。

 角度的に、隣の門くらいならどうなっているか見える。8区行きのゲートが起動しているのを()()みると、暴力的なまでに多量の魔力が複雑に絡み合って蠢いている様子が分かった。

 

 まさに魔法という感じがする。

 普段僕が扱ってる魔法、あるいは学園都市が活用している魔道具の類なんて、魔力を見てしまえばそう複雑な働きはしていないものだ。ひとりでに物が動くのは側から見れば不思議かもしれないが、魔力が見えていればなんのことはない。水の流れで回る水車みたいなものだ。

 しかし転送門に関しては、視たところで何が起きているのかまるで分からない。巨大な力。理解できない力。まさに魔法だ。

 

「魔力に敏感な道具もあると聞きましたが、それって転送門(ここ)を通せるんですか?」

「あー……、私もあまり知らないけど、多分一部の魔道具とか、体質に問題がある人は無理ね」

 

 だそうだ。まあ、僕が魔法を禁止されるくらいだから、そりゃそうだろう。

 輸送が馬車とかになるんだろうなぁ。魔道具とかならそれだけで値段が爆増しそう。学区間の距離とか知らないけど。

 

 8区と繋がっていたゲートからぞろぞろと人が出てくる。さあ、僕らの番だ。

 

「転送門の中に入ったら、周りが見えなくなるかもしれないけどそのまま真っ直ぐ歩いてね。そうしたら着くようにできているから」

「大丈夫ですよ、多分似たものを知っていますから」

 

 カンナが僕らを心配するように言った。それに微笑んで答えるが、まあ顔は見えちゃいないだろう。

 

 転送門の中は外から見ても暗い。暗いというか、()()()()()があるかのように、奥も床も、何も見えない。

 これ子供とか絶対泣くでしょ。僕が子供だったら泣く。なんなら怖くて入れない。トラウマ負いそうだもん。

 

 闇の中に足を踏み入れる。大丈夫、平気だ。

 僕はもっと怖くて何も見えない闇を知っている。そしてそこに、この身を委ねたのだから。

 

 アイリスも、カンナも、他の利用客も。誰も見えない。

 知っている感覚であった。やはり、森のお社とヘリオのいる聖域とを結ぶ道と同じものなのだ。

 

 夢の中にいるかのようにふわふわとする。重力がなくなってしまったかのようだ。

 

 暖かく誰かに守られているかのような安心感がある。

 これなら小さな子でも安心して使えるかもしれない。

 

 カンナは真っ直ぐ歩いてと言ったが、正直「歩く」という感覚がない。

 でも、前に進んでいるのはなんとなくわかる。

 

 9区に着いたら、少しだけ観光しよう。

 それで、コルキス様に会って、良さげな研究室でも教えてもらおう。

 あとは、11区に帰ったら、次の週くらいにはいーちゃんに会いに行って。

 

 微睡みに包まれながら、これからのことを思った。

 

 

 ──ところで。

 

 いったい、いつまで歩けばいいのだろうか。

 

 

 

 


 

 

 

 

 アンブレラが出てこない。

 そのことに気付いてすぐ、私は近くにいた職員の人を呼び止めた。

 

「友達が出てこないんです! 転送門を、止めて、そのっ調べたりとか……」

「出てこないってそんなまさか……。先にどこか行ってしまったとかではありませんか? お客様も複数いらっしゃいますし、止めてしまうと全土の転送門にまで支障が……」

 

 職員さんは少し嫌そうに、困った顔をして答えた。

 言っていることは分かる。色んな人が使っているからこそ、使えなくなった時の影響は計り知れない。

 そもそも転送門から人が出てこないなんて話聞いたことがないから、普段停止させるなんてこともしていないだろう。

 だけど、私が一番最初に入って、最後にアイリスさんが入ったのだ。アンブレラがひとりだけどこかに行ってしまうはずがない。

 

「人の命がかかってるかもしれないんですよ!?」

 

 命、と言った瞬間。

 

 暴風が吹いた。

 

 いや、実際には何も起きていなかった。しかし、自分の死を直感してしまうほどの威圧感と共に、横で爆発が起きたような気がした。叫んだ私までビクリと体を震わせた。

 先ほどまで、状況を飲み込めず、心配そうに立ち尽くしていたアイリスさんだった。

 

「うっ、上の者を呼んできます!」

 

 職員さんも同じものを感じたらしい。

 自分では対処しきれないと感じたのか、逃げるように駆けていった。そしてすぐに上司らしき男性を連れてくる。

 

「どうされましたか?」

「友達が、11区で一緒に入ったきり出てこなくてっ」

 

 男性は途端に疑わしげな表情になった。

 

「出てこないなんて、これまでなかったんですがねぇ……」

「でも、本当なんです。止めたりとかって……」

「まあ、夜間の点検の際に一応確認してもらうくらいならできますが、一旦11区に戻って探してみては?」

「それで何かあったらどうするんですか!」

「あのですね、お嬢さん。転送門を停止させてまた起動するのにどれだけ時間がかかるかご存知ですか? 一日に、この日中の時間に、どれだけ多くの人が利用しているかご存知ですか。その中には、医者や、危篤の家族のもとへ急ぐ人、そんな命に関わる人だっているんですよ」

 

 分かっている。ありえないことなのだ。彼からはクレーマーのように見えていることだろう。

 言葉を重ねて説明され、ちょっと止めて中を覗くなんて話じゃいかないことも理解する。そもそも、転送門を使っている最中に消えた人が中に残っているかも分からない。

 それでも、アンブレラなのだ。アンブレラなのだ。それしか言葉が出てこない。焦りのあまり何を言えば良いのかも分からなくなる。でも、分かるのは、このままじゃダメだ。

 

「……っ、けどっ」

 

 言葉が、おぼつかない。アンブレラなのだとしか言えない。

 政治的に、学術的に、芸術的に、道徳的に、友人として。アンブレラを失ってはいけない。

 いけないのに、それを一言で表せやしない。

 

「──カンナ様、ありがとうございます」

 

 涼やかな、凛とした声がした。

 

 一歩後ろに立っていたアイリスさんが、隣に進み出る。

 見惚れてしまうような所作で、被り物を脱いだ。

 

 あらわれた表情は、私が恐れていたような鬼のようなものではなく、すましたものだった。

 すました顔のまま、涙だけがはらはらと頬を伝い続けていた。長い睫毛に拾われた水滴が反射して光っている。場違いにも、美しいと思った。

 上司の男性もそうらしく、女性的な美しさに見惚れ、また同時に純粋な美しさに心奪われたように放心していた。口を開くが、掠れた音だけが漏れる。

 

「…………精霊、さま

「御子様のため、お願いいたします。(わたくし)でよろしければ、如何様な対価でもお支払いいたします」

 

 そう言って直角に腰を曲げ、頭を下げた。

 そのまま返答があるまで上げる気はないとばかりに静止する。

 

 上司の男も、職員の人も言葉に詰まっていた。

 断るという選択肢はどこにもないように思えた。

 

「……おい、何をやっている」

「はっ、はい!」

「はやく、全転送門に連絡しろ。停止命令だ。総点検をするぞっ」

 

 上司の男の号令と共に、慌ただしく周りが動き出す。

 

「お嬢さん、お友達というのは幽かなる精霊の方ですか?」

「は、はい」

 

 男性も苦虫を噛み潰したような顔になる。事故があった時の未来を想像し始めたのだろう。

 

 しばらくして、アナウンスが入り、転送門の周囲から利用客がいなくなった。

 起動していない転送門を見ること自体、普通の人にとっては初めてのことだ。普段は暗く闇が広がっているそこは、どうやら本当に何もないらしく、ただ整列する支柱と石造りの床だけが広がっている。

 

「転送門内に立ち尽くしていた人物がいたようです!」

 

 途端にホッとした。同じく安心したのかへたり込みそうになったアイリスさんを支えてやる。

 あの儚い少女は、ともすれば闇に溶けて消えてしまうんじゃないかと思わせるところがあった。見つかった、ただそれだけのことが何よりも嬉しい。

 

 職員の女性に支えられるようにしてアンブレラが姿を現す。被り物は脱げているらしかった。

 外傷もなさそうだが、眠っていたのか表情がぼんやりとしている。

 

「御子様……っ!」

 

 アイリスさんが駆け寄る。

 アンブレラがその顔を見上げた。

 

 そして、戸惑ったように一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、どなた、でしょうか」

 

 その目は(丹色)に染まっていた。

 

 

 

 


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